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闇夜に啼く背徳の双月狂詩曲3

グレゴリーたち騎士団の少数精鋭は、離宮地下の隠蔽された通路を通り抜けようと息を詰めていた。わずかな魔力の痕跡を辿った末、苔むした石造りの壁の奥に薄暗い回廊が続いているのを発見したのだ。


しかし、そこに現れたのは黒衣に身を包んだ魔術師――“人形”と呼ばれる存在だった。言葉もなく、まるで傀儡のように動くその姿から放たれる呪詛に、彼らの部下は次々と意識を奪われ、飛び込んだ大部屋でばったり倒れ込む。眼前に転がる仲間の姿に、一瞬、騎士たちの士気が乱れた。


「何だ、こいつの魔力は……!」


グレゴリーが思わず剣を振り上げるも、“人形”は滑るような動きで後方へ退き、廊下の闇へと消える。そのすれ違い様、傍らを掠め走ったのはロップ・マカヴィーン。砕けかけた古びた石版を抱え、彼はいつもの不気味な笑い声を上げながら「またお会いしましょう、騎士団長殿」と嘲るように言い残して足早に去った。


「くっ……!」


グレゴリーは顔を歪めて剣を握りしめる。既に何人もの部下が倒れており、強行突破は無謀だ。血の気に任せて追撃しても“人形”の呪詛が待ち受けている。ぐっと唇を噛み、今ここで無理をすれば被害が膨らむだけだと判断。後ろ髪を引かれる思いで、いったん退きの陣を敷く。


「まだ行方不明の者がいる。一刻を争う状況だが……」


騎士団長の低い声は重苦しく響き渡る。だが、そこへ颯爽と駆けつけてきたのがセシリアだった。肩で息をしながらも、通路に配置する兵力配分や、救護班の侵入ルートを次々と的確に提案してゆく。彼女自身は「これくらい当たり前です」と言わんばかりだが、その指示があまりに理路整然としているせいか、周囲の騎士たちはもはや敬意のまなざしを隠せない。


「すぐ補給部隊を移動させて、転移してきたメンバーの安全を確保しましょう。騎士団長、焦りは禁物ですよ。まずは負傷者を回収するのが先かと」


「……助かる」


グレゴリーがぼそりと呟くと、セシリアは軽く会釈しながら、忙しそうに兵士へ指示を飛ばしていく。彼女自身が自覚できていないだけで、段取りは完璧だ。まるで小さな司令塔のように離宮地下を駆け回るものだから、傷ついた兵士もすんなり救助されていく。


そんな中、遅れて登場したのはミオとエラン、それにフィリスとゼオン。焦燥に駆られたエランは呪印の疼きに耐えかねる様子で、よろめく足取りのまま勢いよく壁を叩く。


「奴ら、また俺たちを出し抜いたな」


低い声でそう言いながら、エランは腕輪をぎりりと握りしめる。ミオがちらりと彼の動きを睨みつけた。


「またって、悪党にいいようにしてやられるほどタチのいいお人好しだったかしら。誰かさんがぴりぴりして先走るせいじゃないの?」


「……お前まさか人が必死に苦しんでるの見て楽しんでるのか」


「ちょっとだけね。ざまぁって言いたくなるぐらいに」


毒舌を吐きながらも、ミオの瞳に浮かぶのは緊迫感に満ちた光だ。ロップによって奪われた石版がどういった意味を持つのか、はっきりしないまま。スペイラと“人形”が何を仕掛けてくるのか。恐れと怒りがない交ぜになり、彼女の内から奇妙な興奮が湧き起こる。


隣ではフィリスが顔を強張らせ、こわばった声で口を開く。


「スペイラは私の力を狙っている。闇組織としても“月蝕の儀”を実行するなら、多分この離宮の奥深く――封印陣がある場所へ進んでいるはず。放っておけば、また大勢が巻き込まれるわ」


「なら、急いで監視網を敷き直すしかない。それと結界修復の手も止めるな。ゼオン、状況はどうだ?」


ミオが質問すると、ゼオンは苦い顔をしてため息をついた。


「正直、結界の亀裂が思った以上に広がっててね。修復はともかく、転移陣を探す余裕はない。誰か片腕でも貸してくれないかな」


その言葉を待っていたように、セシリアがしゅばっと手を挙げて駆け寄る。


「転移陣なら私も書庫で調べた文献がありました。地図上では離宮の基礎部分付近に怪しい路があるとか。お役に立てるかはわかりませんが、よければ……!」


「いや、十分ありがたいんだが……セシリア、あまり無理をするなよ。今のお前がいないと兵士たちが右往左往するから」


ゼオンに言われて初めて、セシリアは自分がどれほど活躍しているのかに気づかず、きょとんとした表情を浮かべる。「い、いえ、それほどでも」とうろたえる姿に、ミオはつい意地悪い笑みをこぼした。


「それほどでも? 冷静に考えて、あなたがいなきゃこの窮地はとっくに崩壊してるわ。自覚して驚きなさいな」


「そ、そんなことないですよ! 私はただ……」


セシリアが赤面するなか、エランは短く鼻を鳴らした。


「謙遜してる暇があるなら、早く先回りしてスペイラどもを潰すぞ。でないと、また不意打ちされてざまぁされるのは俺たちの方だ」


エランの言いぐさに、ミオがくすりと笑う。その言葉には彼なりの焦りが透けている。呪印の炎が今にも暴走しかねない。それでもエランは、自分より先に敵を仕留めようとする彼女を必死に引きとめたいのだろう。小さく鼻を鳴らし合う二人の間に火花が散る。


グレゴリーは「ここで足止めはまずい」と判断し、改めて兵士らに通路の封鎖を指示する。そしてセシリアに加勢を頼み、転移陣の場所や石版の手掛かりを検証する手順を立案させた。迅速すぎるほどに部隊の配置が整い、負傷した者も次々と救護部隊へ引き渡される。


「これで後顧の憂いは少なくなりました。まずは人形とスペイラを叩き、ロップから石版を奪い返す。決着をつけるぞ」


グレゴリーは鋭い眼差しを投げかける。フィリスは強く頷き、ゼオンは魔術道具を握りしめた。エランはうずく呪印に耐えながらも、むしろそれを力に変えようと意欲を燃やしている。


そしてミオは、一歩前に踏み出し、片手の指をぽきりと鳴らした。膜が張るような地下の圧迫感。次に来る戦いがどれほど危険か分かっていながら、心底から湧き出るアドレナリンが胸を熱くする。


「行くわよ。今度こそ、あいつらを完膚なきまでに叩きのめして――痛快なざまぁをお見舞いしてやるんだから」


闇が唸る地下回廊。この先には破滅の闇か、それとも勝利の光か。二つの月がほの白く重なりゆく夜、彼らはもう戻れない道へ走り出す。ページをめくらずにはいられない、変わり始めた運命の足音が、今ここに高らかに鳴り響いていた。

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