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漆黒の転生を祝す夜、暴かれし契約の真実3

まばらな月光の下、離宮の一角でさらに深刻な崩落が起こったのは、その数刻後のことだった。


ミオたちが前の騒動を収めようとしていた矢先、遅れて到着した騎士団の一団が険しい顔で駆けつけてくる。瓦礫に阻まれた通路の先から響く衝撃音が、嫌な胸騒ぎを煽っていた。


「まったく、余力ゼロの状態で第2ラウンドは勘弁してほしいわよ」

ミオは思わず天を仰ぐ。先ほどの破壊活動の余波か、それとも何者かの故意か――真相を探りたい気持ちは募るが、エランの状態を考えると手分けせざるを得ない。


エランは壁にもたれかかり、相変わらず腕輪を握りしめていた。浅い呼吸で火照った頬をかすかに歪める姿に、ミオは苛立ち混じりの不安を抱く。

「無理するなって言っても、どうせ言うこと聞かないでしょ。意地っ張りが」

「君に言われたくないが…まあ、今は意地張るしかないんでな」

相変わらずの捻くれたやり取りに、グレゴリーが「はいはい」と苦笑を漏らす。その足元には気絶した兵士が二、三人ほど倒れ込んでいて、騎士団長は救護班に合図を出しつつ現場の把握に奔走している。


そこへ、思いのほかすっきりした表情で走り寄ってきたのがセシリアだった。血相を変えた護衛をなだめながら、要領よく周囲を仕分けている。「あっちは足場が崩れそうなので迂回を」「ここの動ける人は搬出口を確保して」と淡々と指示を飛ばす姿には、いつもの天然っぽさは微塵も感じられない。


「…なんであの子、いちいち的確なの? しかも自分じゃ『あたし大したことないです』ですって顔してるし」

あまりの有能ぶりにミオが呆れ半分で漏らすと、近くの騎士が「セシリア様がいると仕事が倍はかどるんですよ」としみじみ語る。どうやら本人だけが自覚なしという、もはや典型的なパターンらしい。


フィリスはというと、先刻のショックで完全に昏倒していたが、今は応急処置の甲斐あってか、うっすら目を開け始めた。心もとない声で「まだ頭がひどく重いわね…」と言いながら、どこか陰りのある瞳を巡らせる。

「大丈夫ですよ、姫」

セシリアが柔らかい口調で励ますと、フィリスは少しほっとしたように息をつく。けれど、その傍らに立つエドワード王子は、王家の威厳をアピールしたいのか、焦燥を募らせるように眉を寄せている。


「このままでは王国の体面に傷がつくだけだ。今すぐにでも強行策をとるべきだ」

そう声を上げても、あたりには激しい魔力の乱れが渦巻き、満月が近づくにつれ状況は悪化するばかり。へたな手出しでさらなる崩壊を招くリスクを考えると、王子の提案は騎士団長にもゼオンにも却下されてしまう。


「……何か、妙な嫌な空気が漂ってますね」

ゼオンが魔術測定器を睨みながら言うと、クラディオがすかさず口を挟む。

「このあたり一帯に黒い石の欠片が散らばっているからねぇ。放っておけば、面白い“変化”を見せるかもしれないよ?」

「言い方がいちいち気味悪いのは相変わらずね。あんたのその実験欲、ほどほどにしてもらえる?」

ミオが眉間に皺を寄せる。本当はこの錬金術師めがけて毒舌を連射したいくらいだが、事態の深刻さを考えるとそうもいかない。やることが山ほどあるのだ。


そんな重たげな空気を、セシリアはまたしても軽やかに仕分けしていく。

「まず負傷者を安全地帯に運び込んできます。王子様、そちらの隊員さんを少しお借りしますね?」

「え、あ、ああ、いいだろう」

エドワードは面食らったように一瞬口ごもったが、すぐに護衛数名を派遣する。セシリアが小さな笑顔とともに軽く頭を下げると、隊員たちは指示を仰ぐでもなく自然に動き出した。


「うわあ、このままじゃ本当にあの子が離宮を仕切ってるみたい」

ミオは溜息交じりにぼやき、エランは「まったくだ」と微妙な笑みを浮かべる。普段は役に立つのか立たないのか判別しづらい怪人物が多い現場だけに、セシリアの安定感は不思議と頼もしく、そしてどこか可笑しい。


だが、何もかも順風満帆にいくわけがない。腹立たしいほど静かに侵入してくる“黒衣の残党”がいるからだ。離宮の高い塀を回り込むように姿を隠し、こちらの防御体制を探る気配がある。耳を澄ませば、かさりとかすかな衣ずれが聞こえるような気がした。


「スペイラも絶対にどこかにいる…」

フィリスはまだ身体を起こし切れないまま、ひどく鋭い瞳をちらつかせる。彼女が断続的に覚醒と眠気の狭間を彷徨いながらも言い切る様子に、誰もがこの先の危険を感じ取った。


「どうやら満月の夜に向けて“次なる儀式”を用意してるそうじゃない」とクラディオが涼しい声で言ったとき、グレゴリーが低い唸り声をあげる。

「巫山戯やがって。王家を狙う連中には、こちらも容赦しない。だが、今のこの混乱に乗じられたら厄介だ」

「厄介も何も、厳戒態勢どころじゃないからなあ」

エランが眉をしかめるより早く、ミオは回廊の崩れた下を覗き込んだ。そこには黒い石の欠片が淡く脈打ち、底知れない闇の余韻を醸し出している。


(あれと月光が関係している?)

脳裏をよぎった考えが新たな疑問に変わる。王城地下にも何かが潜んでいるという噂。月光に呼応する力。もしすべてがつながっているのなら…下手をすれば離宮まるごと飲み込まれそうだ。


「また頭痛くなる話ね。でも、ここまで来たらとことんやるしかないわ。誰かがざまぁみろって泣くまで叩き潰す」

口調こそ辛辣だが、まるで自分自身を奮い立たせるようにミオは言い放つ。エランが「暗い情熱だな」とかすかに笑ったが、その笑みの裏にある焦燥は隠せない。


「さっそく調べましょう。あの地下に繋がるルート、あるはずよね」

「了解。俺も兵を回す」

グレゴリーが頷き、ゼオンやクラディオまでもが面倒くさそうにしながら合流してくる。


視線を移せば、セシリアは負傷者の手当てを一段落させたようで、今度は崩れかけた石段を小走りで駆け上がってきた。その動きの正確さと、自然と人を巻き込みながら作業を進められる才能には、やはり周囲も驚かされるばかり。その姿があまりにさりげないので、ミオは再び妙な敗北感を覚える。


「よし、セシリア。あんたのその神がかった効率で、離宮地下とやらの地図をざっと洗い出してくれない?」

「はい、了解です」

素直な返答と共に、彼女は壊れた壁の脇にあった古い記録簿を見つけて開き始めた。教えられたわけでもないのに手際よく情報をまとめていくあたり、まったく恐れ入るしかない。


ゆらゆらと民衆の動揺が広がり、兵たちが暗闇に目を凝らす。フィリスの息がまた乱れ、エドワード王子の額に汗が滲んだ。だが、その場の中心で地図を指すセシリアには、ほんの少しの迷いも感じられない。


「皆さん、こっち側の回廊を下に降りた先に、封鎖状態の扉があるようです。もしかしたら、それが地下への道かも」

「おお、助かるわ。さすが無自覚有能」

ミオがつい本音を漏らすと、セシリアはきょとんとして首をかしげる。それでも一切手を止めることなく作業を続ける姿に、周囲は苦笑しながらも不思議と希望を取り戻していく。


浮ついた安心は禁物、と分かってはいる。だが、このまま黙っていても黒衣の連中が勝手に退いてくれるはずもない。ならば先に攻め入るのみ。

空と地底の両方から迫る不穏な魔力、縛りつけるように蠢く黒い石。それらを討ち破るには、今いるメンバー全員が最大限に動くしかないのだから。


「じゃあ、行きましょうか。満月まであとわずか。スペイラには絶好の舞台を与えたくないしね」

ミオが皮肉げに笑ってから、目線をみんなに配る。エランは少し動揺を隠せなさそうだが、頷く気概は十分。フィリスも懸命に立ち上がり、エドワード王子は不安を残しつつも「王家の力を侮るなよ」と自らを鼓舞するように声を放つ。


そして、先導役となったセシリアの地図指示をもとに、一行は傷だらけの廊下を進んでいった。亀裂が走る床を踏みしめるたび、胸に息苦しいほどの緊張が込み上げてくる。


だが、それを押しのけるように、夜の闇を貫く決意がそこにあった。離宮を覆う混乱の幕はまだ降りない。むしろ、一層激しく燃え上がるように、彼らの心を震わせ続ける。


次に何が起こるのか、それは誰にもわからない。けれど――このジェットコースターじみた展開を降りるつもりなど、もはや一人もいないのだ。

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