第22話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「…………」
べちゃり――みずっぽく粘性のある音が闇の奥から聞こえてくる。ここはエクスマギレア内のティアマトウブ次元接続中枢。膨大な情報の通信を距離と言う壁を無視して行える無限の海、その海に接続するための巨大な装置からは、光速で通信を行うための線が無数に生えている。
一瞬、ほんの一瞬一本の線から光が散った。
「…………」
みちゃり――良く冷えたマーマイトを手で掴み取るような音が鳴ると、装置から不定形なナニカが零れ出し、揮えるように体を起こす。
便利だからという理由だけで利用されるものの中には、その実態を詳しく理解しないまま利用されるものもある。ティアマトウブもその一つであり、しかし幾重にも施され、確立された制御装置に包まれたそれは、何の問題も起すことはない。
本来なら何ら問題はない。しかし綻びと言うものは生まれるもので、小刻みに振動するナニカは、次第に形を整え生物のような形態へと変化し、
「!?」
飛び散った。
ナニカは声一つ発すること無く塵となって消えていく。
「……うーん」
納得のいかない声が聞こえた。それは真っ白なワンピースの女性ナンシュ。ドロドロとした黒い何かで汚れた手を冷たい目で見下ろす彼女は、不機嫌そうに手を振って黒いナニカを塵に返す。
すぐに首を横に振って溜息を吐いた彼女は、その場から物音一つ立てることなく姿を消した。何物も居なくなったその場には、澄んだ水音だけが聞こえてくる。
「そうか、そこで攫われてからずっとここに」
とても重ための話を聞いてるヨーマです。まるで汚染されたティアマトウブのように重い話です。汚染されたティアマトウブを見たことは無いけど、たぶん聞いた話だとこのくらいには重い気がする。
何でもこのメテシュお嬢様は本当にお嬢様だったらしく、豪華客船で家族と旅行中に攫われたそうだ。その際に仲のよかった使用人が死んでしまったとかで、一時期は心を閉ざしていたとか、それを話せるという事は、人の死をうまく呑み込めたのだろう。
強い子である。
「うん、前いたところもここも気持ち悪い人ばかり、ヨーマは珍しい」
「め、めずらしいかぁ……」
珍しいという評価を受けたのは初めてである。これは喜んでいいタイプの評価なのか、悲しめばいいタイプなのか判断に苦しむが、まぁ……14歳の女の子から気持ち悪いと言われるよりはマシだと思っておこう。
そんな事を面と向かって言われたら、俺のガラス製のハートは砕け散ってしまう。知り合いは娘に臭いと言われて真剣に凹んでいたので、たぶん俺も似たような状態になるんじゃないだろうか? まぁパートナーも居ないので想像でしかない。ちょっと、悲しくなってきた。
「だからみんな睨んでもっと気持ち悪くした」
「もっと?」
どういう事? もっと気持ち悪くというけど、この子の話は断片的というか説明が足りない。報連相はとても大事である。この世の中ちゃんと説明できなければ、致命的な勘違いがたまに良く発生する。上司がそのタイプで俺は苦労した記憶しかなく、そう言う性格の人を相手にする時は、怒られてでも何度も問いかけるのが必要だ。
または、理解してませんと言った目で見詰めると良い。怒られるのは変わらないけど。
「……私の目は魅了の目だから、力を籠めて睨むと気持ち悪い人がもっと気持ち悪くなる」
大抵は空気に耐えられなくなって、詳しい説明や補足を入れてくれる。
「ん?」
いやまって、魅了? それってもしかしなくても魔眼ではないでしょうかお嬢様? 特に魅了なんて希少な……攫われた原因はその目かもしれない。でも気持ち悪いの方向性が変わってきた気がするぞ? もうちょっと詳しく。
「……えーっと、その気持ち悪い人は何が気持ち悪いのかな?」
「視線が気持ち悪い、あと服を脱がそうとしてくる。とても気持ち悪い」
はいアウト! ここから先はR指定でーす! そりゃ気持ち悪いって言われるよね。
でもどうなんだろう? この子どう見ても美少女だし、魔眼無しでもそう言った対象に見られてたんじゃないだろうか、そこに魔眼による魅了か、ああ言うのは増幅系の魔法と同じ様な効果があるというし、下手したら頭の中ドピンクになってパッパラパーになるんじゃ……こわ。
魔眼は危険だ。制御を失った魔眼は他人も自分も傷付けると聞く。特に周囲の人間が愚かであれば、その危険性を理由にして魔眼を排除する。見られる恐怖から、目を切って潰すことだってあるだろう。
「……その、目の怪我はその人たちが?」
「これは、自分で……」
「え?」
はい? すごく恥ずかしそうにそっぽ向いたんですが、このお嬢様何て言った? 自分で? え、なにそれ、こわ。
「私が見ると、気持ち悪くない人も、気持ち悪くなるから……嫌になってナイフで刺した」
「それは……」
それは、暴走と言うより魔眼の力が漏れてたんだろうな、だからと言って自分で目を潰すと言うのはちょっとアグレッシブすぎる。
もじもじと手の平を合わせて話すメテシュお嬢様、チラチラと上目遣いでこちらを見上げてきますが、俺には何の言えないです。色々悩んだ末の暴挙なんだろうけど、彼女の右目の傷は結構古い傷だ一年や二年と言った感じの傷じゃない。そうなると、彼女が自分の目を潰したのは、十歳にもならない頃の可能性だってある。
「いっぱい怒られた……」
「それは……そうか、大変だったんだね」
それはそうだろう、しかしそんな小さい頃に周囲から欲情されればそうもなろう。特に感情の増幅としての魔眼であれば、きっと欲情した人間はそのほとんどが自分より年上や大人。
その状況も心労も俺には解らないけど、彼女に目を潰す決断をさせただけのものがあったのだろう。そう思うと、気の利いた言葉が出てこない。こういう所が社交性の無さなんだろうな。
「うん、ヨーマは気持ち悪くならないから珍しい」
「そ、そっかー……」
なるほど理解、どうやら俺には彼女の魅了が効いてない様だ。それで気持ち悪くないという事らしい。喜んでいいのか、それとも悲しめばいいのか、そのなんとも言えない感情は変わらない。でもまぁ、今この場で本能剥き出しにならないという事は、良しとしておこう。
一通り話し終えると、無言が支配する。微妙に居心地が悪い、何故なら俺は彼女の隣から離れられないからだ。
「フフー」
「なにかな?」
「温かい」
一方で彼女は機嫌がいい。
「手を放してくれるとありがたいんだけどなぁ……」
「やだ、寒い」
蛇の特性が色濃いのか、それとも単なる冷え性なのか、俺が起き上ってからはずっと手を繋いで離してくれないのだ。なんだったらピッタリと体をくっつけて来るとか、勘弁願いたい。おじさんだってまだ若い方なので、当然性欲はあるのだ。なんだったら200歳超えても、人類は性欲を手放さないでいられるのだからおそろしい。主にうちの両親とか、今もいちゃいちゃと大変仲がいい……良いことではあるか。
「そっかー……」
それにしても何がどう気に入ってくれたのか、前までの刺すような視線が無くなったのはありがたいが、これはこれで困る。今は彼女の線が細いことが幸いとも言える。言ったら殺されそうだけど、これで豊かな物をお持ちであったなら、魅了の魔眼で頭パッパラパーにされているところだ。
コンテナが揺れる。これは移動ではなさそうだ。
「おら! さっさと入れ!」
コンテナの扉が開く。あの口の悪いインテロの声が聞こえる。どうやらこの船のインテロは、あの口の悪いタイプが標準仕様のようで、どこに売られてもあのタイプがコンテナ周りを管理していた。
「いった!? どつくなや糞インテロ!」
「ん?」
「……」
どうやらコンテナに新しい商品が搬入された様で、その扱いは自分の時と大して変わらない……いや、俺の時は放り投げてたから幾分丁寧な気もする。言ってて悲しくなった。
あと、握られた手が痛いのでもう少し力を緩めてくれませんかレディ? いたいいたい。
「んん? 広いわりに人が少ないコンテナやな? これなら気苦労も無いなぁ」
強い逆光でシルエットしか分からないが小柄な人物がこちらに歩いてくる。黒いシルエットでは相手がどんな人物か特定することはできない。でもひとつわかる事がある。
女性だ。
声ではない、声ではわからない。でも豊かな物が揺れている。そこにそんな豊かな物があるのは大体女性だろう。
「あー、こんにちは?」
第一印象は大事である。
「どうもどうも、ご同輩さん。うちアガの民のぉ…………ひぇ」
「え?」
怯えられました。
座ったまま話しかけたのが悪かった? でも今は手を繋がれ……握り締め、握りつぶされているので動けないんだ。アガの民、知らない種族だけど、平均種に近いだろうか? それにしては小柄で、それでいて大きい。シグズ姉さんよりも大きいと思う。
何がとは言わないが、大きい。そう思わないかレディ。
「…………」
「え? うわこわ!?」
こっわ!? めっちゃ瞳孔が細くなってるし目が倍は開いている。こう見るとこの子目が大きくて、開けば可愛さが増すんだけど、普段はそんなに目を開かない……いやそうじゃなくて、なに? どうしたの? なんでそんな獲物を見る様な目をしてるの? おこなの? 落ち着いてくださいお嬢様。
「……わ……わァ、わたくしはたべてもおいしくないですよォ」
うんそうだね、こんな目で見られたら食べられると思うよね。性的な意味じゃなくてお食事的な意味で、もしかしてご飯足りなかった? 元気になってお腹空いてきたのかな? メテシュさん、めてしゅさーん。
「…………」
「…………」
完全にメテシュさんの視線は新しくやって来た女性に固定されている。それはまるでカエルを見詰める蛇のようで、両肩の蛇も困惑した様にこちらに目を向ける。
俺にそんな助けを求めるような目を向けても何も出来ませんよ? むしろすぐにでもこの異様な空気から逃げたいと言うのに、がっちり握られた手の所為で逃げられないんだから、そんなおめめパチパチしながらアイコンタクトされても困ります。
「……うーん」
何だったら君らの方が俺よりもメテシュ嬢の注意を引けるんじゃないか? うん、頑張れ左肩の蛇君、アイコンタクトで彼女を正気に戻すんだ。
「……シャー!」
「ひぃ!?」
お前も一緒になって脅かすんかい。というか、アイコンタクトでこっちの意志を酌んでくれたかと思えば悪乗りする姿はまるで男児のそれである。
「やめなさいな」
「しゃー」
「シャッ」
それに比べて右肩の蛇は落ち着いた雰囲気もあって、なんだかお姉さんと言った感じだろうか? 同じ体を共有していても性格は違うようだ。ならば、主人格と言っても良い彼女は、どういう立ち位置なのか、首元を右蛇に噛まれてもがく左蛇から視線を外して見れば、変わらず凝視しているメテシュお嬢様。
「…………美味しそう」
「ひぃぃ!?」
「いやいや、こわいから」
普通に怖いので、その口元のよだれは拭いた方が良いと思うんだ。一体この小柄な女性の何がそうさせるのか、女性は女性でメテシュを見て恐怖で汗まで掻いてるし、普通だったらこんな可愛い子よりおじさんの方を怖がりそうなものだが、いや普通にこんな目で見られたら怖いか、納得である。
「じょうだん」
いや、その目は冗談になってないのよ。
「やぁ、その目は冗談に見えないんだよなぁ?」
こっちを無表情で見上げてくるメテシュの目は、まだ興奮が治まらないのか、瞳孔が縦に細いままだ。さっき話していた時は小さな黒目は真ん丸だったのに、綺麗で不思議な構造の目である。
「はわ、わァ……きゅぅ……」
「あ」
そんな事を思っている間に新しい同居人が気を失ってしまう。ストレスの緩急に耐えられなかったのか、崩れ落ちるように気を失う女性の姿に、メテシュも罪悪感を感じたのか小さく声を漏らすと慌てて立ち上がる。
うん、介抱するのは良こといけどさ? ベッドマットを持って来て寝かせる間もずっと涎が出てるのは、淑女的にどうかと思うんだ。
いかがでしたでしょうか?
メテシュの、にらむ! 新入居者は気絶した!! ヨーマは困惑した。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




