第10話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「いたい!」
「なんだこの腕は!」
「わ、わかりません……」
わからないことはないと思う。捻り上げる様に引っ張られて晒された猫族少女、あの子は一番年上のヨウラだったかな? 左腕の手の甲から肘の辺りまでが大きく腫れあがっているのは腕の密な体毛の上からでも良くわかる。
怯えた様に視線を逸らす瞬間見られた気がした。いや、助けを求める様に見られたのは理解出来る。しかしどう助けたものか? あの腫れはたぶん刻んだ刻印術の使い過ぎによるフィードバックだろう。魔法を使える喜びから使いすぎたか、正直その気持ちは分かる。俺も昔は使い過ぎで腫れあがったり熱が出たり昏睡したりしたものだ。
「まさか病気じゃないだろうな!」
「いえそんな!? ……しかし、こんなに腕が腫れあがるなど」
貴族の男が奴隷の責任者である猿人の男に怒鳴っているが、責任者と言ってもこっちに興味なさそうだから知らないだろう。
よく見ると猫族少女たちは全員体調が悪そうである。彼女達に刻んだ刻印術は魔素の吸収から凝縮までを行うもので、基本的に起動時に体内の魔素が少し消費され、あとは循環する魔素で刻印術が維持される仕組みになっていて、使おうと思えば永遠に使い続けることが可能、それ故に体の事を考えずに使い続けたのだろう。
これは俺には出来ない事だけど、フィジカルお化けな種族だからこその結果とも言える。少しずつ慣らして行けば疲れるだけで体調不良を起こさず、使えば使うほど効率化され体になじみ、最終的にはほぼコスト無しで使えるのが生体刻印術の良い所だと、説明した筈なんだけどなぁ……。
「私の庭に病気を入れるとは何事だ!!」
「いえそんな!? ちゃんと疫病検査はしています! おいおまえ! お前はどこの担当だ!」
「ひっ!?」
無駄に体のでかい猿人系の男が小柄な少女を怒鳴りつける光景に、思わず皺が眉間に寄る。焦っているのだろうけど、情報を引き出すには明らかに逆効果だ。正直気持ちのいい光景とは言えないが、何が面白いのか責任者派閥の人間の中にはニヤケ顔を浮かべている者もいる。
「総監殿、こいつらは我々の派閥じゃありません。そうなると最下層だと思われます」
「最下層だと? ……もしや、以前の疫病が」
疫病? 何か病気に思い当たる節がありそうだな。いや、思い当たる節があるからこそあの腫れた腕を病気だと考え、同じような症状を持つ少女達に疫病を疑ったのか、よく見るとネズミおじさんの顔が少し険しく見える。
「あれか、まだ残っていたか……」
貴族のお付きも険しい顔を浮かべ始め、ヨウラの腕を掴んでいた貴族は危険物を投げ捨てる様に彼女の腕を離す。相当嫌な記憶があるのだろう事は、その所作だけで十分わかる。
これは使えるかな? ネズミおじさんがこちらに目を向け何か言いたそうだ。
「おいネズミ野郎! お前らは最下層だろ説明しろ!」
しかしネズミおじさんと話す暇なく猿人の男が怒鳴り声を上げる。何とも短気な男だと思うけど、こんなところで奴隷やってたらストレスも溜まるかもしれない。
「へへ、そんなに怒鳴らんでくださいよ。そいつらは最近体が腫れあがるってんで相談されてたとこなんですよ、なぁヨーマ?」
ネズミおじさんが手を捏ねながらこちらに水を向ける。明らかにいつもと態度の違うおじさんを見つめ返すと、そのクリクリした目でアイコンタクトを取って来るが、何を言いたいのかはわからない。解らないけどとりあえず分かった。
「ん? ああ、俺の知ってる病気にも似てたけど、なんだったかな? 汚染された魔素で弱ったところに潜在ウィルスが再活性化したのかもなって話してたところだよ」
「再活性化?」
俺のでっち上げた法螺話に猿人の男が怪訝な表情を浮かべるが、貴族の表情は真っ蒼に染まっている。一般人ならウィルスに関する知識なんて無くてもおかしくないが、貴族として必要な知識の中には必ず過去のパンデミックに関する情報が出てくるのだ。目の前の貴族が分からないわけがない。
その中でも厄介なのが潜在ウィルスの再活性化によるパンデミック、3つの惑星と5つコロニー、15の居住艦に蔓延して半数の人々を死に追いやった戦後初期の話は有名である。一般人でも少し勉強していれば知っているレベルの話で、それはウィルスを軽く見ていた人々中を飛沫感染と言う形で急激に広がったのだ。
「確か飛沫感染するやつだったか、結構しつこい上に長期潜伏するから撲滅は難しいとか言うのに似てるんだよな」
「ほんとかよ!? それじゃ俺らも……」
「かもしれないな……最新の消毒設備でもあれば別だろうけど、下層はもうだめかもしれないな」
俺を見上げるネズミおじさんが大袈裟に驚き、猿人男が後退り、貴族の付き人が慌てて貴族を引っ張り猫族少女から離れさせる。良い傾向じゃないだろうか、最悪熱消毒される可能性もあって背中の汗が止まらない。あと胃が痛いので、早くこの場を後にしてトイレに引きこもりたいです。
後でこの精神的苦痛はネズミおじさんに請求しよう。そう思っておじさんを見下ろすと、俺の気持ちに勘づいたのか顔を背けると、猿人の男に一歩足を踏み出すおじさん。
「なぁ俺達も上に行かせてくれよ? ほら娘っ子ならいくらでも持って行っていいからよ? まだ俺達は腫れたりしてねぇんだ」
おじさんが一歩踏み出せば二歩下がる猿人男と貴族たち、離れた場所にいる奴隷たちも後退る。
「ふざけるな!! 私の庭を汚染させてたまるか、すぐにこいつらを最下層に入れて外に出すな! 他の者も接触させるな!」
「は、はい!」
恐怖に耐えられず叫んだのはお貴族様、口元を服の裾で押さえると数歩後退って叫ぶ叫ぶ、そんなに叫んだら謎のウィルスを吸いこんでしまうかもしれないのに随分と大胆だ。でも普通に考えれば一番耐性の低い俺が先に感染して死んでそうなものだが、恐怖に支配された彼らにその判断は難しい。
そもそも奴隷の詳しい身体情報など頭に入ってないだろうから、判断自体不可能なのかもしれないな。
「すぐ上級病棟で感染確認をしましょう」
「ああ、くそ! どれだけ資源を無駄にしたら気が済むんだ。……ん? お前」
「え?」
お貴族様の癇癪に怯えた猫族少女達が何故か俺の後ろに隠れだす。そんなことしたら俺が、と思う間に俺が自然とお貴族様の前に押しやられてしまうと、俺を凝視する貴族の男。正確には俺の左腕を凝視し始めたのだが、これはあまり良くない展開の様な気がする。
「良いデバイスだな、それで勘弁してやる。よこせ!」
「え、あ、いやこれは止めておいた方が、曰く付きなので……」
完全に良くない展開だ。この貴族の爵位はどの程度のものなのだろうか、その爵位の程度によっていろいろと面倒なことになるし、家族にも迷惑が掛かるのでやめろください。
「うるさい! 抑えつけろ!」
「はい!」
「いててて!?」
「ヨーマ!」
いたいいたい!! 捩じ切れるから止めてくれ!? これだから獣系の種族は乱暴で嫌いなんだ。そうやって平気で人体を壊す様な行動を起こすから嫌われていると分からないかな。
「あぁ……」
「痛いってほら【解除】、これでいいだろ? 俺の腕を持ってかないでくれよ」
ボイスコード一つで外れるデバイスを慌てて追いかける猿人男。そりゃ貴族が欲した物に傷でも付けたら大変だろうから仕方ないとして、良く病気に感染しているかもしれない俺を掴めたなとも思う。いや、そこまで頭が回って無いだけだろうか、まぁなんにしろ困ったことになった。
後ろを振り向けば目に涙を浮かべている猫族少女の視線、そういう視線も心に来るのでやめてほしい。
「最初からそうしていればいいのだ。ほう、これはかなり良いデバイスだな、奴隷がこんなものを持っているとはな、しっかり調べておけ!!」
「は、ははい!」
与圧服着たまま放り出されたからな、確かに色々ザルな対応ではあると思う。猿人なだけにザルなのかもしれないな……早く与圧服を着たい、気のせいか寒くなってきた。
俺の様子を見ながらニヤニヤとした顔を隠そうともしない貴族、その立ち居振る舞いからとても高位の貴族には見えないが、それ以上にデバイスと言うものを見る目があまり良くないようだ。デバイスなんて外観を見ただけじゃ何もわからない。デバイスを詳しく知っている人間なら先ず内部データの確認を始めるはずだが、その解除コードも聞いてこない。
これは知ったか系の素人だな。
「これは、そうだな確かコンパスの御夫人がデバイスの収集をしていたはずだ。献上品に入れておくか」
コンパスの御夫人か、爵位がコンパスの夫人に対して丁寧口調を使うって事はそれ以下、キャプスタンならもうすこし砕けてそうだし、ボイラーかそれともアンクルか? 家と同じセイルでは無い感じがする。
しかし、デバイス収集癖がある貴族夫人か、家と付き合いがある人にも居るけど、そう言う人って結構多いのだろうか? 貴族社会にあまり顔を出す機会が無かったから良くわからん。良くわからんが、面倒事になるのが決定した。コレクターが貰った物を詳しく調べないわけがない。下手すると一発で見抜いてくるのがコレクターと言う変態である。
「ヨーマ、すまねぇ」
「ヨーマ様……」
それからあっと言う間に俺達は下層に向かう通路に追いやられ、目の前で隔壁を下ろされたのだが、その隔壁とは反対から複数の視線が刺さるのを感じる。
声付きで……。
「あぁいや、帰ろうか」
振り返れば申し訳なさそうにしょげ返った猫とネズミ。獣系の人間はその感情が耳とか毛とか髭にすぐ現れるのでわかりやすい。軍人とか警察になる獣系の種族は、まず最初にそう言った感情の表れをコントロールするところから始めるのだと、知り合いの犬系種族から聞いたことがある。
ちなみにその事を教えてくれた彼は、こんがり焼けた肉を前にすると尻尾が僅かに揺れる癖があった。
「さっさと帰れ! そして二度と最下層から出て来るな! 最下層への扉は封鎖する!」
そんな昔の懐かしい思い出に逃げていると、隔壁の向こうから怒鳴り声が聞こえてくる。どうやら俺達が下に戻ればさらに隔壁を閉じるつもりの様で、動かない俺達に苛立ち始めたようだ。隔壁の小さな窓から見える犬顔は、俺の知る犬顔と違って随分不細工な顔をしている。
「大丈夫かな……」
仕方なく歩き出せば、背後で次々と閉められていく隔壁。何枚目の隔壁かわからないが、思わず呟いてしまう俺にとっては、そんな隔壁よりこのお通夜モードの仲間たちの方が問題だ。それ以上に問題なことについては、考えると耐えられそうにないので今は頭から切り離しておこうと思う。
いかがでしたでしょうか?
デバイスを奪われたヨーマだが、なにやらそんなことより重要な心配事があるようで。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー