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鍵と光の希望  作者: SUZU
2章:沈黙の街
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沈黙の街9

 職員とのやり取りを終え、再び広間のクエストボードへと向かう。張り出された票の前に立ち止まり、リュアは真剣な眼差しを走らせた。



 「このまま、掲示されていたクエストを放置するわけにはいかない。だから――一番危険度の高い討伐依頼は、私たちが引き受ける」



 そう言って、クエストボードの中から一枚のクエスト票を抜き取った。



 「《ブラッドホーン・ベア》は普段なら単独で動く魔物。……でも今の時期だと繁殖期かもしれない。もし複数体が巣を作って潜伏しているなら、どう考えてもBランクの範疇じゃない」



 ――ブラッドホーン・ベア。

 その名の通り、血のように赤黒い毛並みと、鋭く湾曲した双角を持つ大型獣。



 怒りに反応して体温と攻撃性が急激に上昇し、戦闘中に突如凶暴化する性質を持つ。

 本来は単独行動を好む魔物だが、まれに繁殖期などの特殊な条件下でのみ群れを形成することがある。



 もしそれが今なのだとすれば――討伐の難易度は、通常の比ではなかった。



 グレンは票に視線を落とし、低く言葉を洩らした。



「……ブラッドホーンか。単体でも骨の折れる相手だが……群れを成した時点で、もう別物だ」



 その横で、リュアは短く頷きながら票を掲げる。



 「そう、確かに単体なら、Bランクの冒険者でもなんとかなる相手。だけど、この票には“繁殖期で群れを成す可能性”が抜けてる。そこを知らずに挑めば、危険すぎる」



 言い切ると、彼女はその紙片をぐっと握りしめ、声を沈めた。



 「これが通ってしまったら、確実に死者が出る。だから、先に私たちで潰しておく」



 グレンはしばし彼女を見つめ、それから静かに頷く。

 そのやりとりに、ミリアが不安げに口を開いた。



 「じゃあ、私たちは……?」



 リュアは一瞬だけクエストボードに目を走らせると、いくつかのクエスト票を手に取り、その中から一枚を選び抜いた。



 「これ。出現地点は岩場の多い山林で、対象は《マグマリザード》。本来はBランクだけど……みんなの動きなら、準備を整えれば対応できる」



 リュアはクエスト票を差し出しつつ、真剣な眼差しで三人を見た。



 ――マグマリザード。

 灼熱の鱗に覆われた中型の爬虫類型魔物で、地熱の高い地域を縄張りとする。



 単体での脅威は中程度だが、複数体で連携し、地熱を利用して熱波や噴炎を巻き起こすことで、戦場全体を高温地帯に変えてしまう。



 とくに岩場や谷間のような閉鎖空間では熱がこもり、逃げ場を失った冒険者を追い詰める“狩りの構図”を形成するため、集団出現時の危険性は高い。



 「ただし、いくつか注意して」



 彼女は指を三本立てて続ける。



 「一つ、熱源の集中に注意して。魔物が地熱を活用してる可能性があるから、サーシャの水属性魔法で熱を緩和できる場をつくること」



 サーシャがはっとして、小さく頷いた。



 「二つ、隊列を崩さないこと。狭い足場で分断されると一気にやられる。レイ、常に二人の位置を確認して」


 「了解。射線も調整する」


 「三つ、最初の接敵はミリア。けど、正面突破はダメ。敵を引きつけて、後衛が崩す流れを意識して」



 ミリアは少し驚いたように目を丸くし、そしてきゅっと唇を引き結んだ。



 「囮になれってことね……うん、大丈夫。やってみる」



 リュアは小さく微笑み、短くまとめた。



 「気をつけて。あの魔物は、真正面からぶつかるよりも、崩して、割って、削る戦い方のほうが強い。自分たちのスタイルを信じて」



 言葉を置いて、改めてミリアに視線を向ける。



 「……本当に、行けるかな?」



 ミリアの問いかけに、リュアは静かに、けれどはっきりと頷いた。



 「大丈夫。でも、“無理はしない”って約束して。おかしいと思ったら、すぐに引くの。それができるって、私たちの訓練で教えたよね?」



 その言葉に、ミリアは小さく笑い、力強く頷いた。



 「うん、わかってる。逃げるのも戦いのうち、だったよね」



 レイも隣で静かに頷く。



 「安全策を最優先する。状況は常に確認するよ」



 サーシャは少し緊張した面持ちで、しかしまっすぐに言った。



 「私も、気を抜かないで動く。……絶対に、誰も傷つけたくないから」



 三人は自然と互いに視線を交わした。

 言葉ではなく、それぞれの瞳に宿る覚悟と信頼が、今の気持ちを確かに伝えていた。



 ――やろう、私たちならできる。



 その静かな決意が、短く頷き合う仕草の中に重なり合っていた。

 そんな三人の姿を見て、リュアは柔らかく微笑んだ。

 だがすぐに表情を引き締め、真剣な眼差しで隣に立つグレンへと視線を向ける。



 「……じゃあ、こっちも準備して向かおう」



 リュアの言葉に、グレンは声を発することなく、静かに頷いた。その仕草は短くとも、行動で示す意志の重みがあった。


 ――ふと、何かの視線を感じて、リュアとグレンがそちらへ視線を向けた。

 だが、何も言わずにそのまま踵を返し、ギルドの外へと向かっていく。



 「……Sランク冒険者、リュア・ゼフィラ」



 その口元がわずかに歪む。



 「お前の“ギルドへの信頼”ってやつが、俺たちにとってどれだけ目障りか――」



 その呟きは、誰にも届くことなく、闇の中へと沈んでいく。

 やがて男の姿もまた、ギルドの影に溶けるように消えていった。


***


 リュアとグレンは、クエストに記され森へと足を踏み入れた。

 そこは岩場と樹林が入り混じる起伏の多い地形で、昼でも薄暗く、常に湿った風が吹いていた。



 森の奥へと進むにつれ、空気が変わる。

 薄闇に包まれた樹々の間を、重く湿った気配が流れていた。



 地面には無数の踏み跡。獣のものにしては深く、そして大きい。いくつもが重なり、やがて一方向へと続いていた。



 ――間違いない。複数体がまとまって、この森に根を下ろしている。



 リュアは静かに呼吸を整え、腰の双剣に手をかけた。

 隣ではグレンがすでに剣を抜き、漆黒の刀身に淡い闇の魔力をまとわせている。



 不意に、前方の茂みが揺れた。

 次の瞬間――



 「来る……!」



 リュアの声とほぼ同時に、影が飛び出してきた。

 赤黒い体躯、血のような鬣と湾曲した双角。



 《ブラッドホーン・ベア》。怒りに呼応して魔力を増幅させ、狂戦士のごとき暴走を見せる獣型魔物だ。



 しかも一体ではない。

 左右からも気配が迫る。最低でも五体以上。



 本来は単独行動を好む種だが――今回は、例外にあたる繁殖期に入っていた。

 だとすれば、連携も攻撃性も格段に高まる。油断はできない。



 「……やっぱり、繁殖期だったみたいだね」



 リュアが呟くように言いながら、視線を走らせる。



 「群れで行動してるうえに、全体が妙に苛立ってる。動きにも“統率”がある……通常の単独個体とは、まるで別物だよ」



 グレンもわずかに頷く。



 「察知範囲も広い。反応も揃っている……」


 「うん。早めに動かないと」



 リュアは静かに息を整え、双剣に手をかけた。



 「……複数、左右から。囲みに来てる」



 グレンが一歩踏み出し、足元に闇の紋様が浮かぶ。



 「《影縛陣シャドウ・バインド》――展開」



 黒く広がる影の網が地を這い、樹々の間に伸びていく。

 突進してきた魔物たちの脚が闇に絡め取られ、一瞬その動きが鈍った。

 視界を遮るように濃い闇が立ち昇り、獣たちの本能を刺激し感覚を乱す。



 「右から一体」



 リュアが風を纏って跳躍し、双剣で前脚の腱を切り裂いた。

 反応すら許さず、さらに一閃。足場を崩す風刃が地面をえぐり、魔物の体勢が崩れる。



 「そっちに三体集中してる。距離を取れ」


 「了解、後ろに回すよ」



 リュアが一歩引くと同時に、グレンの剣が闇を纏って唸る。

 刀身から放たれた黒い斬撃が、夜のごとき影を引き裂き、敵陣の中心を覆うように広がった。

 冷え込むような圧迫感が一帯を支配し、魔物たちは反応もできぬまま転倒する。



 リュアはその隙に風を駆け、横から攪乱。

 闇が縛り、風が突く。

 流れるような連携。まるで戦術が事前に組まれていたかのように。



 グレンが影で封じれば、リュアがその角度を作る。

 リュアが飛び込めば、グレンが退路を断つ。



 どこか静かで、淡々とした制圧戦。だが、無駄はひとつもなかった。



 やがて、最後の一体が闇に絡め取られ、そのまま崩れ落ちるように倒れると、森は静けさを取り戻す。

 漂う湿気と血の匂い。その中で、リュアがゆっくりと息を吐いた。



 「……終わった、ね」



 グレンが周囲を一瞥してから頷いた。



 「……でもさ」



 リュアは拳を強く握りしめた。視線はその紙を越えて、なお奥へと続く森へと注がれている。



 「あの群れの動きや攻撃の激しさ――事前の情報と、あまりにも食い違ってる」



 呆れにも近い熱がこみ上げていた。自分たちだからどうにかなった。それだけの話だ。



 「こんなの、CやBランクの冒険者が来てたら……どうなってたと思う? 気づかず突っ込んで、戦線が崩れて、それで終わり。誰かが……誰かが死んでた」



 声がわずかに震える。その奥にあるのは、怒りだった。許せなかった。自分が長年身を置いてきた“ギルド”の看板のもとで、こんなことが起きている現実が。



 「こんなずさんな改ざん、見逃していいわけがない。……これじゃ、私が冒険者として信じてきたものまで、嘘だったことになる」



 リュアは低く吐息をついた。握る拳に、無意識に力が入っていた。



 「放っておけば、次は誰かが犠牲になる。訓練を積んで、覚悟を持って、必死でやってる冒険者たちが……何も知らずに、踏み込んで……」



 その先の言葉は、もう声にならなかった。

 グレンは静かに、少しだけトーンを落として言った。



 「……なら、止めるだけだ」



 その言葉に、リュアは目を伏せて頷いた。怒りを、悲しみを、全部胸に抱えたまま。けれど、次に顔を上げたときには、瞳に迷いはなかった。



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