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鍵と光の希望  作者: SUZU
1章:試練の証明
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試練の証明23

 ベッドの横で、椅子に腰かけたまま、リュアはじっと視線を落としていた。

 けれど、ふと何かを決意するように、顔を上げる。

 その瞳は、まっすぐにグレンを見つめていた。

 迷いと、それを越えようとする強さが、静かな光を帯びていた。



 「……グレンが、大丈夫だとしても……」



 その声は、小さく揺れていた。

 けれど、リュアは視線を逸らさなかった。

 わずかに唇を噛みしめ――それでも、想いを真っ直ぐに届けるように言葉を紡ぐ。



 「私が……心配なんだ!」



 その一言に、グレンの目がかすかに見開かれた。

 自分でも予想していなかった、率直な訴えだったのだろう。



 リュアは、その反応に構わず、言葉を重ねる。

 今にも感情が溢れそうになるのを堪えるように、それでもまっすぐに。



 「まだ出会って間もないけど、私は見てたよ。グレンの、不器用だけど真剣な優しさを」  

 「自分から人に近づくの、慣れてないのに……それでも、ちゃんと私と話そうとしてくれた」

 「そんな人を、ただ見てるだけなんて……私にはできない」



 その言葉に、グレンは言葉を返さなかった。

 ただ、目を伏せ、何かを探るように黙り込む。



 リュアは、その沈黙に戸惑うことはなかった。

 グレンのその表情が、彼なりに真剣に何かを考えている時のものだと、もう知っていたから。

 短い時間ではあったけれど、一緒に過ごしてきた日々が、確かにそれを教えてくれていた。



 だから、彼女は無理に言葉を急かさない。

 ただ静かに、彼の答えを待った。



 そして、やがて――



 グレンが、ぽつりと困ったような声で口を開いた。



 「……俺は……」



 その顔は、今までリュアが見てきたどんな時よりも――困惑していた。

 視線が宙に彷徨い、かすかに唇が揺れる。



 「“心配する”という言葉の意味は……知ってはいる。だが……」



 言葉が、そこで止まった。

 リュアの目が、大きく見開かれる。

 その沈黙の意味が、胸に響いた。



 ――人と深く関わらずに生きてきた彼にとって、こんなにも強く、真っ直ぐな“感情”をぶつけられたことなど、今まで一度もなかった。



 もちろん、“心配”という気持ちそのものも――



 だからこそ――

 グレンは、今、自分に向けられたその想いを、どう受け止めればいいのか、まだ分からないでいる。



 リュアは、そっと眉を寄せ、穏やかな声で口を開いた。



 「うん。……言葉として知ってるのは、きっとそうだと思う」



 グレンの視線をまっすぐに受け止めながら、ゆっくりと続ける。



 「でも、それが“どういう気持ちなのか”って……たぶん、誰かに向けられてみないと、わからないよね」



 その言葉に、グレンがわずかに顔を上げる。

 視線がふたたび彼女と交わった。

 リュアは、優しくうなずくように、言葉を紡いでいく。



 「“心配”っていうのはね――その人が、苦しんだり、傷ついたりするのを見たくないって思うこと」

 「何かできるわけじゃなくても……ただ、“無事でいて”って願うような気持ちなんだよ」



 グレンの表情がかすかに揺れた。

 その目に、言葉の奥にあるものが、静かに触れたような色が差す。



 「……それは……お前に、負担をかけていることには、ならないのか?」



 低く漏れた問い。

 それは、どこか戸惑いと不安を含んでいた。



 リュアは一瞬だけ目を伏せた。

 けれど、すぐに穏やかな笑みを浮かべて顔を上げる。



 「やっぱり、グレンは優しいね」



 そう言って、小さく息をつきながら続けた。



 「大丈夫、ならないよ」

 「“心配”ってね、誰かのことを“大事”だって思うから、自然と湧いてくるものなの」



 その言葉に、グレンの目がわずかに細められる。

 「大事」――その響きに、彼の中でまた小さな迷いが揺れた。



