第21話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「……」
おはようヨーマです。体に痛みもなく、たぶん身体的欠損も無く目が覚めましたが、状況が分かりません。
「すぅー・・・」
目が覚めた瞬間飛び込んできたのは、最近見慣れて来た白と青のランプが標準搭載されたコンテナの天井。その視界の左側に見える白い影、ちょこっと顔を動かすと、涎を垂らした少女のあどけない寝顔が見える。
訳が分からない。いや、どうやら少女は体調が快復して一度目を覚ました様だ。その上で姿勢を変えたことまでは解るんだけど、何故に今も手を握ったままで俺の隣に座っているのでしょうか? 魔術的結合は解けているので手は離せる……離せないだと? え、力つよ。
驚いて見上げれば赤い瞳が四つ、
「「…………」」
「どういう状況?」
話しかければ無言の圧が継続して注がれる。
二匹の白蛇は少女の首裏から頭を出してこちらを覗き込んでいるのだが、その表情? は対照的だ。生きているという事は、彼らが少女を説得してくれたのだろうから、このまま食い殺されることはないと思う。思うのだが、左肩の蛇の視線には険がある。
一方で右肩側の蛇は、何というか値踏みをする上司のような目だ。一体何をどう値踏みしてるのか、たまに舌を外に出している。確かあれで周囲の状況を調べているんだったか、それとも餌を探しているんだったか……。
「えーっと、とりあえず手を抜かないと、反射的に叫ばれても困るので、撤退も……」
背中にブランケット、お腹の上にもブランケット、女の子の背中にはベッドマット重ねたもの、眠ってしまっている彼女は船を漕いでいて今にも倒れ込んできそうである。
これは急ぎ手を抜いて離れた方が良いだろう、いくら強く手を握られて動かせないとは言え、完全に密着しているわけではないので少しずつ動かせば抜けるはずだ。
「シャッ!」
「しー! だぁめだって、寝る子は起こすなって言うだろ」
寝る子を起こしても良い事なんてないんだから、右肩の蛇はいつも通り静かにしていてほしい。ほら左肩の蛇は珍しく鳴き声を出さないんだぞ? ……それはそれで怖いんだけど、なんでそんなにじっとこっちを見詰めているのか、蛇の言語なんてわからないから、そんなに見詰められても困る。
「ん……あ、起きた」
やばい!? 女の子が目を覚ました。だが、力が緩んだので握られた手が抜けた。これで逃げられる。
「あ、えーっと、俺はその、悪い人間じゃないよ?」
でも急に動くと、とっさの反応や狩猟的な本能で襲われかねないのでそっと動く。そっと体を起こして彼女から目を離さないように、あと蛇君からも目を逸らさないように、そっと後退る。
「しゃー……」
「て……」
「へ?」
て? 握っていた手の事だろうか? その差し出した手の平が何を意味しているのか分からない。あと左肩の蛇が緩く間延びした声で鳴くが、何か呆れられているような気配を感じる。
よく見ると右肩の蛇も彼女の髪の中に体を引っ込め、呆れたような視線をこちらに向けていた。どうやら短い付き合いの中で、蛇の感情が分かるようになったようだ。
いや、なんで俺は呆れられてるんだよ。
「あ、うん……ご飯食べる?」
「え? あ、はい。君は食べたんだよね?」
「うん」
それは何より、何が原因か食事を全然摂らなかったから心配してたけど、問題なく食事を出来るようだ。という事は、見られながら食事をとるのが苦手という事だろうか、体調不良で食事が取れなかったのが先か、それとも食事がとれなくなって体調が悪くなったのか分からないけど、次からはなるべく彼女を見ないように背を向けて食べることにしよう。
「そ、そうか……たぶん気持ち悪くて食べられなかったんだよね?」
それよりも、この食事はありがたい。無理な魔術の使用で磨り減ったのは精神力だけど、精神力が磨り減るとお腹が異常にすくのだ。この状態が更に深刻化すると食事をする気も起きなくなって、じわじわと意識混濁が始まる。
正直、自分の精神力を媒介にして魔術を使うなんて、今時ちょっと頭のイカレタ人間か危機迫った人間、あとはそう言った魔術に優れた人種しかやらない手法だ。さらにイカレタ奴は血とか肉体を媒介にするのだから恐ろしい。
「……こわかったから、でもよくわからない。私になにしたの?」
恐ろしい子!? その一言で俺は社会的に死ぬ! 何もしてませんよ、いや……したと言えばしたけど、そんな目を潤ませて聞かないとけない様ないかがわしいことは、一切ないと思います。
「何もしてないよ!? な、なぁ?」
な? そうだよな蛇君、僕らはもう心を通わせたはずだ。
「しゃー」
「しゃっ」
「もしかして呆れられてる!?」
呆れの感情が酷く伝わるよ蛇君! ダブルで向けられる呆れた声と視線、僕……おれは弱いんだ。あまり見詰めないでくれ、心が死ぬ。
「お話聞いた。診察したって、気持ち悪いのも痛いのも消えた。ぞくぞく怖いのも消えた。何をしたの?」
…………ん? あ、治療の詳細の事を聞いてたのか、びっくりした。そう言う意味なら答えることもやぶさかじゃない。むしろ体調不良を起こした本人はよく知っておくべきだ。
それにしてもこの子はいくつなんだろうか? ここで年齢を聞こうものなら、また心の壁が厚くなりそうで聞けない。社交界なんて洒落たものに出たことは片手の指で足りる程度だけど、一般的にも女性に年齢は聞いてはいけないのだ。しらんけど。
しかも聞いてはいけないくせに、年齢に合わせた対応をしないといけないという謎貴族文化は滅びればいいと思う。不老処置が普通の技術となった今時、年齢なんて大した意味はない。
「えっと、あぁその魔素過多症候群ってわかるかな?」
見た目では大人、いや大人と子供の中間と言った感じか? 初めて会った時はもっと大人びて見えたが、今は少しだけ幼く見える。とりあえず、多少若く見る分には構わないだろうと信じて、子供に教えるくらいのスタンスで良いか。
いいのか? まぁいいや。
「知らない」
「しゃー?」
知らないらしい。そこまでマイナーな病名ではないんだけど、もっと簡単に説明した方が良いだろうか。
「あーえー、あれだ……あの、魔素は分かるよな?」
「うん」
うん、流石に魔素は分かるよね。たぶん魔法が得意な種族だろうし、頷く彼女の赤い左目も少し興味を示したように見える。
「魔素を使ったら良くない魔素が増えるのは?」
「知ってる。自然とか機械を通してきれいにするの」
受け答えもどこか幼い。幼い感じがするが、ちゃんと理解はしてるようで、興味もちゃんとあるようだ。じっとこちらを見詰めてくる彼女の目は、気のせいか輝いて見える。それは小さな子が答えの返事を求めているそれに似ている。
回答は、まぁ正解。これが高度教養課程の試験なら不正解だけど、この場では何ら問題ないし、世の中の人の一般的な理解としてはこんなものだ。実際に自然界では魔法や魔術で発生した排気魔素が、ゆっくりと純化されて綺麗な魔素なんて呼ばれる状態になるし、その工程を模倣したのが宇宙船の浄化システムである。
「そうそう、その悪い魔素が溜まった場所に長く居ると、良く無い魔素を吸いこんで体に溜まってしまうんだ」
「たまる?」
キョトンとした表情は何とも幼げで、ついつい小さな子を相手にしている気分になってしまう。
体に排気魔素が溜まるという事が理解出来ないといった様子を見るに、相当魔法に対する適正が高いか、もしくは比較的上流階級の出なのかもしれない。なんでそんな子がこんなところで、こんなパッとしないおじさんと一緒にコンテナ詰めにされているのか、考えても想像すらできない。
「そう、普通は外の方が悪い魔素少ないから、自然と体の外に出ていくんだけど、ここにはその悪い魔素が多いから、外に出ないでたまり続けるわけだ。すると体のあちこちに良くない影響を出し始める。それが君の気持ち悪い原因だったんだよ」
なるべく難しい言葉は使わずに説明したけど、わかるだろうか。魔法の適性が高い種族は反射的に体内の排気魔素を外に出せてしまうので、ある程度排気魔素が濃くても分からないことが多い。
そう言う意味では、この辺りの排気魔素はあの旧区画に近い濃度なのかもしれない。あのくらいの濃度だと、俺も意識しとかないといつの間にか体に溜まってしまう。まぁ溜まっても耐性高すぎて大して気にならないんだけどね。これに関しては父上と母上に感謝しないといけないな。
女の子が俯きがちに唸っていたかと思うと、パッと顔を上げる。理解してくれたようで安心した。これで俺が社会的に殺されることはないだろう。
「…………メテシュ」
「はい?」
うん? それはギルティ的な方言かな? それとも理解したという意味かな? 銀河標準語が統一されても、種族ごとに固有の言語は残っている。なので突然知らない単語を呟かれても対処に困る。
良くわからない状態で、適当にうんうんなどと返事をしてしまうと良からぬ誤解を生むこともあるのだ。言葉って怖いね。
「メテシュ・メフデット……名前」
「あ、ああ! 名前ね、名前……あ、俺の名前はヨーマ・ベラタスって言うんだ。好きに呼んでいいからね? ……う、えーっとメフデットさん?」
名前で呼べという事のようだ。君という呼ばれ方が気に喰わなかったのだろう。まぁ、名前があるのに呼ばれないと言うのも気持ち悪いのは分かる。
俺も上司から、おいお前と言われて困った事があったからな。なにせお前に該当するのが何人もいるし、その上司は多眼の種族でどこを見てるか分からなかったのだ。返事をしないと怒るし、関係ないやつが返事をしても怒る。地雷上司というやつだ。
「メテシュ……メフデットはお家の名前だから」
「おぉー……ん、んん?」
どういうことかな? 個々にも地雷がありましたか? あれか、メフデットはお嫌という事でしょうかお嬢様? というか、どこかで聞いたことがある名前だな。メフデット、思い出せないけど引っかかるという事は、覚えておいた方が良い系の家の名前って事だ。
三つの視線が刺さる。
「しゃー」
「シャッ!」
「ヨーマ、名前で呼んで」
あ、そう言う感じですか、初対面? でヨーマ呼びされることが少ないので、妙な気分だけど……そう言えばネズミおじさんはそうだったな? 猫少女達もそうだったけど、あれは様付けがデフォみたいなところがあって落ち着かなかった。
呼び捨ては、それはそれで落ち着かない。
「あぁ、うんそうか、そうね。うん、メテシュちゃん「メテシュ」おぅ」
落ち着かないのを強要なさるお嬢様だこと……いや、ちゃん付けが気に喰わないと言った様子だ。難しい年頃と言うやつだろうか、さん付けの方が良いのだろうか? いやいや、なにかそう考えた瞬間に、蛇君たちの視線から呆れが滲みだしたようにも感じる。
「ちゃんいらない、私立派なレディ」
そう言う事らしいが、どこか不機嫌ですと言いたげな鼻息を漏らす姿には、レディ感がない。黙っていれば大人ぽく見えるタイプと言うやつだな。
ここまで来たら聞かざるを得ない。この流れなら聞いても良いだろう。
「そっかー……今後の参考のために、おいくつのレディか聞いても?」
「……? 14歳、立派なレディ」
「うー……ん? うーん? うん、そうだねー」
まず成人してませんがレディ? なんだったら今の仕草からはもっと幼くすら感じられますがレディ? そんな事言ったらたぶん両サイドの蛇に噛まれそうなので言いませんが、レディ? そのドヤ顔は大変幼げで可愛いですね。
ん? この違和感は、
「? ……揺れる?」
「また移動か、たらい回しだなぁ」
コンテナが小さく振動したかと思うと少し大きめに揺れる。
メフ……メテシュちゃぁんさん。……こちらを睨む様な目をしたメテシュの頭がゆらゆらと左右に揺れ、真っ白で長い髪もそれに合わせて揺れた。両サイドの蛇は警戒するように頭を上げて、一定の位置に保っている。視覚安定化反射というやつだろう……ちょっとかわいい。
それに対して揺れに任せてフラフラしているメテシュは、不機嫌そうに眉を顰めるとベッドマットに倒れ込む様にして横になる。
揺れが嫌だったのだろうと、その姿を微笑ましく見詰めると、白い髪の奥からこちらを見詰める赤い目。きゅっと細められた縦に長い瞳孔は、心を読まれてるようでちょっと怖いので、もう少し圧を緩めて欲しい所だ。
いかがでしたでしょうか?
メテシュはヨーマを見詰めた! ヨーマは金縛りのように身動きできなくなった!!
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




