第19話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「シャー!」
とりあえず女の子の熱を確認しようとおでこに手を伸ばせば、まぁ牙を剥かれるが大人しくしてほしい。
「やめろって、診察するだけだから」
ところで、強く打って赤くなったおでこで熱を確認しても分かるものなのだろうか? 赤く腫れて体温以上に熱を持ってそうだ。頬の辺りならまだ良さそうだと思い、そっと長い前髪を避けると大きな傷が現れる。彼女の右目に刻まれた大きな傷跡、すでに皮膚が融着して瞳は見えない。
綺麗な顔である。
それ故に傷が余計に目立つが、そんな事より熱だ。特に熱くはない、というよりも冷たい。蛇系の種族は熱が低めだったような気がするので、平熱で良いのだろうか、とりあえず風邪といった感じではなさそうだ。ならあとは怪我の有無、それを調べるには医者じゃないから魔法に頼るほかない。
「えーっとこっちとこっちで、これをこうして、これいらない」
デバイスで魔法を作る。原初の魔法は一つ作るだけでも時間も資金も膨大に必要だったと聞くが、現代魔法は高性能なデバイス一つで可能だ。それでも魔法消失という事件以降、千年の時が過ぎても戦中戦前ほどの魔法は生まれてこない。
それでも魔法のデータが残っていればそこから組み換えで何とかなる。何とかなるだけで優れた魔法とは言えないし、魔法は魔術に比べると魔素の使用量がはるかに多く個人で使うには効率化が必要だ。
とは言え、このデバイスは固形魔素セル搭載、そこまで気にする必要はないだろう。気にする事と言えば、今組み替えている魔法式が元々違法な魔法式だったという事くらいだ。捕まらないが、ブラックリストに載せられる可能性は高い。
ここじゃそれも無いけどね。
「……」
「よし、これを刻印術に変換して、インストール」
生体魔術刻印用のプログラムは自作なので、それほど苦労せず組み上げられたのは大きい。本来なら自室のパソコンで無ければ運用できないところだけど、問題なく使えている。
ベラタス家のデバイスならこうはいかないが、代わりにあれには大量の刻印術データが入っているので、こんな魔法式から組み上げる必要はない。どちらが良いかとは一概に言えないけど、今はこの違法魔法式を使えるのはありがたい。
研究者でも医者でもない俺が、デバイスに他種族にも適応した身体走査魔法の刻印術式とか、入れているわけがない、というか入れてたら怪しすぎる。
「うまく行けよー……」
組み上げた刻印術でスーツの防護魔法を一部上書きしたら、あとは実際に使うだけ。読み取られたデータは、俺を介してデバイスで処理される。
「「……」」
妙に静かだなと思い女の子の顔を見ると、そのおでこの上で左肩側の蛇が、首を右肩側の蛇に噛まれていた。共食いと言うより制裁といった雰囲気で、右肩側の蛇が静かにこちらを見詰めている一方で、左肩側の蛇は、口をパクパクと動かして小刻みに震えている。
どうやら、同じ頭に住む? 生えてる? 同じような蛇でも上下関係がしっかりしているようだ。あと性格もだいぶ違いそうである。……あ、結果が出た。
「目立った外傷は無し。頭打った場所も特に問題ない。これなら簡単な治癒魔法で問題ないな」
おでこは内出血も無し、脳の出血も無し、口の中を切ったりという事も無ければ、血の出ていない鼻の中も特に閉塞は起きてない。若干粘膜の炎症が見られるが、命にかかわるものじゃない。
首の辺りの状態も良好、結構な勢いで落ちたと思ったけど、彼女は複数スキル所持者かもしれない。スキルは所持数が増えるとその恩恵も大きくなるし、フィジカル面の伸びは特に大きい。俺なら鞭打ち症になってそうな音だったけど、彼女には何ら問題ないもののようだ。
寧ろ、フィジカルつよつよな女の子が気絶するほどの衝撃だったという事か……痛そうだな。床は硬い金属だから、そのぶん衝撃も強かったのだろうか。
「栄養失調が問題か、内臓の機能はそれほど低下してないから、機能食なら特に問題もないな、よかった。特に問題なさそうだぞ、後は起きたらちゃんとご飯を食べてもらえば大丈夫かな」
