紅蝕に交わる星剣の奔流、王家の血は夜明けを拒む1
湖畔の混乱が引きずるかのように、離宮の温室はあっさりと粉々になった。月の名残が薄らいだ夜空の下、奇妙な波動が辺りに漂い出す。冷たい風に舞う破片の中、ミオは古文書の断片を握りしめ、眉をひそめた。
「これ、ただの破片じゃない…双剣の謎がここに隠されている……」
彼女の論理的な声が、夜の静寂を切り裂く。前世の記憶を頼りに、ミオは星剣が二振り存在する可能性と、封印が曖昧である現状を鋭く指摘する。指先で擦り合わせた古文書は、今然とした封印理論の欠陥を暴いていた。
一方、暗闇の中でエランの腕輪に宿る呪印は、再び疼きを増していた。彼は壁際に立ち、うっすらと浮かぶ幽かな光を眺めながら、苦笑いを浮かべる。
「何だ、また俺の内側で宴が始まるか。こんな不遜な呪印、皆既月食の前夜にかましてみろってか?」
その皮肉交じる声には、内に秘めた不安と、どうにも笑い飛ばせない宿命への苛立ちが混じっていた。彼の横顔には、闇の力がじわりじわりと迫ってくる不穏な影が映し出される。
遠方、離宮の地下vaultにて、王女フィリスは重い扉に手をかけながら、ため息とともに決意を新たにする。体の可動域は狭まりながらも、古びた装置と散逸した文献に希望を託すように、彼女は足を踏み入れた。
「ここに残された手がかりがあれば、あの狂い咲く血の契約も、せめて混沌の全貌も、暴けるはず……」
その低く冷たい声は、近づく皆既月食の予兆を背に、一縷の光明を求める叫びのようだった。
突然、薄暗い通路にひときわ異彩を放つ人物が現れた。占術師カイム・ヴェルドール――その妖艶な微笑が、緊迫した空気すらも嘲笑うかのようだ。
「皆、耳を澄ませよ。紅い月の夜、一夜限りの紅蝕儀式が行われる……これが、貴様らの運命を左右する鍵となろう」
彼の声は低く、どこか滑稽でありながらも、鋭い予言を突きつける。騎士団員の一人が、半笑いで呟く。
「ふん、またお前のいかにも不条理な予言か。さすがにそれ、どうも怪しすぎるぜ」
そのやり取りに、エランは苦々しくも笑いながら応じる。
「怪しさを笑うな、馬鹿。これが現実に転じたら、俺たちは底なしの沼に引きずり込まれるだけだ」
混迷の中、ミオは冷静な眼差しを取り戻し、すでに次なる策を練ろうとしていた。温室の破片が示す闇の痕跡、古文書に秘められた数式――それらは全て、封印の不完全さと、王家の血に絡む陰謀の兆しそのものだった。
「この波動…黒い石の残留エネルギーと、星剣の二振り説が呼応している。もし本当なら、今夜が転換点となる」
ミオの呟きに、エランは苦笑いと嘆きを同時に浮かべる。
「お前の論理が冗談抜きで本物だと証明されるとでも? だが、俺はお前を守るために、そして何よりも自分の運命を笑い飛ばすためにここにいる」
その瞬間、離宮全体に不穏な気配が再燃する。宮殿の奥から、幻のような影が忍び寄り、次々と現れる薬莢の残像とともに、王家を覆う呪縛の真相が徐々に明らかとなろうとしていた。
グレゴリー率いる警戒隊の厳しい号令が、離宮の廊下に響き渡る。
「おい、みんな! そこの動き、監視下に置け! 謎の影がまた現れたぞ!」
兵士たちの鋭い声とともに、緊張感が一層高まる中、ミオは再び静かに宣言する。
「私たちは、この闇に潜む全ての謎を解き明かす。封印の痛みも、紅蝕の予兆も、理論で打ち砕くわ!」
その言葉に、エランは拳を固く握りしめ、鋭い眼差しで冗談交じりに応じる。
「さあ、運命の皮肉でも俺が暴いてやる。今日のところは――『ザまぁだ、運命』なんざ笑い飛ばしてやるぜ!」
激しい風が離宮全体を駆け抜け、月が僅かに紅く染まり始めるとき、ミオとエラン、そしてフィリスらは、血潮が燃え上がるかのような覚悟で、新たな一歩を踏み出した。
この夜、すべての封印が砕かれ、王家の血に宿る真実が暴かれる――
次の瞬間、闇と光の激突が、読者の心に衝撃の快感を轟かせるだろう。