第23話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
視線を感じる。
「……」
「……っ」
視線は二つ、一つは白みの強くなったコンテナの明かりの加減で、色合いが変わって見える赤い視線。もう一つは黒に金の模様が細工物のように映えて綺麗な視線。
「そんな目で見られてもなぁ……」
一方は遠く離れたことに対する不満の目であり、もう一方は明らかな助けを求める目である。俺に何をしろと言うのか、進んで火中に飛び込む虫でもあるまい。
だが、一つのコンテナで同居することとなった仲間同士、ある程度は仲がいい方が良いとは、思う。メテシュから分けてもらったベッドマットの染みを見詰め、ほんのちょっと首を左に向ける。視界の端でこちらを凝視する女性二人、互いの距離は10オサほどで一向に縮まないが、離れもしない。
何かめんどくさくなった。
「まぁいいか」
「!?」
顔を向けただけで、なんだかとてもめんどくさくなったので、顔を前に戻して壁を見詰める。そこにはデバイスの画面と、画面に映し出さた整理中のファイル。日に日に増えるファイルの整理はなかなか進まない。並行して魔法の組み立てと刻印術への変換作業、裏では組み立てた魔法や良くわからない術式のシミュレートを回している。
流石は古代の超高性能デバイス、こんな扱いしていたら普通のデバイスは直ぐにオーバーヒートで停止するところだ。
……うん、視線が強くなってるな。
「それにしても帰って来ないな」
まぁ視線が強くなっても振り向かないけどね。ここで構ったら地獄の底まで逃がしてくれなさそうな気がする。なので独り言をつぶやき、我関せず感を出すのだ。
ほら、視線が薄くなった。でも実際にナンシュが帰ってこないので、わざとらしさはそんなに無いんじゃないだろうか? いったいどこを散歩してるのか、広い船なので一か月かけて散歩しても全部は回れないだろうし、電子空間はそれより広いだろうから、予測が全くできない。
「デコード済みのファイルが増えてる」
目を離した隙にまた増えた。彼女が散歩している場所の痕跡なんてこの増えていくファイルくらいなものだ。だからと言って、そこから彼女の居場所を分析できるような能力は俺には無い。そう言うのは苦手である。
「……今度は整理されてるな、されてるけど、なんで呪いの魔術とか集めてるわけ?」
整理されているのは彼女の成長なのだろう。それはとてもいいことだが、その趣味趣向はまったく褒められたものではなさそうだ。たぶん行き着いた先にあるデータを片っ端からコピーして拾い集めてるだけだとは思うんだけど、もしこれが厳選して集めていると言うのなら、ちょっと心配になる。
心配になると言うのは、まるで親目線のような言葉だけど、俺達はどんな関係性何だろうか? そして呪い系のフォルダも随分と増えたものだ。デコードされたファイルも増えて来たし、そろそろこのフォルダも整理を始めた方が良いかもしれない。
専門家では無いけど、呪いの魔術や魔法が嫌われているのは一般常識だ。なにせ相手側に届けばどんなに距離が離れていても作用するのが呪いの良い所である。ティアマトウブと言う距離を無視した通信手段が存在するこの宇宙時代で、この呪いが厄介だと言うのは子供でも分かる。
その分対策方法も常に進化しているわけで、今じゃ雑貨屋でも呪い対策グッズが売ってある。
「ん、まてまて……これはあるだけで機能するタイプじゃないか」
それは困る。
魔法や魔術の中には、非常に珍しくはあるが、そこに式が存在するだけで機能するものがある。特に呪いの式と相性が良いからこそ、呪いが嫌われる理由でもある。
この常駐式は予想外の事態を起こすので、十年以上前に必ず起動しないように処置が必要になったはずだけど、そんな構成にはなっていない。なんの式か分からないけどとりあえず停止させる。そしてそのまま新規シミュレートに突っ込む。
優先度を上げて見守ること数分、地味な呪いだけど、こんなものを常時起動させるとかたまったもんじゃない。
「もしかして……」
メテシュが気絶したのはこの所為かもしれない。何というか、周囲の空気を悪くして運氣を下げる風水系統の呪いだ。空気を悪くする効果には、人体に対して目に見える影響が出ない程度に排気魔素を集める効果も見られる。メテシュの体調不良の一因になった可能性も無くはない。
主な原因は、俺を警戒して食事をとらなかったことによる空腹とストレス、それによる抵抗力の低下みたいだけど、改めて考えると居心地が悪くなる。
