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双月に宿る背徳の方程式5

フィリスが力を振り絞って暴走しかけた血を収めた瞬間、裂けかけていた扉の結界に細い光の道が通りはじめた。だが、その奥の祭壇に刻まれている二重の月を象った紋様は、黒い石の断片が溶け込んだかのように禍々しい光沢を帯びている。


ゼオンは「ここで抑えないと手遅れになる」と呟き、停止しかける術式をなんとか再起動させようと試みる。が、突如として背後からスペイラの手下が弓矢を放ってきて、火花を散らしながらゼオンの詠唱を妨害。闇組織の暗殺者たちは狙いを定めるかのようにじりじりと距離を詰めてくる。その背後でスペイラが冷笑した。


「術師が半端にがんばっても無駄よ。次の満月には、この祭壇がさらなる闇を呼び覚ましてくれるわ」


彼女は黒いマントをひるがえし、撤退を指示するように手を振る。ロップらも笑い交じりに後を追い、あっけなく姿を消していった。それでもなお、結界の奥から聞こえてくる低い脈動は消える気配がない。


「逃がしてやるかよ……!」


エランが歯を食いしばって前へ出ようとするが、腕輪の呪印が強く反応しているのか、その脚は震え、呼吸も荒い。危うく膝をつきそうになるところを、ミオが支えるように肩を取る。


「さっきみたいに暴走しかけないで。それで二人とも崩れるなんて真っ平ごめんだから」


「……グラつくのはこっちの勝手だろうが。お前を巻き込むつもりはない」


「勝手なのはいつもでしょ。いちいち説教してられないから、言うこと聞きなさい!」


ピシャリと叩きつけるようなミオの毒舌が、呪印にのまれかけたエランを強引に引き戻す。周囲にちらばる騎士たちはみな深手を負い、グレゴリー団長が静かに撤退を指示。すると、ひどい傷を追って倒れそうな部下たちもそれを合図に、残された体力を振り絞って動き出す。


エドワードは悔しげに拳を握りしめ、「王家の誇りを取り戻すためだ」と何度も呟いているが、どうにも焦りが先行している様子だ。祭壇の奥でうごめく異形の気配に、誰よりも苛立ちを感じているのが一目瞭然である。


フィリスは小刻みに肩を震わせながら、自身の血がまた暴走しかける恐怖と戦っている。その横でセシリアが素早く駆け寄り、支え方や撤収の配置を声高に的確に指示していく。「第七班はホールの出口を確保、負傷者を一列にまとめて安全を優先!」といった言葉に騎士たちが即座に応じ、苛烈な地下での混乱が一気に整理された。


「セシリアの指揮、地味にすごいわね。……二重の月に巻き込まれる前に、引き揚げるわよ」


ミオが小声で呟くと、セシリアは必死に地図を広げながら「こ、ここから先が落盤の危険があるので、できるだけ中央階段を使いましょう! 回り道ですが安全です!」と叫び、突破口を繰り返し示す。自信なさげに見えて、中身はどうやらひどく有能らしい。本人だけがそれに気づいていないのだから困ったものだ。


一行が祭壇を後にすると、あれほど混沌としていた地下は不気味なまでの静寂を取り戻す。広間へ続く通路まで慎重に戻ってくると、そこにうっすら夜風が入り込み、天井の隙間からぼんやり光る月が二重に浮かんでいるのが見えた。


「こんなの、ただの怪談ですまないわね」


ミオが思わず息をのむほど、不吉な二つの月が重なりつつあるのだ。伏せ目がちなフィリスが「まだ……胸の奥で不穏な鼓動を感じる」と囁き、エランは呪印に蝕まれる痛みをごまかすように唇を噛みしめる。暗い夜空がまるで底なしの闇へ誘うように広がり、それを思うだけで背筋が凍る。


「スペイラの言葉じゃないけど、次の満月に何が起こる気なのか。そんなに悠長に構えてられないわね」


怯えるどころかむしろ挑戦状として受け止めるミオの表情に、エランは少し苦笑を混ぜるものの、意志は同じとばかりに「逃げるつもりはない」と吐き捨てる。


「呪印は厄介だが、いざってときは俺も戦う。お前が求めるなら、仕方ないから協力してやる」


「語尾に『仕方ない』を付け足すのやめてくれない? ただでさえ焦ってるのに」


軽い皮肉の応酬の奥に、確かな連帯感が漂う。視線を交わした二人を見守っていたフィリスは、そのまま力なく笑みを漏らすと「私も……次は絶対に乗り越える。あんな闇に負けたくない」と決意を呟いた。


一方、セシリアは騎士仲間に声をかけながら被害報告をまとめ直し、次の行動計画をノートに走り書きしている。「調整は必要ですが、満月までに防衛線をキチンと組み直したいですね。あ、それと物資補給の要請も急いだほうが……」などと片端からチェックしていく姿には、一抹の迷いがない。その有能ぶりに気づかないのは本人だけというのが、なかなか可笑しい。


「とにかく、今日はこのまま――退くしかない。次の悪趣味な満月を迎える前に、準備を整えましょう」


グレゴリーがそう宣言し、メンバーは深く息をついた。それぞれが傷を癒やし、荒れ狂う双月の夜に備えねばならない。わずかな休息を奪われながらも、もう誰も後ろへは引けない。いっそ血の滲むざまぁをお返ししてやる、とミオは鼻を鳴らした。


不気味な二つの月――その下で渦巻く瘴気と呪印、そしてフィリスの血の昂ぶりは、これからさらに苛烈な未来を呼び寄せるに違いない。それでも彼らは一歩を踏み出す。迷いや恐れを乗り越え、スペイラらへの倍返しを胸に、離宮の廊下を駆け抜けていった。次の満月まで、そう残された時間は多くない。だが、今はただ熱く滾る決意だけが、彼らの足並みを揃えているのだった。

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