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5 幽霊少女と英雄の出会い


 アスラン。

 フルネームぐらい知っている。


 アスラン・アルノルト・フォン・ジグマリンゲン。


 何でも、彼の母親はシャン大陸の隣の島、オノゴロ島の姫であり、そのため、少し変わった名前を持っているのだとか。

 漫画の中では、正義感と行動力にあふれた、今時熱血に近い、典型的なヒーローで、とにかく中心人物となって動くので、常に渦中の人である。


 確か、兄が一人いて、ジグマリンゲン侯爵家を継ぐのは彼なので、領地の経営は兄に任せ、自分はシュルナウで自由に暮らしているのだとか。そんな設定があったような気がする。


 どうしてなのか自分でもわからないが、その侯爵家の次男に会うと言うだけで、エリーゼは喉が詰まったようになり、胸が苦しくなり、肌がうっすらと汗ばんだ。


 緊張しているのが自分でもわかった。


 アスラン。救国の英雄。父の死のきっかけ……。


「ジグマリンゲン殿。ちょっと失礼……」


 ハインツが話しかけると、銀髪が揺れた。典型的な風精人(ウィンディ)のとがった耳。浅黒い肌。


 煌めく青空を思わせる、明るい意志の輝きが鮮やかな青となって、エリーゼの目に食い入った。

 まぶしいような印象を受けた。


 実際、強烈な印象を残す若者であった。カリスマとはそういうことを言うのか。一目見たら、忘れられない、その瞳、顔、オーラ、動き……全部。アスラン・アルノルトはそういう若者で、エリーゼは、不思議な事を考えた。


 存在するだけでそんな極端な明るいオーラを放つ彼に対して、自分は本当に幽霊のようだと。そして、幽霊の自分が、彼の隣に立ったりしたら、彼の存在に振り回されて焼け焦げて、死んでしまうだろうな……と。


 本当に、一目見ただけで、エリーゼはそう思ったのだった。


「アンハルト侯爵。お久しぶりです。お元気でしたか?」


 典型的な挨拶をしながら、アスランはさっぱりした明るい笑顔をハインツに向けた。


 ハインツは笑顔を返して、アスランと礼儀を兼ねた握手をした。


「ああ、領地で元気にやっている。今年は麦はまずかったがワインの当たり年になりそうでね。今度、ワインをそちらに回そう。エリーゼ、ご挨拶しなさい。ジグマリンゲン侯だ」


 黙って話を聞いていたエリーゼだったが、父にいきなりそういわれ、慌てて挨拶しようとして、舌を噛んだ。

 その間に父が言った。


「ジグマリンゲン殿。クラウス・フォン・ハルデンブルグの一人娘のエリザベート・ルナです。現在、私が引き取って育てています。この春から帝国学院の一年生に入るんですが……」

「ハルデンブルグ伯爵?」

 アスランはおうむ返しにした。

 その名前を聞くと、アスランの隣でつるんでいた若者たちも、一斉に、エリーゼを見た。

 3~4人いただろうか。人間が苦手なエリーゼは、身を竦めて一歩下がった。


「あのときの作戦の……そうですか。彼女が……」

 どんな作戦だったのかは、語られない。そういうことなのだろう。世の中、家族だからこそ、見たり聞いたりしてはいけないことがある。触れてはならないことがあるのだ。

 聞くべき時が来たら、恐らく、ハインツの口から父の死の事は聞かされる……エリーゼはそう判断していた。前世で、自分が姉を傷つけたのだから。


 アスランの視線が、エリーゼの顔に当たった。エリーゼは、黙って彼の目を見た。広い空を思わせる青い輝き。

 落ち着いてよく見てみれば、彼は、美形なんだろうと思う。だが、美形と言う言葉では表現しきれない何かがある。


「ありがとう。会えて嬉しいです。エリザベート」

 アスランは、その青い瞳を潤ませて、エリーゼの顔を見てそう言ってくれた。

 エリーゼは、それだけで十分だと思えた。


 色々勘ぐらなくても、父の死については、言葉通りに受け取ればいいだろう。


 アスランの左右にいた若者たちは、皆、興味深そうにエリーゼを見ている。アスランは公式設定では25歳のはずだが、皆それぐらいの年齢に見えた。

 ……というか、漫画に出てきた登場人物たちだったので、エリーゼはそれを知っている。


「あっと……紹介しよう。エリザベート、こっちが<ruby>甲<rt>きのえ</ruby></rt>・シュヴァルツ。アルマ様の護衛の忍者だ」

 もちろん、知ってる。

 茶髪にサングラス。確か、東洋の血を引く彼は、アスランと同じくシャン大陸の華帝国辺境の島の血を引く男で、自由自在に気配が消せる忍びということが特徴とされている。今日も、パーティに来るにしては地味な黒衣に身を包み、何気ないふりでアスランの隣に立っていた。

 関係性は確か……アスランのライバル。

「どうも。……ハルデンブルグ伯爵にはお世話になりました」

 (きのえ)は軽くエリーゼに会釈をした。エリーゼは会釈を返した。


「こちらがリュウ。青龍人(ドラコ)でとんでもない長命だが、気にしないでくれ。冒険者だが、気のいい男だ」

 次に紹介されたのが、青龍人(ドラコ)でその名の通り、龍を思わせるツノと尻尾を持つ、一見して二十代の青年だ。金髪に碧眼、冒険者として申し分ない長身の体躯を持つ。

 知ってる。

 確か、満年齢は100歳で、本名は(リュウ)俊杰(ジュンジエ)

 バハムート人にはジュンジエがジジイと聞こえてジジイと発音してしまう。そのことに猛反発して、リュウと名乗っているという設定である。

 確か、番外編のラノベがあるはずだが、のゆり(エリーゼ)はそれはまだ読んでいない。読むどころじゃない状況下で発売されたはずだ。


「リュウです。エリザベート嬢。王立学院で勉学に励むとか……早くこちらの生活に慣れる事が出来ればいいですね」

「あ、はい……」


「あとは(ユキ)。リュウと同じく冒険者でまだ若いが、伸びしろが凄くある。大戦でも活躍していたが、将来が楽しみだ」

 そんなふうに紹介されたのは、地獣人(モフ)にしか見えない少年である。

 狼耳と狼尻尾を持っているが、そんなに毛深くはない。つんつんした短い黒髪、瞳は琥珀(きん)色。

 確か設定上は、2~3代前に常人(オルディナ)の血が入っているということである。

 <ruby>甲<rt>きのえ</ruby></rt>の血のつながらないきょうだいで、いつも行動を共にしている。謎の多い存在だが、漫画ではその謎を小出しにしているため、彼らに関する事件の全貌は把握出来ていない。そんなことより魔大戦の作戦や戦闘に筆が割かれていた。

「どうもよろしく! ハルデンブルグ伯爵はすさまじかったよ。夫婦で獅子奮迅の働きだった。俺もあんな頼れる人になりたい。後で色々話を聞かせてね!」

 英雄のはずなんだがやたら人なつっこい。どうやら年も近いらしい。エリーゼは引きつり笑いを浮かべて、うなずくだけだった。


(恐らく、25巻で突入したラブコメ編が、この、(きのえ)(ゆき)のちらつかされてきた伏線の整理で正体が暴かれるような事件があるんだろうけど……今、魔大戦終了で、それこそ25巻あたり? どういう話になっているんだろう。こじれないで欲しいなあ)

 何しろ、25巻は読むには読んだが、内容をよく覚えていないのだ。

 女子が少年向けの、エロいラブコメ見ても、反応は薄い。


 どういうわけかこういうことになったのだが、コマの外で生き、コマの外で死んだモブの娘が、何をすればいいかというと、エリーゼはこういう風に把握した。

(でしゃばらない!)

 確か、伏線通りに行くのなら、アスランは皇家の三姉妹のうちの一人と結婚するだろう。

 王家にはイヴとマリという双子の姉妹、それと第一皇女のアルマがいる。その三人娘がこれから、英雄アスランを射止めるために戦闘状態に突入するのだ。

 そこにライバルキャラの(きのえ)(ゆき)の出自が絡まって、恐らくラブコメミステリー仕立て、かっこいい戦闘含みという漫画にはよくある話になるに違いない。

 そういう状況で、コマの外のモブの娘が突撃していって、面白い事になるわけがない。外野は面白いかもしれないが。


(でしゃばりません、モブはモブです。このまま印象に残るようなことはせず、さっさと退散しよう。お礼も言ってもらったし、挨拶もしたんだからおとうさまも気がすんだはず。それじゃ、さっさと帰る算段を……)

 と、言う思考回路で、エリーゼは「あ、はい」を繰り返しながら会話を切り上げ、ハインツにせかすような視線を投げて、その場はやり過ごした。


 ちなみに、バハムート帝国には人種がある。人種といっても、現代日本と同じ概念ではない。


 まず常人(オルディナ)。これが、現代日本と同じ体型と同じ特徴を持つ人間。知能、能力、現代日本に住む人類と変わらず、寿命は80~90歳程度である。


 次に、バハムート帝国の50%、特に上流階級を占める人種が風精人(ウィンディ)である。これは、日本のゲームによく出てくるエルフに似ており、多くは金髪や銀髪などの色素の薄い美形で、風を操る魔法に強い。また、青龍人(ドラコ)ほどではないが、常人(オルディナ)より長命で、長いもので300年ほど生きると言われている。


 リュウと同じ種族なのが青龍人(ドラコ)。ゲームで言うならばドラゴニュートだろうか。龍を思わせるツノと尻尾を持ち、水を操る魔法をよくする。中には鱗を持つものもある。魔力次第だが、魔法をよくおさめた青龍人は自身が龍に変身するという。平均寿命は500歳以上。長寿のものは千歳いくと言う。

 バハムート帝国では数が少なく、せいぜい人口の10%ほどしかいないと言われている。


 同じく帝国では希少種なのが、地獣人(モフ)(ユキ)の種族である。

 様々な獣耳と獣尻尾を持つ、獣人。そのせいか、昔は差別を受ける事もあったらしい。

 それが、なくなってきたのはごく最近の事。

 どういうことかというと、現皇帝と先帝の正妃が地獣人の姫だったのである。当然、生まれた娘たちも、風精人の特徴と地獣人の特徴を兼ね備えている。

 そのため、昔はしつこく残酷であったらしい、地獣人への差別は最近はほぼなくなったという話だ。そのことについてはエリーゼは学校で習った。


 何故に、先帝と現皇帝が、地獣人の姫を選んだかについては、魔大戦のさなかに明らかにされている。地獣人の姫だけが持つ、祝福と呪詛を自由自在に操る言霊の禁術があったのだ。魔族を撃退するには生半可な方法では通用せず、地獣人の姫に伝わる禁術を上手に利用して、帝都シュルナウ全体に防御結界を張り、魔族の侵入を阻み、その間に英雄たちが魔王を仕留めたという事である。漫画だけ読んでいれば。

 他にもいくつかの人種がこのアストライアに存在し、それぞれの文化と誇りを持って生きている。引きこもりのエリーゼは知らない事がほとんどだが。


 ちなみに、エリーゼは、帝国の上流階級では最もスタンダードな風精人(ウィンディ)である。銀髪も、色素の薄い瞳も、そのものだ。目立たないように生きようとするなら、上流階級に限るかもしれない。エリーゼは養父の思惑とは全く別に、英雄たちと関わるような事はせず、目立たずひっそりと暮らしたかった。もう二度と、騒動に巻き込まれるのは嫌だった。


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