第2話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「すごい! これで従来品より性能が高いなんて信じられないな……」
体に吸い付く様な質感の全身タイツと言えば良いのか、一応生理的な問題が発生しそうなところは解放できるようになっているこれはシールドスーツ。
一番似ている従来品はもっと生地も分厚くゴワゴワとして、体に密着しないタイプで、要所要所に補助用の機構が組み込まれ、その構造をカバーするように装甲も取り付けられた大昔のライトアーマーのような作りだった。
まだ試作品だけど、こんなウェットスーツみたいな成りで防御性能は従来品を越えると言うのだから、喪失した古代技術と言うのは恐ろしいものである。
「圧迫感も全然ない……ちょっと心細い感じはするけど、パワーもちゃんと出てる」
体を動かせばスーツに流れる魔素が魔術に変換されて動きをサポートしてくれているので問題はないはずだけど、上下のつなぎ目にあるベルト状のパーツ以外があまりに軽くて少し心細いのは否めない。ベルト部分も装甲と言うよりか魔素と触媒の補給用パーツだし、本当に0G適正1なのか? 短時間の宙間露出にも耐えられると言われても試したくはないな。
「刻印はどうしよう、やっぱり耐久重視にした方が良いかな」
このスーツ一番の売りである魔術付与適応範囲の広さ、普通の人ならお金がかかって仕方ないだろうけど、適応内の刻印術式は俺の得意分野だから事実上の無料。さらに研究中の刻印も試せるので俺の為にある様なスーツ。仕様書を見て提案したのは自分だけど、本当に完成させるなんて流石ドゥム兄さんだよ、スキル無しの俺とは大違いだ。
「宇宙はほんと何が起きるか分からないからな」
スキルが一つでもあれば肉体の強度もそのスキルの成長に合わせて大きく強化されるから、一般人だってスキル持ちなら、一分くらい生身で宇宙空間を漂っても死ぬことはない。複数スキル持ちの中には生身で30分間0G戦闘を行った軍人もいたらしいけど、スキルが無いんじゃ30秒どころか3秒も生きてられないんじゃないかな。
そんなスキルの無い事実を少しでも補うために身に着けたのが刻印術。一般に知られた刻印術とは少し違うこれでシールドスーツを耐久面を強化して行けば、一般人に毛が生えたくらいには強くなれると思う。
「半分、いやもう少し耐久に振っておこう。パワーはスーツにあるから少しで、なるべく生命維持に使って、吸収術式は……念のために入れておくか」
このスーツだからここまでいろいろ出来るけど、無ければ耐久以外に余計なものは使えないし、防護魔術や魔法も1個か2個使えたらいい方だろう。ましてや攻撃魔術なんてスーツがあっても搭載する余裕は無い。安全性の為の刻印なんかも含めると容量が全然足りないのだ。
「あとはデバイスに入れておこう、戦闘用なんて滅多に使うものじゃないし」
普通は一般人が攻撃魔術なんて使う事はないから必要はないんだけど、あるのと無いのとじゃ話が全然違うから、一応デバイスにデータは入れて行こうと思う。こういう時はベラタス家専用に開発されたデバイスは記憶容量が多いので助かる。
腕に付けたデバイスを操作して必要な刻印をスーツにインストールしていく。専用のプログラムを一から組み上げたおかげで簡単にやってはいるけど、専門業者に頼むとアホみたいにお金と時間がかかるし、レディメイドしか刻印してもらえないから俺にとっては何の役にも立たない。
刻印術について頑張って勉強した甲斐があると言うものだ。あの頃は少しでも強くなろうと必死だったけど、今ようやく真面に役に立った気がする。
「うん、刻印の入りも良い。これなら製品として売られるのもそんなに時間はかからないかな?」
どういう素材で作ったのか随分と刻印のインストールがスムーズだ。マグやインテロの術式インストールなんて、フルメンテしようものなら半日かかると言うのに、世の中どんどん便利になっていく。
でも商品化と言うのも色々大変だとみんなが愚痴ってたし、そう上手くも行かないか。
「他にいくつか先行試作中だって言ってたから、そっちが先かな」
ドゥム兄さんが手掛ける事業のシールドスーツ部門だけでも試作品がかなり渋滞してるらしい。
「重装タイプは俺に使えないから興味はないけど、売れるのはあっちだろうな」
需要があるのはスキル保有者用の重装タイプ、多彩な武装が魅力だとか言うけど、あんなもんスキル無しの俺が動かそうと思ったらそれ用のパワードスーツから開発しないといけなくなってしまう。
パワードスーツを動かすためのパワードスーツって何だよと思うけど、そういう意味では今回の試作品は重装タイプの下に着れそうだし、うまく行けば動かせそうだけど、パワーアシスト増し増しだと、たぶん耐久性に問題が出て俺の体がバラバラになりそうだ。
溜息を吐くとデバイスが鳴る。
家族から連絡だろうか? シグズ姉かな、何か次の仕事が終わったら用があるとか言ってたし、
「あ! 採用通知だ。え? そんな急に?」
採用通知、これで三十代無職おじさんから少しランクアップできる。
それにしても、無職だから急でも問題ないと言えば問題ないんだけど、ちょっと急すぎないだろうか? 今日応募して早速明日の午後から仕事って、最近はそんなものなんだろうか? 確かに船員不足が問題になってたけど。
「いや、これも転機か」
集合場所は、中央ステーション……ちょっと遠いけど明日の朝一で出れば十分間に合う。
「空港までのチケットも買っておかないと」
どれにしようか、ちょっと高いけど高速シャトルが良いかな? 別にお金に困ってるわけじゃないし、始まりの空の日は良い席をとるか。
「なん、だと……!?」
ベラタス家当主であるクールは、常日頃から冷静沈着で氷の様だと評される男である。しかし今、彼はその大きな背を曲げて一枚の紙を見詰め震え、驚愕に満ちた声を洩らしている。いつも健康的な浅黒い肌は蒼く染まり、見上げる者の方が多いその背はまるで小さく縮んだようだ。
「これは……」
「まさか……(えぇ……これは予想外過ぎるよ、ヨーマァ)」
クールの手に強く握りしめられた一枚の紙は、リビングに目立つように置かれていたヨーマからの書置き、その書置きを前に笑みを浮かべる者はその場に誰一人としておらず、皆一様に衝撃を受けて声を詰まらせていた。
特にドゥムシュは何時も浮かべている笑顔を盛大に引き攣らせ、心の中で予想外の行動に出た弟の名前を呼び、その脳裏に花が咲き乱れる聖地の光景を幻視する。その花畑の向こうからは古い先祖たちが手を振っていた。
ヨーマの母であるキニギが書置きの紙をそっと指で摘まんで受け取ると、クールは勢いよく顔上げ、
「急いで探すんだ! 探知は?」
大きな声で吠える。
その声に反応したのはインテロメイドのナーナ、一歩前に進み出るとクールを見上げてそのメカニカルな瞳孔を小刻みに開いて瞬かせはじめた。
「ヨーマ様の方で切られてしまっています」
そして告げられる無情な一言。インテロと言う魔法と機械、電子技術の結晶である彼女が調べて出した結論であれば間違いはなく、その真偽を問う意味はない。
「くっ! そういう所は優秀な子で嬉しいが、嬉しくない……」
故にクールは机に手を着き体重を預けるように肩を落とす。
スキルを持たぬが故にベラタス家で最も虚弱なヨーマ、しかしそれでも彼は今まで生きてこられただけのずる賢さを持つ。当然、書置きを残して家出同然で働きへと出た場合、クールが居場所を調べるのは想定内であり、その捕捉する為のシステムがベラタス家専用デバイスに組み込まれているのも把握済み。システムを掌握して通信を切ったヨーマに呆れた様子で目を瞑るナーナ、だがその顔は不思議と嬉しそうで誇らしげである。
この場で最も落ち着いているのはナーナであろう。
「お父様落ち着いて? 今すぐ軍に連絡を」
一方でシグズはまったく落ち着いていない。顔を隠す様に垂れさがったストロベリーブロンドの前髪の奥には、美しく少女のような彼女からは想像できない様な険しい表情が覗いており、爪を噛むのを止めた彼女は軍の出動を促す。
「シグズ落ち着いて」
「ドゥムシュお兄様は黙ってらして!」
「……はい」
家族が家出したからと、いきなり軍を動かす人間など大貴族でもなかなかいない。ベラタス家のようなセイルと言う新興貴族ともなればほぼありえないのだが、幸か不幸か、彼等には動かすことができる私設軍がいくつかあるのだ。
当然、だからと言って気軽に動かしていいわけではないのだが、比較的真面な思考を残しているドゥムシュはこの場で一番発言力が無い。
「お兄様がなにかしてらっしゃったの……知っているんだから」
「……スゥーーー」
その上、彼には今回の事態に繋がるきっかけをヨーマに与えた事実がある。詳しい内容がバレて無いからと言って、何時までも秘密に出来るものではなく、すでにその暗躍が妹に捕捉されてしまっているとなっては、彼は色々と覚悟を決めなくてはならない。
何か知っていそうな二人に目を向けるクールは、深呼吸を一つして落ち着きを取り戻すと口を開く。
「そうだ落ち着きなさい。先ずはエリムルに連絡して、カーラグにも、いやそれよりもマーシェならすぐに船を出せぐぇふっ!?」
「……」
まったく落ち着いていなかったクールは、そっと隣に寄り添った小柄なキニギの肘鉄によって床に沈む。
「お、お母様?」
