第6話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「無重力運搬か、こんな狭い場所で運ばれるなんて非常時訓練の時以来だな……しばらくぬるま湯実家生活だったから久しぶりの感覚だ」
寝て起きて寝て起きて、ただただ無重力で運ばれること数日、大昔に比べれば狭くなった宇宙で数日と言うと結構遠い場所に運ばれた可能性がある。と言っても、海賊だから連合国のグリーンエリアを抜けたりはしないだろうから、常識の範疇ってところかな。
それにしても乱暴な運搬である。ベルトで体を固定してなければ今頃あちこちに体をぶつけて大変なことになっているところだ。移動が行われる度にどこからか衝突音が聞こえてくるのだが、おおかた無重力経験がない人種も運ばれているのだろう。今時は宇宙出身でも訓練なりなんなり受けてないと、無重力での立ち回りなんてわからないものだ。
「液体レーションにチューブトイレ」
クッションとベルトの付いた壁の反対側にはカバー付きの装置がいくつか見えるが、その装置がこの箱での命綱、何の説明もされずに放り込まれたけど、同じように運ばれているだろう奴隷仲間は説明されたのだろうか? 上が液体レーションで下がバキュームチューブトイレだ。
「チューブトイレなんて資料館でしか見たことないけど、現役なんだな」
今の宇宙船に使われるような親切設計なトイレと違って利便性を突き詰めたような構造のチューブトイレ、使い方が下手だと洩れてくるが、焦らず吸い込み直せばいいだけである。ただし使い方をよく知っていればであって、慣れない者であれば、ある程度の防音がされているポッドにまで聞こえてくる様な悲鳴を上げても仕方ない。
正直、レーションが効率食でよかったと思う。これが効率食じゃなかった場合、大きい方も出さないといけないわけで、それによる失敗確率はより高くより悲惨である。
「何日目だろ……もう5日か」
誰かの叫び声をBGMにデバイスを開けば、丁度5日目のタイマーが動く。まっすぐ進めば一つ二つ中央ステーションを経由していそうだけど、搬入作業が多いようなのでそこまで遠くには行っていないだろう。正規ルートを通らないのであればより範囲は絞れる。
「さて、どこまでがグルだったのか……助けを呼んで貰えるとは思わない方が良いよな」
少し騒がしくなったようにも感じるポッドの外、刺激が少ないと思考も鈍っていくので色々と考える事を止めない。最悪の想定と希望的観測、自分にできる事を確認して比較的広く対応できるように準備を続ける。そんな事を許している海賊は自信があるのかそれとも抜けてるだけか、まぁ準備したところで籠の鳥なのは変わらないんだよな。
「ん? 重力を感じる」
体がゆっくりと一方に引っ張られ、ポッドの外からまた衝突音が聞こえ始める。
「さて、どこに着いたのか……惑星ではないな」
緩い引力がじわじわと体にかかり始めるこの感じは、どこかのコロニーかシップに到着したのだろう。考え事ばかりしていても精神衛生上良くないので、状況の変化は助かるけど……さてどうなるか、体の怪我が治ったのに早々胃が痛くらなければいいな。
「生きることを優先するとしよう」
第一目標は生き残る事、生きてさえいればまぁ何とかなる。誰かがそう言っていた。そいつはかなりポジティブだったので正反対の俺にはちょうどいい考え方だろう。
そう考えて溜息を吐いたのは何時だったか、一時間も掛からず売却が決定した俺は、久しぶりの重力を楽しむ間もなくまた無重力のポッド内、気の弱い奴なら精神を病んでも可笑しくない。俺は弱い方なのでそろそろ病みそうなのでここから出してほしい。
「売却まであっと言う間だったな……エクスマギレアか、聞いたことが無いけど旧式のガーデンシップってところか」
下見の為にポッドから一時的に出されたが、ずいぶんと賑わった船だった。多種多様な種族がそれこそ多種多様な格好をして練り歩く奴隷市、顔を隠して上等な服を着ていたのは貴族関係者だとして、顔を晒して歩く中には俺でも知っている指名手配犯が何人かいた気がする。
ホームだからか周りの目を気にした様子も無かったけど、あれが他のシップだったら賞金稼ぎが乱闘起こしているところだ。あの時視界に含めた一角だけでも、しばらく遊んで暮らせるような賞金が手に入りそうだなと思った。
「またしばらく無重力の旅か」
