沈黙の街6
リュアはミリアとサーシャのもとに寄り添い、何やら身振りを交えながら熱心に話しかけていた。
時折、ミリアが大きく頷き、サーシャが真剣な眼差しを向ける。
その様子を見守るようにしながら、レイが静かにグレンへと歩み寄る。
「……グレンさん」
呼ばれて振り向いたグレンに、レイはほんの少しだけ口元をゆるめる。
「リュアさんって、すごい無茶ぶりしてきますよね」
淡々とした口調だったが、その言葉の裏には、どこか呆れと親しみが混ざっていた。
前日の薬草採集中、リュアが一方的にグレンへ指導役を振った場面を見ていたレイにとって、それはもはや確信に近い感想だった。
グレンは一瞬だけ沈黙した後、目を伏せて息を吐く。
「……あぁ。よくわかる」
げっそりとした声音には、完全に同意しかないといった諦めがにじんでいた。
まだリュアと出会ってから日は浅い。だが――ディアスの話や、突然の手合わせの申し出、そして今朝の指導。わずか数日のうちに、グレンは嫌でも思い知らされた。
あいつは、こちらの都合もお構いなしに、とんでもないことを平然と振ってくる。しかも遠慮なしに、当たり前のように。
レイはその反応に、小さく笑みを浮かべる。珍しく感情の輪郭がにじむ、わずかな“あはは”という調子が混ざった笑顔だった。
「俺らも昔、訓練中にすごい無茶ぶりされましたよ。“この場面でどう動く?”って、いきなり斜め上から質問されて。事前の説明なんて一切なしだから、頭が真っ白になりました」
「……想像できるな。どうせ、その場で動けとか言い出すんだろ」
「そうです。理屈じゃなくて、今すぐ体に叩き込めって感じで」
レイは肩をすくめながら、懐かしそうに遠くを見る目をした。その瞳には、過去の経験を経て培われた信頼と理解が滲んでいた。
「でも――」
ふと、レイの声音がわずかに真剣味を帯びる。
「リュアさん、できるって思ったことしか無茶ぶりしないんですよね。……無理させたいんじゃなくて、“できる未来”を、先に見てるみたいで」
グレンは横目でレイを見やり、わずかに眉を動かす。だが否定の言葉はない。むしろ、その一言に、どこか腑に落ちたような気配があった。
「……そうかもな」
短く答えたその声音には、幾分か納得が含まれていた。
初めて出会ったときから、彼女は迷いも臆しもせず、自分に真正面から向き合ってきた。
私と一緒に冒険しよう……と。
だがその一方で、彼女は決して勢いだけで動いているわけではない。
あの瞳の奥には、冷静な判断と、他人の可能性を信じる強い意志が宿っていた。
無理をさせたいのではなく、“できるはず”と信じて、先んじて手を差し出してくる――
そう思えば、たしかに彼女は、そんな人間なのかもしれない。
レイは少し姿勢を正し、改めてグレンに向き直る。
「それに……今日のグレンさんの指導、すごくわかりやすかったです。言葉が的確で、変に飾らなくて。……動きながら理解できたの、初めてかもしれません」
その言葉には、称賛というよりも、真摯な感謝があった。
グレンはそれを受け、目を逸らしながら僅かに口を引き結ぶ。
「……そうか」
それだけを返す彼の声は、どこか不器用ながらも、ほんのわずかに柔らかさを帯びていた。
指導のひと段落がついたころ、ミリアがふと思い出したように声を上げた。
「そういえば、もともとリュアさんとグレンさんって、ふたりで訓練場を使う予定だったんですよね? 何かやるつもりだったんですか?」
その問いに、リュアが片手を軽く上げて応える。
「んー、手合わせだよ。全力でぶつかってみたくてね。遠慮なしで」
その言葉を聞いた瞬間、ミリアの目がぱっと輝いた。
「えっ、それ……見てみたいです! というか、絶対すごいやつですよね!?」
隣でサーシャも小さく頷く。声には出さなかったが、真剣な眼差しが「ぜひ」と語っていた。
そんなふたりの様子を見て、リュアは待ってましたと言わんばかりに笑みを浮かべ、グレンの方へ視線を向ける。その表情はどこか楽しげで、「やろうか」と無言で語っていた。
と、すぐそばにいたレイが、静かに一歩前へ出た。
「すみません、それ……俺も見てみたいです」