エリムルはベラタス家の長男であり軍人、またカーラグは長女でこちらも軍人、連合宇宙軍所属だからと私用で勝手に動かせる戦力があるわけではない。一方でマーシェと言うのはマーシェシュと言う三女で、ヨーマと一番歳の近い姉でもある。
そんな家族総出でヨーマを探そうとした一家の大黒柱クールであるが、妻には精神的にも物理的にも弱い。小さな声で「なぜ……」と呟きナーナに介抱されるクールを見下ろすキニギは、冷ややかな目を前に向け息子と娘を見詰めた。
「落ち着きなさいね?」
「は、はい……」
冷たく落ち着いた声で家族に落ち着く様促すが、その瞳には粘性の高い闇が蜷局を巻き、実のところ彼女が一番ヨーマの家出に混乱しており、それは夫を落ち着かせる一撃の手加減を忘れるほどである。
その日以降、ベラタス家のありとあらゆるリソースが低下することになり、ベラタス家を中心にした市場が混迷の時を迎える事になるのだが、ヨーマにはあまり関係のない話だ。
一方そんな関係なさそうで中心人物であるヨーマは、その数時間後には中央宇宙ステーションに接舷された輸送艦を訪れる事となっていた。
「今日からお世話になりますヨーマです! よろしくお願いします!」
第一印象は重要なのでなるべく元気に挨拶、緊張はそれほどしてないけど大きな声を出すと勝手に体に力が入ってしまう。
「おお、よろしくよろしく」
「まぁそう固くなんなって」
古風なインテロに案内されたのは恒星間輸送船の作業員控室、広く天井が高く閉塞感を感じない室内が、倉庫の一画を改造して作られた控室であろうことは周りの壁の構造や設備から分かるけど、そこで寛ぐ人たちは薄着でとても宇宙船の中だと感じさせない。
だぼだぼタンクトップにピッチリとしたスパッツ、体のあちこちに鱗があり、こちらも鱗に覆われた尖った尻尾、トカゲ系の人種であろう彼らは背凭れの無い椅子に座った楽な態勢で笑っている。
フレンドリーな空気で少しほっとした。
「固くなんのは女の前だけにしとけよ!」
「あ、はは……」
少しフレンドリーすぎる気がするけど、まぁ昔の職場にもこういう人は居たので船乗りと言うのはそういう傾向の人が必ず居るものなのかもしれない。だからと言ってそのノリに乗れると言うわけではないので、なんと返すか悩んで思わず乾いた笑いが洩れてしまう。
「糞寒い下ネタで新人が引いてんじゃねぇか」
怒られそうにないので一安心だけど、下ネタ好きらしい青い鱗の男性は不服そうだ。
「んだと! 男の挨拶なんて下ネタあってなんぼだろうが、なぁ?」
「……」
「あれぇ?」
「お前は絡み方が古いんだよ」
どうやら船員がみんなこういうタイプであるわけではなさそうだ。ごく限られた環境で過ごしてきた身としては、初めてな体験が多過ぎて戸惑ってしまう。こういうのにも慣れて行かないといけないだろうし、何か面白い返答を考えた方が良いだろうか。
「百年前から新人との顔合わせはこういうもんのはずなんだけどなぁ」
「おい、仕事の説明するからこっち来い」
「あ、はい!」
呼ばれた先には黒い鱗の人が立っている。しっかりと与圧服を着た男性の胸には副長と書かれた名札が張られている。副長と言う事はこの船でのナンバー2、側には俺をここに案内してくれたインテロが居るので、ここまで副長さんを連れてきてくれたのだろう。
「途中ロッカールームに寄るからそこで与圧服も着てけ、今日中に出るからな」
「はい!」
あ、やっぱり与圧服は着用してないといけないのか、そう言えば脱ぎ散らかされた与圧服がさっきの部屋に転がっていた気がする。
前を歩く副長の背中には膨らんだ収納ユニットが取り付けられているようだ。あのタイプは縮小型のヘルメットか、結構いい与圧服を提供してもらえそうで安心する。ものによってはヘルメットの扱いが問題になって命を落とすこともある。
特に俺みたいな虚弱な人間では、緊急時の故障修理に時間がかかるとすぐに命にかかわるので大事な事だ。
「……まぁほどほどにな」
「はぁ?」
前を歩く副長の与圧服を見詰めていると彼が振り返った。自分とは違う特徴の多い顔の中でも特に目立つ大きな顎が動くと彼の渋い声が聞こえてくるが、ほどほどとはどういう意味だろうか? 何か可笑しな行動でしていたのか、それとも与圧服を見ていたのが悪かったのか、分からない。
ただ何ごとか困った様に笑った気がするので、怒っているわけではなさそうだ。原種に近い鱗持ちの表情は良くわからない。
いかがでしたでしょうか?
比較的平均的な人種のヨーマには、トカゲを起源とする種族の表情を判別するのが難しいようです。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー