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漆黒の転生を祝す夜、暴かれし契約の真実2

ミオは浮遊庭園の残骸をひょいとまたぎ、崩れかけた回廊へ視線を走らせた。先ほどまでの慌ただしさは一段落したものの、離宮各所ではまだ不安の残滓が漂っている。


「ええと、そっちは大丈夫?」

たたきつけられた天井片をひっくり返しながら、セシリアが呼びかける。被害状況を確かめる彼女の動きは相変わらず流れるようで、疲れ切った護衛たちですら「有難ぇ…」と小声で漏らしていた。


ミオは小さく息をつき、そばで座り込んでいるフィリスに声をかける。

「どう、まだ頭がぼんやり?」

「…ちょっとだけ震えが残ってる。でも、落ち着いたわ」

青ざめていた顔色もいくらか戻り、闇に飲まれそうな王家の気配もようやく沈静化している。もっとも、あちこちで倒れ込んだまま微動だにしない騎士や職人たちがいる状況は変わらず。余波はまだまだ続いているようだ。


そんな中、ゼオンがあらたに調整した魔力測定器を広げ、周囲の歪みを探り始めた。その横では、セシリアが懐から取り出した手袋をさっとはめ込み、計器の微調整をてきぱき手伝っている。ゼオンが感心したように鼻を鳴らすのを見て、ミオはくすりと笑った。

「あの子いっぱい引き抜き話くるだろうな…当人にその気があるのかは謎だけど」

「言うな、下手に持ち上げたら『私大したことないですよ』とか抜かしてふらりと消えそうだ」

ゼオンが苦笑まじりにぼやいたのを耳にし、ミオは内心頷く。セシリアがいれば作業は劇的に早まるのに、どうも本人は意外すぎるほど無自覚だ。


「そっち、まだ何か反応あるか?」

離れた通路側で下見していたグレゴリーが声を張り上げる。彼の背後には、腕に怪我を負った護衛十数名が傷を抱えながら立っている。どうやら闇組織の残党が再び襲ってくる様子は今のところなく、目立つのは散乱した黒い石の欠片くらいのようだ。


その欠片を拾い上げているのが、例のクラディオ・キルシュバウム。ついさっきも「あれは扱い次第で世界が変わる!」などと大仰な発言をして、ミオを呆れさせたばかりである。本人いわく“興味深い実験素材”らしいが、周囲の懸念は尽きない。


クラディオはスカした笑みを浮かべると、きらりと輝く破片を弄びながらゼオンたちのほうへ猫背で近寄り、

「研究しないのはもったいないよ。ここには古代の魔術装置が息づいている。無駄に壊すより、使いこなす道を探るのが賢いだろう?」

と軽口を叩く。ゼオンは「勝手な真似ばかりするな」と鋭く返すが、クラディオはひらひら手を振って取り合わない。


「あなたの小賢しい錬金術とやらで手を出せば、大爆発しても知らないわよ」

ミオが嫌味っぽく警告すると、クラディオは目だけを細めて薄ら笑う。

「アドバイス感謝する。ま、その時は一緒に吹っ飛びましょう?」

「ごめんだけどパス。そっち単独で勝手に五体満足を失ってもらって構わないから」

悪意をこめたキレのある応酬に、ゼオンが「ほどほどに…」と苦笑混じりで割って入る。すると遠巻きで作業を見ていた騎士たちが、「さすが公爵令嬢、容赦ねぇ」「ざまぁすぎる」とこそこそ笑い合い、微妙に淀んだ空気が少しだけ緩んだ。


一方、その空気をピリリと引き締めたのはセシリアだった。楽しい毒舌合戦にまぎれず、着々と救護と調整を続けている彼女は、思い出したように声をあげる。

「動ける人は離宮の裏庭にも亀裂が広がっていないか確認をお願いしますね。できるだけ少人数で」

騎士たちは自然と「了解!」と答え、なぜだか一瞬で散開した。まるでセシリアの指示が軍師の号令だったかのように、皆が最適なポジションに散らばっていく。ミオが目を丸くすると、グレゴリーがポツリと呟く。

「単に声かけてるだけなのに、あの娘に任されると人がスッと動くんだよな…」

「そうなのよね。変に威張らないし、的を射たことしか言わないし、無自覚なくせにやたら有能」

ミオが意地悪な笑みを返すと、グレゴリーも「そのうち俺らが頭が上がらなくなるかもな」と困ったように笑った。


エランはそんな様子を少し離れた柱のかげから見守っていた。相変わらず呪印の衝動が残るらしく、時折息を詰めるような表情になるが、ミオと目が合うと微かに頷く。

「変な痙攣は少し収まった。せっかく助けてもらったからには、無理がきかないなりにやるしかない」

「そりゃまあ、いつもの自信家のあんたがしおらしく横になってるのは似合わないってもんでしょ」

軽く皮肉を混ぜた励ましに、エランは苦笑をこぼす。どこかぎこちない姿だが、かすかに腕輪を握る手に力がこもった。まだ捨てたもんじゃないという意思表示だろう。


「ふん、みんなで気合い入れてるけど、スペイラはどこかで次の悪巧みを練ってるはずだわ」

フィリスが唇を噛みながら周囲を見回す。立ち上がったとはいえ、その不安定な瞳は“王家の力”の闇を抱えきれない葛藤を映している。満月までもう時間がない。一刻の猶予も許されない、その焦りが庭園に立ちこめる空気を重くしていた。