いつも通り落ち着いた声音だったが、どこか熱のこもった目がグレンをまっすぐに捉えていた。
その言葉に、グレンはわずかに目を見開き――
「……えっ?」
普段滅多に動かない彼の表情が、心底意外そうに引きつる。
グレンの引きつった反応に、リュアは小さく笑ったあと、くるりと皆の方へ向き直る。
「じゃあ、せっかくだしやろっか。手合わせ。……でも今回は、初めてだし、制限ありでね」
そう言いながら、リュアはひらりと手を振って軽く宣言する。
「魔法の使用は禁止。武器だけの対戦にしよ。お互いの間合いや動きの確認にもなるし」
その提案に、グレンは一拍置いてから息をついた。顔は渋い。
「……武器だけ、か。まあ、いいだろ」
応じた声はどこか諦め混じりだったが、拒否はしなかった。むしろ、その瞳にはわずかに興味の色すら宿っていた。
グレンとリュアは、ちらりと視線を交わすと、訓練場の一角――見学者から十分に距離を取れる広めの空間へと移動する。砂地を踏みしめながら、互いに自然と距離を測り合い、静かに向き合った。
ミリアたち三人もそれを見守るように位置を変え、息を呑んでその場に目を向ける。
場の空気が緊張感を帯びる中、リュアは一歩前へ出る。双剣の柄に手をかけ、自然な動作で抜刀する。
対するグレンも、背に負った大剣に手を伸ばす。無駄のない動きで柄を握ると、そのままゆっくりと引き抜いた。
重さを感じさせる金属音が静かに響き、大剣が闘気を帯びた存在感をもって構えられる。
二人の視線が静かに交錯する。
先ほどまで賑やかだった訓練場に、一瞬の静寂が訪れた。
まるで空気すらも、彼らの“初めて”に息を潜めているかのように。
沈黙のなか、風が微かに砂を巻き上げる。
先に動いたのは、リュアだった。
音もなく地を蹴る。砂を滑るような加速、踏み込みの鋭さは、まるで風そのものだった。双剣が描く軌道は無駄がなく、それでいて目を奪われるほどにしなやかだ。
(――速い)
大剣を構えたグレンは、正面からその斬撃を受け止めた。
金属が交錯する鋭い音とともに、リュアの右の剣が打ち込まれ、それに合わせるように左の剣が腰へ回り込む。しかしグレンは大剣の柄と刃の重みを巧みに使い、正確な位置で両方をいなし、受け止めた。
(魔物との戦いでも、その動きは鋭かったが……これは、その時以上だ)
最初の数合を交えた時点で、グレンは内心で驚いていた。予想以上だった。攻防ひとつひとつに迷いがなく、刃のひと振りに無駄がない。
それは単なる速さでも力でもない――重ねた実戦と鍛錬が生む、“正確さ”と“意志”の強さだった。
(気を抜けば足をすくわれる)
感覚が自然と研ぎ澄まされていく。グレンは無闇に反撃には出ない。剣の間合いの内外を的確に測り、リュアの軌道に対して刃の角度を調整し続けた。刃は交差し、跳ね、流れるように続く。
隙は与えない。与える理由もない。
そんな“壁”のような構えの中に、リュアは確かな手応えを感じていた。
(やっぱり、すごいな……)
双剣を振るう手に、自然と力がこもる。
攻撃のいくつかは、正確な角度と速度で届いているはずだった。だが、どれも“届かない”。受け止められるのではなく、“無効化”されるようにして消される。
実力差――それをリュアは、明確に実感していた。
だが、それが嬉しかった。
「……いいね」
小さく、笑みを漏らす。
その刹那、双剣の握りが変わる。重心のかけ方が変わり、動きにさらなる鋭さと重みが加わる。
一段、ギアが上がった。
今までの斬撃が“試し”だったとするなら、ここからが本番だとでも言うように、リュアの刃が再び迫る。
――そして、グレンの目がわずかに見開かれる。
(速さが……増している)
踏み込みの鋭さ。剣筋のうねり。その一つひとつが、さっきまでとはまるで違う。“抑えていた”ことが明白に伝わってきた。
(まだ引き出しがある、というのか……)
グレンは素早く構えを修正する。遊びでは済まされない。これはただの手合わせであっても、侮れば喰われる。
視線が交錯し、次の瞬間、空気がまた一段と張り詰めた。
二人の戦いは、いよいよ真の攻防へと突入する。




