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鍵と光の希望  作者: SUZU
1章:試練の証明
17/72

試練の証明15

ページ切り替えるタイミングミスって、後半追加しました。

 風が駆けた。

 リュアが一歩、地を蹴ると同時に、風刃が唸りを上げて放たれた。



 「――ッ!」



 斬撃は奇形化した魔物の身体を斜めに切り裂き、反撃の隙を与えることなく崩れ落とす。



 リュアはそのまま動きを止めず、爆風の先へと跳び込んだ。

 目指すはただひとつ――《影喰》。

 脈打つ核のような“黒い瞳”が、静かに彼女を見据えていた。



 その視線を正面から受け止めながら、リュアは片腕を横に伸ばす。

 指先に風が集まる。

 舞い上がった風は渦となり、周囲の空気を巻き込むように膨れ上がっていく。リュアの瞳はまっすぐに《影喰》を見据え、そこに揺らぎはなかった。



 やがて――



 「《斬嵐破ストームリッパー》」



 その声と同時に、彼女の足元から風が奔る。



 地を這うような嵐がうねりを上げ、圧縮された風の刃が一直線に《影喰》へと放たれた。

 風圧は地面の岩を砕きながら突進し、次の瞬間、節足部がまとめて切断される。



 斬り裂かれた無数の脚部が宙を舞い、闇のような体液を撒き散らしながら爆ぜるように飛び散った。



 「……!」



 そのわずか数秒後。

 切断された節足は、塵のように崩れ始めた。

 その細かな粒子は重力を無視するように逆巻き、中心の“核”へと吸い込まれていく。



 肉体が、再構成されていく。



 見る見るうちに、再び《影喰》の姿が再生されていく様に、リュアは奥歯を噛んだ。



 (……簡単にはいかないか)



 彼女の瞳に、渋い光が宿る。

 その横を、ゆっくりとした足取りでグレンが歩み出た。



 「……俺がいく」



 低く呟いたその言葉と同時に、彼の足元から影が蠢き始める。

 黒い魔力が地を這い、ひとつの点へと集束する。闇の奔流が漆黒の渦を描き、周囲の空気をゆっくりと圧縮していく。

 空気そのものが重たくなるような、沈んだ静けさ。



 「《深淵葬アビス・レクイエム》」



 その詠唱が告げられた瞬間、グレンの背後から巨大な闇の螺旋が放たれた。

 漆黒の波が《影喰》の背後から襲い掛かり、渦巻く闇が全身を飲み込むように叩きつけられる。



 爆音と共に、その巨躯が一度は崩れ落ちた――かに見えた。

 しかし、またしても。



 崩れた肉体は、塵となり、核へと集まる。



 そして、再び異形の形を取り戻していく。



 「……やはりか」



 グレンが低く吐き捨てるように言った直後だった。

 《影喰》の“核”が不規則に脈動したかと思うと、そこから節足がいくつも弾け飛んだ。



 「くっ!」

 「来るッ!」



 鋭利な刃のような節足が無数に伸び、ふたりを同時に襲う。

 グレンは地を滑るように横へ跳び、闇の布を展開して一撃を受け流す。

 リュアは風を脚に纏い、軽やかに宙を舞うと、回転しながら節足を斬り払い着地した。

 突き立てられた節足が石を貫き、斬られた破片が弾けるように散る。



 この《影喰》の反応は、坑道の時と明らかに異なっていた。

 繰り返される強い魔力による攻撃に、何かを察知したのか。

 あれは今、――自分自身を守ろうとしている。 



 それでもふたりは怯むことなく、《影喰》をまっすぐに見据えた。

 次の一手を見極めるように――



 そして、そのとき。



 グレンは、わずかな違和感を捉えた。

 《影喰》の全身からは、相変わらず通常の魔力とは違う異様な気配がある。

 だが――その中心。脈打つ“核”からだけは、微かな波紋のような気配があった。



 (……核が……揺れた?)



 先ほど放った闇の螺旋が、かすかに“引っかかった”感触。

 それを追うように、リュアもまた感じ取る。



 視線が、ぴたりと合った。

 ふたりは、同時に頷いた。



 「……そこか」

 「うん。いくよ」



 リュアが再び双剣を構え直し、魔力を練り上げる。

 風がうねり、彼女の周囲を渦巻き始めた。

 その気配を感じ取った《影喰》が、わずかに節足を揺らす。だが、リュアの瞳は揺るがなかった。



 「《斬嵐破ストームリッパー》――ッ!!」



 鋭く、凛とした声が谷に響く。

 解き放たれた暴風の一撃は空気そのものを震わせ、一直線に《影喰》の“核”へと突き進む。刃のように研ぎ澄まされた風は、周囲の岩壁を削りながら空間を裂いていく。



 同時に、グレンもまた静かに大剣を構え、その姿を風と共に背後へと移した。

 闇が、彼の足元から沸き上がる。



 「《深淵葬アビス・レクイエム》」



 黒く渦巻く闇の螺旋が、迷いなく放たれた。

 風と闇――対極の力が、ほぼ同時に《影喰》の“核”を中心に挟み込む。

 リュアの風が正面から斬り裂き、グレンの闇が背後から抉る。



 ふたつの魔力が交錯した瞬間――



 《影喰》の身体が、芯から崩れ落ちていく。

 節足が砕け、構造が淡い塵へと変わりながら、四方に散っていく。

 中心にあった“核”も、風に溶けるようにその輪郭を失い――



 次の瞬間、音もなく、跡形もなく。

 まるで最初から存在しなかったかのように――《影喰》は、姿を消した。



 風が止む。

 空気が、澄みわたる。

 圧し掛かっていたあの異様な重圧も、もうどこにもなかった。



 戦場には、再び静寂が戻っていた。



 カイルがすぐに魔道記録装置を確認し、手早く数値を読み取る。



 「……魔力反応、消失。……安全圏に戻った」



 その言葉に、ヴァンが息をついた。



 「やった……!」



 振り返ったティオも、顔をこわばらせたまま、かすれた声を漏らす。



 「ほんとに……終わったのか」



 彼の小さな肩から、ようやく力が抜けていくのが分かった。



 高台の上。

 エルゴと、隣にいた村人たちもまた、呆然としたまましばし動けなかった。



 ようやく、誰からともなく小さく頷き合うと、その身体にわずかに震えが走りながらも、安堵の吐息を漏らした。



 すべてが終わった。

 そう、誰もがようやく、実感し始めていた。



 だがそのなかで、ふたりだけは、まだ表情を緩めていなかった。リュアとグレン。



 静かに歩み寄った彼らは、言葉を交わすことなく、互いの気配を感じ取っていた。



 「……あの感触」



 先に口を開いたのは、グレンだった。

 低く抑えた声。周囲には届かないような、沈んだ響きだった。



 「核ごと断ち切ったはずなのに……どうにも、手応えが薄い。“倒した”という実感が――なかった」



 視線を遠くの地表に落とすように、目を細める。

 


