第13話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「うぅん……」
思わず唸ってしまう。
目の前に詰まれた物を眺め、見渡し、思わず漏れて来た声で、遠巻きに見ている猫族少女たちが耳をそばだたせている気配を感じる。いや、もしかしたら俺の感覚が可笑しいだけで、これが普通なのかもしれない。
「……上って資材充実してるんだよね」
「こんなに充実はしてないと思うぞ?」
「そっかー……」
遠回しに、これがここの普通なのかとネズミおじさんに問いかければ、返ってくるのは否定の言葉、どうやら目の前に詰まれた機械の充実したラインナップは普通ではないらしい。もとより、最下層と違って上層の奴隷は立坑にマグネットクレーンを持ち込んで引き上げているそうなので、詳しく選んで回収は出来ていないらしいが、しかしこれはどうだろう。
猫族少女に目を向ければそこには修理したばかりの送風機、洗浄機にポイント交換で手に入れた水を補給して体を洗ったばかりの彼女達は、脱水しきれない体の毛に着いた水分を送風機で乾かしている。あまりじろじろ見ても良くないので、毛を乾かすために薄着となった少女達から視線を戻して、もう一度前に目を向けた。
乾燥用の送風機が玩具に見える様な機械の山、魔素発電機、魔素式浄水タンク、大型の太陽光ライト、藻類培養器、食用成分分離機、植物生育器、循環密閉タイプの一人用お風呂、大きな木の箪笥、魔素結晶が突き出たベッドマット多数などなど、パッとも見ただけでもそんな感じである。
「今までの生活が馬鹿らしくなってくるな……あぁ、良い意味でだぞ?」
「慰めてる?」
「本音だよ」
本音か、本音なら仕方ない。これからこの機械の山を修理する俺に対する慰めかと思ったけど、手伝てくれる気はなさそうだ。何でもネズミおじさんは機械類の扱いが下手らしく、機械式ハンマーも俺がプレゼントするまで触ったことが無かったそうである。
現代じゃ珍しい気もするけど、それは宇宙生まれ宇宙育ちだからこその感想かもしれない。今でも地上生まれの人の中には、機械の扱いが苦手という人はいる。宇宙じゃ機械を使えないと死に直結するから、そんな甘いこと言ってられないけど、苦手な人は確かにいるのだ。
問題は、この下層では機械いじりの得意な人間の方が珍しいという事だ。日常的に利用する分には問題ないそうだが、猫族少女達も修理とかは無理だそうで、手伝ってくれる気概はあるのだが触れば壊すタイプの子が多く、申し訳ないが諦めてもらった。
「そっかー……まぁね、これでみんなの生活が楽になるなら頑張り甲斐があるかな」
上層の生活よりいい生活が出来るとなれば頑張り甲斐がある。何だかんだ腕を捻り上げられた時の恨みは俺の中にあるのだ。直接恨みを晴らすことはしないし出来ないけど、ここに住むネズミおじさんと猫族少女達に快適な生活をしてもらえば、間接的にでも溜飲が下がると言うものだ。
ついでに感謝されたら十分である。俺も快適になるわけだし、頑張らない理由は無い。
「無理はするなよ?」
気が抜けて思わず頬が緩んでしまうが、そんな俺をネズミおじさんが心配そうに見上げている。本当に良い人と言うか、心配性な人だと思う。
「それは大丈夫、しかしまぁ……ここまで何でも揃うとは思わなかった。ずいぶんとこのガーデンシップは贅沢な生活をしているようだね」
「ゴミは多いと思っちゃいたが、蓋を開けたらびっくりだな……」
びっくりなんてものじゃない。見ただけで分かるそれほど古くない製品の数々、立坑か通路に雪崩れ込んで来ているゴミでこれなんだから、立坑の奥、今も上からゴミが降って来ている場所には、下手すると最新の機器とかもあるんじゃないだろうか? まぁいくら低重力区画だからと言って、空から物が降ってくる様な所には行きたくないけどね。
「あ、あの! 洗浄器空きました!」
「あ、うん。ありがとう」
「いえ!」
機嫌がよさそうだけど、あまり尻尾や耳を振らないでほしい。特にパタパタと羽ばたく様に揺れる耳から水飛沫が飛んでくるんだ。ネズミおじさんが体を震わせたときに飛び散る水滴に比べたら全然気にならないけど、別の意味で気になって仕方ない。何というか、洗浄器で洗っただけとは思えない良い匂いがしてくるのだ。
これが気にならない男なんていないだろう。
何かまだ言いたそうだったけど、俺の服に飛び散った水に気が付いたのか、申し訳なさそうに何度も頭を下げた彼女、確かフィレスだったかな? まだ12才とのことだが体付きはメリハリがあって大変困る。色々と大きいと言うわけではないけど、元氣に駆けるとついついその揺れを目で追ってしまうくらいには大きく、獣人系の種族の成長速度の早さが分からされてしまう。
実家のある街は平均種が多かったので、どうにもまだ慣れない。前の職場はそんな事あまり気にする環境でもなかったし、これが新しい環境による意識の拡張と言うものだろうか、いや違うか……。
「……懐かれたなぁ」
「そうなのかな?」
懐かれている。
にやにやと笑うネズミおじさんはお尻派なのか、じっと見ていたフィレスのお尻から目をこちらに向けるとそんなことを言い出す。正直わからない、最初よりも心の壁は薄くはなった気もするけど、だからと言って懐かれていると言えるのか、常に遠巻きから見られてるだけなのでどうにもそうは思えないのだ。
「……ふむぅ」
俺が首を傾げて唸ると、隣からも唸るような声が聞こえてくる。
ネズミおじさんは不満げな様子だ。何を考えているのか分からないけど、その表情は心なしか楽しそうでもある。
「ふぅ……汚染濃度が下がったかな? デバイスが無いから分からないけど、体感薄くなった気もする」
下層に閉じ込められてから半月ほど経っただろうか? ここでの暮らしにも慣れてきた気がする。
朝起きたらみんなでポイント交換で手に入れたご飯を食べて、それからそれぞれの持ち場に向かってゴミ拾いや魔素結晶の掃除。帰りにポイント交換して、担当が必要な物資を纏めて交換運搬。それから晩御飯と自由時間、必ず洗浄器を利用する猫族少女達だけど、何故か入る前に俺のとこに一声かける風習が出来ていて謎だ。
「電動式のカートが無かったら、こうも大量に運搬できなかったよなぁ」
魔素が多い場所と言うのは、体を動かすのに微妙な抵抗を感じるものだけど、ここ数日はそれも緩んで来ている様にも思える。
これも電気式カートで大量の魔素結晶を運べているおかげだろう。猫少女達がゴミの中からたまにカートを見つけてくれるおかげで、今では十連結になった電気式カート。上の階層ではネズミおじさんも十連結カートを使っていると思うけど、微妙に規格が違うので連結部分がロープと言うのはどうにも締まらない。
「もっとゴミを掘り返したらデバイスくらい出て来るんじゃないかな? ……流石に無いか」
流石にデバイスが捨ててあると考えるのはあまりに甘い考えだろう。ただの通信用デバイスならあったとしても、魔術や魔法が使えるデバイスは壊れていても価値がある。これも千年前の戦争の兵器によって大半が壊された結果で、真面なデバイスが買えない人間なんかは、壊れたデバイスから集めたパーツで不安定なデバイスを作るのが常だ。
それは目の前の不安定な連結のカートと似ているかもしれない。いつ倒れて壊れるやら。
「やっぱデバイスは、欲しいよなぁ……」
真面なデバイスが欲しい。
パーツの寄せ集めデバイスじゃ、高濃度の魔素中で使う事は出来ないだろうから、壊れてない完品がほしい。いや、壊れていても修理できる範囲であれば、それでもいい。そうなると立坑で拾える確率は、限りなくゼロだろうな。
現状で最も可能性があるとしたら、
「最下層……行ってみるか」
下層のさらに下である最下層。
通路自体は生きているみたいなので、行こうと思えば今からでも行けなくはないだろう。今いるフロアと一緒で結晶は床から天井まで伸びているだろうけど、下の階層ほど通路も広くなっているので、全く進めないという事もあまり考えられない。
大昔に比べて最近の宇宙船は小さく作る傾向があるけど、この辺りは古いからかずいぶんと広く作られているようだし、下もそんなに悪い状況じゃないと思う。思うだけで実際はどうかわからないけど、そんなもの行ってみないと分からない。進むと決めてここまで来たのだから、とことん前に進んでやろう。
まずやるべきは、説得だな。
「危険すぎる!」
「そうです! 何があるかわからないんですよね?」
「まぁ反対されるとは思ってた」
説明してすぐにこれである。ネズミおじさんとヨウラが叫ぶと、その声に呼応する様に猫少女たちが無言でうなずく。どの子も心配そうな顔をしているし、おじさんは真剣そのものだ。心配性だなと思ってはいたけど、前と今は違うから少しは行けると思ったんだけどなぁ。
「当たり前だ、最下層に行って帰って来た奴なんていないんだぞ」
「まぁ、ここで手に入る装備じゃ辛いよな」
ここに来て最初に渡された道具はどれも錆びた鉄製の道具ばかりで、今の様に機械式ハンマーなんて、壊れてるもんだからただの鈍器でしかなかった。
でも今は俺が修理して使えるようになっている。二個一、三個一、で数こそ減ったけど、今この場に居る人間が使う分くらいはある。それにゴミ回収で集めてもらった各種機械も、修理は終わっていて住環境は実に快適そのもの、もう少しで培養肉が食えそうなところまで文明は発展しているのだ。
よく頑張ったと思う。
「やめましょう! 私たちがんばりますから!」
「いや、デバイスが欲しいだけだから頑張られても……」
彼女達がこれ以上がんばると、それは俺の修理する機械が増えるという事なので勘弁してほしい。機械いじりは嫌いじゃないけど、魔法や魔術が使えないとどうしても出来る範囲が限られて気持ち悪いのだ。
その気持ち悪さを払拭するためにも、俺は更に深い層に潜らなければならない。潜ったところでそこにデバイスがあるとも限らないわけなんだけど、今の状況より心理的な疲労は少ないだろう。
デバイスは常に携帯していたから、何も腕に着けてないとどうしても気持ち悪く、もやもやとしてしまうのだ。今頃、奪われた俺のデバイスはどうなっているのか、マネーデータなんかも入ってるので不安もある。手を着ければすぐに警察のお世話になるだろうけど、データを消されるのは、それはそれで大変困る。
せっかく溜めたお金も……そう言えば、輸送船での労働報酬はどうなったんだろう? 色を付けるとか言われてたけど、途中で奴隷になってんじゃ払ってもらえてないか? いやいや、そもそも海賊関連事件に巻き込まれてるから保険が降りるのでは? 通信可能環境に出たら、一気に通知が来るんじゃないだろうか。
「デバイスか、確かにそんな話もしたが、本当にあるか分からんのだぞ?」
「まぁちょっと見て来るだけだから、危なくなったら引き返すよ」
「何かあってからでは遅いと言っとるだろ」
ぐるぐると渦巻き湧き出す不安に、脳のリソースの半分を使いつつ見るネズミおじさんは、大変不服そうな表情をしている。かれこれ半月ほども付き合っていれば、獣顔の感情も多少は分かるようになってくるもので、今もネズミおじさんが髭をひくひく動かしている事から、その苛立ちが理解出来る。
でもこっちも引けないのだ。立ち止まれば駄目になる。そんな気がするのだ。
「ほらほら、この部屋も快適になって来たし、俺がいなくても維持できるし、今日入った場所でも色々と補修資材も見つけたんだ。他の部屋の復旧もできるかもしれないぞ?」
「他の部屋ですか……」
猫少女達の中から興味を示すような声が聞こえてくる。快適な室内とは言え大部屋、環境が整ってくると欲しくなるのが個室だ。プライベートは守られるべきなのである。決して侵されぬ、姉が勝手に進入してこない個室を手に入れた日の事を思い出す。
いや思い出すな、今はそういう状況じゃない。
「まさか、ここまで新しい栽培機器が落ちてるとは思わなかったし、うまく行けばお肉も食べられるようになるとこまで来てるんだ? 低品質培養肉よりいい物が食えるかもしれないぞ?」
「おにく?」
「おにく……」
「……じゅるり」
ふふふ、食い付いたな少女達、育ち盛り? なのかはよく分からないけど、肉は全てを解決してくれるのだ。低品質培養肉はもう確定しているが、高脂質培養肉や芳香強化培養肉なんかも、パーツを集めれば可能になるかもしれない。
俺も食べたい。
「ヨーマ、そのワードは卑怯だ」
「ふふふ、伊達に歳はとってないさ」
歳をとればとるほど卑怯になる。いや、卑怯に慣れるのが人間と言うものだのだよ。特に平均種はその傾向があると思う。なぜだろうか? 特化した能力をあまり持たないからかもしれない。利用できる物は何でも利用しないと生き残れなかったのだろう。
くはは、俺が欲するデバイスの為なら、個室だろうと肉だろうと用意しようではないか。
……とりあえず、猫少女達の顎にテラテラと輝く涎が伝い始めているので、そろそろ拭った方が良いとおじさんは思うんだ。
いかがでしたでしょうか?
あご濡らす、猫族少女の食欲、果てしなし。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー