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鍵と光の希望  作者: SUZU
1章:試練の証明
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閑話①『誰かと並ぶ未来』

前半はリュア視点、後半はグレン視点になります!

 ――ギルド地下訓練場・夕刻



 私は模擬戦用の標的と向き合っていた。



 構えた双剣に風の魔力が集まり、足元にかすかな渦が巻く。標的までの距離を測ることもなく、私は迷いなく踏み込んだ。



 反射のような連撃。 技術でも戦術でもない。ただ、身体が勝手に動いている感覚。

 無駄を削いだ刃の軌道が、標的を次々と切り裂いていく。

 けれど――



 「……っ」



 振り下ろした一撃が、ほんのわずかに遅れた。

 標的は反応しなくなり、淡く光る魔力がしゅうっと音もなく消えていく。



 私は双剣を下ろし、一歩だけ後ろへ退いた。

 呼吸を整えようとしたのに、胸の奥がまだざわついている。



 ……考えすぎると、手が鈍る。

 頭の中で、あの部屋で話されているだろうことが気になってしまっている。



 ディアスの部屋。 きっと今、グレンはそこで私の過去を聞いているだろう。

 何があったのか。どうして私が“仲間”を作らなくなったのか。――全部。



 自分の過去を明かすって、簡単なことじゃない。

 恐れていたのは、拒絶されることじゃなかった。



 ただ――彼にとって重すぎるんじゃないか、それが気がかりだった。



 あの人は、ずっと一人だった。

 人と深く関わらずに、距離を保って生きてきた。



 そんな彼に、私の過去を背負わせるようなことを話して――ただの負担になるんじゃないかって、そう思ったんだ。



 だけど、私は見た。エングレイブで。

 あの人の中にも、ずっと深い孤独があった。

 ――私と、似ていないようで、似ていた。



 それに気づいたから。

 伝えたほうがいいかもしれないって……思えた。

 彼にとっても、そのほうがきっと、歩きやすくなるかもしれない――そんな気がした。



 私が孤独を知っていること。

 だからこそ、あの人の重さも少しは分かるかもしれないって。



 そして……彼のことを知ってしまった私が、自分のことだけ隠してるなんて、フェアじゃない。

 一緒に歩くなら、同じだけの覚悟でいないと。

 “仲間”って、そういうことだと思うから。



 額の汗をぬぐう。



 誰かに押しつけられた言葉じゃなく、ただ黙ってそばにいてくれる――そんな支え方もあると教えてくれたのは、ディアスだった。

 励ましも、慰めも、いらないときには何も言わない。



 でも――いつも、そばにいてくれた。



 ……だから、救われたんだ



 評価とか、見返りとか、そんなものじゃない。

 ただ“そこにいる”ってことが、あんなにも支えになるなんて。

 そう思えたのは、ディアスがいたからだ。



 ――あの朝のことを、思い出す。

 珍しくディアスが沈んだ顔をしていた。

 私に一枚の報告書を手渡して、静かに言った。



 『――結界領域に、行ってほしい』



 封印の監視に異常が出ている。

 “魔王”と呼ばれた存在が現れるかもしれない。

 その正体も、対話の可能性も不明。



 任務というより……もはや、賭けだった。

 それでも私は、即答した。 自分なら勝てるかもしれない。

 たとえ負けても、時間は稼げる。



 なにより、他の誰かを送るより、自分が行くほうがずっと効率的――そう考えた。



 ……でも、あのときのディアスの目。



 『お前しかいない』って言いながら、ほんの一瞬、“行かないでほしい”って気持ちが滲んでいた。



 言葉にしなくても、私はそれを感じ取っていた。



 それでも、迷わずに言った。



 『私が行く』



 誰かのために、この力を使う。

 その覚悟は――あの日から、何も変わっていない。



 私は壁にもたれて、しばらく目を閉じる。 ゆっくりと息を吸って、吐いて。

 それから、立ち上がった。

 視線の先には、新しい標的が静かに佇んでいる。



 剣を抜く。



 剣先に魔力が集まり、風がそっと渦を描く。



 ――私は、ずっと“誰か”を守りたかった。 両親が命を懸けて遺してくれたこの力で。

 それだけは、変わらない。



 でも……それを“ひとりで”やらなきゃいけないって、いつから思い込んでたんだろう。

 誰にも頼らず、誰にも甘えず。

 誰かが泣くくらいなら、自分が全部引き受ければいいって。

 そうやって、戦ってきた。



 だけど――



 彼と、あの村で数日だけでも旅をしてみて、分かったんだ。

 隣に立ってくれる人がいるだけで、こんなにも、心が軽くなるなんて。

 共に剣を振るった時間。言葉なんて交わさなくても、背中を預け合えるあの感覚。



 それは、“信じて”なきゃ得られない。

 そして、信じるには――きっと、誰かと並ぶ勇気が要る。



 私は踏み込む。



 風が走り、剣が標的を斬り裂く。



 ひとりの力だけじゃ、守れるものには限界がある。

 でも、ふたりなら。

 きっと、もっと――



 もう一撃。

 鋭さと柔らかさを兼ねた斬撃が、中心を正確に貫いた。

 風の余韻の中で、私は思う。



 ――彼となら、きっともっと強くなれる。

 誰かの明日を、守れるかもしれない。



 残骸が風に舞い、訓練場の空気に静かに溶けていく。

 頬に流れる汗を拭いながら、私はそっと微笑んだ。



 ――だから、私はまた進める。

 もう、“ひとりじゃない”今なら――

