第15話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「……―――サーチ完了。船体に致命的な損傷を確認。経年劣化及び、緊急ワープによる破損と推測、レベル3緊急事態、起動シーケンスを中断、デバイス所有者の保護を優先します―――」
「え?」
最悪の事態を考えていたら、突然警報を鳴らし始めたデバイスが話し始める。
音声ソフトが入ってるなんて、しかも随分流暢にしゃべっているけど、サーチ? 緊急ワープを検知したって事? それって最悪じゃん! てか高性能なデバイスだな、保護も期待していいのだろうか。
<どうした!>
おっと! そうだそんな事よりおじさん達だ。あれが真面に動く状態で良かった。
「おじさん達は直ぐに船に入ってくれ、ここで致命的な破損が起きたら上の階層も真空になっちまう。ここまで隔壁が生きてる場所が無かったんだ」
<おいまて! お前はどうなる! 待つと言っただろ!>
この期に及んで待つとか、アホな事言ってないでさっさと船に乗ってくれ、折角見つけたクルーザーなんだ無駄にしないで貰いたい。しかも修理にはそれなりに――いや、だいぶ苦労しているのだ。というか、なんであんな階層にクルーザーが保管されていたのか……いまわかったよ。元々あの辺りは旧区画の港の可能性が高い、あの船は回収できなくなって放置されたのだろう。
緊急ワープで一番被害を受けるのは構造上どうしても弱くなる船のつなぎ目、港なんて施設は居住区より開けていないといけないから、改築増築で継ぎ目にすると余計に弱くなる。いくら最下層周りが戦前の超技術で作られた船とは言え、老朽化には勝てるわけがない。
それに、僕は待つ気なんてないのだ。
「僕は待つなと言ったよ? 大丈夫、なんとかなるさ。……うん、凄い拾い物もしたからね? お互い無事なら狭い宇宙だ、どっかで会えるよ」
<…………死んだら許さんからな! 娘っ子ども! 全員避難だ異論は認めん! 急げよ!>
≪――――――っ!!≫
スピーカーから悲鳴のような声が音割れを起こして聞こえてくる。スイッチを押したまま叫んでるのだろう。申し訳ないが、今から上に戻っている余裕はなさそうなんだ。手に付けたデバイスからの声がそれを示しているし、空中ディスプレイは俺を助ける最善策を検索し続けている。
「よし、後はこっちだ。非常用のシェルターとかあると良いんだけど」
うん、意外と焦ってないぞ? いや、焦ってるかも? ついつい使い慣れた僕なんて言う一人称で話してしまった。かっこが付かないから改めたのに、余裕がないと洩れて来てしまうのはまだまだ使い慣れてない証拠だ。俺は俺、とりあえず俺を中心に考えよ……ん? 避難誘導サインが生きてる? こっちの部屋にシェルターがあるのか、シェルター自体は生きてるみたいだけど魔素結晶が扉を塞いでる。
急いで砕かないと、間に合えよ、俺。
ネズミおじさんや猫族少女が慌てながら年代物のクルーザーへと避難し、ヨーマが魔素結晶を砕き射出型の避難用シェルターの扉に手を掛けている頃、ガーデンシップの艦橋では、それ以上の騒ぎが起きていた。
「閣下!? このままでは旧区画が、ガーデンの20%が長距離ワープに耐えられず脱落しますぞ」
何が起きたのか、すでにガーデンシップは緊急低速ワープ状態に入っており、シップ全体を管理する広い艦橋の最も高い場所では、警報だらけで目に優しくない色に染まったモニターを前に、艦長が後ろを振り返り、険しい表情で叫ぶ。
振り返った先に居たのは、艦長席よりさらに上座に座り、神経質そうに親指の爪を噛み、蒼くなった顔で小さく唸る貴族。背を丸め、窮屈に組んだ脚を小刻みに揺らすその男は、ヨーマ達の前に現れて奴隷を玩具にすると言っていた男性貴族である。
ウィルスに怯えながらもヨーマからデバイスを奪っていった彼だが、今の姿からはその時の余裕など微塵も感じられない。艦長に声を掛けられても、余裕のない表情で睨み返し、鼻息を荒々しく吐き出す。
「構わん! 旧区画などゴミ捨て場でしかない。いつか捨てようと思っていたのだ! それが今になった、それだけだ……」
「しかしあそこには奴隷共が……」
「それがどうした? ゴミは一緒に捨てるだけだ」
現在のガーデンシップは、ヨーマが見つけたデバイスが警告をしたままの状況であるが、彼にとって奴隷の命などゴミと変わらず、何時捨ててもかまわない物ようだ。また、巨大なガーデンシップが2割削られたところで、なにも困る事はないと言い放つ貴族。
実際にガーデンシップと言う一つの国にもなり得る巨大な船は、その一部が脱落しても航行可能なように設計されている為、旧区画が剥がれ落ちたところで問題ないと言えば問題はない。しかしそれは船の航行だけの問題であって、本来考えなければいけない問題は多岐にわたる。
しかし今の彼には、そう言った大きな問題が些末に思えるほどの危機が、すぐそこにまで迫っているのだ。
「……なぜそこまで急ぐのです? 理由を教えていただけませんか?」
突然、現宙域からの脱出を言い渡された艦長の驚き拒む言葉を無視して、自分の権限で実行できる低速ワープを艦全体に発令、実行した貴族の男に、艦長は眉をしかめ問い続ける。命令を受けた直後も理由を聞いたが答えてはくれず。いい加減教えてくれと言った様子で、椅子から身を乗り出す様に振り返る大柄な艦長。
その陰に、一瞬顎を引いて顔を背けた貴族は、噛みしめていた奥歯から力を抜く。
「…………狂戦士、ベラタスは駄目だ。あいつに言い訳は通用しない。上位の貴族、コンパスの婦人を楯にした程度では、止められん」
「ベラっ!? 何があったのです! 彼らは狂犬ではない……何か、なにか理由があるはずです」
とたん震え出す声で話す貴族に、艦長は勢いよく立ち上がり驚きの声を上げる。
ベラタス。
その名前は、貴族よりも艦長の様な軍属の船乗りのほうがよく知る有名な名前であり、それは恐怖を伴って広まった名であった。艦長席から近い席に座っていた船員の中には、その名が聞こえて来ただけで、勢いよく艦長席に目を向けた者もいるくらいだ。
思いもしない恐怖の対象が関わってくる事態に、寝耳に水だと言わんばかりに目を見開く船員。その視線を背に受けながら、艦長は貴族に問い質した。
「わかるわけないだろ!! 奴隷がベラタス家のデバイスを持っているなど! さっさと長距離ワープに切り替えろ!」
「は、はい! 長距離ワープへ移行!」
恐怖を誤魔化す様に叫べば、広いとはいえそこは艦橋。艦長席から声が届かない場所などあっていいわけもなく、その場に居合わせたすべての人間の意識が艦長席へと集中する。
しかも、奴隷などとあまり大きな声で話せない存在が、なぜかベラタス家のデバイスを持っていた。突然そんな話を聞かされ、詳しい状況が分からずとも、それだけで船員が慌てるには十分。なぜなら彼ら船員は、その資格取得のために必ず軍の教育機関で学ばなければいけないのだ。
当然、その過程でベラタス家という存在の噂を聞く者は少なくない。ワープ制御担当者もそんな噂を知っている一人なのか、一大事だと言わんばかりに貴族の指示を聞いてしまう。
しかしそれでいいのか、直感的に背筋を冷たいものが流れる艦長は、黙して目を閉じ考える。
「…………はっ!? まて! まだ切り替えるな!」
「うるさい!」
何かに気が付き、艦長がワープを中断させるよう声を上げたが時すでに遅く、ガーデンシップはその船体に負担を抱えながら長距離ワープに突入していた。
「奴隷が持っていたのなら、その奴隷はベラタス家の人間なのではないですか!?」
