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鍵と光の希望  作者: SUZU
1章:試練の証明
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試練の証明25

 グレンは、その横顔に一瞬だけ視線を向けたあと、自分のプレートへと目を戻す。

 そして、そこに記された一文で、ふと動きを止めた。



 「……光属性……か」



 思わず漏れた呟きは、誰に向けたでもない、ごく自然な声だった。



 この世界には、八つの属性――光、闇、風、火、水、土、聖、呪――が存在する。

 物心がつく五歳前後に魔力が発現し、その者の精神傾向や体質に応じた「メイン属性」が自然と現れる。



 だが、それを自ら選ぶことはできず、血筋や家系とも無関係に、完全に“偶然”によって定まるものだった。



 生まれながらに複数の属性を持つ者はいない。

 第二の属性、いわゆる“サブ属性”は、後天的な魔力制御の素質と、過酷な鍛錬によってのみ身につけることができるが、それは極めて困難な道のりだ。



 三属性以上を使いこなす者ともなれば、歴史に名を刻む英雄級の存在とされ、その数はほんの一握りにすぎない。



 そして、光属性――

 それは、現在残されている記録の中でも、何世代にもわたり“存在しない時代”があるほど希少な属性だった。



 同時代に複数存在した例は一度もなく、リュアのように光を主属性として持つ者が現れるのは、文字通り“唯一無二”と言っていい。



 古文書でしか知らなかった伝説の力―― それが、今ここに立つこの人物に宿っている。

 グレンは、しばし黙ったまま、静かに見つめていた。



 その気配に気づいたのか、リュアがふと笑みを浮かべる。

 明るく朗らかなそれとは少し違い、どこか照れを帯びたような穏やかな微笑。



 「……ああ、そうだった。言ってなかったね」



 軽く手のひらを返しながら、リュアはゆっくりと語り始めた。



 「光属性って、実のところ……何ができるか、まだ全部は分かってないの。あまりにも記録が少ないから、探り探りでね。

  回復や結界、それに呪いの進行を抑えること――そういった“支援系”は問題なく使えるんだけど……」



 リュアは少し目を伏せてから、静かに続けた。



 「ただね、進行を抑えることはできても、呪いを解くことはできないんだ。解呪は、聖属性じゃないと無理みたいで」



 そこまで言って、視線を逸らし、肩をすくめた。



 「攻撃だけは、ちょっと特殊でさ。ごっそり魔力持ってかれるわりに、あんまり効かないの。もっと研究すれば何か見つかるかもしれないけど、今はとにかく消耗が激しくて……」



 「……どれくらい、消費する?」



 グレンの問いに、リュアは小さく息を吐いて答えた。



 「一発で、私の魔力の三分の一」



 その言葉に、グレンの瞳がわずかに見開かれる。

 リュアの光属性――特に“攻撃”における極端な特性に、静かに驚きを覚えていた。

 伝説のように語られていた“光”が、現実にこの世界で生きている――



 その事実を、ようやく実感として受け止め始めていた。

 リュアは、小さく笑いながら、肩の力を抜くように呟いた。



 「“世界に一人しかいない”とか、いろいろ言われてるけどさ……結局、今のところできるのは、聖属性と似たようなことばっかりなんだよね」



 それは、どこか自嘲を含んだ言い回しだったが、声色は穏やかだった。

 特別視されることへの戸惑いと、実情との乖離――その両方を、受け入れているようにも見える。



 グレンは、そんな彼女をしばし見つめ、言葉にはしなかったが、わずかに視線を和らげた。



 ふたりの情報表示が消え、静寂が戻る中、それぞれが手にしていた楕円の金属板――魔導印をそっと胸元へ戻した。



 部屋には、一時的な沈黙が満ちる。



 その中で、リュアが小さく息を吸い、ほんのわずかに躊躇するような仕草を見せた。

 そして、ためらいがちに口を開く。



 「……あのね、グレン……」



 呼びかけとともに、視線を落とすその横顔に、微かな迷いが浮かんでいた。

 グレンはその気配に気づき、静かに彼女の方へと身体を向ける。



 「カイルが、記録を見返してて気づいてくれたのだけど……」



 リュアは言葉を選ぶようにゆっくりと続けた。



 「私が、あのときグレンに回復魔法をかけたとき――グレンの魔力と魂に残ってた“干渉痕”、少しだけ……和らいだみたいなの」



 その言葉に、グレンの眉がわずかに動いた。

 戸惑いと、理解しきれない困惑が混じったような表情で、低く呟く。



 「……なんだと?」



 その声に応えるように、ディアスが手元の書類を片付けながら口を開いた。



 「ああ。カイルはな、エングレイブの検査が終わった後も、記録の追跡を続けてた。 お前にリュアが回復魔法をかけた、その瞬間の魔力応答の記録が残ってたんだ」



 リュアは小さく息を詰め、まっすぐにグレンを見た。

 その目には、真剣な想いと、わずかな希望が宿っていた。



 「……ほんの少し、効果があっただけ。 でも、光魔法って、本当に分からないことばかりで……

  これからちゃんと探っていけたら、いつか――グレンの干渉痕を、完全に消せるかもしれない」



 グレンはしばらく黙ったまま、視線を伏せる。

 そして、ぽつりと呟くように言った。



 「……魔力と魂への干渉も……まだ、わからないことばかりだが……」



 そう言ったあとで、ゆっくりと顔を上げ、リュアを正面から見つめる。

 その視線は真っすぐで、どこか探るような色を帯びていた。



 「リュア……お前が俺に回復魔法を使って、干渉痕が薄れたとして……お前自身の体には、何か……負担はないのか?」



 一拍の間を置いて、さらに問いかける。



 「……お前の魔法、ものによっては魔力をごっそり持ってかれるって……さっき言ってただろ。干渉痕を消す時も、そういうことは起きないのか?」



 その問いに、リュアは不意を突かれたように目を見開いた。



 「……え?」



 驚きと戸惑いが混じったその声に、ディアスも思わずグレンの方を見やる。

 彼の顔にも、わずかに意外そうな表情が浮かんでいた。



 だが――

 リュアはふっと力を抜くようにして、柔らかく微笑んだ。

 その表情は温かく、どこか安心したような色さえ帯びていた。



 「……大丈夫だよ。私の体に異常は出てないし、カイルからも何も報告されてない」



 それを聞いて、グレンはひとつ静かに息をついた。

 わずかに肩の力を抜き、短く頷く。



 「……そうか」



 その表情は、ほんの少しだけ――ごくわずかに柔らいでいた。

 それに気づいたリュアも、小さく頷き返す。



 「心配してくれて、ありがとう、グレン」



 静かな時間が流れた。

 三人のあいだに満ちたその沈黙は、不安ではなく、互いの想いが確かに届いた証のような、穏やかな静寂だった。



 その穏やかな空気を破るように、ディアスが軽く咳払いをし、ひとつ前へと歩み出た。



 「――さて」



 声音には、先ほどまでの柔らかな調子とは異なる、わずかに引き締まった響きがあった。

 その変化に、リュアがふと眉を上げる。



 「リュア。少しだけ、時間をもらってもいいか?」



 ディアスはグレンへと視線を移しながら、落ち着いた口調で言った。



 「グレンと、二人で話がしたい」



 リュアはしばらく黙ったまま、ふたりの顔をゆっくりと見比べる。

 ディアスの声音に込められた意味を、彼女は察していた。



 「……うん」



 淡く息を吐くように返した声は、静かで優しかった。



 「私は、地下の訓練場で少し時間を潰してる」



 気取らぬ口調の裏には、たしかに気遣いがあった。

 内容については何も聞かず、ただその必要性を受け入れる。



 いずれ向き合うべき何か。

 今こそ、その一端が語られる時なのだと、リュアは静かに理解していた。

 ディアスは無言で頷き、部屋の外――廊下の先を軽く顎で示した。



 「……こっちだ、グレン」



 グレンは一度だけ、傍らのリュアに視線を向ける。

 彼女は、穏やかな笑みを浮かべたまま、確かな意志を込めて小さく頷いた。

 それだけで、十分だった。

 グレンは何も言わず、静かに歩き出す。



 ――石造りの廊下に、ふたつの足音が淡く響いていく。

 ふたりは無言のまま、奥の執務室へと歩を進めた。

 そこには、リュアの名と共に語られるべき過去が、静かに待っていた。



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