月影に刻まれし方程式、崩れゆく封印の残響4
ミオは温室の奥、砕け散ったガラスの破片と闇に包まれた月下燐花の周囲に冷静な眼差しを向けていた。
薄明かりが不規則に揺れる中、論理魔術の符号を筆のように走らせ、古文書の断片と現実の儀式のピースを繋ぎ合わせる。
「星の剣――これが本当に解放の鍵なら、黒い石の波動と共鳴するはず」
そう呟くと、彼女の指先から淡く輝く符が宙に刻まれていく。
一方、温室の外ではエランが立ち止まっていた。
腕輪の呪印は月光を浴び、激しく疼き出し、幻視の中に己の未来を映し出す。
「またか……この苦しみ、実験台じゃねぇか」
彼は苦笑いと皮肉を交えながらも、必死にミオの元へ駆け寄る。
「お前の論理に頼るしかないが、俺はお前を守るためにここにいる。今夜、俺たちの運命がどう転ぶか、見届けようぜ」
突如、温室の扉が激しく叩かれ、闇の影が一斉に押し寄せた。
スペイラ率いる闇組織の手下たちが、月下燐花を狙い、黒い石の欠片と融合された魔術具を起動させ――
「ほら、見ろよ! これが闇の力の一端ってわけさ!」
低い嘲笑と共に、毒舌混じりの声が室内に響いた。
フィリスは慌てた様子で近くに隠れていたが、内心では王家の血が暴走する恐怖に引き攣れていた。
「まったく、こんな滑稽な演出で俺の血が騒ぐなんて……」
しかし、ミオの冷静な指示に導かれるように、彼女は次第に顔を引き締める。
「落ち着いて、今は手を取り合い、論理の力でこの暗黒を払拭するのよ」
瞬く間に温室内は大混乱と化した。
スペイラの手下が次々と襲い来る中、ミオは魔術の反転儀式を開始する。
「ふふ、予想通りのご立腹ね。甘い夢見てたもんには、ここで一発お見舞いよ!」
皮肉で冷たいその声に、周囲の闇がさらに艶やかに濁り、黒い石から不吉な瘴気が立ち上る。
エランは、幻視の苦痛とともに、痛みを顔に浮かべながらも叫ぶ。
「ミオ、俺の呪印が……もう限界だ! このままじゃ、俺たち、呪いに飲み込まれる!」
だが、彼の言葉に耳を貸す余裕はない。
彼は、劣情と焦燥を抱えながら、必死に剣を振るい、手下たちを薙ぎ払う。
「お前ら、俺の悪夢に付き合う気か? ざまぁだな!」という毒舌交じりの挑発が、まるで戦場の合図のように飛び交う。
温室の中心部で、ミオの魔術が頂点に達した瞬間、突如として大きな閃光が辺りを包んだ。
激しい轟音とともに、温室全体が震え、砕け散ったガラスの破片と混沌の中から、奇跡のように星の剣の輪郭が浮かび上がる。
「見たか、これが本物の力――闇を打ち砕く、光の証だ!」
ミオの宣言と同時に、温室内を駆け抜けるような光と影のダンスが始まった。
だが、その歓喜も束の間、スペイラの皮肉めいた笑いが闇夜に響いた。
「ま、こんなもんかと思ったのにね。お前らの頑張りがこんな結果で済むと思ってたら、ぜんぜん違うわ」
手下たちは、魔術具の暴走で体を変異させ、凄まじい暗黒の奔流に飲み込まれていく。
スペイラは、そんな混乱の中で、傷だらけの体を引きずるように逃亡を図る。
「私を捕まえられると思うなよ。これからの展開、存分に楽しませてもらうからな!」
その声には、何か裏切られた者の苦笑と、未来への執念が交錯していた。
グレゴリー率いる騎士団が必死に温室の周辺を取り囲む中、エドワードも地下回廊から走り出してきた。
「この混乱、俺の策で一矢報いる。王家の威信も、今なら取り戻せる!」
だが、彼の眼差しには、何か計り知れぬ不安が浮かんでいた。
「黒い石の呪縛が、俺たちに新たな試練を用意している……」
彼は独自の計算で、封印の起点を探ろうとしていた。
混沌の中、エランとミオは互いに顔を見合わせた。
エランは、腕輪の痛みに耐えながらも、真剣な眼差しで言う。
「俺は、呪印に囚われたままでも、お前を守り抜く。あの契約が何であろうと、俺たちは闇に抗わなければならない」
ミオは、冷静な微笑みを返した。
「私の論理魔術は裏切らない。これ以上の混乱を生む前に、星の剣と呪印の関係を解明し、次なる一手を打つのよ」
温室の破片と闇の瘴気が漂う中、星の剣の輪郭は刻一刻と鮮明になり、今宵の決戦が新たな局面へと突入する予感を漂わせた。
読者は、この激動の瞬間に酔いしれ、胸の高鳴りとともに「もう一話!」と叫ぶ衝動を覚えるに違いなかった。