沈黙の街2
都市の喧騒を背に、グレンとリュアは街外れの薬草採集地へと足を進めていた。
地形はやや起伏があり、木々に囲まれた小さな丘陵地帯が続いている。
湿り気を帯びた風が草の香りを運び、足元にはところどころ、野生の薬草が顔を覗かせていた。
「このあたりかな」
リュアがそう言って足を止め、しゃがみ込む。葉の形や茎の色をひとつひとつ確かめていく。
グレンもあたりを見渡した。すると、遠目に人影を捉える。
「あれが……例の三人か」
浅い傾斜を下った先――薬草の自生地に、数人の姿があった。
グレンの言葉を受け、リュアも立ち上がって同じ方向へ視線を向ける。
「やっぱり、ミリアたちだったんだ」
その瞬間、リュアの頬がやわらかくほころぶ。嬉しそうに呟くと、人影の方へと歩き出した。
「おーい、ミリア!」
手を振りながら呼びかけると、ツインテールの少女がびくりと反応し、ぱっと顔を上げる。
「――リュア、さん……っ!? ほんとに、ほんとにリュアさん!?」
叫ぶような声とともに、ミリアは薬草の籠を放り出し、一直線に駆けてきた。
「わわっ、ちょっと待って、落ち着いて……!」
慌てて両手を広げたリュアの胸元に、勢いそのままにミリアが飛び込んできた。
――ミリア・クラウス。かつてリュアが指導していた、若手パーティの前衛剣士。
炎のように跳ねる赤髪のツインテールが、陽光を受けて眩しく揺れる。
赤とオレンジを基調とした軽装の剣士服は、小柄な体にぴたりと馴染み、肩口の小型防具が身軽さと実戦性を際立たせていた。
その姿はまるで火の精のように生き生きとしており、駆け寄る足取りからは溢れんばかりの活力が伝わってくる。
琥珀色の瞳がまっすぐにリュアを見据え、その奥には抑えきれない喜びと敬愛が色濃く宿っていた。
「会いたかったですぅぅぅっ! ずっと、いつかまた会えるって信じてました!」
声を弾ませながらしがみつくミリアの背を、リュアは苦笑しつつ軽く叩く。
「ははっ!相変わらず元気だね」
その言葉には、言い尽くせない安堵と嬉しさがにじんでいた。
数年ぶりの再会。少しだけ背が伸び、装備も立派になった――けれど変わらない笑顔で懐いてくる姿に、胸の奥がふっと温かくなる。
リュアはふと、ミリアの頭を優しく撫で、目を細めた。自然と、心からの笑みが頬に広がっていく。
その後ろから、少し遅れて二人の仲間が歩み寄ってくる。
「……お久しぶりです、リュアさん」
落ち着いた声で挨拶をしたのは、背に弓を負った青年だ。
――レイ・オルトラム。かつてリュアのもとで訓練を受けた、風属性の弓使い。仲間の動きを冷静に見渡す眼差しが印象的だった。
やや癖のあるベージュの短髪が風に揺れ、濃い緑の瞳がまっすぐこちらを見つめている。くすんだ緑の装束は汚れひとつなく整えられ、無駄のない立ち姿には確かな訓練と冷静な思考が宿っていた。
「私も……元気でした。リュアさんのおかげで……」
控えめに声を発したのは、少女――サーシャ・フィールズ。水属性の魔法使いで、慎重だが芯の強い支援役だ。
淡い青紫の髪をボブカットに整え、伏せがちな視線の奥に深い紺色の瞳が覗いている。
機能的な魔導衣に身を包み、腰には詠唱補助用の小型魔具。手つきや所作のひとつひとつに、日々の研鑽がにじんでいた。
二人の静かな声に、リュアは穏やかに頷き返した。
「レイも、サーシャも……立派になったね。三人で、ずっとパーティ組んでるんだ?」
言葉をかけながら、その表情には柔らかな笑みが浮かんでいた。
あの頃はまだ、不安そうな顔で模擬戦に挑んでいた三人が、今は自分たちの足で立ち、迷いなく前を見ている――その姿が、何より嬉しかった。
その問いに、レイが小さく笑って応じる。
「ええ。『ルセリア』って名前で活動してます。Cランクですが、なんとかやってますよ」
「“ルセリア”か……いい名前だね」
リュアは目を細め、ほんの少しだけ頷いた。
ふと視線を横に向ける。
そこには、少し離れた場所で黙然と立つ男――グレンの姿があった。
「紹介するね。彼はグレン・ルシェイド。最近出会って、一緒に旅をすることにしたんだ。《アークノクス》って名前でパーティ組んでるの」
その瞬間、三人の若者たちはぴたりと動きを止め、一様に目を丸くする。
だが、次の瞬間に沈黙を破ったのは、やはり彼女だった。
「えっ、えっ、えぇっ!? リュアさんの……な、仲間!? パーティ!?」
ミリアが目を丸くし、声を裏返らせながらリュアとグレンを交互に見つめる。
「ちょ、ちょっと待って!? あの“パーティ組まずに全部ひとりでこなしてきた”リュアさんが!? しかも《アークノクス》って……なにそれ、かっこいい! リュアさんが名前つけたの? それともグレンさん!?」
動揺のあまり、両手をぶんぶん振り回すミリア。
リュアは苦笑しながら、そんな彼女を軽く手で制した。
「落ち着いて、ミリア」
「……リュアさんと同行できるくらいの実力ってことですよね。なるほど」
レイが静かに呟く。ベージュの髪が風に揺れ、深緑の瞳がグレンをじっと観察していた。
やがて、その表情をやわらげると、丁寧に口を開いた。
「レイといいます。よろしくお願いします」
「サーシャです。……よろしく、お願いします……!」
その隣で、サーシャが小さく頭を下げる。
深くかぶったフードの奥からのぞく水色の瞳が、不安と緊張に揺れながらも、しっかりとグレンを見つめていた。
少し落ち着きを取り戻したミリアが、一歩前に出る。
「ミリアです! よろしくお願いします!」
さっきまでのはしゃぎようとは違い、真っ直ぐな声色での挨拶だったが、その瞳は生き生きと輝いていた。
「ああ……」
グレンは表情を変えないまま軽く頷く。
(ディアスが話していた、三人の弟子……か)
リュアが唯一取った弟子で、強さだけじゃ足りないと気づくきっかけになった三人。
実際に会った三人の、迷いのない声の響きに、グレンはなるほど、と納得する。
そんなグレンの様子を、リュアはじっと見つめていた。緊張も、嫌悪もないようだ。
ふと笑みをこぼし、彼に向かって言う。
「三人とも、すごくいい子達だから、グレンも気楽にしていいからね」
グレンはリュアのほうを向き、まっすぐに目を見据える。
「目つき……お前に似ているな」
「え?」
リュアは不意を突かれたように瞬きをした。
「まっすぐな目をしている」
その言葉に、リュアの口元がふわりと緩む。
「ずっと前を向いて努力してきた子たちだからね」
瞳の奥に、弟子たちへの誇らしさと愛情がにじんでいた。
「わあ! リュアさんにそんなこと言われて嬉しいです!!」
ミリアが勢いよく飛びつく。
「もう、ミリアったら……」
口ではそう言いながらも、リュアの表情は明らかに嬉しそうだった。
ミリアの後ろでは、レイとサーシャも小さく笑みを浮かべ、誇らしげに師を見つめていた。
ふと、リュアは周囲の薬草地に視線を向けた。
「……よし。じゃあ、あとは私がやっちゃうね」
そう言って軽く息を吐いた彼女は、いたずらっぽく口元を緩める。
「採集なら、風魔法だよ!」
ニヤッと笑いながら、空へとひと振り――
次の瞬間、風がざわりと走った。だがそれはただの風ではない。
草木を傷つけず、必要な薬草だけを選び取る繊細な魔力制御。葉の揺れ方一つにまで配慮された、熟練の風の舞。
刃のように鋭く、それでいて絹のように柔らかく――選び抜かれた薬草だけが、するすると浮かび上がり、正確に用意された籠の中へと収まっていく。
「……さすが、リュアさん……」
誰ともなく、そんな声が漏れる。
その場の空気が落ち着いた頃――ミリアが、ぽりぽりと頬をかきながらリュアに歩み寄ってくる。
「ねえ、リュアさん……ちょっと、相談っていうか、聞いてほしいことがあって……」
いつもの快活な笑顔に、どこか照れくさそうな陰りが混じっている。
リュアが軽く首をかしげて見せると、ミリアは口をとがらせながら言った。
「私、相変わらず……火属性の魔法、ぜんっぜん制御できないんですよ~……。ちょっと調子に乗ると、すぐ爆発しそうになるし……剣に纏わせるだけでもいっぱいいっぱいで」
思い出したように肩を落とし、ぐったりと両腕を下げる。
「ほら、さっきのリュアさんみたいに、風をきっちり操って“ここだけ”ってできたら、もっと楽になるのに……って。うぅ、羨ましい~!」
琥珀色の瞳がじっとリュアを見つめる。そこには、敬意と、少しの悔しさと、成長したいという素直な思いが混ざっていた。
そんなミリアの言葉に、傍らのレイが口元を緩めた。
「……まあ、それは俺たちも、よく知ってますからね。制御の甘い火属性は、付き合いがいあるっていうか……」
冗談めかしたその声音に、ミリアが勢いよく振り返る。
「ちょ、ちょっとレイ!? なんか言い方がひどくないっ!?」
顔を真っ赤にし、眉をつり上げるミリアに、レイは肩を竦めながらも、どこか楽しそうに目を細めた。
「事実だろ。……この前の依頼でも、剣に魔法纏わせすぎて、そのまま木ごと吹っ飛ばしかけてたじゃないか。後ろで俺、めちゃくちゃ焦ったんだから」
「うぅ、それは……ちょっと熱量の調整間違えただけでっ……!」
唇をとがらせて抗議するミリア。その姿に、今度はサーシャがそっと口を開く。少しだけ肩をすくめ、申し訳なさそうにしながらも、瞳はどこかあたたかい色を帯びていた。
「……あのとき……ミリアの火球が、ほとんど私のローブかすめてて……。魔法障壁なかったら、今ごろ……焼けてた、かも……」
「ひいっ、ご、ごめんってば、サーシャ! あれは事故だったの! 本当に!」
あわてて両手を合わせ、全力で平謝りするミリア。額には汗がにじみ、頬は羞恥でさらに赤く染まっている。
その様子を見て、リュアは堪えきれず吹き出した。肩を小さく揺らしながら、やさしく笑う。
「あはは! ちょっと大人になったと思ったけど……そういうところは変わらないんだね」
からかうような言葉に、ミリアは一瞬口を開けたまま固まり――すぐに頬をさらに赤く染めた。
唇を引き結び、反論しようとするも言葉が詰まり、視線が泳ぐ。
それでもやがて、ぐっと顔を上げ、強がるように声を張った。
「……成長、してるもん! ……たぶん……ちょっとはっ!」
琥珀色の瞳には、照れと悔しさ、そしてリュアにもう一歩近づきたいという強い思いが滲んでいた。
それを見たサーシャも、ふっと表情を和らげ、隣でレイが小さく息をついた。
無言のまま、グレンはその様子を見つめていた。どこか緩んだ視線が、穏やかな空気に溶け込んでいく。
静かに流れる風の中、薬草の香りとともに、穏やかな時間がそこに広がっていた。




