月蝕の庭に哭く理と激情の狂瀾1
満ちかけた月が、夜の廊下に鋭い陰を落とす。満月までの猶予がますます短くなるなか、作戦会議の部屋には時間を惜しむような緊張感が漂っていた。
「まずは地下書庫への狭い道を調べる。おそらく結界の変質も、そこに答えがあるわ」
ミオが率直に提案し、壁に貼り出された地図を指し示す。視線を追うのはゼオンとグレゴリー、そしてセシリアだ。エランは腕輪の痛みに呻きながら椅子を占拠し、今にも苛立ちを爆発させそうな顔をしている。
「けどさ、まともに歩けるのか?」
鋭い声に振り返ると、グレゴリーがエランの具合を気遣っていた。騎士団長としては、満身創痍の味方を連れ回すのは本意でないのだろう。
「べつに倒れたらセシリアが担いでくれるさ。ほら、あの子、たいがい何でもこなすから」
ミオがからかうように言うと、セシリアが目を丸くして叫んだ。
「い、いえいえ! そんな大それたこと、私にできるわけ──」
「できるから言ってるのよ。ほら、騎士団の配置換えに物資の管理まで一気に片づけたじゃない?」
「そ、それは…仕方なく…」
セシリアは顔を赤くするが、周囲の視線はまるで「いや、あれ普通に凄かったぞ」と語っていた。あまりの仕事ぶりに唸らされた者は少なくない。彼女だけが真価を自覚していない様子だ。
「じゃあ、君がエランを抱えて地下書庫まで突撃するってことで決まりだな」
グレゴリーが茶化すように肩を叩くと、セシリアは「それ絶対無理です!」と悲鳴を上げる。だが彼の言葉は半分本気で頼りにしているようにも見えた。
「ま、担いでいくのは絵面的にあやしいけど、いざとなったらお願いします」
エランまで皮肉っぽく言うから、セシリアは頭を抱えてしまう。なんともお気の毒だが、当人が有能すぎるのだから仕方がない。
そのとき、ゼオンが目を伏せて低く唸った。
「離宮の深部には“月蝕の儀式”に利用されかねない仕掛けがある。結界に穴が開いた状態では、スペイラ一味が使い放題だ。その前にこちらが先手を打つ必要がある」
「あの女が、王家の血や闇術を好き勝手かき回すところは見たくないわね」
ミオは唇を尖らせて地図を睨む。わずかでも手遅れになれば、フィリスも王都も巻き込まれかねない。
「けど、地下の崩落があちこち広がってるんだろ。無事にたどり着くにはどうする?」
グレゴリーが苦い顔で訊ねる。セシリアが首をかしげながら、すぐに地図に指を添えた。
「この非常口ルートを設営すれば、人が通れる幅くらいは確保できます。資材を集めて何とか補強して…ええと、あっちの通路に回せば簡易橋が作れそうです」
たたみかけるようなセシリアの指示に、騎士たちは「それだ!」と膝を打つ。本人が「こんなのでいいのかな…?」と不安顔でも、周囲は自動的に言葉を信じて動き出す。
「ますます助かるな。おまえさん一人で何役こなしてる気だ?」
グレゴリーが苦笑すると、セシリアは「もうどうしよう…」と瞳を潤ませた。ミオはその胸中で「ざまぁね、できちゃうから仕方ないわよ」とにやりと笑う。
「よし、準備が整ったら即出発だ。月蝕までもう時がない。行くわよ、エランも」
ミオが勢いよく宣言すると、エランが椅子から立ち上がりかけて、また腕輪を押さえて崩れ落ちる。
「…痛ァ。ち、ちくしょう、ざまぁされた感じだな」
「ええ、そのまま転がってたら?」
「黙れ…でも行く。そこに謎と闇があるなら、俺は絶対逃げたくない」
負傷してもなお意地を張るエランに、ミオは呆れながらも一抹の安心を覚えていた。どんなに不穏な夜でも、仲間が這いつくばってでも前進する気概を見せるなら、届かないものなどないはずだ。
セシリアが最後まで不安げに目を伏せる中、皆は立ち上がり、次の戦いへ向けて歩を進める。月の光が細く射し込む廊下には、胸を焦がすような妙な期待が満ちていた。
崩壊しかけの地下書庫に向かう一行。それぞれの思惑が絡み合い、遅かれ早かれ、スペイラたちの暗躍と正面衝突することは避けられない。
「準備はいい? 私は今度こそド派手に蹴散らす気でいるわ」
ミオは凄まじい闘志を滲ませ、エランは応えるように笑う。
「ああ、痛くたってやってやる。今度は俺たちが奴らをざまぁって言わせてやる……いや、逆かな?」
「どっちでもいいけど、後悔だけはさせないわよ」
廊下の向こう、夜風にかすれた足音が遠ざかる。満月まであとわずか。この足取りが、激しくも痛快な結末へつながると信じながら、一行は闇の底へと身を投じる準備を整えていくのだった。




