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廻り狂う逆月の残照4

薄暗い離宮の地下遺跡へ足を踏み入れると、いっそう肌を刺すような冷気が漂っていた。そこかしこから微かに湧き出す黒い瘴気が、まるで生き物のように脈打ち、壁面には亀裂がじわりと広がっている。


「おやおや、思い切り派手に壊れかけてるな。封印が泣いてますよ…」


ゼオンがわざとらしく肩をすくめ、壁画の符号を小声で呟きながら水晶玉をかざす。紫の色彩が怪しく反応し、まるで扉と共鳴しているみたいだ。


「泣いてるんじゃなくて、怒ってる感じがするわね」


私がそうぼやくと、背後からセシリアが静かに地図を差し出してくれた。複雑に入り組む通路の配置をざっと把握するのに役立つ大事な資料だ。彼女は謙虚に「大したものじゃなくてすみません」と目を伏せるが、いやいやどうして、手際よく図面を改訂してきたのは立派すぎる。


「十分助かるわ。もう少し自信持ちなさいよ」


ついそう言うと、セシリアは首をかしげて笑みを漏らす。自覚なしの有能ぶりに、思わず苦笑する私。そんな軽い空気を蹴散らすように、通路の先からドンと衝撃音が響いた。


「まったく、ちっとも休ませてくれない世界だな」


痛みに堪えながらエランが呟く。胸の呪印がうずくと同時に、彼の額にはじわりと冷や汗が浮かんでいた。それでも意地っぱりにキザな笑みを浮かべるあたり、彼の図太さは救いでもある。


一方で騎士団長のグレゴリーたちは、スペイラの下僕らしき影を追い回しているらしい。廊下の奥からは怒号混じりの悲鳴が聞こえてきて、こちらまで血の匂いを感じるほどだ。私が一瞬たじろぐと、ゼオンが肩を叩いてくる。


「怖気づいたなら置いてくよ。あんた、こういう修羅場は苦手なんじゃない?」


「余計なお世話。というか立ち止まってる暇なんてないわ」


どこか自嘲気味だった声を遮るように、鋭い風が吹き抜ける。どうやら上方の通気口から地下の瘴気が吸い上げられているらしく、嫌な響きがさらに深みを増していく。同時に、フィリスとエドワードの兄妹が奥で言い争う声まで聞こえた。辺りに漂う張り詰めた緊張感に、鼓動が早鐘を打つ。


「エドワード様、そんな危険な策…絶対に無理です!」

「ならば王家の正統性を示す術がどこにある、フィリス!」


悶着の中心にいるフィリスを遠巻きに、スペイラの手下らが妙な結界を張り始めている。灰色の魔方陣が突然膨張し、フィリスの足元を捉えんと駆け巡った。


「まずい。フィリスを取り込む気か」


ゼオンが咄嗟に水晶玉を掲げて防御術式を試みるが、相手の回転が速い。あちらは純粋な闇の術と人体操作を合わせたような嫌な気配を発している。


「セシリア、私が突破口を開くから、フィリスの周りを警戒して。細かい指示をグレゴリーたちに伝えて」


「え、わ…わかりました!」


彼女はあわあわしながらも、しっかり後方の騎士たちに向けて的確な声を飛ばし始める。雑然と混乱していた部下たちが、瞬く間に統制を取り戻していく様子に驚かされる。どうにもこの子、作戦参謀として要な才能を持ってるらしい。


同時に、エランが呪印を押さえながらフィリスに駆け寄ろうとする。私も背後から続き、スペイラが描く歪な魔方陣をどうにか破壊しようと魔力を集中させた――その時。


唐突に、扉が悲鳴のようなうなり声を上げた。続く閃光。黒い亀裂が一気に広がり、瘴気のつぶてが四方へ飛び散る。まるで大地そのものが口を開けて飲み込もうとするみたいに、周囲の空気が異様に重くなった。


「く、来る…!」


瞬きする間もなく、フィリスが闇に呑まれかける刹那――


「少々手荒な手段だが、これで勘弁してもらおう」


どこからともなく現れたリヴラが、薄い契約書を掲げ、小声で呪文を唱えた。硬質な光がスペイラの結界を飲み込み、刹那に相殺。怯んだ隙を突くように、ゼオンが符号を組み替え、扉の暴走を封じかける。


轟音とともに瘴気は減衰し、ピタリと扉が沈黙する。だが完全に止まったわけではない。スペイラは部下の手を借りて逃げ去り、その残響だけが生々しく残った。


「まったく厄介な連中だ。捕まえるのが先か、封印が先か…」


グレゴリーが苦々しそうに呻き、周囲の被害状況を確認しながら撤退するスペイラの一団を追おうとする。しかし、騎士たちが深追いすれば二次被害が拡大する恐れもある。迷う時間すら惜しい中、リヴラは契約書を手に無表情で一礼し、踵を返した。


「扉の真の封印は、まだ先だね。私も留まってはいられない。ご武運を」


すべてを知っているような不穏な微笑を残してリヴラが消えていくと、空気は一気に鎮まった。転がった石や傷ついた兵たちを前に、私は思わず脱力する。


「ここまでして、やっと足止めか。まだ終わらないなんて、冗談もいい加減にしてほしいわ」


「だが、悪くない展開じゃないか?」


エランが肩で息をしながら唇を歪める。痛みに顔を引きつらせても、どこか晴れやかな光を帯びている。その様子を見守るセシリアは、戸惑いながらも私たちを支えるために最善の手配を続けている。グレゴリーの部下からも「セシリア様、的確なご指示を…!」なんて感謝が飛び交っているが、当人だけが「いえ、そんな」と頭を下げているのが実に可笑しい。


扉は沈黙したまま、不気味に佇む。その向こうから、いつまた狂声が響くか分からない。スペイラの闇組織、そしてチェルバの存在も気になる。先行きは暗雲だらけだというのに、胸の奥にはなぜか得体の知れない熱がくすぶる。


危険だと分かっていながら、私も、きっとここにいる誰もが同じように思っているはずだ。


――もっと深くまで踏み込んでやろう、と。


「さあ、これからが本番ね」


沈黙を破るように、私は扉を睨みつけた。アドレナリンが跳ね上がる。次の瞬間、仲間たちもそれぞれの武器を手に、不敵な笑みを浮かべている。


もう後戻りはできない。けれど、だからこそ燃える。この先に待つのが絶望か希望かなんて、確かめるのは私たち自身だ。


嵐の夜はまだ終わらない。離宮の地下で脈打つ闇の鼓動を、今度こそ根こそぎ暴いてやる。

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