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鍵と光の希望  作者: SUZU
1章:試練の証明
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試練の証明28

 ディアスは深く息をつき、背もたれに身を預けた。



 「……あの時、正式な後見人登録なんかはしてねぇよ」



 語る声は低く、しかしどこか安らぎのようなものを含んでいた。



 「当時リュアは、まだ十二……未成年だった。だから最低限の保護申請だけは出した。けど、それ以上はしなかった」



 ゆっくりと視線を伏せ、口元をわずかに緩める。



 「当時の俺はギルドの副本部長って立場だったからな。もし正式に養子として迎えてしまえば、リュアは“役人の娘”って扱いになる。

  保護対象として制限も増えるし、周りの目も変わる。……それじゃ、あいつの足を、俺の名前で縛ることになっちまう」



 そして一拍置き、ディアスは静かに言葉を継いだ。



 「……だから、肩書きなんざいらなかった。ただ、俺の中で決めたんだ。家族ってのは、書類じゃなくて、在り方だってな。あいつを娘として接すると。そっちのほうが、ずっと自然だった」



 グレンの表情の変化はわずかだったが、まなざしには確かに、静かな敬意が滲んでいた。

 その言葉の重みと向き合うように一言も発せず、ただ耳を傾けていた。



 「全部抱え込むには、まだ小さすぎた。けどあいつは、それでも歩こうとしてた」



 再びディアスが口を開いたとき、声には微かな熱があった。



 「だから俺は、せめて“歩ける場”を守ってやろうって思ったんだ」



 ふと、ディアスが昔を思い出すように目を細める。



 「……十五歳になる前だったか。あいつが、初めてパーティを組んだのは」

 「年齢も近くてな。あいつに憧れてた若手の数人が、自然と集まった。ギルドも推薦した形だ」



 当時の空気が蘇るように、ディアスは淡々と語る。

 リュアを信頼していた若者たち。皆、目を輝かせて、彼女の背を追いかけていた。



 『リュアの力があれば、もっと高難度のクエストに挑める』

 『一緒に行けば、どんな敵だって倒せるはずだ』

 『もったいないよ。あんなに強いのに、簡単な依頼ばかりじゃ――』



 そう語る彼らに、リュアは静かに、しかし真剣に応えた。



 『……ねえ、クエストって、命を懸けて挑むものなんだよ』

 『だからこそ――パーティ全体の実力に合った依頼を選ぶべきだと思うんだ』



 その目は、真っ直ぐだった。

 躊躇も、曖昧さもなかった。



 『たしかに、私は戦えるかもしれない。でも……もし、みんなを守れなかったら、どうするの?』



 その言葉に、仲間たちは一瞬黙り込んだ。

 だが、すぐに、照れたような笑みを浮かべて返す。



 『……心配しすぎだよ、リュア』

 『俺たちだって成長してる。いつまでも足手まといじゃない』

 『せっかく一緒にいられるんだ。挑戦してみたいんだ、あんたと』



 仲間たちの声には、信頼と希望があった。

 リュアはその言葉に、ほんの少しだけ、表情を揺らす。

 それでも、最後は静かにうなずいた。



 ――彼らが選んだのは、ギルド内でも中堅以上向けとされる《群生地の掃討任務》だった。



 ディアスの視線は静かに遠くを見つめる。

 語られる声は低く、だが胸の奥に沈殿した痛みを滲ませていた。



 「……当時、リュアがそのクエストを受けた判断自体は、間違っちゃいなかったんだ」



 静かに吐き出すような口調だった。

 グレンは黙って耳を傾けている。



 「内容は事前調査に基づいたものでな。危険はあったが、あいつらの実力ならこなせる範囲ではあった。パーティ構成を考えても、慎重にやれば……問題なかったはずなんだ」



 実際、進行は順調だった。

 密林の入り口から目的地まで、リュアも仲間たちも、役割を分担しながら着実に進んでいった。

 互いに声をかけ合い、細心の注意を払って。



 だが――その“順調”は、あっけなく崩れた。



 「……あそこには……想定されてなかった“三体”がいたんだ」



 ディアスの声が、一段沈む。

 グレンがわずかに眉を寄せた。



 「本来なら、あの地域に出るはずのない魔物だった。分類で言えば、“群生地”の範疇じゃない。広域に縄張りを持つ、異種の上位個体。報告にも記録はなかった」



 不意に現れたそれは、まさしく計算外の存在だった。

 静かな密林を切り裂くように飛び出し、隊列を狙って襲いかかる。



 「リュアはすぐに状況を把握した。……敵の格が違う。仲間たちじゃ、太刀打ちできない。だからこそ――自分が前に出て、守らなきゃいけないって……そう思ったんだろうな」



 でも実際には、“どう守るか”が難しかった。

 前に出れば、仲間の背後ががら空きになる。

 かといって下がれば、そのまま突破を許してしまう。



 「攻めにも守りにも、半端になった。……結果、動きが数手、遅れた」



 静かな語り口のまま、ディアスの眼差しがわずかに伏せられる。



 「……仲間の一人が、深手を負った」



 リュアはその魔物を討ち取った。

 間に合った、と言えば――それは、命だけの話だった。



 ギルドに戻った彼女は、誰にも何も語らぬまま――静かに、解散の手続きを取った。

 仲間たちと顔を合わせることもなく、言葉を交わすこともなかった。

 説明も、謝罪もなく。ただ、それが“けじめ”なのだと、自分に言い聞かせるように。



 「……あいつは、全部、自分の責任だと受け止めてた」



 ディアスの口調には、わずかな苦みが滲んでいた。



 「でもな、仲間たちは、誰ひとりリュアを責めたりしなかった」

 「命は助かったが、一人は右腕を失った……それでも、誰も彼女のせいだとは言わなかった」

 「むしろ、全員が……あいつに守られたって、そう口にしてた」



 わずかに目を細め、ディアスは続ける。



 「ただ、それでも――心に残ったものは、あったんだろうな」

 「一人、また一人とギルドを離れていった。静かに、何も言わずに」



 そこに責任や怒りはなく、ただ、それぞれの想いがあっただけだった。



 そして――



 『……守れなかったのは、私のせい』



 誰を責めるでもなく、何かに縋るでもなく。

 ただ、自分自身に罰を与えるように。



 「……それ以来、あいつは二度と、“仲間”って言葉を使わなくなった。そしてソロでの活動しかやらなくなったんだ」



 その一言に、グレンの眉がわずかに動いた。



 「戦えるから強いんじゃない。……守れるから、強いんだ。あいつは、誰よりもその理屈をわかってた」



 沈黙がふたりの間に落ちた。

 ディアスはソファの片腕に肘を預け、視線を少し遠くへ向けた。



 「……それから数年。俺はギルドの副長から、正式に《セントレア本部》のギルド長に就任した」

 「ちょうど、リュアが十七になった年だ。あいつは相変わらず――いや、以前にも増してソロでの活動にこだわっていた」



 その言葉の裏に滲むのは、誇りと、そして痛み。

 リュアの名は、すでに本部内外で“逸材”として広く知られる存在となっていた。



 だが――ギルドの原則では、高難度任務におけるソロ行動は原則として禁じられている。



 それでも、彼女は譲らなかった。



 「……あいつは、俺のところに来て、言ったんだよ」



 ディアスの視線の奥に、記憶の光が灯る。

 場面が切り替わるように、かつてのギルド長室の扉がノックされる音が蘇った。



 『――ねぇ、ディアス。ソロで行かせて。私ならできるから』



 その声には、無謀な挑戦者の熱はなかった。

 過去を背負い、誰も巻き込まないと決めた者の、静かな覚悟だけがあった。

 ディアスは目を伏せながら、ゆっくりと息をついた。



 「その目を見て、俺は条件付きで許可した。事前のリスクの洗い出しを必須にしてな」



 それは、ギルド長として下せる、限界ぎりぎりの裁量だった。

 その後、リュアが請けた任務はどれも過酷だった。



 危険区域の制圧。未確認魔物の討伐。迷宮の深層探索。

 本来なら、熟練のパーティが挑むべき難易度ばかりだ。



 「けど、あいつはひとりで全部こなしてきた。文句一つ言わず、黙々とな」



 語る声には、かすかに誇らしさが混じる。

 当時の任務報告書に記された文字は、いつも簡潔で、感情の滲みもなかった。

 だがその裏にどれだけの痛みと疲労、決意があったか――ディアスは知っていた。



 「支えるべきか、止めるべきか。何度もそう思った。……けど、あいつはそのたびに、結果を出し続けた」



 ギルド長としての立場。そして“娘のように見守ってきた”者としての思い。

 その狭間で、ディアスは幾度も揺れた。



 「他の冒険者からの嫉妬もすごかったよ」



 ディアスはわずかに眉を上げ、苦笑を含ませたまま言葉を継いだ。



 「“あいつばっかり特別扱いだ”とか、“ギルドの後ろ盾があるから許されてる”とか、陰でいろいろ言われてた。……けどな、」



 一拍、言葉を切る。その声は、やがて静かに引き締まった。



 「リュアは全部、“実力”で黙らせたんだ。どれだけ言われようが、一度も言い返さず、ただ黙々と結果を出し続けて……気づけば、誰も文句を言えなくなってた」



 その姿勢が、かえって彼女の孤独を深めていたことも――ディアスは、知っていた。



 「本部の上層は、ずっと目を光らせてた。……放っておけば“ギルドが危険行為を黙認している”って批判されかねなかったからな」



 結果を出していても、規則に従っていない――

 それだけで、組織の正義は“異端”を切り捨てようとする。



 「これ以上、あいつのソロ活動を黙認するわけにはいかない――と、通達が来た」



 苛立ちを押し殺すような口調だった。

 グレンは、ただ静かにその言葉を受け止めている。



 「どれだけ結果を出していようと、“方針に従っていない”ってだけで、排除対象になりかけた。現場の現実なんて、知ろうともしない連中がな」



 苦い現実が、ディアスのまなざしに滲む。



 「けどな……その“通達”が届くよりも前に、あいつは、もう――」



 それは“規則”に従った者の行動ではない。

 “信念”に従った者だけが踏み出せる、孤独な一歩だった。

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