そんな楽しい現実逃避をしていればすぐにポッドから解放されるだろう。解放された先で死ぬかもしれないけど、早くこの青一色の世界から脱したい。
「今日からここがお前たちの職場だ! しっかり働けよ? 逃げようなんて考えても意味がないからな!!」
青一色の世界から脱したいとか言ったやつ出てこい! ……俺か、なんだこの汚い世界は、俺と同じように奴隷として売られてきたのであろう人間が横一列に並ぶ場所は、ずいぶんと老朽化した広い空間。
右を向けば並ばされた奴隷の向こうに剥き出しの配管が無数に伸びる壁、左を見れば特に並ぶ様子も無く離れた場所で固まりこちらを窺う汚れた与圧服の集団。少し上を見上げる先の天井は高くアーチ状の構造で、こちらも配管がいくつも並び横へと伸びているが、その太い配管からは光が溢れている。見た感じ魔素灯のようだが随分とごつく古めかしい。
「新しい職場か……奴隷なんか使って何をさせたいのか」
錆と煤と埃で、本来なら太陽の光を再現するはずの魔素灯の光が霞んで見える広い部屋は、あの汚れた第七ブロックの通路の方が綺麗だと思えるほどだ。そのまま視線を前に向けると、怒鳴る様に話す身綺麗な男とその後ろに並ぶ少しだけ上等そうな与圧服の人間達。俺と同じような平均種が多い印象だけど、女の割合が多いだろうか。
「以上がここの仕事内容だ」
「汚染区画か……」
仕事の内容は分かった。
一般に惑星上であろうと宇宙空間であろうと魔素を使うと魔素廃棄物と言う有害な魔素が生成される可能性がある。魔法利用により幻体となって排気魔素として排出され、有害なことが分かれば廃棄魔素などと呼ばれることになるそれは、しばらくすると塵などを核にして結晶化したり、人体に多く取り込まれると体の機能に悪影響を与えることもあり、宇宙を航行する船や居住艦は空調管理でこれらを収集、精製することで魔素として再利用している。この辺の知識は最近の子供なら誰でも習う常識だ。
しかし、精製魔術による効率の良い魔素再生研究が成功したのは三十年とか四十年くらい前であり、魔法の方はまだまだ研究中である。ベラタス家でも研究しているけど、小規模の精製ならまだしも商業ベースにのせられるほどの成果は出ていない筈だ。
新造艦や金のある居住艦なんかは魔素リサイクル設備を運用できるけど、魔術触媒なんかの消耗品も多くて本体自体も高い設備で、とてもじゃないが気軽に導入できるものではない。その結果、昔から使われてきた魔素結晶誘発浄化法を用いた空気浄化システムが浄化装置シェアの過半を占めている。
「仕事内容は洗浄と魔素結晶の除去で大したことはなさそうだけど、いくら誘発させるためとは言え環境が悪すぎる」
空気が淀んだ場所や、埃や塵が多い空間に幻体化した魔素を流し込み結晶化を促進させることで空気を綺麗にするのだ。そのあと複数の特殊フィルターを通すことで完全に魔素を除去して艦内に循環させる。
非常にローコストで運用できる為広く使われているが、それでもそれなりにランニングコストはかかる。なんだったら長期で見れば精製魔術式とそんなに変わらない。少しでもお金を掛けたくない者達は必ず抜け道を見つけるもので、たぶんここも同じ抜け道の底である。
本来ならそれらの内容の仕事を行う場合は、いろいろ面倒な手続きが必要な上、結構な高収入な仕事に該当する。そんな金は払ってられないから違法奴隷をただ働きさせるのが抜け道なのだろう。大体奴隷自体特殊事例以外で禁止だし、海賊から買うなんてのも違法、ばれたら嬉々として軍が取り締まりに来てポイント稼ぎにされる。
「ウェアも通常の民生品レベルで汚染地域用のウェアじゃないとか、辛いだろ」
そもそもこういった過酷な仕事はインテロが行うものであり、人に向いた仕事ではない。話を聞いて不安そうにしている奴隷も、周囲の同じ境遇であろう者達の服装も普通の与圧服で汚染地域装備なんて誰も着ていない。インテロも見当たらない。完全に消耗品扱いなのだろう。
たぶん俺らの売買にかかる金もそのランニングコストも、専用のインテロを導入するより安い……しかし、奴隷と言う危うい手を使うのにはまだ理由があるはずだ。
「奴隷の中でも上下関係があるのか」
色々考えていたら奴隷仲間なのか同じような与圧服を着た男達が説明を始めるが、どうやら彼らはここの責任者のようだ。同じ奴隷として売られた中で上下関係を作る事で奴隷に奴隷を管理させているのだろう。
「新人は下層区画の部屋割だ! もし上が良い奴は相談しろ! 場合によっちゃ考えてやる……」
考えると言った毛むくじゃらで大きな体の男、たぶん猿人系の種族だと思うが、彼はそばにいた女性を抱き寄せその頬を舐め、その視線を新しく来たばかりの女性奴隷に向けている。
とても分かりやすい。
彼の後ろに立つ男達もそれぞれに女性を侍らせてニヤついている。まるでどこかの貴族みたいで気が滅入ってきた。俺はこういう人の姿を見たくないと言うのもあって独り立ちを目指していた部分もあるのだ。
見渡せばグループがいくつか出来ている。俺はとりあえず大人しく下層と言う所に行って見ようと思う、どう考えても環境は良くないのだろうけど、責任者グループやそこに近いグループに入る方法は無いし入りたくもない。
「はぁ……下層区画の場所も教えず解散か」
誰かに聞けば教えてくれるだろう。とりあえず一番端で固まっている人達に聞いてみよう。何となく俺と同じような陰の気配を感じる。そう悪い事にはならないだろう。
「……一応衛生面は気にしてるのか」
不要な区画を魔素結晶の生成場所に使っている事は話と状況から分かるけど、魔素灯を使った光浄化システムで通路はずいぶんと清潔に保たれている。清潔に保たれていると言っても汚いなりにであって壁が汚れで茶色だったり煤けているのは変わらない。光浄化システムは空気中のウィルス除去が出来るだけで勝手に壁が綺麗になる物ではないのだ。
「パンデミックでも起きたら大変なのはどこも一緒か」
大昔から厄介なウィルスと言うのは出て来ては撲滅してを繰り返して来ている。最近だと5年くらい前に大規模なパンデミックが4隻のガーデンシップを巻き込んでいた。そう考えるとこの設備は過剰ではないのかもしれない。たぶんこの船も古さからガーデンシップ級だろうからな。
それにしても改めてひどい場所に来てしまったと思う。数日この環境で生活してインテロが使えない理由が分かった、魔素が濃すぎるのだ。どれだけ怠惰な領主が管理しているのか、魔素の薄い所は全部責任者やその取り巻きが占拠し、利用するには様々な見返りを求めてくる。
まだマシな居住エリアまで戻ればすぐに与圧服のヘッドカバーを脱いで背中の収納に入れてしまう。空気が美味い……とは言えないけど、与圧服の閉鎖的な圧迫感よりはマシと言ったところだ。
「おつかれ」
「お疲れさん、兄ちゃんは慣れたかい?」
下層の居住区は入り組んだ構造になっていて、元々は単身居住用だと思う無数の部屋が用意されている。そんな部屋の一つを共有することになったのが目の前のネズミ系種族のおじさんである。
「それなりに」
明らかに人の数より多い部屋、部屋、部屋、と言ってもその大半は壊れて使い物にならない。修理したら使えるのだろうが、誰も修理なんてする気がないようだ。
ここ数日の体感だけど、魔素濃度がこの階層から異常に高いので、対応可能な種族はまだしもそれ以外の種族には辛い。そうなれば下層に居るくらいなら多少のリスクがあっても上の階層の方が良いと考えるのが普通、その辺も改善しようと思えば出来そうなものだが、わざとこの状態を作っているのだろうか。
「だいぶ少なくなったな」
「こんなとこに来る奴隷なんて元から能力が低いしな、残りは上さ」
「俺には無い選択肢だな」
上に行く、それはここの責任者と言う奴隷のボスに献上品を捧げると言う事だ。
俺は血筋的に魔素に対しては高い耐性があるので他の種族ほど問題はない。それに刻印術も使って常に汚染は除去できているので、わざわざ貢物をしてまで環境を整える必要はないのだ。この辺は両親のもとに生まれてよかったところだろう。ずいぶん恵まれてはいるのだ。
「その選択がとれるだけ勝ち組さ、魔素に弱い種族はみんな上に行きたがる」
「有害な魔素の排出が苦手な種族も居るからな」
「助けてやりてぇが……」
このネズミのおじさんはずいぶんと良い人のようで、俺の他にも多数の新人奴隷の世話をしていた。正直ここのところ信用できる人間には出会えていないので若干疑いもしてるのだけど、今のところ怪しい点は見当たらない。
と言うか、言動はどこにでも良そうな普通の人だけど、偶に妙な品の良さも感じるような、なんとも不思議な人である。
「密閉できる部屋でもあればな」
何とかする方法はある。ただし揃えないといけない条件が多いし、俺以外に出来る人間はそれほど多い方法でもない。それでもいいなら密閉できる部屋があれば魔素障害に苦しむ人間を助けることは出来る。
「密閉出来る部屋ならあるぞ? ただ環境はここより悪い」
「ほんと? 空調は?」
「空調はちゃんとついとる、広めの部屋で状態は良いんだが……俺らが住んでるこの区画よりさらに下なんだ」
「下か……そうなると魔素も濃そうだ」
ここより下となればさらに魔素は濃くなるだろう。掃除をする場所はどこも廃棄魔素が濃く結晶がいたるところに生えている。そんな環境では俺だって一般にウェアと呼ばれる与圧服を脱ぐことは出来ない。
しかしそこでも密閉できる部屋があれば話は変わる。さらに新鮮な空気の供給が生きているのなら、限定的ではあるけどすぐにでも魔素の無い部屋を作る事は可能だ。まぁ、幻体魔素までは完全除去できないけど、それもダメな種族など現代ではほぼ絶滅しているだろう。
「多少な、ウェアを着てればそこまで気にならないが一日中ウェアを着てすごすなんてちょっとなぁ?」
「試す価値はあるな」
俺も一日中ウェアを着ているのは辛い。今も部屋に入ってすぐにウェアを脱いでベッドに腰掛けているけど、どうやらまた着ないといけない様だ。どうしても与圧服と言うのはゴワゴワするので動きづらく好きではない。戦前の資料によるとまるで肌着のような宇宙服もあったそうだが、未だに再生されない技術の一つである。
俺がウェアを着直し始めるとすぐにネズミおじさんが動き出す。俺が何をしたいのか理解した様で、彼も自身のウェアを引っ張り出して着込み始め、俺がウェアの装着確認をする頃には部屋の外で待っていた。
楽しそうに尻尾を振って笑う彼の名前は知らない。聞いても好きに呼べとのことなので、試しにネズミおじさんと呼んだら喜んでいたのは不思議である。
「この部屋だ」
「ずいぶん広いな?」
空があればオレンジ色に染まっているような時間だからか、最下層のさらに下の階層に人影はない。上層に住んでいる責任者たちはそもそも担当区画が違うので、こんなところにいるわけもなく、結晶こそ生えてないけど、空気はずいぶんと排気魔素で汚れた階層の奥にその部屋はあった。
ネズミおじさんと使っている部屋はベッド二つにロッカーを置けばあとは食事の為のテーブルセットを置けるくらいでとても狭く、飲料可能な水道とちょっと使える流しにトイレはあっても風呂は無い。そんな狭い部屋と違っておじさんに案内された部屋はずいぶんと広い。ちょっとしたチーム戦の球技も出来そうである。
「昔の集会施設か何かだろう、洗浄器も付いとるぞ」
洗浄機! 風呂と違って情緒も何もないけど体を洗浄できるのはありがたい。是非ともここを居住可能な状態にしたいところ、特にネズミおじさんは体中毛皮だから洗浄器でも使ってもらわないと臭くてしょうがない。言葉に出さないけど正直おじさんの体からは雨に濡れて放置した小動物のような臭いがするのだ。本人も多少気にしてるのか体をタオルで拭いてはいるけど、あまり効果は感じられない。
「設備は最高だな」
「環境は糞だがな」
色々見て回った。ネズミおじさんもこの部屋の事は知っていても詳しく調べていなかったのか、その設備の充実具合に歓声を上げていた。
しかし環境は悪い。
部屋の扉はかなり高レベルの密閉機構になっているので魔素をほぼほぼ遮断できる。しかし二重扉になっているわけじゃないので開ければあっと言う間に魔素が流れ込んで来るだろう。だが俺には関係ない、いくら広いと言っても軍施設の弾薬庫なんかよりずっと小さな空間である。特に問題はないだろう。
広いスペースに洗浄機、トイレも複数あって朝待たなくてもいい。さらにキッチンには多機能保管庫付き……入れる物なんてこんな場所じゃあまり無いけど気持ちが違う。あと個別の日光浴ポッドに体調不良時に使う浄化ポッドまで置いてあるとは思わなかった。
集会施設と言う予想だけど、本当にそれだけの私設だろうか? もっと違う何かに使っていたんじゃないかとも思えるが、とりあえずここを昔使っていた人たちに感謝しておこう。これから忙しくなりそうだ。
いかがでしたでしょうか?
あっという間に社会のど底辺まで叩き落されたヨーマは、少しでも生活環境をよくするために動き出すようです。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー