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鍵と光の希望  作者: SUZU
2章:沈黙の街
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沈黙の街1

 セントレアを出発して、北東へと歩き続けて丸二日。

 穏やかな丘陵地帯を抜け、視界が開けた先に、灰色の石壁と赤茶の屋根が並ぶ都市が見えてきた。



 街道沿いの木立の向こう、商隊や旅人が絶え間なく行き来している。

 地方では中規模にあたる商業都市、。その輪郭が、昼の陽光に照らされてはっきりと浮かび上がっていた。



 そんな中、隣を歩いていたリュアが、ほんのり弾む声で口を開く。



 「ねぇ、グレン」



 呼びかけに応じて、グレンがそちらへ視線を向ける。

 リュアは、にやりと挑発めいた笑みを浮かべた。



 「ギルド支部の訓練場でさ、手合わせ、してみない?」


 「……手合わせ?」



 グレンは小さく首を傾げる。



 「そう。お互いに戦い方の傾向とかもわかるし――それに……」



 言いながら、リュアはふいに数歩先へ駆け、グレンの正面でくるりと振り返った。

 その表情は、これから遊びに出かける子どものように楽しげだ。



 「なかなか、本気を出せる相手っていないんだよね。グレン相手なら、きっと私も戦い方の参考にもなるから」



 一拍おき、きりっと目元を引き締めて上目づかいに睨み上げる。

 その瞳には明らかな闘志が宿っていた。



 「……あと、私がグレンにどこまで通用するか、試してみたいんだ」



 ふふっと笑みを深めるその様子は、今にも殺気を放ってきそうな勢いだ。グレンは思わず眉をひそめる。



 この二日間の道中、結界領域からセントレアに向かったときとは違い、リュアのいろんな一面が目に入った。



 道端で商人の荷馬車が車輪を石畳の割れ目に取られ動けなくなっていれば、迷わず駆け寄って押し出すのを手伝い、見晴らしのいい丘や小川沿いの景色を見つければ「見て、グレン!」と手招きし、珍しい毛並みの小動物を見つければ、逃げられないよう距離を測りながら後を追う。



 煩わしくはない、途切れぬ活気と好奇心――それが彼女という存在を際立たせていた。



 「……まぁ、構わないが」



 短く答えると、リュアはぱっと笑顔を輝かせる。



 「お前……戦闘することが好きなのか……?」



 あまりにも嬉しそうにする様子に、グレンは思わず問いかけた。

 リュアは一瞬、瞬きを数度繰り返し――にかっと口角を上げ、手を後ろで組む。



 「うん、好きだよ。戦闘を重ねれば強くなれるし、そしたらもっと、人を守ることができるから」



 その言葉に、グレンはわずかに目を見開き、そしてふと目を細めた。



 「……その考え方は、なかったな」



 リュアは手を下ろし、少し柔らかな声音になる。



 「グレンは、戦闘は嫌いかな?」



 「いや……必要に迫られて身につけただけで、好きか嫌いかなんて考えたこともなかった」



 顎に手を当て、少し思案するように視線を落とす。



 「同じ事象でも……捉え方によって、こんなにも変わるものなのか」



 その言葉に、リュアは力強い笑みを返す。



 「これからは二人だからさ。一緒に強くなって、生きるためだけじゃなく――たくさんの人を守るために力を使えるんだよ」



 その真っ直ぐな眼差しと声色に、グレンの胸の奥で何かがわずかに揺らぐ。

 言葉を噛みしめるように、彼はリュアを見つめ――静かに頷いた。



 リュアは再び《レーンハル》の街へと向き直る。



 「だから、これからグレンとたくさん手合わせして、もっと強くなるぞー!」



 おー!と片手を高く上げ、そのまま軽やかに歩き出した。



 「……手合わせは一回じゃないんだな」



 小さくため息を漏らしながら、グレンもその後を追った。


***


 都市の門をくぐった瞬間、街の喧騒と匂いが肌にまとわりついた。

 石畳の通りには露店が立ち並び、香草や果物の甘い香り、打ち鍛えられた鉄の匂いが、風に混じって鼻をくすぐる。



 行き交う商人の呼び声、駆け抜けていく子どもたちの笑い声、背に武器を負った冒険者たちの足音――あらゆる音と匂いが入り交じり、この街が確かに“動いている”ことを物語っていた。



 「にぎやかだね」



 リュアが軽く伸びをしながら言う。

 グレンは街の様子に目をやっていた。



 封印される以前は、街の喧噪は遠くから“隠れて”見るしかなかった。

 こうして人の波を、手を伸ばせば届く距離で感じるのは初めてで――その新鮮さと、わずかな落ち着かなさが胸に同居していた。

 だが、それを表情に出すことはなかった。



 「あ……ちょっと寄っていい?」



 そう言うリュアの横顔は軽やかで、グレンも深くは問わず、小さく頷く。



 「ギルドの依頼に限らず、街の人のお手伝いもよくやるんだ」



 歩きながらリュアが続ける。



 「ギルドだと、大がかりな依頼がほとんどでしょ? でも、困ってることってそれだけじゃないと思うから」



 ふたりが足を止めたのは、広場の一角にある木造の建物だった。

 外壁には『救護施療院』と彫られた木札が掲げられている。



 中に入ると、簡素な木製のベンチが並び、薬草の香りがほのかに漂っていた。

 診察待ちの市民が数人腰をかけており、穏やかな空気の中に“街のための支援所”としての役割が滲んでいる。



 「いらっしゃいませ。ご用件は?」



 受付に立っていた中年の女性職員が、丁寧な声で迎えた。



 「旅の途中なんですけど……何か手伝えることがあればと思って」



 リュアは柔らかな笑みを浮かべる。

 だがその瞳は、しっかりと周囲を見渡していた。

 手の足りていない受付、慌ただしく行き来する職員、控え室から運ばれてくる傷病者――。



 「回復魔法が使えます。もしよければ、怪我や病気で苦しんでいる方の治療をさせていただけませんか?」



 その申し出に、女性職員は目を丸くし、ぱっと手を合わせた。



 「本当に? 回復魔法を使える方なんて滅多にいらっしゃらないので、とても助かります!」



 回復魔法を扱える“聖属性”の術者はごく少ない。

 聖属性そのものが希少であるうえ、魔力の制御が難しく、実用に耐える者となるとさらに限られる。

 大半はかすり傷を癒すのが精一杯で、深手や複雑な損傷まで治せる者はほんの一握りだ。



 女性職員に案内され、リュアとグレンは受付奥の治療室へと足を踏み入れる。

 部屋には複数の傷病者が横たわり、浅い呼吸や苦しげなうめき声が静かに重なっていた。



 「そしたら、一気にいきますね」


 「えっ?」



 職員が不思議そうに振り向いたときには、すでにリュアの両手に黄金色の光が集まり始めていた。



 「《天癒セレスティア・ヒール》」



 瞬間、柔らかな光の粒が部屋いっぱいに広り傷病者たちをひとり残らず包み込んでいく。

 血で固まった衣服がふわりと緩み、切り傷はゆっくりと塞がっていく。荒かった呼吸は次第に穏やかになり、苦痛の色が顔から消えていった。

 光は熱を持たず、ただ優しい温もりだけを残して消えていく。



 グレンはその様子を、わずかに目を細めながら見守っていた。

 魔力の収束、流れの滑らかさ、意識の配分――そのすべてが高い次元で制御され、無駄が一切ない。



 だが、それ以上に感じられるのは温かさだった。

 技術ではない、ただの力でもない。



 ……あれは、在り方そのものだ。

 そう思えた。



 彼女の光魔法は、まるで“彼女自身”がそのまま差し出されているかのように、人々を包み込んでいた。



 「……まさか、あなたが」



 女性職員が、ふと目を見開いた。



 「リュア・ゼフィラさん、ですよね? 光属性のSランク冒険者の……」


 「はい。少しでも力になれたらと思って」



 リュアは穏やかに微笑む。



 「助かりました、本当に……。でも、正直に言うと、今ちょっと別の件でも困っていまして」


 「というと……?」



 リュアが静かに首を傾げる。



 「薬草のことです。ギルドに採集依頼を出してるんですが、最近はなかなか対応してくれなくて……前はもっと早かったんですけど」



 その言葉に、リュアの目が僅かに細められる。

 レーンハルのような規模の街で、基本的な薬草採集依頼の対応が滞ることは、本来ほとんどない。



「……何か理由は聞いていますか?」


「いえ、特には。人手が足りてないのかしら……」



 リュアはふと、目を伏せた。

 現場の負担にも直結する簡易依頼が軽視されるとなれば――何かしら、裏があるのかもしれない。

 だが、次の女性職員の言葉に思考が途中で止まった。



 「今は仕方なく、若い三人組にお願いしてる状態なんです」


 「三人組……?」


 「ええ、皆まじめな子たちです。一人は火属性の剣士の女の子、元気で真っ直ぐな子でね。ほかに落ち着いた弓使いの青年と、少し控えめな魔術師の子がいて――三人で協力して頑張ってくれてます」



 職員が語った三人の姿に、リュアのが穏やかになる。

 その瞳に、懐かしげな色が宿る。



 小さく息を吸って顔を上げると――そこには、柔らかな喜びの気配が滲んでいた。

 ただの微笑に見せかけて、その心の奥に湧いたものを隠しながら。



 「せっかくなので、私も少しだけ薬草採集を手伝ってきます。私が加われば、少しは楽になるかもしれませんし」



 「ありがとうございます……あの子たち、無理してるみたいだったから……」



 リュアはグレンの方を向き軽やかに声をかける。



 「グレン、薬草採集に私たちも行こう!」



 グレンは何も言わず頷き、歩き出したリュアの背を追うように足を向けた。

 その背中は、迷いなく人のために動こうとする者のものだ――そう思いながら、ただ静かに歩調を合わせた。

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