「妙に呆気なさすぎる……どこかへ“逃げた”と考えるほうが、辻褄は合う」



 リュアは静かに頷いた。



 「……うん。あれは、“終わった”って感じじゃなかった」



 彼女の目は、先ほど《影喰》が消えた空間をじっと見つめている。



 「けど、今は……」



 そう続ける声は、どこか揺れていた。



 「この村の人たちに、これ以上の恐怖を与えるわけにはいかない……」



 その浮かんだのは、守りたかった人々の姿だった。



 「……伝えるべきときが来たら、そのとき考えよう」



 それは、自分自身にも言い聞かせるような静かな言葉だった。



 ふたりは、視線を交わす。

 言葉の先を告げることはなかった。

 それ以上を口にすることもなく、そっと、互いに頷き合う。



 “恐怖”は、残さない。



 今この場には、安堵を残すべきだ。

 それが――彼らの選んだ答えだった。


***


 谷を包んでいた緊張が、ゆっくりと緩んでいく。

 風の音が戻り、木々が微かに揺れるなか、戦いを終えたふたりが足を進める。



 その先には、カイル、ヴァン、ティオ、そしてエルゴと村の男たち、保護された子どもたちの姿があった。

 リュアはその歩みの途中で、そっと声を落とし、隣に並ぶカイルへと囁いた。



 「……“逃げられた”かもしれない。完全に消滅したわけじゃない、そんな感覚がある」



 その言葉に、カイルは表情を引き締める。



 「……記録しておきます。備えは必要ですね」



 彼はすぐに魔道記録装置を操作し、新たな注記を付け加える。

 『影喰消滅確認/再出現の可能性あり』――と。



 そのとき、前に出てきたのは前村長――エルゴ・ローデンだった。

 その厳格な顔が、どこか疲れを滲ませている。

 深く息を吐きながら、リュアとグレンに視線を向けた。



 「……“あれ”と戦って、勝てる者など、この村には一人もいなかった」



 言葉の重さは、静けさの中に深く響く。

 彼はしばし視線を落としたのち、口元を引き結ぶようにして続けた。



 「――あの時、お前たちに『出ていけ』などと、吐いた言葉……どうか、許してくれ」

 「リュア殿、グレン殿。……貴殿らのようにとはいかぬが、私も変わってみせよう」



 その真摯な言葉に、リュアはすっと前へと一歩進み出た。



 「……いえ、それに関しては、私も謝らなきゃいけない」



 そして、静かに頭を下げる。

 周囲が一瞬、息を呑んだ。

 エルゴも、ヴァンも、ティオも――そして村の者たちも、驚きに目を見開く。



 「ヴァン村長から聞きました。ギルドの者が、グリーダ村の皆さんに失礼な発言をしたと……」

 「そんなことがあれば、ギルドに不信を抱くのも当然です。ギルドを代表して、謝罪させていただきます」



 頭を下げるリュアの背後で、カイルもまた真剣な面持ちで一礼した。



 しばしの沈黙ののち――

 エルゴが、低く呟くように口を開いた。



 「……まさか、そちらから頭を下げられるとはな」

 「ギルドへの不信は……私の狭量も原因だ。すまなかった」



 彼はリュアとカイルをまっすぐに見据えた。



 「……今さらかもしれんが、ありがとう。村を、皆を、守ってくれて」



 その言葉にリュアは顔を上げ、ほんのわずかに目を細めた。

 ふと、村人のひとり――子どもを抱きしめていた男が、かすかに震える声を漏らす。



 「……あの、Sランクのリュアさんが……私たちに謝るなんて……」



 別の男も、強く握った拳を震わせながら言った。



 「……俺たちは、ずっと……誰にも頼れないと思ってたんだ……」

 「なのに……こんな風に、命を懸けてくれる人が……」



 その言葉に、リュアは穏やかな笑みを浮かべた。



 「守るのは、私の“やりたいこと”なんです。……だから、気にしないでください」



 そう言った彼女の声は、まっすぐで、けれどどこまでも優しかった。

 そして、ギルドの冒険者としての責任ある言葉を紡ぐ。



 「今後、記録を洗い出して、そうした事例を正式に確認します」

 「もしまた何か不信なことがあれば……どうか、私の名前を出していただいて構いません」

 「ギルドの信頼が揺らがぬよう、私自身が責任を持って行動します」



 続けて、カイルも前に出た。



 「ギルドとしても、こうした歴史的な不信を軽視するつもりはありません」

 「記録と証言に基づき、責任ある調査を行い本部へ報告し、組織として対応します」



 ふたりの言葉に、村の人々の表情がゆっくりとほどけていく。

 リュアは最後に、柔らかく眉を下げて言った。



 「……これでグリーダ村の皆さんが受けた屈辱を償えるとは思っていません」

 「でも……これからは、どうかギルドを“頼って”くれませんか?」



 その言葉には、決して押しつけではない、真摯な願いが込められていた。

 エルゴはゆっくりと口を開く。



 「そうですね……私はもう、村長を引退した身。これからは、息子のヴァンに、素直に任せようと思います」

 「私の支持者にも、そう伝えておきましょう」



 それを聞いたヴァンとティオが目を合わせる。

 互いの表情に、自然と笑みが浮かんでいた。



 ――霧が晴れ、夕の名残が地上を照らす、静かなひとときだった。



 リュアは西の空を見上げ、そっと息をつく。

 やがて、一行は歩き出す。グリーダ村へと続く、帰還の道を。



 空は、すでに茜の色を薄め、群青へと変わりつつあった。

 それは、すべてを静かに包み込む、穏やかな宵の空だった。






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