「…………ほあっ!?」
今この場で考え、すぐに焦った顔で後ろを振り向いた艦長でも気が付けることに、貴族の男は初めて気が付いたと言った様子で目を見開く。彼はその顔を、まるでカメレオンの様に一瞬で土気色に変える。
それも仕方ないだろう、本来貴族が奴隷に落ちているなどあって良い事ではなく、彼も奴隷は全てへ下級市民であると言う、当然のように思い込んでいたのだ。
その固定概念によって選択をミスった貴族。しかし彼は貴族、下級市民や一般人より遺伝子レベルで頭が良い。頭が良ければ回転も速い、速いからこそ最悪の可能性をあっと言う間に導き出してしまう。
「船体の10%が脱落! 破損広がっています! 破損個所、最下層区画を中心に拡大」
「緊急停止! ワープ停止!」
しかし、すでに引き返すタイミングは完全に失していた。ワープの停止を指示している時点で、ベラタスにとってはあまりに遅すぎたのだ。
「は、は「次元潜航攻撃を確認!」へあ!?」
ガーデンシップが大きく揺れる。
人々が生活する世界とは、また別の法則が働く別次元に潜航することで、超長距離を光よりも速く移動することを可能にするワープ技術。通常空間以上の高エネルギーが満ちているワープ空間での戦闘とは、想像以上に難易度が高く、一般的な軍人であれば極力避ける様にと教育されるが、ベラタス家の私設軍に所属する人間にとって、そんな常識はただの非常識でしかない。
「メインエンジンに着弾! これは……直撃です! 速度低下、ワープ維持できません。強制ワープアウトします」
「ぐぅ!? せ、船体の30%が破損、旧区画が剥離、ガーデン内――隔壁全閉鎖」
砲撃するだけでも大変なワープ空間で、的確にガーデンシップのエンジンを貫かれるなど、艦船乗りにとって悪夢でしかない。そんな現実に揺さぶられながら上がってくる報告に、意思とは関係なく体が震える貴族。
別次元に潜航するために必要な最低条件である速度を維持できなければ、船は強制的に元の次元に吐き出されてしまう。吐き出される際に起きる重力反転現象により、シートベルトを軋ませる船員は、必至に状況を報告し続け、報告する必要が無い者達も手を休ませる暇がない。
それほどまでに混乱するガーデンシップ。
「ガーデン周辺に複数の艦影、駆逐艦と思われる戦闘艦多数! 不明艦種3……広域重力ネットを確認、完全に包囲されています!」
叫ぶような声による状況報告、彼らが思わず見上げた正面の巨大スクリーンには、数える気にもなれない数十隻の駆逐艦。艦と艦を結ぶように伸びる光の線が、巨大な立体魔方陣を作り出し、それにより発生した魔法は、重力でガーデンシップを捕縛、その間も駆逐艦や巨大な不明艦からは、無数の戦闘機が射出され始める。
思わず息を飲む光景に、艦橋からは人の声が消える。誰かが声を発する間もなく、警報に混ざって通信の受信要請を伝えるアラームが鳴る。
「……通信が、来ています。セイル家。ドゥムシュ・ベラタスを、名乗っています」
「――終わった」
セイル家ベラタスに捕縛された事を理解して呟く貴族の男、その顔はすでに半べそであり、とても通信を受けられるような精神状態ではない。
仕方なく、それはそれはもう仕方なく、と言った表情で通信兵に目配せする艦長は、静かに襟を正す。ふっと息を吐き、懐からタブレットケースを取り出すと、三つほど小さな錠剤を手にのせると煽る様に飲み込む。
船員たちが息を飲む中、艦長は自らの席に座り直すと、人差し指を強く伸ばし、通信回線を開くのであった。
いかがでしたでしょうか?
ベラタスお前何やったな回でした。ほんと、何やったんでしょうね……。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー