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鍵と光の希望  作者: SUZU
2章:沈黙の街
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沈黙の街7

 鋭い斬撃が交差し、訓練場の空気を切り裂いた。



 リュアの双剣が斜めから切り込めば、グレンの大剣がそれを滑らせ、反対側の一撃を封じるように返す。



 地を蹴る音、刃がぶつかる音、息遣い。



 それ以外のすべてが消えたように、空間はふたりの攻防一色に染まっていた。

 まるで、本物の戦場のようだった。



 「……あれが、手合わせ……?」



 遠巻きに見守っていたミリアが、思わず呟いた。瞳は驚きに見開かれ、手がじっと固まっている。



 「桁違いだ……」



 レイもまた、口を開いたが、その声には冷静さとは違う、戸惑いが混ざっていた。



 「どっちがどう動いてるか……目で追いきれない」



 サーシャが思わず手を胸にあてる。息を止めて見入っていた自分に気づいて、静かに吐き出すように。



 ふたりは確かに“武器のみ”で戦っていた。だがその速度、読み合い、間合いの取り方――どれをとっても、若手が踏み込める領域ではなかった。



 それは、ただの手合わせではない。

 魂と技術をぶつけ合う、“本気の試し合い”だった。



 「――ッ!」



 リュアの剣が低く地を這い、グレンの足元を狙う。その動きに即座に反応したグレンは、半歩引きつつ大剣を下段に構えてそれをいなし、剣筋を上へと返す。



 リュアは跳ねるように距離を取り、反撃の間を探るが――

 その一瞬の隙に、グレンが踏み込んだ。



 重みのある足運びで一気に間合いを詰め、構えていた大剣を――振り抜き、真横からすっと、リュアの首筋すれすれに止めた。



 「……!」



 風が、頬を撫でた。

 リュアが瞬時に動こうとしたが、もう遅い。その場に立ち止まるしかなかった。



 見上げる先――グレンの赤い瞳が、静かに彼女を見下ろしていた。



 「……俺の勝ちだ」



 力を抜いた声が、静かに告げる。

 寸前で止められた一撃を前に、リュアは静かに息を吐いた。



 額にはうっすらと汗。肩で呼吸をしながらも、その顔には悔しさではなく、満ち足りたような笑みが浮かんでいた。



 (――負けた、か)



 グレンの勝利は揺るがない。間合いの読み、反応速度、そして何より、力の重み。

 最初の数合こそ拮抗していたが、途中からは明らかに押されていた。攻めの手が通じない。次の一手を読まれているような鋭さがあった。



 それでも。

 リュアの胸には、澄んだ熱が灯っていた。



 (……こんなに本気になったの、いつぶりだろう)



 剣を全力で振るい、視界が狭まり、身体の隅々までが集中に染まる感覚。

 それは、あの日以来のものだった。



 《Sランク》という階級を、自らの手でこじ開けた日。

 ギルド上層部からの排除勧告が下りかけていた時、彼女は迷わず提案した。



 “この国のAランク冒険者全員に勝てたら、称号をよこせ”と。



 冗談のようでいて、誰にも笑えなかった。



 結果――たった一日で、三十数人をすべて退けた。圧倒的な技術と、読みと、精神力で。



 けれど、その最後の勝利の瞬間。

 自分の中に残ったものは、高揚でも誇りでもなかった。



 『……もう、誰も並んで戦えないんだな』



 思ったのは、それだった。

 どれほど強くなっても、自分の剣を、真正面から受け止めてくれる相手はいないのだと――そう、静かに突きつけられた。



 あのときからずっと、リュアは戦っていた。

 戦場ではなく、“孤独”と。



 人と一緒に力を高め合っていくことは二度と叶わないと思っていた。

 挑まれることも、試されることもない。力の差が大きすぎて、誰かと肩を並べて剣を振るう機会すらも失った。



 (けど、今は――)



 自分よりも強い相手がいる。 届かない一撃がある。



 勝てないと知って、それでもなお、追いかけたくなる背中が目の前にある。



 その事実が、リュアの胸を嬉しくさせた。



 (……追いつきたい。もっと戦いたい。もっと知りたい)



 敗北の味に、悔しさよりも――歓喜があった。

 それはまぎれもなく、あの日にはなかった感情だった。



 ふたりの間にあった緊張が、静かにほどけていく。



 リュアは深く息を整えると、そっとグレンの方へ顔を向けた。頬には汗が伝い、胸はわずかに上下している。それでもその瞳には、戦いの余熱と、満たされた喜びが滲んでいた。



 「……ありがとう、グレン。手合わせ、付き合ってくれて」



 リュアがそう言ったとき、グレンは一瞬だけ目を細める。

 その言葉の裏にあったもの――ただの礼儀ではない、心の底からの感謝を、彼は確かに感じ取っていた。



 そして、わずかに視線を逸らしながら静かに返す。



 「……こういうのも、悪くなかった」



 その一言に、リュアの目がわずかに見開かれる。

 ほんの一瞬、意表を突かれたように息を呑んだ。



 「……え?」



 小さく漏れた声は、驚きと戸惑いと、ほんの少しの喜びが入り混じったものだった。

 だがグレンはその反応に応じず、ただまっすぐリュアを見つめて続ける。



 「……見事だった。あの動きは、そう簡単に身につけられるものじゃない」



 その瞳に浮かぶのは、純然たる事実としての“認識”と、そこに込められた“敬意”だった。



 刃を交えたからこそ分かる、誤魔化しの効かない真実。

 それを、グレンは真正面から言葉にしたのだ。



 リュアの頬に、ゆっくりと熱が差す。

 それは褒められたからではない。



 彼が自分を“認めた”と、そう感じたからだった。

 彼女は、それ以上何も言わずに、ただ笑った。あどけなく、それでいて誇らしげに。



 グレンはその笑顔を一瞬見つめてから、ふっと視線を逸らす。



 ――こんな戦いが、あってもいいのかもしれない。



 これまでの彼の人生において、“戦い”とは常に命を賭すものだった。

 討つか、討たれるか。ただ、生き延びるために。

 それだけが、かつての自分にとっての“戦い”だった。



 だが今、剣を交えたその先にあったのは、確かに――生きて隣に立つという関係だった。



 (……これは、俺にとって初めての形だ)



 命を奪うためではなく、確かめ合うための戦い。

 生を賭けずとも、魂がぶつかる実感がある。



 そしてその戦いの果てに、互いを“認める”ことができた。



 グレンは、自分の中に残った熱の正体をまだ言葉にできなかった。

 だが確かにそれは、殺し合いの果てにあった虚しさや、勝利の先に訪れる孤独とは、まるで違うものだった。



 (この世界にも、こんな戦いがあるのか……)



 かつて封印の中で閉ざされた彼の時間。 そして、再び目覚めてから今日まで、ずっと感じていた距離と違和感。

 そのすべてが、今はほんのわずかに、薄れていた。



 この感覚が何なのかはまだわからない。

 だが、隣に立つ彼女の存在が、それを確かに教えてくれている――そんな気がした。



 静まっていた訓練場に、再び空気の流れが戻り始める。

 少し離れた場所で見守っていたミリアたちが、駆け寄ってくる足音が響いた。



 「す、すごかったです……! 最後のあの一撃、ホントに寸前で止まってて……!」



 勢いよく言いながら、ミリアは目を輝かせたままリュアの手を握る。

 そのままぴょんと跳ねるように一歩踏み出し、抑えきれない興奮を全身で表していた。



 「模擬戦なのに、本当に目が離せなくて……どっちが勝つか最後まで分かりませんでした!」



 隣に立つサーシャも、珍しく言葉を挟む。



 「うん……すごく緊張感があって。見てるだけなのに、息が詰まりそうだった」



 そう言いながらも、その表情にはどこか嬉しそうな色があった。

 自分たちが目標とする存在を、今この目で確かに見た――そんな実感があったのだろう。



 一方で、レイはやや落ち着いた口調でグレンに向き直る。



 「……お見事でした。戦いながら相手の動きに対応していく精度も、圧力のかけ方も……正直、想像以上でしたよ」


 「そうか」



 グレンは簡潔に返すが、その声音はどこか素直な受け取り方をしているようだった。

 リュアはそんな仲間たちの反応に苦笑しつつ、片方の剣を鞘に収めながら言った。



 「……よし、それじゃあ、そろそろ引き上げようか。今日はもう十分でしょ」


 「はい!」



 ミリアが即座に返事をし、サーシャもそれに頷く。



 レイが一歩下がりながら周囲を見渡す。訓練場の入口に人の気配がないことを確かめると、全員が荷物をまとめ始めた。

 あれほどの戦いを目撃されれば、余計な噂が立ちかねない。そんな配慮が、彼の慎重な動作に表れていた。



 軽く整備された訓練場の出口へと向かいながら、四人はまだどこか熱の残る口調で模擬戦の話を続けていた。

 グレンはその後ろ姿を無言で追いつつ、わずかに視線を上げて、空を仰ぐ。



 訓練場の扉がゆっくりと閉じる。

 五人はその場を後にし、ギルドの階下へと足を向けていくのだった。



1章:試練の証明4に、ディアスとカイルのAI画像のイメージ図

2章:沈黙の街2に、ミリアとレイとサーシャのイメージ図を追加しました

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