しかし、こんな状況でも塞ぎ込んでいられないのが現実だ。ミオは地割れを避けるように大股で通り、なるべく明るい口調で言う。

「じゃあ、ざっとまとめるわ。まずは黒い石の欠片が広範囲に散らばってる現状を把握する。同時に離宮の地下へ潜れそうなルートを探して、スペイラと闇組織の足取りを追う。錬金術師の妙な実験を阻止するのも忘れずに」

まとめて列挙してみただけで、胃が痛くなりそうな数だ。けれど、フィリスもグレゴリーもゼオンも、「了解、やるだけやる」と静かな闘志を燃やしている。その中心で、セシリアはあれこれ見事に段取りをつけており、実働部隊のひとりひとりが見失いがちな役割を補うかのように細かく動く。


「なんか努力家が多くて息苦しいな。唯一の救いはセシリアの天性のマイペースっぷりかも」

ミオが賛辞とも皮肉ともつかない独り言をこぼすと、当のセシリアは振り返らずにひらひら手を振っている。どうしてか、その姿にささくれ立った心が少しだけほぐされるのが不思議だ。


ぽっかりと空いた亀裂の向こうに、ちらほらと見え隠れする不穏な光――黒い石の脈動は確かに気味悪い。だが同時に、大きく裂けた穴を通して地下へ侵入する影の噂も現実味を帯びていく。スペイラがどれほどの力を得るのか、あるいはクラディオがそこを好機と見るのか。それとも“本当の黒幕”なる存在が、この混乱を笑って眺めているのかもしれない。


「時間は有限だけど、やるべきことは山積みか。どっから手をつけても地獄だね」

ミオが自嘲混じりに呟くと、フィリスはそれに頷きかけて、急にふっと口角を上げる。

「意外と、地獄のほうが性に合う人が多いのかも。私も含めてね」

その薄い微笑に、かすかな決意がにじむ。眼下の宵闇を見つめる横顔が、今まで以上に覚悟を秘めているように感じられた。いっそ悲壮感など笑い飛ばしてやる、と言わんばかりに。


「じゃ、やるわよ。全員、綺麗にまとまって泥沼の先へ踏み込んでやろう」

ミオが高らかに宣言すると、グレゴリーは「かっこつけやがって」とニヤリ。ゼオンは軽く肩をすくめ、エランはふらつきながらも腕輪を握って答える。フィリスは目を閉じ、セシリアは相変わらず邪念のない表情で道具を整理しているが、その手付きに一分の隙もない。


ここから先は、さらなる暗躍の連鎖が待っている。満月が射す夜まで時間がない以上、遠回りは禁物だ。もし世界を呑み込むほどの黒い闇が渦巻いているのなら、思い切り切り裂いてしまうしかない。


ミオは深呼吸をし、足元の瓦礫を蹴り飛ばすようにしゃがみ込むと、かすかに脈動する欠片を睨みつけた。

「どいつもこいつも、噛みつく気満々みたいね。ならこっちも、牙を研いで応えてあげるわ」


そして、離宮のさらに奥へ。ひび割れた床の隙間から、一層冷たい風が吹き抜けてくる。周囲にいる仲間たちだけが、かろうじて温もりを生む灯火のようでもある。そんな心地よい連帯感を背中に受け止めながら、ミオは進む先を見据えた。


もう迷いはない。たとえ闇組織がどれほど陰険に絡みつこうと、黒い石の呪縛がいかに深かろうと、ここにいる面々なら乗り越えられるはずだ。浮遊庭園を揺るがした余波を力に変え、今度こそ仕掛けを逆手に取ってみせる。それこそ、圧倒的な“ざまぁ”をあの連中に叩き込むためにも。


閉ざされた古代の秘密か、“真の黒幕”か、どんな相手が待ち受けていようが構いはしない。セシリアがそっと見せる無邪気な可憐さが、逆に全員を戦うモードに引き上げているのだから。


「もう一歩も引き下がらないわよ。上等じゃない、やってやる」

ひび割れだらけの回廊を踏みしめ、ミオは唇をきゅっと引き結ぶ。続いて仲間たちも意を決した表情で顔を上げる。遠くビリビリと軋む石の音に紛れ、スペイラの残り香か、あるいは黒い影の気配がちらついているのがわかった。


けれど恐怖より先に、鼓動は高鳴る。次に何が起ころうとも、こちらから仕掛け、叩き潰すしかない。そう決めてしまえば、むしろ血が燃えるような快感さえあるのだ。まさにジェットコースターのような起伏を振り切りながら、ミオは先陣を切って声を張り上げた。


「みんな、行くわよ! ここからが正念場なんだから!」


――こうして余波は新たな波紋を呼び、暗躍する影がまた一歩近づいてくる。だが、離宮に集う者たちの決意もまた、より強固に鍛え上げられつつあった。追いつめられれば追いつめられるほど、この怒涛は加速していきそうだ。次に何が起きても、もはや誰も後戻りできないのだから。

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