 きっと、もっと遠くへ行けるって、信じられる。


***


 冒険者登録を済ませ、ディアスからリュアの過去を聞いた、その夜。

 俺はひとり、静かに考えに耽っていた。



 セントレアについたあの日。

 ――王国の研究機関に調査対象として留まるか。

 それとも、冒険者としてリュアと共に旅をし、クエストを受けるか。



 ――最初は、単純な理由で選んだ。

 封印される前、俺はずっと一人で旅をしてきた。

 誰とも深く関わらず、ただ道を歩き続けていた。



 だから、一つの場所に腰を落ち着ける自分の姿など、どうしても想像できなかった。

 そして、自然にクエストを受ける方を選んだ。



 けれど――。



 封印が解けてから、俺はリュアと関わり、グリーダ村ではカイルやヴァン、ティオたちと時間を過ごした。



 驚いたのは、誰ひとりとして俺の容姿を怖がらなかったこと。

 今までの価値観がひっくり返るような感覚と、胸の奥底で、ほっと息をつけるような温もりが確かにあった。



 異形の魔物との戦いでは、俺はリュアのフォローに回った。

 人と連携して戦う方法など知らなかったが、あの時、確かにあいつは俺を信頼して動いてくれていた。



 そしてその夜――どうして俺と冒険をしたいのかと尋ねた時、リュアは迷いなく答えた。



 『出会った人たち、見た景色、得た経験――全部、心の中だけにしまっておくのが、ずっと寂しかった』


 『それを、誰かと分かち合いたくて……一緒に歩いて、笑って、進みたくて……』


 『……魔法、すごく、きれいで……つい、想像しちゃったんだ。グレンと一緒に冒険ができる未来を』


 『だからね、思わず言っちゃったの。“一緒に冒険しよう”って』


 『……グレンと一緒に旅をしたい。だから、私はキミを誘った』



 助けたいから、ではない。

 哀れんだから、でもない。

 あくまで――「自分がそうしたいから」。



 そう言い切ったリュアの瞳には、迷いも計算もなかった。



 一緒に旅ができるだけの実力があること。

 そして、封印前にあれだけ恐れられていた俺の魔法を“きれい”と表現したこと。



 そこに、過去も事情も関係はない。

 ただ今の俺を見て、そう思ったから口にした――それだけだった。



 何かを求めるでもなく、救おうとするでもなく。

 ただ隣を歩きたいというだけで、真っすぐに向けられる言葉。

 思っていたよりも、ずっと静かに、胸に染みていた。



 嫌ではなかった。

 むしろ――心の奥で、何かがわずかにほどけていた。



 警戒ばかりしてきた俺の心が、知らぬ間にその声に耳を傾け、その存在を受け入れようとしている。



 気づけば、単純な理由で選んだはずの道は、「リュアと一緒に冒険してみたい」という、自分の意思を伴うものに変わっていた。



 感情が人より欠けているだろう俺が、そんなことを思うなんて――想像もしていなかった。



 《エングレイブ》を受け、倒れた後。

 目を覚ました病室で、リュアは俺を心配だと言った。



 封印される前の旅でも、「誰かがこう思っている」という感情は、街での滞在中、人々のやりとりを遠くから眺めて推測してきた。



 表情や声色から、その場に流れる空気を読むことはできたし、正しいかどうかはわからないが――ある程度は見当をつけられたつもりだった。



 だが――自分に向けられるとなると話は別だ。 心配されるという感覚が、どうにも掴めない。

 言葉の重さも、視線の熱も、胸の中で行き場を失い、ただ戸惑いだけが残った。



 人に対する警戒心は消えていない。

 「大事に思う」という感情も、まだ輪郭が掴めていない。



 それでも――。

 リュアが危険に晒される場面を想像した瞬間、胸の奥がざわりと揺れた。

 その感覚は、言葉にできないほど居心地が悪く、同時に忘れられないほど鮮やかだった。



 ディアスが語ったリュアの過去。

 それは俺と違うようで、どこか似ていた。むしろ見方によっては、俺よりもきついかもしれない。

 俺は人と関わる機会がほとんどなく、ある意味では諦めるしかなかった。



 だがリュアは違う。



 人を知っている。多くの人から期待や敬意を受け、それを背負ってきた。

 それを――一人で抱えるしかなかったのだ。



 人と関われるのに、孤独だった。

 比べるものではないし、俺にはその辛さを推測することしかできない。



 進んで話すようなことではないはずなのに、まっすぐなあいつのことだ。俺の過去を知って、自分のことも伝えなければフェアじゃない――そう考えたのだろう。



 出会ってまだ十日ほど。倒れていた期間を除けば、実質一週間程度。

 それでも、あいつがどれほど“強い”かはわかる。



 力だけじゃない。



 迷っても、立ち止まっても、最後には必ず前を向ける強さだ。

 その背中は、俺に「ついてこい」と語りかけてくるのだろう。



 そして俺も、これからは人と関わって生きていくことになる。

 今までは避けざるを得なかったが、今度は避けることはできない。



 そんなことを考えているうちに、ふっと息が漏れた。



 「……ベッドで寝てみるか」



 封印される前とは違う生活。それは確実に、受け入れていかなければならない。



 視線をベッドに移す。

 昔なら、そんな場所で眠るなんて考えもしなかった。



 だが――ほんの少しだけなら、この変化を受け入れてみてもいい。

 背中を預けてもいいと思える相手が、今はいるのだから。

 その隣なら、少しだけ遠くまで歩けるかもしれない。



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