「それにしても距離が一向に縮まないなぁ……何の牽制なんだろう」
チラリと少しだけ目を向ければ、変わらぬ距離感と雰囲気。男の俺なら女の子が警戒するのも当然だし、メテシュの生い立ちを考えれば妥当。なにせ女性でも襲い掛かって来たそうだから、男なんて考えるまでもないだろう。
だからと言って今の攻防は何なのか、割とフレンドリーに入って来た新たな同居人も警戒してるし、そのくせ俺には助けを求めるような視線を向けてきて、その度にメテシュの警戒度と言うか、覇気と言うか、妙な圧が増す。
「……」
「……っ!」
「なんで二人して俺を見るんだよ、やだよなんか怖いし」
ほんのちょっとしか視界に納めて無いのに、俺が見てることに気が付くとか、どういう勘をしてるんだこの二人、そんな目で見られても俺は知りません。そこは同性同士で打ち解けるものであって、男の俺の出る幕じゃない。
昔の知り合いも、百合の間に挟まる男は死ねと言っていたし、そう言うものなんだと思う。変に意識するのも疲れるので寝てしまおう。メテシュからベッドマットを分けてもらったわけだし、堅い床とは違う寝心地を堪能しようじゃないか。
「結局連れてこられたようだけど……なんなのこれ?」
起きたらメテシュと新たな同居人に挟まれていました。というか、これは国境のような扱いだろうか、それとも防衛ラインのような扱い? 傍から見たら死者を悲しむ女性二人みたいな構図だ。
それなりにふわふわの布団で目が覚めたら、女性二人が絶妙な距離から見詰めて来ているとか、新手のホラーかと思った。怖すぎて咄嗟に声も出なかったよ。本当に怖い時ってのは意外と悲鳴が上がらいものだ。恐怖で引き攣って呼吸が止まるからね。
「え、えっと……」
「本能防止ヨーマ壁」
「やな壁だな」
ほんと嫌な壁である。何の本能なのか分からないけど、よく見ると俺を中心にして距離は縮まっているようだ。なるほど、これは進歩である。
とりあえず起き上がるか、女性から見下ろされるのは何とも言えない気持ちになる。もっと別角度からなら色っぽい雰囲気になるんだろうけど、両サイドからってのは何か嫌だ。
「たすかるっす」
助かるんだ……。
「助かるんだ……とりあえず自己紹介から始めようよ、なんか怖いし、相手を知れば本能も和らぐんじゃない? ……知らんけど」
うん、知らんけど、とりあえず何か話さないことには何も変わらんだろう。なんでも人と言うのは接触回数がそのまま好感度と比例するそうだ。昔の同僚が良く話しかけてくるから、なんでか聞いたらそう言われた。その時の俺は面妖な物を見る様な顔をしていたし、関係性は今も昔もそう変わってないと思う。
なんだ、信憑性が薄い理論じゃないか。
「……メテシュ・メフデット」
「ひぅ……ね、ネフヘケプ・ムアガ言います」
うん両サイドなのは変わらないけど、視点が違うと心持も変わるな。そして実に短い自己紹介だ。
「ん」
「ん? 俺も?」
俺も自己紹介をしないといけないらしい。いや、まぁ同居人になるからおかしい話じゃないけど、メテシュお嬢様? 人を指すのは止めようね? それって一番簡単な呪いの一種だからね? 普通の人ならまだしも、貴女魔法がお得意な種族でしょう。
暴発したら俺なんて簡単に弱っちゃんだから、勘弁してください。
「……」
「ヨーマ・ベラタスです。出向先の輸送船の船長に売られて貴族に買われて事故でここに落ちてたらい回しにあってます……これでいい?」
新入居者からの不安そうな視線も痛いので、とりあえず簡単に自己紹介したけど、あらためて纏めると糞みたいな話だな。宇宙は広いので、似たような経験をしている人はいるかもしれないけど、自分の力が及ばない何かでここまでぶん回される人生なら、そりゃ引き籠りも増えるだろう。
実際に、力のない下級市民の引き籠り率は高い。手厚い保護により働かなくても最低限の生命は保障されるのもあるが、外に出ても辛いだけなのだ。それに、彼らの経済活動が世の中のためにもなっているのだから、働かないからと批判することは出来ないだろう。
尚、犯罪者は別である。罪を償わない限り市民として迎え入れてはもらえない。そんな犯罪者より下に扱われる奴隷は、資源や家畜と扱いは変わらない。
「……私は家族と旅行中に海賊が来て攫われた」
「あらためて聞くと、大変だったんだな」
「うん……」
旅行中の悲劇、電子世界に問いかければいくらでも返ってくるような、ありふれた事件。だが実際に被害者から話を聞けば感じ方も変わる。思わず慰めるために抱きしめたくなるが、そんなことしたら事案確定なのでしません。