違法な魔法式の術式を使っているから色々と調べられるが、正直見てはいけない情報まで目に入って来て、いけないことをしている気がしてならない。いや、ここ以外なら普通にいけない事のような気もするけど、緊急事態だ仕方ない。
そう言う事にして調べると、栄養失調の影響が色々出てくる。気絶したのはこっちの所為かもしれない。あとは大しておいしくもないペースト状の機能食を食べれば元気になるだろう。
「シャーー!!」
おっとびっくりした!? ……なんだ、左側のやつ首を解放されたのか、右肩のが釜首をもたげている。これは噛まれるやつかもしれない。
落ち着いてほしい、もう彼女の診察は終わったし何ら問題はないんだ。すぐこの場から離れるし危害を加える気も……ん? 噛まない。なんだったら浮かしていた手を、女の子に押し付けるように頭で押してくる。
「だからちょっとおちつ……まだ何かおかしいのか?」
「……」
まだ何かおかしいらしい、患者? が言うのなら正しいのだろう。なので今女の子の平らな胸を触ってしまったのは不可抗力なので、左の蛇は噛もうとしないでほしい。
「他に何かあるかな? んー……空気、環境、み、あ! ちょっとまてよ。えーっと確か、いらないと思ってまとめた魔法式に良いのがあったような」
嫌な予感がした。物言えぬ人間の状態確認はこういう時すごく面倒だ。
しかし、ここでこれだけ揃っているのは、何か作為的な物を感じる。気の所為なのはわかっているけど、そう思わざるを得ない。
「これだ、この魔法式からこの部分を外して、これに対応出来るように構成をずらして」
こんな魔法式使う事はないだろうと思って、ゴミ箱用フォルダにまとめて詰め込んでいたけど、消す前でよかった。どんな魔法かというと、人の体を自由に操る魔法の中核術式だ。
「合わないな」
レディメイドの魔法式ではまずありえない種類の魔法だからか、その構造も随分癖が強く見える。
「接触式にしたら合うけど……仕方ない。我慢してくれよ?」
分解して、必要な部分だけを刻印術で使えるように組み直すのにも手間がかかるが、魔法の使い方に関して制限をかければ何とか汲み上げられた。
噛まれないことを祈ろう。
「よしこれで、触るけど診察するだけだからな?」
「「……」」
じっと見てくる。何を言いたいのだろう、早くやれだろうか? それとも良いからやれだろうか? どのみち診察しろと言っていそうだ。
ぼろ布一枚着ただけの女の子、その下腹部にそっと手を添える。そう言う魔法だから仕方ない。これは医療行為だ。
……柔らかい。
そうじゃない! 集中、集中するんだヨーマ。
「魔素過多か、人体からの排出魔法式なんてないぞ、水が大量にあれば排泄でも行けたけど、んー……」
感覚的に解った。
猫族少女達と同じで、排気魔素が体内に残留している。俺にとってはまったく問題の無い量だけど、彼女の意識を混濁させているのはこれだと感覚的に理解させられた。
正直この魔素を直接視る魔法は、人が使って良いような魔法じゃない。脳に対する負担が大きすぎるので、少なくとも生体刻印術で使うようなものでは無いと思う。
元は魔法機械用かもしれないな。
「シャー」
左肩側の蛇が鳴く、元氣がない声だ。
意識があれば対応方法はいくらでもある。猫族少女たちと違って魔法の得意な種族のはずだから、魔法の概要や魔法式を説明すれば排気魔素を排出する魔法くらい使えるだろう。
問題は意識がないという事だ。
無意識で説明を聞いて魔法を使うなんて、それはもう人間では無い。そして俺はこの子の体から強制的に排気魔素を抜く魔法を知ら――ない事もないな? 今使っている魔法と、分解した魔法に、いくつかの魔法を良い感じに組めば…………やれない事もない。
「ああいや、何とかなるんだが……たぶん俺は気絶するから、この子が起きた時に俺を殴ったり殺したりしないように弁明頼むぞ?」
そこまでする必要があるか、そう言われると無い。でも目の前で困っている人がいたら、普通は助ける。問題は俺の命が少し危ないくらいだ。
「……シャッ!」
「頼むぞほんと?」
右肩側の蛇が鳴く姿は初めて見た。こっちの蛇の方が少し凛々しい感じがするが、「頼む」と言っている気はする。
なんでわかるかは知らん。勘違いだと恥ずかしいので考えない。
考えないといけないのは我が身、先ず一つにこの魔法は脳の負担が大きい。長時間使うなら、安全のためにも意識をカットする必要がある。というか、勝手に意識を失うと思う。
もう一つが、普通に組むとなると魔法式が大きくなりすぎると思うので、刻印術として使うなら、スーツの防護魔法を全て消して上書きする必要がある。
防護無し、その状態で殴られたら、俺は死ぬ。
フィジカルつよつよ少女だ。咄嗟に意識なく殴ろうものならその一撃は全力全開、虚弱ボディなスキル無しヨーマ君は、哀れ千切れ飛ぶに違いない。うーん、千切れ飛ぶ自分なんて考えたくもないな。
「……」
視界の端で見詰めてくる蛇。任せろとでも言いたげな表情をしているが、本当に大丈夫だろうか……。
「……これじゃ大きくなりすぎる。魔素吸収の間に魔術式で変換の刻印術を噛ませるか……そんな便利な魔法式が見当たらないから仕方ない」
思ったより面倒な魔法式になった。
欲しい式がない。作ったことないから一から組むのも無理。そうなると魔術式を使うほかない。他人の魔素を俺の体に入れるだけでも大変なところに、魔素の純化変換……とてもじゃないが、魔法じゃスーツ一着にインストールできる刻印量に収まらなかった。
「触媒は、俺の精神力しかないな……」
魔術式なら情報量も少なく出来るのはいいけど、触媒が問題なんだよな。
「あとは血とか肉とか、致命的すぎる。どう考えても違法な魔術式なんだよなぁ」
まぁ、ここまで来たら止まる気も無いけど……死なないと、いいな。使えそうな魔術式がありませんじゃ仕方がない。ティアマトウブに接続出来ればまだ可能性があったのに……無いものねだりだな。
手を繋ぐ、女の子の手は柔らかい。そして冷たい。
「よし、セット完了。うまく行くかどうかは起きて見ないと分からんのが怖い。それじゃおやす―――……」
意識が遠のく、女の子のお腹の上で、女の子と手を繋ぐ、こんな姿、かぞくにみられたら……なかれそう。
静かな寝息が聞こえる。
「……」
白髪褐色の蛇少女の傍らで眠りにつくヨーマ、その手は少女の手をしっかり握っており、それは見る者を不思議と爆発が起きても離れない様な気にさせた。
「しゃー……」
不安そうに鳴くのは、少女の後頭部から生え、共に生きる左肩側の白蛇、その首筋は若干赤くなっているが、それは噛まれ過ぎたからである。
「しゃっ」
そんな噛み痕を作った張本人である、同じく少女と共に生きる右肩側の白蛇は力強く、また柔らかい声で鳴く。元気づけるための声か、それとも優しい叱責か、人には解らぬ声で話した白蛇は、釜首をもたげてじっとヨーマの顔を見詰めるのであった。
「マスターの霊圧が消えた!? ……お休みでしょうか?」
白い女性が脚を止めて振り返り、地面を見上げ小首を傾げた。重力を無視して天井を歩いているのは――ナンシュ。
今日もヨーマのデバイスに送るデータを拾い集めながら散歩を楽しむ彼女は、天井から足を放すと急に重力を受けた様に髪を逆立てゆっくりと落ちていく。
「ひぃっ!? 誰だ!」
落ちて行った先には小銃を手にした男が一人。視界の端を掠めた白く揺れる何かに驚き振り返ると、小銃を構えて叫ぶ。
そこは様々な物資を一時的に保管するコンテナ街、そんな人の気配がない薄暗く寂しい場所の警備であろう男の震える姿を見るに、例の噂話を耳にしてしまったのかもしれない。
「……誰も、いない? はぁ、おどろかせ「うらめしやー!」ひぎいぃぃぃ!?」
心の緩急、息を吐いた瞬間目の前に現れる白い少女、男は気絶した。それはあまりに絶妙なタイミングであり、あまりにひどいやり口である。
「ありゃりゃ、気絶してしまいました。筋肉がある割に軟弱ですね。使わないならその筋肉マスターに分けてほしいです」
警備員らしく、見ただけで分かる屈強な男が泡を噴いて倒れる姿に、ナンシュは他人事の様に呆れるが、原因は貴女です。
そんな天然ホラーな彼女は、一頻り気絶した男をつついて溜息を洩らすと、飽きたと言いたげな様子でまた重力を無視する様に浮かび上がってどこかに消えてしまう。
この日また一つ、奴隷売買船エクスマギレアで怪談の噂が増えるのであった。
いかがでしたでしょうか?
意識不明少女を枕に眠るヨーマ……お巡りさんこいつです!!
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




