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鍵と光の希望  作者: SUZU
1章:試練の証明
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試練の証明8

 朝靄が、まだ村の輪郭を淡く包んでいた。

 南西の村外れ――簡素な柵と小さな見張り塔のある出口付近に、リュア、グレン、カイル、ヴァン、そしてティオの姿が並んでいた。



 ひんやりとした早朝の空気が、肌をかすめる。

 昨夜リュアたちは交代しながら見張りを続けたものの、幸いにも魔物の姿は現れなかった。

 それでも、どこか落ち着かない空気が場を支配していた。理由ははっきりしている――外気に溶け込む、魔力の“残滓”だ。



 リュアが軽く空を仰ぎ、頬にかかる金の髪を指先で払うと、周囲へと視線を巡らせた。



 「……うーん。やっぱり妙な気配だね」



 その声音には、警戒と観察を織り交ぜたような緊張があった。

 グレンもわずかに目を細め、空気の流れに注意を向けながら応じる。   



 「気配の“質”が不安定だ。魔物のものにしては……やけに散ってる」


 「だね。昨日話してくれた、奇形の魔物……なのかな」



 リュアが呟くように続けた。口調は穏やかでも、その表情には明確な警戒が宿っている。

 カイルが手元の魔導記録装置を操作し、簡潔に報告を挟んだ。



 「……魔力濃度、やっぱり揺れてますね。通常の魔物が通った痕跡より、数値の変動が大きい。残留も不自然に分散している……これは、“何かが暴れた”というより、“魔力そのものが歪んでる”感触です」



 ヴァンが腕を組み、険しい顔で低く呟く。



 「被害が出る前に手を打てるなら、それに越したことはない。このまま放っておいて良いものでもないしな……」



 村を守る者としての本音が、言葉の端々に滲んでいた。

 そのとき、リュアがふと視線を横に向ける。

 ティオが、わずかに強張った面持ちで空を見上げていた。



 「……ティオ、緊張してるね?」



 問いかける声は、からかいではなく、静かな気遣いだった。

 ティオははっとして、照れたように眉を下げる。



 「……はい。正直、魔物相手は初めてで。対人戦なら何度かあるんですけど……やっぱり、どんな動きをしてくるのか、想像がつかなくて」

 「人間なら、大体“こう来るだろう”って予測ができるけど、魔物は個体差もあるし……だから、ちょっと、怖いです」



 リュアはゆっくりと一歩近づき、彼と視線を合わせた。



 「うん、それでいいんだよ。魔物相手に緊張するのは、ちゃんと危機を感じてる証拠だよ」



 言葉は優しく、けれど芯のある響きを帯びていた。



 「初めてのことに向き合うって、それだけでも立派なことなんだから。……無理はしないで。私がちゃんと見てるし、フォローもする」



 そして、ほんの少し笑って付け加える。



 「だから、一緒に少しずつ慣れていこう」



 ティオは驚いたように目を見開き、そして、表情を引き締めるようにして力強く頷いた。



 「……はい! 俺なりに、できることをやってみます。全力で!」



 そのやりとりを、グレンは黙って見守っていた。

 リュアの言葉も、ティオの返答も、何かを育てていくような、温かなやり取りだった。

 彼の胸にも、微かだが確かにその空気が染み入ってくる。



 「それじゃ――出発しようか」



 リュアが皆に視線を配りながら、軽く笑みを浮かべて言った。



 「気を引き締めて、でも、肩の力は抜いてね」



 そう言って歩き出す彼女の背に、グレンもカイルも、そしてティオも静かに続く。



 五人の姿が、南西へと延びる村道を進んでいた。

 道は緩やかに傾斜しながら、雑木林の中へと続いている。

 両脇には自然のままの草花が生い茂り、ところどころに人の手で整えられた小道が枝分かれしていた。

 鳥のさえずりが、澄んだ空気に溶け込んでいる。

 その中で、リュアがふと歩を緩め、後ろへと視線を向けた。



 「……グリーダ村って、思ってたより整ってるんですね。道も水路も、ちゃんと手が入ってる」



 ぽつりと漏らしたその言葉に、先を歩いていたヴァンが振り返る。

 頬に穏やかな笑みを浮かべて、静かに頷いた。



 「ありがとうございます。よそから来られた方に、そう言っていただけると、少しほっとしますよ。“閉じた村”なんて言われてはおりますが……暮らしの基盤だけは、何とか守ってきたつもりです」


