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鍵と光の希望  作者: SUZU
1章:試練の証明
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試練の証明12

 カイルが、記録装置を睨みながら、何度も波形を確認していた。

 やがて、戸惑いと確信が入り混じった声で告げる。



 「魔力波形が……分類できません。記録上のどの属性にも一致せず、振幅が常に変動していて……これまでのどんな魔物とも異なっています」


 「それって……何なんですか、あれは……?」



 ティオの声は震えていたが、目は逸らさなかった。



 「奇形の魔物と同じで、生物としての“肉体”を保ってない……けど、構造はさらに不明瞭です」



 カイルの言葉に、ヴァンがぽつりと呟く。



 「……だったら、どうやって倒すんだ。効かないままで、突っ立ってるわけにもいかない」



 一瞬、場の全員が言葉を失った。

 倒せない。だが、放っておくにはあまりに危険で、異常な存在。

 その矛盾が、空気をさらに重たくする。



 そのとき――リュアが、ぽつりと呟いた。



 「でも……この“異形”、攻撃してくる気配がない」



 その言葉に、全員がはっと顔を上げる。



 次の瞬間、黒い核が、ぬるりと脈打つ。

 その動きが最後の呼吸であるかのように、一度だけ震え――



 そして。

 “それ”は音もなく、ただ空気に溶けるように、消えた。



 肉体は塵となり、残骸もない。

 まるで最初から存在しなかったかのように、そこにあった気配すら――霧のように掻き消えた。

 誰ひとり言葉を発せず、ただ、その“消失”を、目の奥に焼きつけていた。


***


 “それ”が消えたあと、広間に漂っていた重苦しい空気が、ふと、わずかに緩んだ。

 だが、誰もすぐには動かなかった。



 「……消えた……?」



 ティオがぽつりと呟く。声はまだ、緊張の色を帯びている。

 リュアは静かに双剣を収めながら、慎重に周囲を見渡した。



 「……この空間からは気配がなくなったかな。ただ、妙な残留感はあるから……“消えた”というより――“逃げた”、に近いかもしれない」



 その言葉に、ヴァンとティオもようやく武器を下ろし、カイルは深く息を吐いた。



 しばしの沈黙のあと、グレンが無言のまま、封印痕へと目を向けた。

 にじむように刻まれた幾何学の線。その奥に沈む何かを、じっと見透かすように。



 彼の意識は、“それ”の異常な再生性や魔力への無反応性だけではなく――さきほど、魔力の制御が乱された、あの奇妙な感覚にも向いていた。

 その横顔を、リュアもそっと見やる。



 (……あのとき、グレンの魔力は、あの封印から干渉を受けてた。あれは――グレンが、“封印されていた”っていうことと、関係があるのかな……)



 思考は自然とその方向へ傾きかけるが、すぐにリュアは頭を振り、意識を現在へと引き戻した。



 (……今は、“あれ”のことを考えなきゃ)



 沈黙が落ちる。

 どこか、拭いきれない不安と、奇妙な余韻が一行を包み込んでいた。

 そんな中、ティオが不意に声を発した。



 「……でも、あれ……なんて言えばいいんだろ。あの……ぐにゃぐにゃの……黒いやつ……」



 言葉を探すように首をひねりながら、困ったような視線を仲間たちに向ける。

 リュアとヴァンがちらりと顔を見合わせた。

 そのすぐ後ろで、カイルが記録装置の画面を見ながら、ため息まじりにぼやいた。



 「……“あれ”とか“それ”じゃ、報告も記録も成り立ちませんね。便宜上、何か仮の呼称をつけた方がいいでしょう」



 また少しの沈黙。

 その空気の中で――リュアが、ぽつりと呟いた。



 「……《影喰》(えいしょく)」



 カイルが顔を上げた。



 「影……喰?」



 リュアは、まだ空気に残る妙な気配を感じ取りながら、静かに言葉を継いだ。



 「……形もはっきりしてなかったし……でも、あれは確かに魔力を喰らってた。気配ごと、飲み込むみたいに……」

 「だから、“影喰”って、今は……そう呼んでおこう」



 カイルは一つ頷き、記録装置にその言葉を入力した。

 “影喰”。

 名前のない異形に、初めて“言葉”が与えられた瞬間だった。



 沈黙を破ったのは、グレンだった。

 低く静かな声が、まだ冷えた空気の中に落ちる。



 「……“影喰”。魔力の質が、あの“奇形の魔物”とまったく同じだった」

 「恐らく、元の魔物を変質させ、あの異常な姿に作り変えている――中心的な“発生源”のような存在だろう」



 その言葉に、カイルが即座に反応し、魔導記録装置を操作する。

 何度か波形を切り替えた後、わずかに息を呑みながら頷いた。



 「同意します。記録された魔力の波形は、過去に解析した奇形の魔物と一致しました」

 「今この場に変質対象……つまり、変異させる“素材”となる魔物がいなかったため、活動の意味を失い、撤退した可能性もあります」



 あの異形――《影喰》が、ただ消えたのではなく、自ら去ったのだとすれば。

 その事実が、かえって重くのしかかってくる。



 「……ってことは……」



 ティオが青ざめた顔で、ぽつりと呟いた。



 「また魔物を変えて……襲ってくるってことですよね……? しかも、攻撃効かないなら……対策なんて……」



 声が細く、震えていた。けれど目は逸らさない。

 その目に映るのは、かつて戦った魔物ではなく――未知で、理不尽で、理解すらできない“何か”。



 重い空気が場を包み込む中。

 リュアが、ふっと息を吐き、やや強い声音で言った。



 「……一つだけ、試せることがある」



 全員の視線が彼女に向く。

 リュアは真っ直ぐに前を見たまま、言葉を続けた。



 「今は坑道内だから、私もグレンも、魔力を抑えて戦ってた。大きな魔法は、この空間じゃ扱えない。でも、もっと力を込められたら……通じる可能性はある。外でなら、試せるかもしれない」



 その言葉に、ヴァンが周囲を見渡し、少し焦ったように声を上げた。



 「……とにかく、村に被害が及ぶ前に、早く戻らないと」



 その判断に、誰も異を唱えなかった。

 リュアが小さく頷き、皆の視線を集めるように一歩踏み出す。



 「そうだね……急いで村へ戻ろう」



 答えは出ていない。解決の糸口も、まだ見えない。

 けれど、立ち止まっている時間はない。

 不安と、かすかな決意を胸に――一行は足早に坑道を後にした。


***


 陽が傾きかけた頃、リュアたちは坑道から村へ戻ってきた。

 村の入り口には、数人の姿が待ち構えていた。



 前村長――エルゴ・ローデン。その背後には、彼の考えに賛同する年配の男たちが数名、腕を組んで立っている。

 その足元には、リュア、グレン、カイルの荷物がきっちりとまとめられて、地面に置かれていた。



 それは、言葉を介さずともすべてを物語っていた。



 「――ここはもう、お前たちの居場所じゃない」



 エルゴが無表情のまま、静かに口を開いた。



 「荷物はそこにある。拾って、出ていけ」



 その言葉に、ヴァンが目を見開き、一歩前に出る。



 「なんてことを……! あまりに失礼すぎるだろ!」



 怒りを抑えきれないその声も、エルゴには届かない。



 「昨日は言うとったな。“戦う力”が要ると。“外の力”が正しいと――そう言いたげじゃった」

 「だがな、わしは納得しとらん。いっとき魔物を倒して終わる話じゃない。村は、外の風に晒されすぎると腐るんじゃ」



 年老いた声は低く、しかしどこまでも揺るがない。



 「……あの化け物の話は、たしかに前からあった。ヴァンがギルドに頼んで、お前たちが来たのも知っておる。――だがな、それでも妙に“話がうまくできすぎてる”ように見えるんじゃ」

 「奇形の魔物だのなんだの……本当に“あれ”とやらが、お前たちとは無関係なんか? ――最初から、仕組まれていたんじゃないのか?」

 「結局は、村に“恩”を売り、外の力にすがらせて……わしらのやり方を変えさせようとしてるようにしか思えん」

 「――出て行け。余計な芽を植えつけられる前にな」



 その言葉が終わったとき、場に短い沈黙が落ちた。

 やがて、リュアが小さくため息をつき、グレンとカイルの方へ顔を向け小声で告げる。



 「ここまで一貫してると、逆に清々しいね」



 グレンは目を伏せたまま、わずかに目を細める。

 カイルは小さく肩をすくめ、何も言わずに記録装置を握り直した。



 「……なんで、そんなことを……!」



 その空気を裂いたのは、ヴァンの怒声だった。

 怒りと困惑の入り混じった声が、村の空に響く。



 「本当に危ないんです、あの坑道で……“あれ”が……!」

 「俺たちは見たんです。奇形の魔物だけじゃない、あんなもの、村の誰が太刀打ちできるっていうんですか……!」



 しかしエルゴの表情は変わらない。

 すると、少し離れた場所にいたティオが震える声で言葉を継いだ。



 「……俺も、見ました。あれは……本当に、化け物でした」

 「剣も、魔法も通じないし……正面からじゃ、勝てる相手じゃない」



 途中で喉が詰まるように、彼の声が細くなる。

 それでも、懸命に言葉を吐き出すように、最後まで訴えようとする姿には、恐怖と――それに抗おうとする確かな意志があった。

 だが、エルゴはただ一言、冷たく言い捨てた。



 「知ったことか」



 その短い一言に、まるでナイフのような断絶が込められていた。



 「――お前らもグリーダ村の人間なら、村の流儀に従え」

 「それができんのなら……出ていけ」



 ヴァンは悔しげに唇を噛みしめ、ティオも歯を食いしばりながら拳を強く握った。

 けれど、彼らの若い声は――老いた村の誇りを揺らすことは、なかった。



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