第11話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「すまない、ヨーマ」
小さくぽつりとネズミおじさんが呟く。随分久しぶりに聞く他人の声のようにも思える。
何せ居住区に戻って小一時間は経つのだ。その間何か意味のある声を出す者は誰一人といなかった、そのくせ機械を弄る俺の周りにはみんなが集まって正座しているのだ。無心で機械でも弄ってないと心が悲鳴を上げてしまいそうな重さの空気である。
「いやまぁ困ってはいるけど、良かったような悪かったような? とりあえずこれからどうしようか?」
俺はそこまで困っていない。困っていると言えば困っているが、深く困っているわけではなく、いろいろと困ったことになりそうで浅く広く満遍なく困っているので考えが纏まらない。
とりあえず今考えないといけないことは何だろうか、これから、そうこれからだ。隔壁を落とされたのだからそっちの困りごとを優先して解決しないといけない。
何となく考えが収束していくのを感じて機械いじりの手を止め振り返る。
「ヨーマ様……ごめんなさい」
「気にしなくていいって! それに様も止めてよぉ」
振り返れば途端に頭を下げられるんだから困ってしまう。というか様なんて呼ばれる様な人間でも無し、本当にやめてほしい。
まぁ彼女達も庇われたことによる被害の大きさで謝らずにいられないのだろうとは思う。魔法が使えるデバイスは凄く高いからね。
「でもお前、デバイスがないと魔法も魔術も使えないだろ? スキル無しじゃ死活問題だ」
「!?」
ネズミおじさんの神妙な声に思わず唸ってしまう。問題ないと言えば問題ないので俺はまだ気楽だけど、スキル無しを知らなかったであろう猫族少女は目を見開いて固まってしまった。
「あぁそれなら刻印術があるから死にはしないよ、ただフィルターのブーストが効かないから深いとこに潜るのが俺にしか出来なくなったくらいで」
「は?」
なるほど、これが鳩が豆鉄砲を喰らった顔というやつか、だらしなく開いた口と真ん丸の目、惜しむらくはネズミ顔なので鳩感がまったくない所だろうか。
何に驚いているのか知らないけど、シールドスーツには予め生体刻印術の術式を刻んでいるので、刻んでいる魔法に関してはちゃんと使える。これがこの最新の試作スーツ最大の特徴だ。それ以外にも人体に刻んた術式もあるので、俺単体ではそれほど問題にはならないのだ。
このスーツが無かったら、家を出てから何回死んでいるのか、ドゥム兄さんには感謝しかない。シグズ姉さんにバレて殺されて無きゃいいけど……心配だな。
「最低限の刻印は体に刻んでるし、服の方にも防護系は入れてるし、最低限の治療刻印術で小さな怪我から汚染病対策までしてる。いずれはデバイスが奪われるなり壊されるなりすると思って多少は準備していたんだ」
「おま、無理してねぇか?」
なんだろう、家族の事を思い出したからだろうか? ネズミおじさんの心配性なところがうちの家族と似てる気がする。確かにスキル無しと言う存在は心配されて当たり前、気遣われて当たり前という風潮があるし、行政に言えば傷病者レベルの手厚い保護も受けられるけど、それとは違う心配の仕方を感じるのだ。
もしかしたらネズミおじさんの近しい知り合いにもスキル無しが居るのかもしれない。だからと言ってどちらかと言えば恵まれている方の俺をそこまで心配するのはやめてほしい。俺はそんなに強い人間じゃないから、ついつい甘えてしまうのだ。それは良くない。
「やめてよ、大丈夫だから。スキル無しでこれまで生きて来たんだから、そう簡単にくたばったりしないし、みんなには何の責もない」
だからデバイスを取られたのは俺の責任で、予定調和でしかないのだ。決して猫族少女たちの所為でも無ければネズミおじさんの責任でもない。
俺だって何十年もこの身体と主に過ごして、つい最近光明を見つけたばかり、デバイスが無くても簡単には死なないつもりだ。ただまぁ実際問題、猿人男に掴まれた左腕はまだ痛いし、治癒術式が起動してても治りはスキル持ちに比べて圧倒的に遅い。デバイスがあればもっと速く治せるけど、それでも治療系や再生系のスキル持ちに比べれば圧倒的に劣る。
デバイスを奪われたのも何か試練だと思って頑張るしかない。過去にもスキル無しが厳しい訓練によって後天的にスキルを発現させたこともあるので、俺はそこに賭ける事にしているのだ。それ故の独り立ち、そういう風に考えると今の環境も悪いわけではないと思えてくる。
「ヨーマぁお前ってやつわぁ」
「な、泣くなよ……ただちょっと心配なことはあるんだよね」
何でおじさんだけでなくて猫族少女達も泣いてるのか、ヨウラなんて顔ぐちゃぐちゃだし、俺は今それより心配なことがあるから慰める余裕はないよ。というか、なんで泣いているか良くわからないから慰めようがないと言うのが正しい所だ。
「心配? 何でも言え、言っちゃなんだがこの場で一番気を付けなきゃいけないのはヨーマなんだからよ」
「!」
今度は急に泣き止んで凛々しい顔になったんだけど、良くわからん。良くわからないし、言ったところでどうにかなるわけでもない。わけでもないんだけど、事実としてこの場の皆は複数スキル持ちで最弱者は俺、言わないと余計に心配されそうな気もするので、ちょっと情けないけど話しておこう。
「あーいやその……あのデバイスずっと救難信号出しっぱなしなんだよね」
「救難信号?」
「うん、秘匿回線を使った救難信号なんだけど、家族に迷惑掛からないといいなって……」
心配の種は家族、この場に居るみんなよりさらに心配性な家族が、もし俺の救難信号を拾ったらどんな行動に出るか、いやほぼ確実に救難信号は届くと思う。正確にはもう届いている可能性があるのだ。
奴隷が閉じ込められたこの区画は通信妨害がなされているようだが、流石にこの船の一般人が住む区画まで妨害されているわけがない。そうなると確実に救難信号は何かしらかのルートで家族の元に届くことになる。詳細な位置までわからずとも、特定はそんなに難しいわけじゃない。
救難信号の発信源を探し、数ヶ月の内にはこの船を特定するだろう。そうなれば、ここで起きるのは貴族同士の争いであり、下級貴族の中でも特に血の気の多いと言われるベラタス家とその私兵達が、相手が貴族だからと穏便に済ませるとは思えない。
何せ元軍人の父上母上を筆頭に、上の兄さん姉さんは現役軍人、ドゥム兄さんは携帯武器から戦略兵器や船まで作る兵器開発会社社長だし、シグズ姉さんはベラタス本星にある大きな研究所の所長で、研究している物も大体物騒な物ばかりだ。さらにその下のドゥーグ兄さんは思い立ったが即行動の全身筋肉お化け、その下のマーシェ姉さんは元軍のエースパイロットである。
「おめぇ、良い奴だなぁ」
「え? 何が? みんなも何その目、ちょっと怖いんだけど……とりあえずほら、封鎖されたから色々対策しないと、ね?」
家族の事を思い出すだけで胃が痛いのに、みんなして妙なプレッシャーをかけないでほしい。今は他にやらないといけない事がいっぱいあるんだから、この話はここでおしまい! みんなが動かないなら俺一人で行くからね。
「そうだったな、どこまで封鎖されたか確認しよう」
隔離されたとは言え、完全に何もかも機能が停止しているわけではない。空調を停めれば確実に艦全体に悪影響が出るし、上層の区画より深刻な魔素汚染が起きている下層を放置なんてできない。もし俺たちがここで死んでしまえば、最悪アンデットの温床を作る事になりかねないのだ。
口八丁でその場を切り抜けたヨーマが懸念していた事、それは次の日に確定していた。
「父上! 救難信号ガッ!?」
扉を蹴破る勢いでリビングに現れた巨体が、突然の衝撃で僅かに宙に浮いたかと思うとそのまま顔面から床に沈む。
床で白目をむいているのはドゥーグ・ベラタス。ベラタス家の三男であり、ヨーマから筋肉お化けの称号を貰った男である。そんな彼を床に沈めたのはキニギ、実の母親である小柄な彼女は、拳一つで自分の数倍は体格が良い息子を沈めたのだ。ヨーマが恐れるのも無理はない。
「落ち着きなさい、救助のための艦隊はすでに編成させています」
「お母さま、手加減忘れてるよ……」
「ドゥーグ兄さん、骨は拾う」
リビングにはキニギの他にも家族が集まっており、シグズとドゥムシュは未だに静かに荒ぶる母親に顔を蒼くしながら弟に手を合わせる。
そんな家族がなぜ集まっているのかと言えば、当然ヨーマからの救難信号に対応する為だ。家族全員に届いたヨーマからの救難信号については、すでに一騒動起こした後であり、また一騒ぎする元氣は彼等に残されてなかった。
「はぁ……ナーナ手当を」
「はい」
「はぁ、あの子が救難信号を……」
家長であるクールから指示を受けたインテロメイドのナーナに、片手で引き摺られていく巨体を見送ると小さく呟くキニギ。元から白いその肌からは、血の気がすっかり引いて青白くすらある。せっかく救難信号を受信したにも関わらず、この場に集まった五人の表情は優れないままだ。
「そうだな、ヨーマは家で一番我慢強い子だ。それが救難信号、しかも緊急レベルAなど、いったい何があったと言うのだ」
なぜならヨーマは血の気が多いベラタス家の人間が驚くほどに我慢強く、気にかけておかないと我慢のし過ぎで心身を壊してしまいかねないほどに我慢強い。大人でも泡を吹いて気絶してしまうような痛みでも耐える彼が、最高レベルの救難信号を出すなど誰が予想しただろうか、しかもそれは自ら連絡できない様にしたデバイスから送られて来たとなれば、最悪の状況を考えざるを得ない。
それはヨーマの死、もしくはその状況が近づいていると言うものだ。しかし残念なことに彼等の予想はそう外れてはいない。貴族の子が奴隷に落とされているなど、普通に考えて特級の緊急事態である。それは当人が意外と暢気に構えていたとしてもだ。
「父上、積み込み終了まで3時間ってところだけど、僕でいいのかな?」
「今すぐ動けるのはドゥムシュだけだからな」
そんなヨーマの救出に向かうのはドゥムシュ、今すぐ自由に動けるからと言う理由で選ばれた代表代理である彼は、血の気が多いベラタス家の、血の気が多い私兵である宇宙艦隊を引き連れてヨーマを探しに向かわないといけない。
ヨーマを探しに向かう事は彼自身望むところであるが、心配もある。それは本来の予定ならクールが行くつもりだったこと、それ故にほかの兄弟姉妹が暴走せずに大人しくしていること、もしそこに彼が代表代理となった場合どうなるか、考えただけで背中に冷や汗が流れるドゥムシュ。
事実、彼は現在進行形で妹二人から、物理的な穴が開くんじゃないかと思ってしまうほど鋭い視線を受けている。
「アンクル共のちょっかいが無ければ私が行ったと言うのに……」
「上にしか貴族の居ないセイルの辛い所よねぇ」
ドゥムシュが胃に穴の開きそうなストレスを受ける事になった原因は、他家からのベラタス家に対する嫌がらせ行為。家を飛び出したヨーマを探すために慌ただしくなったベラタス家、そんな彼らを煙たく思う貴族は多く、少しでも弱みを見せれば様々な嫌がらせや攻撃を仕掛けてくるのが日常で、今回は良くわからないが浮足立ってるから突いてみようと複数の下級貴族が動いたのだ。
セイルと言う、貴族の階級でも最下級の新興貴族であるベラタス家、周囲には同等かそれ以上の地位を持つ貴族しかいない為、セイルに見合わぬ資本力は妬みの対象となるのだ。そんな現状に愚痴をこぼすのは、ヨーマの件でベラタス本星から急いで帰って来たマーシェシュ、今一番ドゥムシュに納得のいっていない女性である。
「貴族案件が無くても君は留守番だけどね……」
「なんでよ!」
軍ではエースパイロットとして名を馳せ、軍を引退後はベラタス星で最新技術を詰め込んだ機体のテストパイロットを務めるマーシェシュ。ドゥムシュに指摘されて吠えるが、エースパイロットだからと言って艦隊指揮が出来るわけではなく、寧ろ艦隊指揮が苦手だからこそパイロット課程に進み異例の早さでエースパイロットに成れたのだ。
ついでに戦争に行くわけでもないので、彼女が付いて行くと過剰戦力でしかない。今回のヨーマ捜索任務には、なんでもそこそこできるドゥムシュが艦隊指揮を執るのが、実際のところ一番理に適った采配なのだ。
いかがでしたでしょうか?
ヨーマの家族は驚愕していますが、その驚きが怒りに変わるのにどれほどの猶予があるのか、そしてヨーマはデバイスなしでこの先生き残れるのか……。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー