試練の証明18
「こんなものを……どういうことか、ちゃんと説明して」
ディアスはわずかに肩を揺らしたあと口を開き、苦い表情で視線を逸らす。
「……カイルの記録に、“グレンの魔力に干渉があった”という報告があったんだが……」
その続きは、口に出せなかったのか、ディアスは再び言葉を閉ざす。
代わって、カイルが静かに一歩前へ出た。
「……あなたも、坑道の封印痕から、グレンさんに“何らかの魔力干渉”があったのは感じていたと思います」
その声は冷静だったが、語る内容は深く重かった。
「ですが、あれはただの魔力変調ではありませんでした。干渉は……魂の輪郭にまで達していたのです」
「っな……!」
リュアが目を見開く。
その隣で、グレンはわずかに目を細め、沈黙のまま立っていた。
「人格や意識には問題は見られません。……ですが、魂に残った干渉痕は、放置できるものではありません」
カイルはまっすぐに言い切った。
「そのため、国は“グレンさんを一度保護し、魂と魔力への干渉の原因を解明すべき”と判断しました」
沈黙が、空気ごと凍りつかせる。
やがて、ディアスが重い声で告げる。
「……国の正式な決定事項だ。俺個人の意見ではない」
そう前置きしてから、言葉を続ける。
「選択肢は二つある」
「一つは――王国の研究機関に出向き、“封印された存在”として調査対象になることだ」
「魔力干渉の原因を研究されることになるし、魔力を抑える魔道具を装着してもらうことにはなるが、基本的人権と生活は保障される」
「……そしてもう一つは――」
ディアスは視線を《エングレイブ》に向けた。
「今後も冒険を望むなら、ここでこの装置によるテストを受けてもらう」
その声は淡々としていた。だが、その内容はあまりに苛烈だった。
「過去の記憶、魔力の質、魂の状態をすべて――強制的に解析する」
「この装置は重犯罪者の証拠を取るために使われているもので……これを受けた者は全員、精神に破綻をきたしている。まともな精神状態で終えた前例はない」
リュアが一歩、前に出る。
「でも……!」
その声には、怒りと、なにより強い想いがこもっていた。
「グレンは、力の使い方を間違えてなんていない!」
「結界領域で私を守ってくれた時も、あの村でも――グレンの力が、誰かを傷つけたことなんて一度もなかった!」
「そんな人に、“調査対象”だなんて……!」
ディアスは、何も返さず目を伏せる。
それでも、義務としての言葉を重ねた。
「……だからこそ、“人権が保障される道”が用意されたんだ」
「もし、危険因子と判断されていたら……今ごろ、ここにはいない」
カイルが続ける。
「グレンさんの“意志”には、何も問題はありません。……だが、魂の干渉はそれとは別の問題です」
「再び影響を受ける可能性がある。制御不能に陥り、魔力が暴走する可能性も……」
リュアは強く噛み締めた。
拳が震え、爪が手のひらに食い込む。
「……わかってる……わかってるけど……!」
その声は絞り出すようだった。
――そのとき。
《エングレイブ》が、かすかに脈動する。
浮遊した球体が淡く光を放ち、わずかに空気が揺れた。
その光を、グレンは黙って見つめていた。
何も言わず。ただ、その中心を、まっすぐに。
リュアもまた、震える唇を静かに閉じ、表情を引き締める。
決断の時が、静かに近づいていた。
誰もが言葉を失ったまま、ただその場に立ち尽くしていた。
そのとき―― グレンが、ゆっくりと顔を上げた。
そして、静かにリュアの方へと振り向く。
その瞳には、深く沈んだ決意があった。
「……リュア」
名を呼ぶ声は静かで、どこまでも真っ直ぐだった。
ほんのわずかに間を置いて、グレンは続ける。
「お前は……まだ、俺と“冒険がしたい”と思うか?」
唐突な問いだった。
リュアの目が、大きく見開かれる。
“したい”。 本当は、その答えは決まっている。
けれど――
目の前の装置、《エングレイブ》。
それが彼に何をもたらすのかを思うと、言葉が喉でせき止められる。
彼にこれを受けてほしくない。
でも、彼の問いには、嘘をつきたくない。
リュアは視線を落とし、ぎゅっと唇を噛んだ。
そして、わずかに顔を背けてしまう。
「……本心で答えてくれ」
静かに放たれたその言葉が、リュアの胸を貫いた。
はっと息を飲む。
彼の声が、彼のまなざしが、まるで心の奥に触れてくるようだった。
リュアは顔を上げる。震える視線を、グレンに向ける。
その瞳には、揺れと戸惑い――そして、強い想いがこもっていた。
ディアスですら見たことのない、彼女の“剥き出しの感情”が、そこにあった。
「そんなの……決まってるよ……」
声が震える。
「私は、グレンと……冒険が、したい……!」
その言葉に、グレンはふっと息を吐き――静かに、目を細めた。
それは、彼にとって何よりの“肯定”だった。
もう、それだけで十分だった。
グレンはゆっくりと身体を回し、今度はディアスの方へと向き直る。
その歩みは迷いなく、確かだった。
「《エングレイブ》のテストを受ける」
淡々と、それでいて揺るぎない声が、沈黙を切り裂いた。
一瞬、場の空気が凍る。
技術職員たちが互いに視線を交わし、誰もが思わず息を呑んだ。
ディアスが一歩、前へ出る。
目を見開いたまま、問い直す。
「……本気で、言っているのか?」
グレンは黙って頷いた。
グレンが《エングレイブ》へ向かって歩き出した、その瞬間だった。
リュアの目が大きく見開かれる。
「――グレン! だめ!!」
鋭く響いた声に、場の空気が揺れる。
リュアだった。
駆け寄るようにしてその腕を強く掴む。その手は、わずかに震えていた。
「……っ」
その顔には、恐怖と混乱、そしてなにより――“喪失の予感”に対する、はっきりとした拒絶がにじんでいた。
グレンがゆっくりと振り返る。
そのまなざしに、リュアは必死に言葉を重ねた。
「魂が……剥き出しにされるの……」
「奥底に押し込めた記憶、忘れようとしてたこと、見たくなかったこと、全部……無理やり引きずり出されるの……!」
「後悔も、恐怖も、怒りも……何度も、何度も見せられる。自分の意志で止めることも、逃げることもできない……!」
声が震えていた。それでも、言葉を止めなかった。
「魔力と精神が共鳴して……感情は暴走するの。
ちょっとした心の歪みでさえ引き金になって……人格が崩れるっ……!」
「グレンが、グレンでなくなってしまうんだ……!!」
「私は……そんなの、嫌だ!!」
必死の叫びだった。
その顔には、苦しさを押し殺すような硬さが滲んでいた。
唇はきつく結ばれ、まなざしには揺るがぬ意志と、言い知れぬ痛みが宿っている。
それでもリュアは、まっすぐに彼を見つめていた。
震える声、乱れがちな呼吸。そのすべてを押しとどめて、なおも踏みとどまり、言葉を紡いだ。
それは、誰よりも彼の無事を願う者の姿だった。
心をすり減らしながらも、彼を守ろうとする。
――強く、まっすぐな、ひとつの意志。
グレンは、そんなリュアの手元に静かに視線を落とした。
その手は、いつも剣を握るために鍛えられたものだった。
けれど今は、ただ彼を引き留めるように――静かに、震えていた。
一度、《エングレイブ》の方へとゆっくりと顔を向け――
そして再び、リュアに向き直った。
「……わかっている。そういうものだと」
その声は低く、落ち着いていた。
「……大丈夫だ。俺は壊れたりしない」
変わらぬ無表情のまま、けれどその声は、どこかいつになく優しかった。
その響きに、リュアの体から力が抜ける。
「え……?」
思わず、小さく声がこぼれる。
グレンはわずかに目を細めると、静かに続けた。
「それに……」
「俺も……お前と“冒険がしたい”って、思ったんだ」
その言葉に、リュアの目がまた大きく見開かれた。
掴んでいたグレンの腕から、力が抜ける。
まるで、その一言にすべてを奪われたように。
グレンはそれ以上何も言わず、再び歩き出した。
その背に迷いはなく、ただまっすぐに《エングレイブ》へと向かっていく。
――沈黙が流れる。
その静寂を破ったのは、ディアスだった。
「……ッ」
しばし言葉を失っていた彼は、顔を歪め、苦々しく舌打ちをする。
「……エングレイブ、起動準備!」
その号令と共に、部屋に控えていた技術職員たちが一斉に動き出す。
足元に広がる魔導陣が、じわじわと淡い光を放ち始めた。
装置の周囲には、不気味な気配が満ちていく。
空気が、再び重く沈み込んでいく。
そして――
グレンは、“魂の奥”へと向かう試練に、ただひとり、歩を進めた。