 「“閉じた村”……やっぱり、前の村長さんの頃からですか?」



 リュアの問いに、ヴァンはほんの一瞬だけ歩みを緩めた。

 けれど立ち止まることはなく、前を向いたまま、少しだけ低い声で続ける。



 「……ええ。私の父――前村長の代から、外とのやり取りは極端に避けていました。ギルドからどんな使者が来ようとも、門前払いを徹底しておりまして」



 「ギルドの記録にもあります。何度も使者が訪れては、報告もできずに帰されたと」



 カイルが真面目な面持ちで補足する。

 ヴァンは小さく肩をすくめ、どこか苦笑まじりに答えた。



 「……父らしい話ですね。信じたものを貫く姿勢は一貫しておりましたが、そのせいで他との溝は深まるばかりでした。

 記録に残るほどの扱いをすれば、当然悪目立ちもします。……まあ、それも承知の上だったのでしょう」



 リュアはその言葉に少し目を伏せ問いかけた。



 「……ただの意固地だったわけじゃないんですよね。何か、理由があったんでしょう?」



 ヴァンはすぐには答えなかった。

 黙ったまま、少しだけ前方の空を見上げる。木々の合間から、わずかに山肌が覗いていた。



 「……そうですね。隠していたわけではありませんが、これまで話す機会もありませんでした。せっかくですし、今のうちにお話ししておきましょう」



 その背を向けたまま、少しだけ目を細めたヴァンの声には、遠い記憶を辿るような響きが宿っていた。

 彼は静かに、前村長とこの村に刻まれた過去を語り始めた。



 「……私がまだ若かった頃、大きな災害があったんです。連日の大雨で、山の斜面が崩れて、一部の家屋が倒壊して。主要な道も、土砂で完全に塞がれてしまって……外との連絡も取れなくなりました」



 草を踏みしめる足音が、鳥のさえずりの合間を縫って響く。

 語りは淡々としたものだったが、耳を傾ける者すべてが、その言葉の重みを自然と感じ取っていた。



 「そのとき、父は……つまり前村長は、自ら先頭に立って村人たちをまとめました。水や食料を分け合い、壊れた道は人力で補修して。数日後には、仮復旧までこぎつけていた。……あの出来事は、村にひとつの意識を植えつけたんです。“自分たちの力で守れる”っていう、確かな自負を」

 「それ以降も、獣害や病気の流行が起きるたび、村は父の指示でなんとか乗り切ってきました。外に助けを求めなくてもやってこれた――その成功体験が、父にとっては誇りだったんです」



 そこまで語ったところで、リュアが小さく頷きながら、ふと思い出すように口を開いた。



 「……昨日、エルゴさんも話してましたよね。鍬と縄で道を拓いたって。……本当に、全部自分たちの力でやり遂げたんですね」



 ヴァンは静かに笑んで返す。



 「ええ。あれはきっと、父にとって“誇り”であると同時に、“証明”でもあったんでしょう。たとえ援助が届かなくても、自分たちはやれる。そう思わせてくれた、原点のような出来事だったと思います」



 やがてヴァンは、ふと視線を木々の隙間へ向ける。朝陽が斜めに差し込み、遠くの山影を淡く染めていた。



 「……けれど、それはやがて、外部に対する強い反発心にもなりました。都市部の人々や、王都の者たちが、こうした村を“未開の地”と見なすことも多かった。実際、ギルドから派遣された調査員が、かつてこんなことを言ったそうです。“よくこんなところで人が暮らせるな”と」



 リュアが、少し渋い顔で息を吐いた。



 「ひどい……」


 「ええ。父にとっては、それが決定的だったんだと思います。“助ける”と言われれば、“守ってやった”と記録に残る。“断る”と言えば、“話の通じない田舎者”扱いされる。そんな二択に、父は心の底から怒っていました」



 口調は静かだったが、その奥にはヴァン自身の葛藤も滲んでいた。



 「それで、徹底的に外との関係を断ったんですね……」



 リュアの問いかけに、ヴァンは小さく頷く。



 「……そうです。“庇護の下に入る”ことを、“誇りを捨てること”だと、父は本気で考えていました。あの人は、村の“あり方”を何よりも守ろうとしていたんです」



 しばらく沈黙が落ちた。草木が風に揺れ、柔らかなざわめきを立てる。

 そんな中で、ティオが、ほんの少し緊張した様子で口を開いた。



 「……でも、若い人の中には、そのやり方じゃ危ないって思ってる人も、多いんです。だから……村長と一緒に、前の村長さんに辞めてもらおうって、みんなで話して……」



 その言葉に、ヴァンは苦笑を浮かべた。



 「あの人が倒れたときに、形式上、私が後を継ぐことになりました。そのあと、正式に交代を決めたのは……若い世代の働きかけによるものでした」

 「“このままでは、何か起きたときに手遅れになる”――そう言って、若者たちが署名を集めて持ってきたんです。表立った反発はありませんでしたが……あれは、静かだけど、確かな圧力でしたね」



 ティオは黙って頷き、リュアとカイルも静かにその言葉を受け止めていた。

 グレンだけは、黙ったまま歩き続けていたが、その目はどこか遠くを見つめるように細められていた。

 過去と現在が折り重なるような静寂の中、五人はゆるやかに草道を進んでいく。

 朝陽はすでに高く昇り、木々の隙間からこぼれる光が、地面にまだらな影を落としていた。


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― 新着の感想 ―
色んな物の表現の仕方がめっちゃ美しくて没入感が高かったです!これからどんなストーリーになるか楽しみです!
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