 リュアはそれに気づき、小さく息を吸い直す。

 そして、さらに一歩踏み込むように、優しく語りかけた。



 「“大事”っていうのはね……その人が痛い思いをしたら、自分も苦しくなる」

 「笑ってたら、ちょっと嬉しくなる……そんなふうに、気づいたら気にしてる存在のことだよ」



 グレンは、じっとその言葉を聞いていた。

 だが、すぐには返事をしなかった。

 リュアはふっと微笑み、少しだけ口調を変える。



 「……じゃあ、たとえばさ」



 小さく前のめりになりながら、軽やかに問いかける。



 「私が、“グレンでも敵わないような魔物”に、一人で挑みに行くって言ったら――」

 「グレンは、どう思う?」



 グレンは一拍置いて、視線をそらすようにしてから、低く呟いた。



 「……たぶん、止める」



 その瞬間だった。

 彼自身の目が、はっと見開かれる。

 その表情には、明らかな“気づき”が浮かんでいた。



 リュアはその様子を見て、ふっと柔らかく笑った。



 「それが、“心配”なんだよ」



 そう言って、まっすぐに彼を見つめる。

 その瞳は、あたたかな光を湛えていた。



 「グレン、私はキミのことが心配だった」

 「でも、それは私が勝手にそう思っただけ。だから、それに対してキミが何かしなきゃいけないわけじゃない」

 「……けどね。少しでも、“自分のことを心配してる人がいる”って……そう知っててくれたら、私は嬉しい」



 しばらくの沈黙が流れた。

 湯気が細く立ち上る室内で、音は何ひとつなかった。



 そして――



 グレンは静かに、そして確かに、リュアの瞳を見つめた。

 そのまま、ゆっくりと頷く。

 短く、それでいて迷いのない仕草だった。

 その瞳には、理解と、受け入れの意思が宿っていた。



 グレンの頷きを見て、リュアはそっと息を吐いた。

 胸の奥に張り詰めていたものが、少しだけ緩む。

 ふっと柔らかく微笑み、その笑みの温もりがほんの一瞬、室内に灯る。



 けれど、すぐに視線を伏せた。

 膝の上で静かに重ねていた両手が、ゆっくりと、ぎゅっと握られる。



 「……グレン、あのね」



 語り出す声は、静かで、慎重で――

 けれど、その奥には揺れる感情の端が、かすかに滲んでいた。



 「ありがとう……一緒に、冒険をする道を……選んでくれて」



 言いながら、リュアは唇を噛みしめる。

 胸の奥に残っていたひとつの引っかかりを、押し出すように、もう一度言葉を紡いだ。



 「それと……エングレイブ、受けさせて……ごめんね」



 ゆっくりと顔を上げる。

 その表情には、いくつもの感情が混ざっていた。



 安堵、喜び、そして――後悔。



 “あの装置を受ける選択をさせたのは、自分のわがままだったのではないか”



 その思いが、リュアの瞳に薄く影を落とす。

 それでも彼女は、まっすぐにグレンを見つめた。

 潤みかけた瞳で、しっかりと。



 「私……グレンと、これから冒険できるの……すごく嬉しい」



 その一言に、グレンはふと、一度だけまばたきをした。

 それから、小さく息を吐き、ほんの少しの躊躇いのあと――言葉を返す。



 「……謝る必要はない。……それに、礼を言うのは……俺のほうだ」



 告げたあと、グレンの眉間に、ごくわずかなしわが寄った。

 何かを探るように、言葉を探す。

 だが、うまくまとまらず、わずかに口ごもるような間があった。



 「……うまく言えないが……お前となら……悪くないと思ったんだ」



 言い終えたグレンは、どこか気まずそうに、手元のマグカップに視線を落とす。

 けれどその仕草には、確かな照れと――戸惑いを越えた、柔らかな温もりが滲んでいた。



 リュアは、その言葉に一瞬だけ目を丸くした。

 驚きと、嬉しさと、それでもまだ信じられないような気持ちが入り混じった表情。



 けれどすぐに、ふわりと笑顔が咲いた。

 とびきり柔らかくて、あたたかくて、どこか安堵に満ちた――



 そんな笑顔だった。



 言葉にできない想いが、その微笑みすべてに宿っていた。



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