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宵闇に揺れる幻惑と囚われの真実 2

フィリスを離宮の小部屋に移した後、私は手早く結界代わりの呪文を張る。騎士団員たちが入り口を固めているから、ここでならとりあえず命の危険は薄いはず。もっとも、この騒ぎに乗じて別の怪しい奴らが侵入してくる可能性は否定できないけど。


「眠り薬使う手もあるけど……彼女の頭の中まで幻が入り込んでる以上、あんまり乱暴なことはしたくないわね」

ぶつぶつ言いながらフィリスの額に手を当てると、微熱どころか熱帯夜みたいに熱い。何を見てこんなに苦しんでいるんだか分からないけど、早く手を打たないとダメそう。

エランが私の隣で険しい表情のまま腕輪をいじっている。彼のイライラ波動がびりびり伝わってきて、ちょっと鬱陶しい。


「エラン、そんなに腕輪握りしめてどうするの? まさか投げつけるわけじゃないでしょうね」

「投げないよ。でも、これさっきから微妙に反応してる。何かが近くで魔力を揺らしてる気がするんだ。あまりいい予兆じゃない」

「ふうん。まあ、嫌がらせなら受けて立つわよ。私だってそういうの慣れてるから」

「……あのさ、君、もうちょっと自分の身を大事にしようとか思わないの?」

「ない。なぜならこの興奮、たまらなくゾクゾクするから。フィリスは気の毒だけど、謎が深いほど私の研究欲は燃えるのよ」


そう言うと、エランはほんの一瞬あきれたみたいな顔を見せて、それでも視線をそらさない。やれやれ、子供じみた嫉妬で私を引き留めたいんなら、もっと可愛い態度を取りなさいっての。


「とにかく僕は少し外に出る。新しい手がかりを掴めばフィリスの症状改善にも役立つはずだ」

「あら。私の独り占めをしたがるわりに、ずいぶん積極的に仕事するのね」

「それとこれとは別だよ。君の役に立ちたい。……それが僕の“試金石”としての義務でもあるから」

「そこに恋心的な何かはないわけ? まったく若造め」

軽口を叩くと、エランは何か言いかけて唇をぎゅっと結ぶ。そうやって感情を飲み込むあたりが彼の面倒なところだ。ま、私もそんなに素直じゃないけど。


エランが部屋を出るタイミングで、ゼオンがひょっこり顔を出した。王宮魔術師にしては、なんだか遊び人みたいな不真面目そうな表情だ。だけど、この人の脳内は常に難解な真理を追いかけてるらしく油断ならない。


「いやはや、こんなに荒れた現場は久しぶりだね。フィリス姫は? ああ、なるほど、相当やられているみたいだ」

だらしなく口を開けつつ、彼は目だけは真剣にフィリスを凝視している。私は簡単に今の状況を説明した。


するとゼオンはおもむろに段ボール箱みたいな古臭い小箱を取り出し、中からボロボロの羊皮紙を広げてみせた。

「実はね、地下書庫でこれを見つけた。どうやら古い幻惑術の理論書から剥がれ落ちたページらしい。問題はここに“王族の血を媒介にする”っていう謎の一節があることさ」

「……血を媒介、ね。嫌な予感しかしないわ」

「さらに驚くべきは、その術式が単なる幻覚遊びじゃなく、術者自身の寿命延長に関わるらしいんだ。だから王家の血が欲しい、という理屈なのかもね」

「寿命延長って、ずいぶんブラックな研究。そりゃぁフィリスがターゲットになるわけだ」


ゼオンは苦笑を浮かべて、羊皮紙の端をトントン叩く。続けて何か言おうとした瞬間、フィリスが薄く目を開いた。そのまま私の手を弱々しく握って、小さく震えている。

「……怖い。見える……闇の中に誰か立ってる……ずっと見下ろされてる……」

「大丈夫。ちゃんと現実で目を開いてごらん。……私も怖いものは多いけど、幻に負けるのは性分じゃないから」

フィリスの瞳がかすかに揺れる。きっと、このタイミングで無茶な治療を試みると逆効果だ。差し当たり、心を落ち着けさせる簡易魔術で様子を見るしかない。


「解析を進めたいけど、彼女の心が壊れないよう慎重にね」

ゼオンがそう助言してくる。私も頭では分かってる。焦りすぎると術者の思う壺。少しでも安全な方法でフィリスを救わなきゃ。


ちょうどその時、グレゴリー団長が入ってきた。いつも通りの厳めしい表情だが、その目に潜む焦燥ははっきり見える。

「離宮の周辺に奇妙な痕跡があった。血文字を床に刻んだような場所があり、兵士たちが不気味がっている」

「血文字、またですか。もう嫌になるほどホラーテイストね。ちなみに、その付近でスペイラらしき人が動いてた痕跡は?」

「目撃情報がほんの少しあったが、すぐ途切れちまった。まるで煙になったようだ」

グレゴリーが悔しそうに吐き捨てる。地下でも姿を消したし、本当に執念深い。どうやって捕まえればいいのか、頭が痛い。


戦況は一向に好転しない。フィリスは倒れたまま、スペイラはどこかで王家の血を手に入れる算段を練っている。私だって王族じゃないけど、下手に噛みつかれたら実験材料にされかねない。気を引き締めなきゃ。


「そうだわ、ゼオン。このページから逆算して、未完成の術式を逆手に取れないかしら?」

私は羊皮紙を指し示しながら提案する。どのみち術式を完成させられないなら、相手もリスクを抱えているはず。そこを突けば隙を作れる。むしろ使わせてから罠にかける、みたいな。

「ふむ、危険だけど可能性はある。僕としては興味深い試みだ」

「興味深いで済ませないでよ。私たちの命がかかってるんだから」


今にも上下左右に飛びかかってきそうな影の気配。あちこちで噂される幻影騒ぎ。フィリスの命が最優先とはいえ、これ以上遊ばれてたまるものか。私の中の戦意がめちゃくちゃ高まる。もうひと思いに派手な魔術でもぶちかましてやりたい気分だ。でも慎重にいかないと、フィリスどころか離宮ごと焼け野原になりそう。


「わかった、できる限り協力する。正直、僕もこの古代幻術への好奇心が抑えられないし。……ただし誤って暴走しないでくれよ?」

ゼオンの飄々とした語りに、グレゴリー団長は困惑気味。近くにいる騎士たちも「え、なんですかそれ危なくないですか?」と瞳を丸くして見守っている。


そんな彼らの心中をよそに、私はキッパリと言い切る。

「暴走はしないわ。むしろ相手を逆に追い詰めるだけ。危険も込みでこっちから攻めるの」

「まったく、性格悪いね」

横でゼオンが口元を歪めて笑う。

「ほっといてよ。人を守るためには多少の悪辣さが必要なのよ」


フィリスを看病している侍女が涙目でこっちを見ている。どうやってこの状況を打開するのか、不安で仕方ないんだろう。私だって不安はある。だけど、それ以上にこの闇を切り裂く高揚感が止まらない。

守りに入るだけじゃ、いつまで経っても相手の思い通り。なら、あえて踏み込んで嫉妬深いイケメンも、謎の黒衣も、まとめて一網打尽にしてやる。


「グレゴリー団長、兵士を何人か借りてもいいですか? 少しばかり“作業”があって」

「構わんが、死なせるわけにはいかんぞ。僕からも最強の精鋭を出そう」

「助かるわ。でもそこまで大げさにしなくてもいいから。私、別に大量破壊兵器じゃないんで」


場違いな軽口を叩きながらも、胸の奥ではドキドキがやまない。狂ったような状況ほど、私は冷静と興奮が同時に研ぎ澄まされていく。フィリスの苦痛を取り除き、スペイラの謎とやらをぶち破り、黒幕がいるなら連鎖的に暴いてみせる。


部屋の外からは、兵士たちが慌ただしく走り回る足音が聞こえてくる。柱の向こうにいる誰かの気配も相変わらず不気味だ。けれどその陰湿な雰囲気でさえ、私にとっては格好の誘導材料。とことん利用して、最後の一滴まで搾り取ってやろうじゃない。


フィリスの肩をそっと撫で、再び呪文で心を安定させる。彼女がうわごとのように何かを呟いているけど、内容ははっきりしない。少なくとも今は、これ以上苦しませないように押さえるしかない。

じきにエランも戻ってくるだろう。きっと子供みたいに拗ねた顔で、また私に文句を言い募るに違いない。いいわよ、何でも言ってちょうだい。むしろその感情までも彩り豊かな燃料に変えて、私はこの幻術と陰謀の坩堝を飲み干すだけ。


「さあ、戦場を整えるとしようか。ここからが本当の地獄かもしれないけど……だからこそ、めいっぱい楽しませてもらうわよ」

そう呟いた瞬間、フィリスが一瞬だけ息を止めてこっちを見た。意識が戻ったのかどうか分からないが、私の声に反応したらしい。

「安心して。私たちの使命はあんたを助けること。……そのためなら悪役にでも何にでもなってやる。だから生き延びて、ちゃんと王家の未来を見届けなさい」


返事はない。でも微かにこくりと頷いたように見えた。あのささやかな仕草が救いになる。やることは山積みだけど、一点の絶望すら許さない。私は必ず手がかりを掴んで、闇を貫いてみせるのだから。


戸口の向こうで、甲冑がぶつかり合う金属音が響いている。騎士団が動き出した合図だろう。ゼオンも小箱を仕舞い、怪しげな笑みを携えて私の隣に並ぶ。

これから先、どれだけ醜い陰謀がうごめこうと、私は止まらない。フィリスを救い、スペイラを追い詰めて、この幻惑の渦を根こそぎ暴いていく。

夜の闇がとことん深くなるほど、私の中の闘志と好奇心はなおも熱を増す。それこそが何者にも代えがたい快感だと、心から感じながら。

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