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鍵と光の希望  作者: SUZU
1章:試練の証明
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試練の証明22

 ギルド本部の地下、《簡易療養室》。

 昼下がりの柔らかな光が、地上の明かり窓から細く差し込んでいた。



 白を基調とした簡素な個室。その前に立つリュアの手には、木製の小さなトレイがあった。

 その上には、湯気の立つマグカップがひとつ。

 彼女は一度深呼吸してから、静かに扉をノックする。



 ……返事はない。



 けれど、しばらく耳を澄ませたのち、リュアはそっと扉を開けた。



 「……グレン。調子はどうかな?」



 控えめな声とともに、彼女が部屋に足を踏み入れる。



 その視線の先――



 ベッドの上で、背を少しだけ起こした男がいた。

 グレンは顔を上げて彼女を見る。



 「……悪くはない。……ただ、三日も眠っていたとはな」



 わずかに眉を寄せながら、ゆっくりと息を吐いた。

 声にこそ平静を保っていたが、その表情には、かすかな驚きがにじんでいた。

 リュアはその様子に、ふっと苦笑を浮かべる。



 「エングレイブを受けて、それだけで起きられる方がすごいよ」



 そう言って、彼のそばの丸椅子に腰を下ろし、手元のトレイからマグを差し出した。



 グレンは、しばしリュアの顔を見たのち、無言でそれを受け取る。

 そして、湯気の上がるマグをゆっくりと口元へ運んだ。



 一口――



 温かな液体が喉を通るその瞬間、彼の肩の力が、ほんのわずかに抜けたように見えた。



 リュアはそれに気づきながら、小さく微笑む。

 そして、まるで用意していたかのように、軽やかに言葉を継いだ。



 「グレンが休んでいる間にね、ディアスと一緒に王都の魔導審議機関に出向いてきたの。

  それで――ちゃんと、グレンの冒険者としての活動が認められたよ」



 にやりと笑いながら、リュアは指でブイサインを作ってみせた。

 グレンはその仕草に目を細め、ひとことだけ呟く。



 「……そうか」



 短い言葉だった。

 だが、その瞳には、確かに静かな安堵の色が宿っていた。

 リュアはその変化を見逃さず、嬉しそうに頷く。



 「正確には、“私との同行が条件”って制限付きなんだけどさ、もともと一緒に旅するつもりだったし、実質ほとんど自由と同じだよね」



 その言葉に、グレンはゆっくりと頷いた。

 湯気はまだ、マグの縁から立ち上っている。



 そのまま、ふたりの間にしばしの静寂が流れた。 外の喧騒も届かぬ静かな空間――

 その穏やかさの中で、リュアの表情がふと揺れる。



 「ねぇ……グレン」



 その声は、ほんの少しだけ掠れていた。

 彼女はゆっくりと視線を向ける。

 その水色の瞳には、どこか迷いと、かすかな不安が宿っていた。



 「どうして……キミは、“俺は壊れたりしない”って、あんなふうに……確信を持って言えたの?」



 そう――

 あの瞬間、自分のほうこそが、壊れてしまいそうだったのに。

 けれど彼は、迷わずそう言い切った。



 まるで、揺らぐことのない静かな確信が、そのまま言葉になったような。

 リュアは、グレンのあの言葉の真意を――どうしても、知りたかった。



 ふたりの間に、ふたたび沈黙が落ちる。



 リュアの問いかけに、グレンはすぐには答えなかった。

 彼はわずかに視線を伏せ、布団の縁を指先でなぞるように触れながら、思考の底を探るような沈黙を落とす。



 そして数秒後――

 ふっと短く息を吐くと、リュアの方へと顔を向けた。



 「……あの手の精神干渉は、強い精神力と魔力があれば、人格が崩壊することはない」



 その声音は、どこまでも平坦だった。

 まるで感情を排した報告書の一文のように、ただ淡々と事実だけを並べるような響き。

 だが、その答えを聞いたリュアは、思わず顔を強ばらせ、小さく目を見開いた。



 「……え?」



 その声には、明確な驚きが滲んでいた。

 Sランク冒険者として、あらゆる知識と経験を積んできた自分でさえ聞いたことのない話――



 それは、国の研究機関すら知らなかった情報だった。

 そんなリュアの反応にも構わず、グレンは同じ調子で言葉を続ける。



 「エングレイブの術式も、あらかじめ解析していた。俺にとっては……耐えられる範囲だと判断した」



 まるで危険な魔物と戦う前に、勝算を冷静に計算するかのように。

 それは、あまりにも理知的で、あまりにも冷徹な判断だった。

 リュアの眉がひそみ、切なげな声がこぼれる。



 「そんな……今まで、無事だった人なんて誰もいないんだよ……?」

 


 その声はかすかに震えていた。



 「怖くなかったの? ……それに、人格崩壊しなかったとしても、過去の……見たくない記憶を見せられたり、身体にも大きなダメージがあるんだよ?そんなの……受けるなんて……」



 最後の言葉は、感情の揺れに耐えきれず、力なく落ちた。

 それでも、グレンは顔色ひとつ変えずに答える。

 


 「……重犯罪者に使っていたというのなら、そいつらはみんな、自分の意思でエングレイブを受けようとしなかっただろう。

  拒否したところで、無理やり受けさせられたのなら……精神力なんて、足りるはずがない」



 冷静で、あまりにも現実的な言葉だった。



 「それに……俺の魔力は――おそらく、普通の人間よりは多い」



 リュアはその言葉に返すように、低く静かな声で呟いた。


 

 「……確かに、グレンの魔力は……一般的な人と比べものにならないくらい、桁違いかもしれないけど……」



 だが、その声音の奥には、“だからって納得できるものじゃない”という感情が、かすかに滲んでいた。

 グレンはそんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、静かに窓の方へ視線を逸らす。



 「苦痛に関しては……過去に、死にかけたことなんて、いくらでもあるからな……」

 


 そして、間を置かずに続ける。



 「――あれくらいなら、どうとでもなる」



 誇張でも、強がりでもなかった。

 ただ事実として、自分が通ってきた過去を述べているにすぎない――そんな、乾いた響きだった。



 その言葉を聞いた瞬間、リュアは喉の奥で何かが詰まるような感覚に襲われた。

 声が、出なかった。

 胸の奥に、痛みが広がっていく。



 エングレイブの中で垣間見た、グレンの“孤独な旅”と“歪な生存”――

 そのすべてが、彼の何気ない一言と重なって、鈍く疼き続ける。

 


 『あれくらいなら、どうとでもなる』

 


 その言葉に滲んでいたのは、他の誰にも理解できないような、常軌を逸した“基準”だった。

 リュアはただ静かに俯き――

 心のどこかが、じんと、確かに痛んでいた。



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