どうしてお嬢様は私を睨むのですか? そしてそんな顔で新規入居者を見たら、
「ひっ」
怯えられるよねそりゃ。
「だからなんで瞳孔が縦に割れるんだよ」
俺を睨んでいた時はまだ丸かった瞳孔が、なぜか新規入居者を見ると縦に割れる。どう見ても獲物を狙うハンターの目だからね? 仲良くする気はあるみたいだけど、壁を用意するくらいだし。
「習性? カエルは好物、とてもおいしい」
「カエル……カエル系なの?」
もしかしてこのお嬢さんカエル系の種族か? んー? わからないな、どう見ても小柄な、というか学生ぐらいの見た目だ。中学部生によくいそうな感じである。確かに目とか妙に綺麗すぎる感じがするけど、カエル種族特有の粘膜とか、突き出た目とか、大きな口とか、そういうのが無いから分からない。
俺と違うと言えば鮮やかな青い肌くらいだけど、そんなの他種族にいくらでもいるから判断基準にならん。よって、見た目だけじゃよく分からない。
「え? あ、はいそぅです。アガの民なので、うちは毒蛙の性質を濃く残してて、学習艦ごと攫われて売れ残って……うちもたらい回しですわ、あはは」
「苦労したんだなぁ」
「可哀そう」
可哀そうに、学習艦という事は元々地上に住んでいたのだろう。それが宇宙のこんな訳の分からないガーデンシップまで連れてこられて、こんなに小さいのに苦労したんだな。
「そんな! 皆さんも大変みたいで、そちらはその目とか切られたんでしょ? それに比べたら……」
あ、それは違うけど、流石に空気を、
「これは自分でやった」
「…………え?」
読まなかったか。
「縮みかけた心の距離が銀河レベルで離れたな」
対して勘が良くない俺でもわかる速度で心の距離が離れたし、何だったら実際の距離も少し離れた。そりゃまぁ自分で目を刺しましたなんて聞かされれば、そうもなるだろう。
「人付き合いはむずかしい」
「わかる」
それはわかる。メテシュほど空気が読めないわけではないと思うけど、人が何を考えてるか分からないので合わせるのがとても難しい。もう難しすぎておじさんは諦めたからね、他人なんて俺にどうこう出来るものでは無いのだから、気にし過ぎても無駄だって、どうにか出来るのは物理的な距離感ぐらい。
そう言う意味では、このムアガさんは大変適切な距離を取ったと思う。種族的にも壁と距離は必要かもしれない。
「……」
「あ、いえ、その……とりあえず何でもいいから話し合ったらいいんじゃない? 俺はここで壁しとくから」
心を読まれたような感覚を覚える目である。黒く大きな虹彩の中には金色の金彩模様が美しい。そう思ってしまったから余計に慌ててしまう。学習艦に載っていたという事は確実に19歳以下、そんな子に手を出すとか、ここを出られてもそのまま犯罪者である。
何か別の事に集中しよう。おれは壁、おれは壁、ただそこにあるだけの壁である。
「何を見てるの?」
「……怪奇現象の解析かな」
「「???」」
ん? 俺の返答に全く同じ動きで首を傾げるところを見るに、以外と仲良くなれそうな気がするぞ? がんばれ! 俺はここでナンシュから送られてくる謎ファイルの整理をしているからな。
……いやメテシュお嬢様? 私の顔の前で手を振って何してるんですか? 画面がちらつくのでやめてください。
「はっ! マスターが私を求めている!」
突然天井で立ち上がって、花開くような笑みを浮かべるナンシュ。彼女にしか分からないヨーマからの電波的な何かを感じ取ったようだが、天井に立ってくねくねと揺れる白い姿は完全に怪奇現象である。
「……それはそれとして、この船は面白いものが多いですね。呪いは飽きたので、今度はツール系と行きますか……おや?」
一頻りヨーマへの愛を言葉にしたナンシュは、まるで電池が切れた様にその笑みを消し、天井にしゃがみ込むと天井板の中にあるコード類を引っ張り出して握る。
どうやらそうやってあちこちのデータを盗み見ている様で、その中に何か興味深いものでも見つけたのか目を細めて小さく口元に笑みを浮かべた。
尚、そんな彼女の姿は目撃者がいたようで、エクスマギレア内では新しく天井踊り白影という怪談が広まるのであった。
いかがでしたでしょうか?
蛇と蛙と壁、もといヨーマの三人は仲良くなれるのだろうか。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




