第9話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「これを手の平に載せて、手の甲から順番に刻印術を起動させていくと」
『…………おお!』
周囲から注目されての魔法行使と言うのは何とも照れるものだと初めて知った。今まで誰かに魔法を披露することなんてなかったので新鮮な感覚だ。
手の平に載っているのは超小型の魔素セル、民生品の中でも特に小さなもので容量もそれほど多くはない。それでも他の魔素セルと構造は一緒なのでどんな機器にも使えると言うのが魔素セルの利点である。
まぁ使えるからと言って、超小型の魔素セルを大出力が必要な機器に組み込んでも一瞬で内部の液体魔素が消費されるだけなので、本当に意味で使えるというわけではない。それでも魔法起動用のエネルギーとしては十分だ。
「こんな簡単に魔素を精製出来るのか、すげぇな」
「そんなに簡単ではないけど、初めてでもそれなりに形になるのが刻印術の良い所ではあるね」
確かに簡単に見えるけど、その実態はかなり面倒なプロセスを辿って周囲の魔素を集めて液体魔素に精製しているんです。それに効率を考えるとそれほど良いとも言えないし、魔素セルありきの魔法構成なので、彼女達の体に刻印された魔法式では自分で消費する以外には魔素セルへの充填しか出来ないだろう。ただ今後、彼女達が古式の魔法や身体強化魔法なんかを習得するなら、少しは助けになる様には調整はしている。
「それじゃみんなも実際に試してみてよ」
『はい!』
とても元氣だ。昨日はあんなに疲弊していたのに、一晩経ってすっかり元気になった猫少女たちが思い思いの魔素セルを手に左腕を光らせている。問題なく使えているようだけど、持って帰って来れた魔素セルは大小さまざまなので、その内部に溜まる液体の速度もバラバラ、基本的な構造自体は同じなので液体魔素精製は可能だけど、出力など調整された魔素セルも混じっているのでその辺はどうしても差が出てしまうようだ。
それにしても、魔素セル探し中に確認して来たのだが、色々なゴミがこの区画には捨てられていた。特に立坑に直結している通路からはゴミが雪崩込んで来ていて、ノルマとなっている回収と分別するゴミには困らない。ネズミおじさん曰く、上層だと毎日のノルマを熟すのにゴミを立坑から引き上げるのにクレーンを使わないといけないそうだ。
「それじゃ俺はこっちを弄るかな」
それだけゴミがあれば当然使えそうなものも結構な数が出てくる。魔素セルなんて物はどこにでもある大量生産品なのでいくらでも捨てられているし、その魔素セルを利用する機器もたくさん拾ってきた。
これからここで生活するなら便利な道具はいくらあっても困らない。リサイクル屋と言う選択肢も想定していたくらいに修理は得意分野だが、残念なことに修理という分野は大手のインテロ系会社が独占しているので、個人でやるなら行政からの補助を受けながらでも無ければ経営は出来ない。それでは親の保護を受けているのと変わらないので諦めた。
「使えそうか?」
「保存状態は良いと思うから、後はどれだけ内部の回路が残っているかだよね」
「回路なんてちゃんとした設備がないと直せないからなぁ」
「そうでもないよ、完全にロストしてたらどうにもならないけど、擦り切れてる程度ならある程度予測出来るから」
知らない人が聞けば少しは驚いてくれるが、これも専用のインテロがあれば簡単に修理できる範疇でしかない。ネジを外せばカバーが開いて、さらにその中にある二重カバーを外せば中から魔素結晶だらけの機械部分が姿を現す。
これは送風機、冷たく乾燥した空気を吐き出し室内の除湿もしてくれる多機能な送風の魔法機械である。中を確認してみると、何をしたのか刻印基盤が傷だらけになっているようで、損傷した基盤の刻印を刻み直せば動くと思うので基盤を慎重に抜いて行く。
「へぇあ? そりゃすごい、なんでこれだけ出来るやつに……神様ってなぁやっぱ不公平だな」
「神様にとって人類なんてどうでも良いらしいからね」
「旧人類は必死に崇めてたのになぁ?」
昔々、人類が母星を離れるずっと前は、みんな神様を崇めて宗教と言うものにすがっていたらしいけど、実際に神様と言うものの正体を知ってしまった人類は、神の大きな影の下で生きることを止めたそうだ。
実際に神様から人類なんてどうでも良いと言われたという事だが、当時の人は何でそんな不確かなものにすがっていたのか、縋るなら行政だろうに……そう言えば大昔の行政は弱者救済なんてしなくて、弱者からも税金を搾り取っていたとか言っていたな? そりゃ信用できないか、その辺の話が好きな歴史の先生が居たが元氣だろうか。
今の高度給付税制が確立された後も随分と種族間で紛争が起きたと聞くし、そう考えれば千年前の大戦争で衰退したとは言え、今は良い時代なのだろう。良い時代なのに、俺は何故奴隷になっているのか、解せぬ。
「実際のところ、まったく関係のない人種にまで愛情を割くってのは難しいからねっと、魔素変換回路は生きてるから接続回りと基盤を直せば動きそうだ」
「ほんとか! それが動けば随分ここの生活も楽になるな、獣人にとって乾燥送風機は健康上必需品だから助かるぜ」
確かに、ネズミおじさんの全身を乾かすのはタオルじゃ無理そうである。だからいつもあんなに匂いがしていたのかもしれない。ふと顔を上げれば背中に感じる視線、視線、視線、猫族少女達にとっても乾燥送風機は必需品なのだろうか? 宇宙に適応して毛が少なく見えても脚や腕は毛で覆われていた様なので、きっと必要なのだろう。
うん、あまり考えると色々ぽっちを思い出してしまうので、今は基板の修理に集中した方が良いな。これは水を収集してタンクに溜める……あ、そうだ。
「次は食料関係の機材も探さないとね。効率食は味気なさすぎるから、培養肉くらい食べたい」
「培養肉はどうかわからんが、そっちは立坑に行けばいくらでも手に入るさ、ここの住民は新し物好きだから色々捨てられてくるぜ?」
食料関係機器と言えば代表的な物が培養肉製造器、それに植物プラントに藻類培養プラント辺りだろう。流石にこんな場所で畜産までは出来ないだろうけど、藻類培養器と培養肉製造器が見つかれば効率食よりは多少マシな物が食べられるようになるだろう。
培養肉と言う言葉に背中に刺さる視線が増えたし、やはり肉、猫族も肉が好きなようだ。俺も肉は好きでよく焼肉を食べにこっそり街に出ていたけど、必ず家族の誰かに見つかり奢ってもらう形になっていたのは、今でも申し訳なく思う。俺も働いていないとは言え、ちょっとしたリサイクルでお金は稼いでいたので、払えないわけじゃないんだけどな。
「リサイクルは?」
「聞いた話だと、リサイクル費用を払うより捨てた方が良いって話だ。その所為でゴミ捨て用の立坑はあちこちにあるそうだぞ?」
「そんなことしてるから汚染がひどくなるんだよ……」
「まったくだな」
この船の汚染原因は無駄な消費にあるという事は分かった。空気汚染には気を使っているみたいだけど、その手段に奴隷を使ってるなんてこの船の住民は知っているのだろうか? インテロなんて下層に入ったら数分で動かなくなる様な高濃度排気魔素による汚染なんて、普通の人が知ったら大騒ぎになるものだ。
騒ぎにならないという事は隠蔽か船ぐるみの犯罪なのか、貴族が絡んでる以上何でもありそうではある。
「溜まった!」
喉の奥から込み上げてきた息を吐くと、歓声が聞こえて来た。
「すごい!」
「うまく行ったみたいだな」
「ちょっとほっとした」
見れば小さな魔素セルが一つ液体魔素で満たされた様だ。特殊な環境だからこそできる芸当ではあるけど、刻印してそんなに時間が経ってないにもかかわらずあれだけ溜められるのは凄い事だ。あれを繰り返して行けばいつかこの辺りの廃棄魔素も薄れる……事は無いだろう。次から次に流れ込んで来るから、まぁそれでもこの部屋は常にクリーンな状態が保たれると思う。
「おいおい、不安要素あったのか?」
隣で送風機の修理を待っているネズミおじさんが訝し気に問いかけてくるが、そんなものあるに決まっている。
そもそも自分用に調整している生体刻印術の術式を、何の事前調査も、調整もしないまま他人に刻んだんだ。今回はそれが偶然彼女達の体に適合しただけで、最悪の事態だって考えられる所業だ。犯罪にこそならないが褒められた行為ではないし、万が一を考えたら胃が痛くてしょうがない。
今喜んでいる子は一番最初に生体刻印術を受けた子で、最悪の事態があると言う説明を受けてもなお、率先して刻印を受け入れたのだ。集団における生贄役というか、俺と違って色々覚悟が決まり過ぎている。
「他人に刻印することなんて……なんだ?」
「珍しいな? また全体放送だ」
耳が痛くなるようなノイズが頭上から聞こえてきた。見上げれば天井には埋め込み型のスピーカーがある。全体放送という事は、奴隷が居る区画全体に向かっての放送なのだろう。何やら集合する様にと言う話のようだけど、新しい奴隷が入る時くらいしかない放送なんだとネズミおじさんが教えてくれた。
「何が始まると思う?」
「わからんな、こんなこと滅多にない」
追加の奴隷が来るわけじゃないようだ。しかも集合するなり整列して与圧服を脱ぐように指示されたので、現在は前身タイツの様なシールドスーツの上にぼろ布を被った姿である。ネズミ族などの獣系人種は強靭な毛皮を持っているのでぼろ布の服一枚でも良いが、俺と同じような人種は環境適応用の前身タイツを着ている人が多い。
「与圧服も無しとか、このまま外に放り出されて殺されるのかな」
「縁起でもねぇな……」
昔友人と一緒に見た映画のワンシーンでは、与圧服を脱がされた捕虜が宇宙に放出されて殺されていた。そのシーンを思い出して呟く俺にネズミおじさんがすごく嫌そうな顔で見上げてくる。どうやらネズミおじさんでも外に放出されたら死ぬらしい、種族によっては平気で外から戻ってくる者もいるので映画の演出だと友人が笑っていたが、意外と効果的なのかもしれない。
与圧服を脱いでからどのくらい経っただろうか、未だに何も起きないが、視線を横に向ければ猫族少女たちが左腕を隠す様にして立っているのだけど、ぼろ布の服なので色々見えている。頼むのでもっと別のところを隠してほしい。
「ん? 貴族か?」
上の区画に繋がっているのであろう昇降機の扉が開くと、ずいぶん豪華な格好の貴族が入ってくる。周囲が汚すぎて変に浮いて見えるが本人は気にした様子もないようだ。慣れているのだろうか。
「なるほど、奴隷から玩具探しってところだなありゃ」
「玩具? ……奴隷が玩具か、あまり良い趣味じゃなさそうだ」
「奴隷を買ってる時点で貴族としては下の下だから、良い趣味も糞もないだろ」
「確かに」
奴隷を海賊から買って利用する貴族が、奴隷を玩具にするとなれば玩具にされる奴隷の未来は明るくないだろう。並ばされた奴隷の前を歩く貴族の男は、手に持った棒で奴隷を突いたり叩いたりしながら近づいてくる。必要に敏感なところを突きまわしているが、ずいぶんな趣味のようだ。
「猫族か、こいつらは良い声で鳴くから何人か連れて行くか」
「っ!?」
時間をかけて練り歩いてきた貴族は、直ぐ近くまでやって来ると猫族少女に強く反応する。少女たちが強張った表情を見せて貴族の視線から逃げる様に体を捩った。
この貴族が奴隷売買に関与している親玉だろうか、まぁこの場の状況を見る限りそうなのだろう。年齢も俺より上のようだし、もしかしたらこのエーデンシップの管理者かもしれない。
「……」
「ヨーマ? 滅多な気を起こすなよ」
「ん? あぁ、顔を覚えとこうかと思ってね」
「覚えたかねぇなぁ……」
俺も覚えたくはないんだけど、貴族社会ではその覚える事が色々と役に立つのだ。家と関係のある貴族は結構覚えたつもりだけど、この顔も服装も家紋も知らないという事は、派閥違いか新興か、でもシップ管理者で新興貴族は珍しいからどこかで見てるはずだし、派閥違いかなぁ。
「何の役に立つか「なんだこれは!?」」
ネズミおじさんに返事を返そうと口を開けばその声をかき消すような怒声、声の方に目を向けると猫族少女の左腕を掴み上げた貴族が叫んでいた。身分さを殊更気にするのが貴族なのに、奴隷の腕を握っても平気とは珍しいけど新興なのか、ん? あの子の腕……。
「「ん?」」
よく見たら猫族少女たちみんなだ。彼女達の事も気になるが今話しかけられるような状況じゃなさそうだ。貴族の怒声に猿人系の男が複数の男達を連れて走ってくる。何が始まるのか、そっとその場から距離を離すとネズミおじさんがそっと動いて通せんぼしてくる。面倒事に関わりたくないけど、ネズミおじさん的には駄目なようだ。
いかがでしたでしょうか?
面倒事が現れた!ヨーマは逃げ出した!しかしネズミおじさんに回り込まれた!!
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー