第4話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「……終わったな」
最後のカートリッジに魔素セルを収め終わった。カーゴの中にはまだ魔素セルが残っているけど、荷崩れによってカートリッジがいくつか破損したので残りは人が近づかない隔離倉庫に保管しておくそうだ。
「ありがとうございました」
「いやいや、これも仕事だから」
「そろそろ到着のようですね」
すでにこの作業だけで数日かかっている。その間に輸送船は次の停泊地であるステーションの近くまで来ているようだ。その間、筋肉乗組員は一度もこの倉庫には近づかなかったのだが、その理由は高確率で魔素セルを破損させるからだと言われ、納得してしまった。
副長の説明に先輩乗組員たちは恥ずかしそうに頭を掻いていたが、俺みたいな人間が雇用された理由はそこにあるそうだ。色々でかい彼らは細かい作業が苦手らしく、民生品の小型セルを扱わせていい人種ではないらしい。なんでも振り向きざまに尻尾で叩いて魔素セルを壊したこともあるそうだが、俺も叩かれたらやばそうだ。
「七日の旅、特に何も無くて良かった」
「この船はいつもこんなものです」
「海賊には襲われたりしないんだ」
「襲われないのが自慢だと船長は言っておりました」
海賊に襲われない船は良い船である。それは運が良いからと言うのもあるけど、優秀な船長は海賊の動きを読み取ってルートやタイミングを替えるのだと聞いたことがある。とても俺にはまねができないので今後は勉強させてもらおうと思う。
「へぇ、そりゃ良い船に乗れたな」
最初はどうなるかと思ったけど、かなりいい船に乗れたんじゃないだろうか、子供じゃないけどステーションに到着するのが楽しみになって来た。
ヨーマが数日の業務で初めて前向きになっている頃、クールは頭を抱えて地面を見詰めていた。
「だめだ、どこにもいない」
「エーデンシップ内にはいないかもしれませんね」
エーデンシップとは、ヨーマの実家がある超長距離宇宙潜航船のことである。長期にわたる宇宙での居住が前提の船の中は一つの大きな国と言っていい規模であり、そこからヨーマを探すのはいくら文明の進んだ時代であっても大仕事である。
しかし数日探しても見つからないヨーマに、インテロメイドのナーナはすでに彼が同じ船にはいないであろうと真実に近付き、クールもまた深く頷き溜息を洩らす。
そんな重苦しい空気は大きな足音と勢いよく開くリビングの扉の音で消し飛ばされる。
「父上!」
「静かに入りなさいドゥーグ」
現れたのは、ヨーマの同僚となったトカゲ族の筋肉部にも負けないような体を持つ男性。彼はドゥーグ・ベラタス、ヨーマの兄でありベラタス家の三男である。
「おお、勢いが強すぎました。それより!」
父親に注意されると申し訳なさそうに頭を掻き、しかし太陽のように笑う顔には全く悪びれた様子はなく、申し訳程度の謝罪なのか言い訳なのか一言呟くと、そんなことは良いのだと一歩前に出て両手を胸の前で握りながら、身を乗り出す様にクールを見詰めた。
「どうしたのだ」
その姿に少し呆れた表情を浮かべるクールは、しかしすぐに背筋を伸ばすと話を促す様に問いかける。40年以上変わらぬ姿を見ていれば呆れはしても驚くわけがなく、いつもと変わらず一々動作の大きい息子の言葉を待つクール。
「空港でヨーマを見たと言う者が居ました!」
「でかした! すぐ探しに」
だがその動きの大きさは親譲りの様で、ヨーマの目撃情報を聞いた瞬間勢い良くガッツポーズを見せるクール。その姿をソファーに座って見上げるキニギは、小さく笑いながらもヨーマの行方に不安を過らせる。
「それが高速艇に乗ってしまった様です」
「……ふぅ」
「どこ行きですか?」
続く言葉で覚悟の無かったクールは燃え尽きた様にソファーに倒れ込み、覚悟していたキニギは頭を抱えるとヨーマの行き先について問う。
高速艇とは水の上を進む船ではなく、宇宙と言う無限の大海原を突き進む宇宙船のことであり、魔素と言う万能エネルギーによって大抵の船は光よりも早く目的地に着くことができる。その目的地はエーデンシップの随伴艦ではなく、惑星や遠方のコロニーなどであり、彼等が住むエーデンシップを中心として考えれば候補はいくつかに絞れる。
そんな中で最も厄介な場所は、
「中央ターミナル行きじゃないかと」
中央ターミナルであった。
「そ、それで……その先の足取りは?」
「わかりません」
なぜなら中央ターミナルと言うコロニーは、超長距離を数日で移動してしまうような船が集まるところであり、毎日無数の宇宙船が出入りしているのだ。それは観光船であったり企業の船であったり、ヨーマが乗り込んだ輸送船であったりと多岐にわたる。
「お父様! ヨーマが高速艇のチケットを買った記録を見つけたわ!!」
「どこ行きのチケットだ!?」
「中央ターミナルみたい。片道ね」
そこへ飛び込んでくるのはシグズ、いつもと変わらぬフワフワの髪たなびかせる様にリビングへ入って来た彼女の言葉に険しい表情を浮かべたクールは、言葉の続きを求め見詰めるが、返ってくるのは満足気なシグズの表情だけ。
「それだけか?」
「ええ」
「その先は?」
「わからないわ」
どうやら最悪の可能性が当たった上に、その先の行方を示す情報はない様で、クールはソファーに座ったまま立ち上がれずにまた項垂れる。
情けない姿しか見せてない彼であるが、一代で平民から貴族に成り上がった手腕は本物だ。しかし残念なことに、基本的にベラタス家の人間は誰しもヨーマの事になるとおかしくなる。それはヨーマにスキル無しと言う枷を背負わせた事や、それ故に辛い幼少期を彼に押し付けたと言う罪悪感によるものだ。
世間ではいっそ安楽死させた方が幸せと言う者もいるほど、スキル無しと言うのは大きな問題なのである。
「……片道で中央に向かって当日券を買ったのかしらね」
「可能性はありますなぁ」
キニギの予想にドゥーグは胸の筋肉に力を籠めながら同意する。その声に驚いたのはシグズ、彼女は真横を見上げると驚いた様に目を見開く。
「あらドゥーグ? どうしたの?」
どうやら今の今までドゥーグの事に気が付いていなかったようだ。
しかしそれも仕方ないと言えば仕方ない、何せ縦にも横にもドゥーグは大きいのだ。壁か柱か調度品のようにしか感じられなかったとしても、彼より小さなシグズが悪いわけではない。
「空港で中央ターミナルに飛び立ったヨーマを見た者がいたのです」
「……ならシップから出たのは確実か、だいぶ時間食ったし今から追うの大変よ?」
姉に自分の存在を認識してもらえずちょっぴり寂しそうな顔で話すドゥーグに、シグズは若干申し訳なさそうな表情を浮かべるが、大きいのが悪いと言う結論に至ってすぐに表情を戻す。
彼女は長身であるが女性にしては大きいだけであり、母親以外で彼女より身長が低いのはヨーマぐらいなものである。それは彼女がヨーマを溺愛する理由の一つでもあるのだが、彼女を擁護すると言うならば、常に見下ろされて生活するのはプライドの高い彼女には不服極まりない事なのであった。
「せめてデバイスの信号を出してくれていれば」
「自立とか、そんな無理に考えなくていいのに」
「そうよ、私が養ってあげるって何時も言ってるのに」
そんなベラタス家の家長は小さくなった背を更に小さく丸めてため息交じりに呟き、キニギはヨーマが抱えていた悩みに触れ、シグズは自らの欲望を隠すことなく垂れ流し、隣で見下ろす弟に呆れられる。
「ヨーマも男の子と言う事ですなぁ」
「そうね、男の娘ね」
「……む?」
この家族はヨーマに対する愛の重さは変わらなさそうだが、その感じ方はそれぞれの様で、互いに首を傾げ合う家族を見上げるキニギは、小さく溜息を洩らして自らのデバイスに視線を落とし、信号の途絶したヨーマの名前を指先でなぞり見詰めるのだった。
「え?」
「出向だ」
「しゅっこう?」
予定のステーションに到着して間もなく船長室に呼ばれたヨーマです。
「同業者の船で欠員が出てな、すまないが手伝って来てくれ」
「新人で大丈夫なんですか?」
出航ではなく出向だったようだが、それはそれとして新人をいきなり別の場所で働かせると言うのはどうなんだろう。この船での作業なんて掃除と荷崩れの整理手伝いくらいで、正直使い物になるとは思えないんだけど。
「仕事はコンテナ内の清掃ぐらいなものだそうだから、報酬も色を付ける。合流は今いるコロニーで合流するので、往復しっかり働いてくるんだぞ」
「は、はぁ?」
往復の間ずっと掃除なんだろうか? コンテナ内の掃除なんて俺がやるよりインテロにやらせた方が早い。この船の掃除もインテロだと手間取る室内とか、荷物でごちゃごちゃした通路くらいだった。正直荷物出しっぱなしの通路はどうにかした方が良いと思う。
「すまない」
「あ、いえ……わかりました」
副長が申し訳なさそうに頭を下げているけど、そこまで申し訳なくされるような仕事なのだろうか、断るべきかもしれないけど、新人だしそこは言うに言えないところだ。まぁ掃除なら何とか? お金に関しては別に色とかどうでもいいんだけど、貰えるなら貰って損はないだろう。
そんな事よりステーションに降りて買い食いがしたかった。航行中は基本的に効率食だし、ステーションには意外とご当地系の食べ物が多く楽しみにしていたので残念である。
「うむ、それでは準備して搭乗ハッチに向かってくれ、あぁ作業用のウェアはそのまま使ってくれていいぞ」
「はい、失礼します」
準備なんてするほど荷物は持って来ていない。と言うよりほぼ何も持って来ていないと言っていいほどなのでこのまま真っ直ぐハッチに向かおうと思う。船長は特に慌てた様子も無いし、これが輸送船の日常なのだろか? まぁ以前の仕事も突然作業内容が変わる事もあったので、意外とどんな仕事もこんなものなのかもしれない。
「…………」
副長は無言で船長を睨んでいた。
彼はヨーマが出向する先のことも、そこでどんな仕事をやらされるのかも知っている。そしてなぜこのタイミングで、船長がヨーマを出向させることにしたのかも知っていて、そのような不条理を是とする船長にも、何も言えなかった自分にも腹を立てているようだ。
「そう睨まないでくれ」
「いつまで続けるのです」
睨まれてもその視線を無視していた船長は、小さく困った様に呟くと副長の言葉に目を瞑り天井を見上げるように顔を上げる。静かに一分ほどたっぷりと時間をかけて目を開いた船長の黒い瞳には、錆びた天井の汚れが映り込む。
「何とかしたいとは思っている。しかし何ともならん」
「それは、面倒を抱えたくないだけでは?」
「当たり前だ。貴族でもない一般人を融通するだけで安全が担保されるんだぞ」
どうやらヨーマは彼らの安全のために出向させられたらしい、その事を知っている副長も同罪であるが、彼の責めるような言葉に船長は責めるわけでもなく、めんどくさそうに、そして吐き捨てるように安全が担保されると言って目を背ける。
「屑ですね」
「甘んじて受けるさ」
副長もまた視線を船長から背けると悔しげにつぶやき、船長は溜息を洩らすと机から葉巻を取り出し、まるで早く燃やし尽くしたいと言った様子で勢いよく吹かし始めるのであった。
いかがでしたでしょうか?
出航!ではなく別の船へと出向するヨーマ、雲行き怪しくしかしその怪しさが何なのか気が付く術はないようです。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー