表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/11

第1話

 完全新作となる『旧式艦長ヨーマ』の一作目の一話目が修正等完了しましたので投稿します。


 是非これからいっぱい楽しんでいってね。



「ここでおとなしくしてろ、よっ!!」


「ぐぅっ!?」


 金属同士がぶつかる硬い音が狭い室内に反響する。


 室内には数人の男と、金属の壁に打ち付けられ金属の床に倒れ込む男が一人。それだけで狭く感じる室内には、弱者を見下ろし蔑むような笑い声が反響している。


「もう動けねぇのか、糞雑魚だな」


 倒れ込む男を蹴り上げた男は詰まらなそうに吐き捨て、もう一度男を爪先で蹴った。どうやら生きているかの確認がしたかったようで、うめき声を洩らす床の上の男に面白そうな笑みを浮かべた男は、重力を無視した様に逆立った髪を掻き上げた。


「売りもんになるんですか?」


「ならねぇことはないだろ? しっかし、その歳で輸送船の雑用とか人生湿気てんな?」


「ぅっ……」


 床に倒れ込んだまま呻くだけでほとんど動かない男は、輸送船で雑用のような仕事をしていたようだが、その仕事は年齢の割には合わないと言って笑われてしまう。


 見た感じ、言われるほど年を取っている様には見えない男は、どうやらこれから売られる運命の様で、小太りな男の問いかけに逆立った髪の男は眉間に皺を寄せてると、また爪先で床の男を小突き出す。その姿は手で触るのも億劫だと言いたげな様子で、男が呻く度に室内には笑い声が上がった。


「俺がお前くらいの時にはもう船長やってたもんだぜ? 何人も女を仕入れて一流の奴隷市場で売ったもんだ」


 気分が乗って来たのであろう、饒舌な逆立った髪の男は奴隷商であるらしく、床に転がった男と同じ年齢の頃にはすでに奴隷商として独り立ちしていたようだ。しかしその話を始める男の姿に、周囲は困った様な笑みを浮かべて、同じように笑みを浮かべた者同士で肩を竦め合い始めた。


「また船長の一人語りだよ」


「うっせ! もう少しありがたがれよ」


 どうやらこの奴隷商である船長の一人語りはよくある事なのか、そしてその一人語りに対して周囲は苦笑いが洩れる程度には迷惑がっているようだ。それでもその船長に付いてくる人間は多いようで、周囲の人間は思わず頭を下げ、首から下全身を覆う服の関節を鳴らしながら頭を掻く。その頭はずいぶんと個性に溢れた色合いで、肌の色も黄色ければ青い者もいる。


 そんな男達の後ろに居たのは、肌も髪もペールピンクで随分とお腹の大きな男。服もその体格に合わせて大きく膨らみ、黄緑色の服と言うのも相まって洋ナシの様である。


「すみませんねぇ女の仕入れはもうちょっと待ってもらって」


 その男は体を風船のように左右に揺らしながら前に進み出ると、横に大きな体を小さく縮めるようにして、逆立った髪の船長へと頭を下げてみせた。どうやらこの男が目の前の床に倒れた男を連れて来たようだ。


 そんな姿と態度が真逆の男の姿に顔を少し上げた床の男は、驚いた様に目を見開いて口を震わせた。


「せんちょう……」


「うるせえ! 口開いてんじゃねぇよ雑魚が!!」


 せんちょう、そう床の男が口にした瞬間態度が急変した洋ナシ体形の男は、ペールピンクの顔を真っ赤に高揚させて体格に見合った態度で床男の腹を蹴り上げる。


「ぐっ!」


 蹴り上げられた男は軽く床から飛ばされるとまたも金属の壁に打ち付けられ、跳ねるように床に叩きつけられると、鈍い音を頭から鳴らす。周囲には赤い水滴が飛び散り、床男の頭を中心に広がっている事から彼の血である事は明らかだ。


