第20話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
エクスマギレアではごく一般的な、奴隷を保管しておくための多用途コンテナ。そもそもは食料生物を新鮮な状態で運搬する目的で作られたそれには、生命維持に必要な最低限の機能が標準搭載されており、オプションとして奴隷用にトイレや食糧配給口、ベッドやシャワーまで搭載でき、フルオプションだと単身者用の戸建て住宅と言ってもいい姿に変貌する。
「……あれ?」
そんな多用途コンテナ、ほぼオプションなしのベッドすらないコンテナの中で、少女は目を覚ます。
いつもと変わらない薄青色の冷たい照明に、離れていてもジワリと温かいヒーターの熱。薄くても地べたよりはマシなベッドマットは、コンテナに一人となってからは全部まとめて重ねて使っていた。
一人になってからは、でも今は違う。そこで意識がより鮮明に覚醒し、目の前に彼女の最も慣れ親しんだ顔が現れる。
「シャー!」
「シャッ」
二匹の白蛇、それは彼女が生まれた時からの姉妹であり、家族であり、友人であり、自分。一つの体を共有しているが、その意識はそれぞれに別で、何時だって彼女達は一緒である。彼女は、彼女達はそう言う生き物なのだ。
自然と左手が動き白蛇の頭を撫でる。左肩側の蛇は撫でられ目を細め、右肩側の蛇はほっとしたような声を漏らしてじっと見詰める。
左手では遠い、右肩側の蛇を撫でようとするが右手が動かず、少女は顔を上げ、
「わたし、どうして……ひっ!?」
悲鳴を上げた。
瞬間――少女の左目が強く輝くと、褐色の肌に鱗のような白い光の模様が浮かび上がり、男と繋がれた右手を中心に赤色光の魔素が収束し始める。
赤色光の魔素は、火に属した力と共鳴した魔素であり、その結果生み出されるのは火炎や爆発を伴う魔法が多い。魔法が発動した場合、ヨーマの想像はより深刻な形で現実となる問う事だ。
「シャーー!」
「シャッ!!」
だが、そんな現実は二匹の蛇によって霧散する。
「ひゃん!? え? ……え? あれ?」
いきなり両頬を甘噛みされた少女は可愛い声を漏らす。恐怖と反射でハイライトが消えていた目から光が消えると、手の周囲に集まっていた魔素の光が霧散するように消えてしまう。
一瞬の驚きにより編まれた魔法は不発に終わり、驚きも一瞬の事、もっと驚くべき事実に気が付き、赤い左目を瞬かせる。
「痛くない、気持ち悪くない……何があったの?」
「……しゃー」
「シャッ」
驚き問いかけるのは当然二匹の白蛇、彼女達の言葉を理解しているのか、言葉以外の方法で意思伝達を行っているのか、小刻みに頷く少女は、赤い瞳を見開き、頷く度、右肩に顎をのせる白蛇へと確認を取る様に目を向ける。
「この人が? 本当に? ……でもどうして、変なことした?」
「シャー!」
どうやらヨーマが治療行為を行った事を理解した少女であるが、何やら余計なことまで伝えられたのか、ぎこちなく動きを止めると顔を赤くし、左肩側の蛇が鳴くと耳まで赤くした。
それは褐色の肌であってもすぐわかるほどの変化である。
「シャシャッ!!!」
「しゅー……」
しかしその発言を聞いて素早く動く右側の蛇に首を噛まれた左の蛇は、苦しそうに、そして謝罪のような雰囲気の鳴き声を洩らす。
その鳴き声にキョトンとした表情を浮かべる少女は、ゆっくりとした手付きで左手を持ち上げると、左側の蛇の首をぞんざいな手付きで握る。
「体をまさぐってはいないのね? 診察? この人お医者さんなの?」
右耳に耳打ちされる声に頷き、左手で握った蛇にジト目をぶつけ確認する様に問う。その度に左手に握られた蛇は小さく頷き、赤くなった少女の顔は次第に元の色に戻っていく。
「しゃー?」
「魔法で?」
未だに離れぬ右手に思わず力が籠る少女は、ヨーマの顔をじっと見詰めると小首を傾げ、目を細めて睨む様に見詰めると、納得のいかないと言った表情で、しかし右手の感覚に対して不思議そうに首を傾げた。
どうやらヨーマの使い続けている魔法に違和感があるようで、視線を右肩の蛇に向ける。そしてその違和感の正体を聞かされる。
「シャッ!」
「え!? 触媒無しで魔術使ったの!? ……生きてるよね?」
それは触媒を用いない魔術と言う事実。魔術とは、触媒や装置を用いることで、比較的誰でも魔法のような力を使える技術であり、魔法と違って生まれ持っての素養とは関係なく結果を出せる。
しかし、それは触媒があってこそ安全に使える技術であり、触媒を使わずに行使しようと思えば、代償は自らの肉体であり、一歩間違えれば死んでもおかしくはない。少なくとも苦痛を伴う行為である。
「うん、心臓は動いてる。でも、えっと……あ、ブランケット敷かないと」
そのことをよく理解しているのか、少女は離れぬ右手の置き場所に戸惑いながら、反対の手でヨーマの首筋の脈を計って息を吐く。まだ生きている、それだけで心が軽くなった。
軽くなったら気になるのが今の状況。
魔術によって離れない右手を気にしながら、少女は二匹の蛇に力を借りて、自分ひとりで占領している寝具を引っ張り上げてヨーマを包む。しかし手を繋いでいるせいで、上手く相手の体を動かせないのか、うつ伏せになってしまった彼の苦しそうな声に、少女は顔を赤くしながら必死に態勢を整えようと奮闘するのであった。
「ハァハァ……」
「フゥーッ! フゥーッ!」
室内に荒い息遣いが反響する。自分の声なのか、相手の声なのか分からに程、激しい息遣いは少しづつ近付き……。
「い、いないぞ?」
確認する様に視線を合わせ、不安から結論を急ぐ様に言葉が口をついて出てくる。
小型の光線銃を手にした小柄な男の言葉に、隣の大男は背を丸めて何度も頷いて見せた。
「だ、誰もいないんだな……」
「ほ、ほらみろ……お化けなんて嘘だったんだよ」
場所はエクスマギレアの機関部に続く細い通路、小柄な犬顔の男は、力なく笑いながら、しかし前方に突き付けた光線銃を下ろすことはない。
周囲をきょろきょろと見回す大柄な男は、その豚鼻をひとつ鳴らすと、手に持ったウォーハンマーを握り直し、接続されたボトルの中の水を揺らし、その水音に耳をそばだてた犬顔の男は相方の太い脚を蹴飛ばした。
どうやら不意の水音で驚いてしまった事に対する羞恥と苛立ち、その事実を隠すための八つ当たりの様だが、豚鼻の大男は気にしていないのか困った様に犬顔を男を見詰める。
「うう、嘘だったんだな! また……騙されたんだな」
それは、蹴飛ばされた事など気にならないほどの恐怖のためか、それとも日頃からそうなのか、そんな事よりもと憤慨するのは幽霊の噂。彼らはお化けが出るからと、普段から人の少ない場所に派遣された調査員である。
元々はタダの警備員である二人は、下っ端という事もあって無理やり今回の仕事を押し付けられたのだ。一応、光線銃も聖水付きウォーハンマーもお化け、所謂アンデット系のモンスターに効果がある……と、思われる武器であり、厄介払いではなさそうだ。
「冥界宙域ならいざ知れず、戦場跡でもない宙域でお化けとか出るわけないんだよ」
アンデットは死と負の感情を核にして生まれるが、それは相当それらの気配が濃い場所でなければ生まれない。特に地上と違って宇宙は広いので、予め注意していればそう言った危険な場所に船が入る事はないのだ。
だからこそ、突然船内にお化けが出たという噂を頭から信じる者は少ない。しかしそれは恐怖からくる現実逃避とも言えた。
「そ、そうなんだな。下層でも怪奇現象が出てたけど、きっと悪戯なんだな」
「ばっか! そっちは呪いだってリーダーが言ってただろうが! たらい回しのコンテナに近付くなよ!」
「呪いは本当なんだな??」
その現実逃避は、時に重要なことも見逃してしまう。複数の噂が一度に発生したことで錯綜するアンデットの噂、その中で確度の高い噂とされているのは呪われたコンテナ。これはある程度であるが原因も判明しており、その理由を作った馬鹿な奴隷商人や海賊はすでに拘束されたり尋問されたりとひどい目に合っている。
「呪いなんだから本当だろ? しかも特級呪物と合わせたらしいから、きっととんでもない呪いになってるぞ……」
「ここ、怖いんだな!」
それらの出来事も含めて呪いだと思われているコンテナは、今もエクスマギレアの船内をたらい回しにされている。
元々が国一つ入るくらいの巨大な船、さらに違法建築や表を歩けない人間達が集まり肥大化した船には、吐いて捨てるほどの海賊や商人が集まり、コンテナの販売先に苦労はしない。
しかも最新情報では、その呪いのコンテナが強化されたうわさまで聞こえてくる。
「呪われ男と男喰いの白蛇を合わせたらしいからな、どんな強烈な呪いになるか……」
「面白そうな話ですね? 詳しく教えてください」
「お、おれも聞きたいんだな」
普通なら考えられないような状況となっているコンテナの噂。人の好奇心はそんな危険な物でも、好奇心と言う度し難い思考で知りたくなってしまうものだ。
犬顔の男は呆れた様に溜息を吐くと、少し光線銃を持つ手の力を緩めると口を開き、
「そんなおもし、ろ……」
仕方ないなと言いたげな表情で相方の顔を見上げた瞬間――顎が外れるかと思うほど口を開き、その反面呼吸は止まり、目を見開いたまま固まる。
「ど、どうしたんだな? うしろ? うしろになにか、い、ひゅ―――っ」
犬顔の男の表情に驚いた豚鼻の男は、よせばいいのに犬顔の男の視線を追って後ろを振り返る。
真っ白な肌、真っ白な服、真っ白な髪、美し女性の姿、常ならば鼻の下を伸ばし、金になりそうだと誘拐を企てるところであるが、ここは通常重力区画。美しい女性が目の前で逆さまに立っているなどあってはならない、あってはならないのだが、現実として目の前にいる。
それすなわち、幽霊。
「どうしましたー?」
手に持ったウォーハンマー構えようとした瞬間、話しかけてくる幽霊。
「「ほぎゃ――――!!?」」
どちらから叫んだのか、驚きに驚きを重ねた様な叫び声を上げる二人は、そのまま白目を剥いて仰向けに倒れる。あまりの恐怖によって意識のブレーカーが落ちたようだ。
「うっるさ、なんなんですかぁ? もぉ……」
大の男が二人して叫び気絶する前で、白いお化けことナンシュは耳をおさえて迷惑そうな表情を浮かべると、天井から地面を見上げながら小首を傾げるのであった。
尚、お化けや幽霊と言ったアンデットの中で、言葉を話すのはより上位で危険なアンデットであり、それは宇宙海賊にとっては常識である。
エクスマギレアの各地でナンシュによる事件事故が多発している頃、その元凶とも言えるヨーマはと言うと、
「起きないね」
蛇の少女と手を握ったまま寝ている。シーツで不格好に包まれた彼の胸は、静かに上下しており、繋いだ手をその胸の上に置いている少女は、じっとその上下に動く手を見詰めながら呟く。
「……」
「食べちゃ駄目だよ、それはこの人の分なんだから」
眠るヨーマの隣に座ってずっと彼を見守る少女は、しかし周囲に気を配っていないわけでは無いのか、こっそりとヨーマの食事に手を付けようとした左側の蛇を注意する。
彼女自身は食事を終えたようで、空のプレートがヨーマ用の食事の横に置かれ、注意された蛇は舌先で空のプレートを舐めると、諦めた様に髪の中に戻っていく。
静かな空間に、コンテナに備え付けられた機器の僅かな駆動音だけが聞こえる。
「……」
「うん、頑張ってみる……人の手、温かいね」
だがその間も何か話していたのか、少女は右肩に顎をのせた蛇に目を向けるとほんのわずかに微笑み、すぐにその視線を自身の右手に戻す。
手を繋いだ男の体温がじわりと流れ込んでくる感覚に、少女は無表情で呟く。表情が動かないので何を考えているのか分からない、しかし彼女の赤い左目は、髪の隙間からヨーマの手を見詰め続ける。
その目からは、不快感といった負の感情は感じられない。
「「……」」
「…………スゥ」
寝息が聞こえる。
どれくらいその手を見詰めていたのか、いつの間にか目は閉じられ、左右の蛇から顔を覗かれる少女は静かに寝息を洩らす。その口元は、どこか心地よさげに緩んでいた。
いかがでしたでしょうか?
ヨーマは静かに眠る。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




