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蒼星に裂かれし誓約、静寂を裂く夜の声2

離宮の夜は、易々とは眠らせない。月明かりが石畳に揺らめき、かすかな風が廊下に忍び寄る中、ミオは再びその謎に向き合う決意を固めていた。


 

前夜の大崩落の余韻が、未だ離宮全体に漂う不穏な空気となっていた。噂では、地下奥底から聞こえる囁き声が次第に実体を帯び、魔術の痕跡となって現れているという。ミオは、フィリスとゼオンと共に、薄暗い回廊を慎重に進んでいく。


 

「ここ……本当に何も無いわけないでしょ?」 

 

フィリスが低い声で呟く。手にした古代儀式書の一節が、彼女の瞳に異彩を放っていた。

 

「星の光と黒い石……私たちの血が結びつく――」 

 

その言葉に、ミオの心は鋭く反応する。前世の記憶と合理的な分析が、今この瞬間にも交錯するのを感じずにはいられなかった。


 

ゼオンは、薄笑いを浮かべながらも真剣な眼差しを隠さない。 

「いや、ミオ。こんな怪文書の文言、ただの戯言に決まってるだろう。だが、どうしても紛い物感が拭えなくてね」 

 

彼の皮肉混じりの口調に、ミオは軽く苦笑する。だが、内心は警戒を決して緩めるはずがなかった。


 

一方、エランは月光の下、遠く離れた場所で己の呪印と葛藤していた。満月が近づくにつれ、彼の内側では不穏な衝動が激しく疼き出している。腕輪に刻まれた呪印が、まるで自分の心を嘲笑うかのようだ。 

「くそ……また俺の体が暴走しそうだ。まるで、俺が意地悪な魔術の実験台にされた気分だぜ」 

 

そんな彼の呟きは、夜風に溶け込みながらも、ミオの耳に届いていた。彼女はその声の響きを、安心感と同時にやけに痛ましい葛藤の音として受け止める。


 

回廊の奥から、かすかな囁きが確かに聞こえる。人の耳に拾えぬほど低く、しかし不思議な磁力を帯びた声。ミオは足を止め、冷静な視線で闇を見つめる。


 

「誰かいるの……?」 

 

その問いに答えるものはなく、ただ空気だけが重苦しく沈黙を守る。だが、すぐに壁面に浮かび上がるような輝く魔術紋が、否応なくミオの注意を引いていく。その文様は、今までどこにも見たことがなく、古代の儀式書に記された“王家の血”と“黒い石”の融合を予感させるものだった。


 

「ふふ、これじゃまるで濃厚なロマンだな」 

 

突如、背後からエランの苦笑混じりの声が飛び出す。 

「ミオ、お前って本当に、理論だけでどうにかなると思ってるのか? だが、こんな夜中に何か探してる様子を見ると、俺はもう実験台として嫌われても仕方ねぇな」 

 

エランの毒舌に、ミオは軽く目をとがらせる。しかし、その眼差しの先には、確かな決意の光が宿っていた。


 

「エラン、いつもは滑稽な騒ぎとはいえ、今夜のこの現象はただの戯言じゃない。あの囁き、そしてこの魔術紋……全ては我々に何かを訴えようとしているのよ」 

 

彼女の声は冷静かつ鋭く、まるで闇そのものを切り裂く剣のようだった。エランは苦々しい表情を浮かべつつも、少しばかり興味深げな顔でその言葉に頷いた。


 

その時、遠く離宮の別の部屋から、フィリスが慌ただしく書庫を後にする足音が響いた。彼女は古代儀式書の断片を手に、何か重大な思いつきを得たようだった。 

「分かったわ……この謎の鍵は、星の剣に繋がっているのかもしれない」 

 

フィリスの声は、どこか焦燥と期待が入り混じった響きを持ち、離宮全体に新たな風を巻き起こす。グレゴリー率いる騎士団も、密かにスペイラの動向を探るために動き始め、離宮内外には一層の緊張感が走る。


 

ミオはその中で、己の論理魔術と科学的知識を頼りに、暗闇に潜む真実を追い求める。囁きの正体、古代魔術の秘密、そして王家に隠された禁断の儀式……。それは、一見して神話のような幻想にも思えたが、彼女の鋭い感性はその裏に潜む現実の危機を逃さなかった。


 

「今夜、私たちの歩む道は決して平坦ではない……だが、諦めるわけにはいかない」 

 

ミオは心の中で自らを奮い立たせる。そして、エランに向かって、少し辛辣ながらも決意を込めた声を投げかける。 

「エラン、あなたの呪印が暴走する前に、私たちが先手を打たねばならない。もしこの闇を解き放った者が、いまだ闇組織の駒として暗躍しているのなら……」 

 

彼女の声に、エランは苦笑いを浮かべる。 

「いや、ミオ。お前の突っ込みはいつも鋭いな。だが、俺もこの夜の闇に立ち向かう覚悟でいる。お前と一緒なら、たとえ実験台扱いになろうとも、面白おかしく切り抜けられる気がするぜ」 

 

その言葉に、ミオはわずかに頬を緩め、しかし心の中の炎は一層激しく燃え上がる。彼女は、論理と魔術が交差するその瞬間を待ち望んでいた。満月の輝きが、離宮の隅々に不気味な闇を投げかける中、次なる一手が刻一刻と近づく。


 

そして、回廊の果てから再び聞こえる囁きが、今度ははっきりとした断末魔のような調べとなり、離宮全体を包み込む。暗闇の中に浮かぶ魔術紋は、星々の光と絡み合い、未だ誰も解き明かせぬ謎を秘めた扉を開こうとしていた。


 

ミオは、エラン、フィリス、ゼオン、そしてグレゴリー―――各々が抱える葛藤と使命を背負いながら、今一度先へと歩みを進める。離宮の夜は、激動のアクションと謎に満ちた戦いへと我々を誘う。その先に、読者にとってのカタルシスと歓喜の瞬間が待っていることを、彼女は直感していた。


 

「来たれ、闇の真実。今夜、私たちはこの謎を解き明かしてみせる!」 

 

月光が最後の証人となり、離宮に響く囁きと再燃する疑念――新たなる戦いの幕が、今、確かに上がろうとしていた。

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