「おいやめろ、少ねぇ稼ぎが減っちまう」


「すみません、すぐ新しい奴仕入れますんでどうか」


 荒い息を上げながら顔を真っ赤にしていた男もまた船長と呼ばれる役職の様だが、逆立った髪の男との間には越えられない壁があるのか、注意されるとすぐに頭を下げて謝罪する。その謝罪は奴隷商の男の商品を傷付けたことに対してのものであり、床男に対しては一切興味のない声であった。


「早くしろよ? ……いや、こんな糞雑魚しか入ってこないならもう河岸を変えるか」


「今からですかい?」


 人の命などなんとも思ってなさそうな洋ナシ男の驚く姿を、奴隷商の男は目を細めて睨むように見下ろす。


 床男の居た地域は彼らが奴隷を仕入れる場所であるが、そこも最近では真面な奴隷が仕入れられなくなってきたようだ。収量が悪くなれば場所を変えるのは当然で、しかし今は時期が悪いのか小太りの男が少し驚いた表情を浮かべる。


「売り上げ落ちてるんだ。お前がどうにかできるのか?」


「それは……」


 時期が悪いと言ってもそれで儲けにならないのなら、いつまでも同じ場所で商売をしていても意味がない。そう吐き捨てるように話す奴隷商船長の問いかけに周囲は思わず視線を彷徨わせる。理由は不明だがそれほどに状況が良くない様だ。


「最後がこんな糞雑魚奴隷じゃ締まらねぇが仕方ねぇ」


 鬱憤を晴らす様にもう一度床男を蹴飛ばして踵を返す奴隷商は、苦しむ男に目もくれず、部下を引き連れて部屋を後にした。彼らが出て行くと扉は空気の抜けるような音と共に締まり、暗くなった部屋は冷たく重い空気と床男の息遣いだけが支配した。


「うっ……(どうしてこんなことに)」


 身を縮めて小さく声が洩れる床男は薄く目を開くと、色白の顔にかかった茶色い石のような色の髪の毛越しにロックランプが点滅する扉を見詰め、ぼやけた赤茶の瞳を閉じて小さく呟き、さらに腕を抱き込む様に身を縮めて何か小さく呟き眠ってしまう。


 寝息が支配する冷たい部屋、その異常な部屋の主となるより時は遡り半月ほど前、床男は自室に居た。





「頭が痛い」


 デバイスから音がするので手探りで引き寄せればもう昼、本日何度目かになる目覚ましの音だが、これまで何度鳴っていたか分からない。確か最後に覚えているのは……寝ようと思ってベッドに入った時に鳴っていたのを止めた気がする。


 あれはもう朝のアラームだったのか、最近はすっかり昼夜が逆転してしまった。仕事をしていた時はこんなこと一度も無かったんだけどな。


「昨日は少し無理し過ぎたか」


 点けっぱなしのパソコンに目を向ければ昨日の成果、いや今日の成果と言えば良いのだろうか。まだしゃっきりとしない頭がよくわからない場所でぐるぐると回っているけど、モニターに映された魔法式はスムーズに回っている。


 仮想モニタポッドにも異常はない。


 一月ほどかけて最適化した自信作の魔法式が、シミュレーション上で問題なく効果を発揮している姿は何度見ても良い物だ。早く実装させたいけど、注文したシールドアーマーが届かないからまだお預けである。家族を悲しませてまで最終手段を使うような魔法でもない。


「無理した割には仕上がりも良い感じだな、流石に深夜テンションだったから見直しは必要だろうけど」


 たまに何かが降って来ることがあるんだけど昨日はそれ、深夜テンションで閃くままに魔法式を弄繰り回した所為で朝になってしまったのだ。


 起き上がれば体の関節から折れそうな乾いた音が鳴る。まだ三十前半だと言うのに、こんな体じゃ兄さんや姉さんどころか父上や母上よりも早死にしそうだ。流石に家で一番の出来損ないとは言え、そんな迷惑はかけられない。


「おはよう、眠そうだねヨーマ」


「ドゥム兄さんは元気そうだね」


 部屋を出ると丁度ドゥム兄さんが居た。見上げた兄さんが手に持っているのは食べ終えたお菓子の袋がパンパンに詰まったゴミ袋。童顔の見た目も相まってお菓子好きの悪ガキにしか見えないけど、今年で50歳になる会社社長である。


 兄弟の中では一番よく話す兄でとても頭が良いけど、そのお菓子の袋をそのまま捨てたら絶対に母上が見つけて怒られると思うんだ。青灰色でふわふわな髪を揺らしながら、楽しそうに指でナイショのポーズをとっている姿が良く似合うけど、ナイショにする意味あると良いね。


「やっぱり実家は楽だからね」


「うん、まぁそうだね」


 実家はとても楽だ。仕事を辞めて実家に引きこもってもう3年目になるけど、本気でもうこのまま抜け出せないんじゃないかと心配になっている。でもこれまで組み立てて来た魔法式を使えば、出来損ないの俺でもまた一人立ちできると思うんだ。


 だるだるのシャツを着て前を歩くドゥム兄さんは、家族の中でも比較的実家に戻ってくるタイプだけど、他の兄弟姉妹は中々帰って来ないので、直接接する機会が少ない。その事が余計に焦りへと変わっているが、悪いのは俺なので何も言えない。


「そうだ、あれ今日辺りに来るはずだから受け取っておいてね」


「ほんと! やった」


「ふふ、そう喜んでもらえると頑張った甲斐があるよ」


 胸を張ってる兄さん、可愛いとしか言われない兄さんだけど俺にとってはかっこいい兄さんだ。困っている時に手を差し伸べてくれるのは大抵ドゥム兄さんである。どうしてタイミングよく助けてくれるのかと聞いたこともあるけど、兄力あにちからだとかいつもわけのわからない理由で煙に巻くので、そこは直してほしい。


 しかし最後の魔法式が完成したタイミングで届くなんて運が良すぎる。まるで図ったかのようなタイミングだけど、流石に偶然だろう。いくら何でも兄さんが魔法式の完成タイミングに合わせて来るとは思えない。


「今更だけど本当に良いの?」


「まぁちょっとは怒られるかもしれないけど、弟の為だ。でも無理しちゃだめだからね」


「わかってるよ。俺はスキル無いからね」


 嘘をついた。


 正直今回は少し無理をすることになると思う。でもそうじゃないと俺はこの世界から抜け出せないと思うんだ。


 兄さんから見せても貰った再生技術の試作シールドスーツ仕様書を見て、これは天啓だと思ったのだから仕方ない。スキルの無い俺はスキルのある人間に比べて圧倒的に脆弱、でも新しく発掘された技術によって試作されたシールドスーツは、そんな俺でも普通の人と同じようになれる可能性があった。


 だから今回は無理をする。


「焦らなくていいんだよ?」


「……うん」


 いつもと同じ返事を返すけど、焦らないわけがない。


 うちの家族で一番の出来損ない、家族は誰も責めないし、いつもその話になるとみんなで俺を庇ってくれる。いつも家族はみんな優しいけど世間はそうじゃない。家族が愛してくれるならそれでもいいと、そう思い込むことにした時期もあるけど、やっぱり駄目なんだ。みんなに誇れる自分でありたいと、心の奥からヘドロのような思いが沸き上がって来る。そのままではお前は死んでるのと一緒だと、這い上がれと深い所から声がするんだ。


「ドゥムシュ様、ヨーマ様、昼食が出来てますのでお早めに食堂に起こしください」


「わかった」


「ありがと」


 ナーナの声がする。


 製造からすでに百年を超えるインテロメイドである彼女は、今日もいつもと変わらない優しい声で話しかけてくる。母上が言うには、昔に比べたら随分と人間らしくなったと言う彼女は、機械技術と魔法技術によって作り出された存在であり、進化しない筈の存在だ。


 そんなインテロでも成長するのだから、俺に成長できない道理など無いのだ。きっと頑張りが足りないだけで、頑張ればいつか俺にもスキルが発現する日が来る。


「……これで、少しでも何か開けたらいいんだけど」


 そのきっかけになればと、今まで学んで来たことを実行する日が来た。


「とりあえず、お昼ご飯を食べたらすぐに募集確認しないと」


 今日は昨日より忙しくなりそうだから、後でナーナにエナドリを準備してもらおうか? 彼女にエナドリを貰おうとするといつも眉を顰められるけど、それでも最後には小言付きで出してくれるので優しい第二の母である。





「これが新装甲材か、見事だな」


 ナーナがダークブラウンの三つ編みを揺らし、ヨーマの要求に眉を顰めている頃、ヨーマの父親であるクールはとある研究所で小さく感嘆の声を洩らしていた。


 呟く彼の目の前では、防護ガラスの向こうで大きな板が低出力なレーザーに焼かれており、普通の人なら腕を切り落とされそうな威力をものともしない装甲素材には、妻のキニギも夫の隣で満足そうに微笑んでいる。


「はいお父様、仕様的に従来の装甲の内側に取り付けることになると思いますが、エネルギー兵器に対する耐久性を飛躍的に高めますわ」


 よく見ると、装甲板の裏側には光が幾何学模様を描いており、レーザーを受ける装甲表面には不可視の壁がレーザーと反応して幾何学的な波紋を絶え間なく広げていた。


 その装甲板について説明するのは、ベラタス家の次女でヨーマの姉であるシグズ・ベラタス。ふわふわとした長く赤味の強いストロベリーブロンドの彼女が嬉しそうに微笑むと、まるで少女のようにしか見えない。


「内側って事は、後付けは難しいわね」


「リニューアル部材としてなら売れると思いますけど、基本的に新造か、改修時の入れ替えになると思うわ」


 しかし小柄童顔なキニギと違って父親似の高身長を持つ彼女はスタイルも良く、そのアンバランスな容姿は不思議な妖艶さを醸し出しており、白衣を着こなすシグズは研究者らしい聡明な雰囲気も纏っている。


「よくやったシグズ」


 父親からの賛美に対して何でもないかのように微笑む彼女は、資料データが入れられた薄いタブレットをクールに押し付けるようにして渡すと、それまでとは違う達成感に満ちた笑顔を浮かべた。


「こちらはお渡しするのでお好きにどーぞっ、暇になる私はヨーマちゃんの為の研究を再開しますの」


「……今度は何をするつもりなの? 同じものだといくら優しいヨーマでも逃げるわよ?」


 ヨーマの為の研究と言う言葉に苦笑いを浮かべるクールは、キニギの問いかけに同調するように頷き、そんな両親からの視線にシグズはふわふわの髪の毛を一つにまとめながら話す。


「前のスキル発現補助薬は失敗したので、今度は外的に補助できないかと思って」


 シグズの説明に、クールとキニギは優しさと心苦しさが混ざった表情を一瞬だけ浮かべた。


 新興貴族であるベラタス家でスキルを持たない者はヨーマだけである。より大きな視野で見れば、スキルを持たない人間と言うのは、銀河系にその生存圏を拡大した人類の中でも随分と稀な存在であり、デザインクローニングにより人類が安定的に生産されるようになった現代では、スキル無しを生み出す方が逆に難しい。


「ほどほどにしてやりなさい」


「嫌ですわ」


 そんな中でスキル無しとして生まれ、ただでさえ死にやすいスキルが無いと言うハンデを負った体で立派に生きているヨーマはベラタス家の誇りであり、守るべき弱者である。特にシグズはヨーマを溺愛しており、彼女が研究職に至った理由は少しでもヨーマの為になる物を作りたかったからだ。


 尚、ヨーマ自身はそんなシグズを苦手としているのだが、彼女のことをよく知ればそれも仕方ないのかもしれない。



 いかがでしたでしょうか?


 明るい未来を求めた先はそれほど明るくないようですが、引き続きヨーマの物語を見て行ってね。


 目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