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闇夜に啼く背徳の双月狂詩曲2

翌朝、城内の廊下はどこか浮足立っていた。いや、正確には落ち着きなくざわついていると言うべきか。日が昇ってもなお、二つの月がうっすら天空に残り、使用人たちの体調不良や遅刻、妙な怪異の噂が止まらないのだ。


 


 ミオは離宮の一角にある書庫の奥で、古代魔術の文献を手当たり次第に漁っていた。気の遠くなるようなページの山。けれど、この程度で諦める性分ではない。割れた机の上に膝立ちしながら、破り取られた跡だけが並んだ一冊を取り上げると、ぐっと奥歯を噛む。


「またやられてる。ここが一番肝心な儀式の章じゃないの。破った犯人、今度こそひどいざまぁを食らわせてあげなきゃ気が済まないわ」


 毒舌混じりに呟くミオへ、傍らのエランが小さく笑いを漏らした。その腕輪に刻まれた呪印が今朝も淡く疼いているようで、額に微かな汗が滲んでいる。


「お前の“ざまぁ”は痛そうだからな。実行されるやつに同情したくなる」


「ならないでいいわ。どうせ止めやしないんでしょ?」


「どうだろうな。……ま、独占欲をこじらせて邪魔するかも?」


 さらりと囁くエランの眼差しには、昨夜よりさらに強烈な執着が混ざっていた。ミオは「子どもっぽいわね」と軽くため息をつくが、向けられる熱量を完全に無視できているわけでもない。


 


 一方、離宮の中央庭園ではフィリスがその身をかがめ、喘ぐように呼吸を繰り返していた。王家の“血”が乱れ始めている証拠だ。騎士団長のグレゴリーが様子を確認しようと近づくと、「私は大丈夫」とフィリスは弱々しい声で答え、震える指先できゅっと衣の襟を掴む。


「満月が近づくほど、身体の奥から何かが暴れようとするの。離宮の封印装置も機能不全を起こしてるみたい」


「無理は禁物だ。お前が倒れたら、取り返しのつかない事態になる」


「ええ、でも……スペイラに先を越されるわけにはいかないの。血に振り回されてばかりじゃ、王家として恥だもの」


 瞳に決意の色を宿しつつも、その表情は不安に揺れている。今にも千切れそうな糸を手繰り寄せているような彼女を、グレゴリーは言葉少なに見守るしかない。


 


 そこへ、バタバタと駆け込んできたのはセシリアだ。息を上げながらも、必要事項を次々と的確に伝えていく。今後の魔術修復用の資源や兵力の再配置、そして各部隊の待機場所。すらすらと列挙する姿に、周囲の騎士や兵士が感心して手帳を取り出す。セシリア本人はさほどの自覚もなさそうだが、その働きぶりは抜群に有能だ。


「今から増援が到着するのは難しいですから、結界修復部隊も最小限に分散しましょう。ゼオン様には結界の亀裂を一カ所ずつ確認してもらい、団長は……」


「セシリア、もう騎士団長そのものになっちゃいなさいよ。その頭があればザコ兵も一網打尽じゃない?」


 ミオの皮肉に、セシリアは「とんでもないです!」とあわわと手を振る。本人はまるで気づいていないが、誰よりも周囲をスムーズに仕切っている。グレゴリーですら「……助かる」とぼそりと呟くほどだ。


 


 そんなとき、不吉な報せが飛び込んできた。地下への隠し通路に複数の人影が出没――しかも先日逃走したロップや“人形”と呼ばれる黒衣の魔術師が含まれているらしい。スペイラの暗躍がちらつく一報に、皆の顔色が一挙に変わる。


「全然こりてないのね、あいつら。私たちに返り討ちされたっていう痛みが足りなかったか」


 ミオは文献を投げ出し、ほくそ笑む。唇の端が吊り上がり、その瞳は危ないほどの闘志に燃えている。「二度目のざまぁ、楽しませてもらうわ」と稀代の毒舌を吐き捨てる姿に、フィリスも負けじと背筋を伸ばした。


「私が王家の責任者として、悪辣な儀式を止めてみせるわ。誰が相手だろうと、もう黙って従うつもりはないもの」


 


 エランが腕輪を握りしめ、「言っただろ。俺も、おまえを守るのは嫌いじゃない」と横槍のように呟く。半ば照れ隠しらしいが、その瞳の奥には激しい抗いが宿っていた。


「なら、ちゃんとついてきなさいよ。独りで突っ走って壊れたら損なんだから」


「おまえこそな。俺を置いて先に行くなよ」


 ピリピリとした空気に浮かぶ軽口が、奇妙なアドレナリンを誘う。騎士団の面々はそろって剣や槍を携え、ゼオンは魔術の書をめくりながら「あとで文句言う余裕があるといいけどね」と自嘲気味に笑う。


 


 外は厚い雲に月光が吸い込まれながら、二つの月が次第に重なっていく。地上の昼夜すらかき乱しているその姿は、見上げるだけで背筋が凍るほど不気味だった。だが誰も足を止めない。


「もし奴らが“月蝕の儀”とやらを始めたら、また破滅的な災厄が来るかもしれない。けど、だからこそ攻めるしかないわ」


 脳裏に蘇るのは、闇組織が引き起こした悪夢のような惨状。悔しさと怒りが絡み合う中、ミオは勢いよく書庫を後にした。必要最低限の文献はもう頭に叩き込んだ。足りない部分は奪い返すまでだ。


 


 セシリアが軽やかに指示を出し、あっと言う間に部隊の配置が決まる。彼女自身は慌ただしく動き回るばかりで、自分がとんでもなく優秀だなんて少しも疑っていない。不安を拭い去るようにエランとフィリス、グレゴリー、ゼオンが彼女の後を追う。


「絶対に、今度はあんたたちを逃がしはしない。許さないし、誰にも邪魔はさせないから」


 ミオの瞳に宿るのは、憤怒と興奮の交じり合った狂おしい火花。心臓が高鳴り、まるでジェットコースターのように上昇気流へ突き上げられる。ざわめく鼓動のまま、彼女は地下への通路へと駆け出した。


 このまま放っておけば、さらなる破壊が押し寄せるに違いない。次の満月まで刻一刻と時間は迫っているのだ。二つの月は今まさに重なろうとしている。その先に待つのが破滅か勝利か、誰にもわからない。


 それでも今は、立ち止まるわけにはいかない。呪印に苦しむエラン、血を抑えられないフィリス、そして無自覚に冴え渡る指揮能力を発揮するセシリア。全員が闇へ浸食される前に、前進するしか道はない。


 さあ、次はどんな狂乱が待ち構えているのか。ミオは唇を噛み締めながら笑みを湛え、一行を率いて階下へと突き進む。夜闇より深い地下。その奥底で、黒き儀式の鼓動が高らかに鳴り響く声が聞こえた気がした。もう引き返せない。重なる月影が邪悪な囁きを放つ中、戦いの炎はこれまでになく狂熱に燃え上がっている。

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