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廻り狂う逆月の残照3

扉を睨み続けていた私の耳に、遠くから騎士たちの声がかすかに響いてくる。地下回廊で探る侵入者を追い詰めたという報せだろう。グレゴリーが厳戒体制を敷いた結果、スペイラの手下たちは襲撃の機会を窺いつつも、そう簡単には動けないらしい。


 


 その合間を縫うように、私は書庫を隅々まで捜索していた。埃まみれの古文書や習わしを記録した羊皮紙は多いくせに、肝心の“深淵”や“扉”に関する具体的な記述は見当たらない。ゼオンと情報を照合すればするほど、結局ただの抜け落ちだらけの書物ばかりが顔を出す。


 


「ここまで探しても肝心の封じ方が載ってないって、まったく。王家の大事な書庫にしては中身が薄すぎるわ」


 


 苛立ちまぎれに棚を叩きかけたとき、セシリアが破れそうな書きかけの目録をそっと渡してくる。中身を追えば、一部の禁呪は“分類外”として別室に移されている可能性が示唆されていた。


 


「この書類、いつ通達されたんだろう。最近の手配じゃなさそうね」


「あ…すみません。管理係を探れば分かるかと」


「いや、いい仕事したわ。私なんか長時間こもってるせいで視界がぐらついてきたし。あんたがいてくれると助かる」


 


 セシリアは相変わらず自分のすごさに気づいていない風だ。眠そうな目のまま、別室の鍵について調べられる役人を一瞬で引き当てた手腕は見事としか言いようがないのに。


 


 ふと、書棚の奥から何かが反射する光に目を引かれ、覗き込んだ瞬間――


 


「うわっ!」


 


「おっと、ずいぶん大胆に飛び込んできたね?」


 


 派手な驚き声とともに現れたのは、道化師のように飄々としたゼオン。手にしている水晶玉が光を反射しただけでなく、「派手に叫んでくれて助かったよ」と薄笑いを浮かべるから腹が立つ。スカートの裾を踏みそうになったのを申し訳なさそうに見つめているあたり、罪悪感はあるらしい。


 


「こっちは怪しい光でも見つけたのかと思うじゃない。心臓に悪いわ」


「悪かった悪かった。でもね、こいつが小さく震えたから、何か反応を感知したかと思って追いかけたんだ。どうやら“結界”と相性のいい魔力があちこちで揺れ動いているみたいだ」


 


 ゼオンが持つ水晶玉は、遺跡の壁画に描かれた符号を解析する道具らしい。飛び込むように囲んで見れば、わずかにくすんだ紫が表面に滲む。あれは扉に通じる光と似た色合いだ。


 


「あんたは、やけに楽しそうね。そんなに魔術の謎が好きなの?」


「何が潜んでいるかわからない深淵を見ると、わくわくしてしょうがないんだよ。命が惜しくないわけじゃないけど、知りたくて仕方がない」


「呆れた変人どもね。でも、その好奇心は嫌いじゃない」


 


 遠くでドカン、と地下から響く衝撃音。それに反応して、グレゴリーの部下があわただしく駆け出していく足音が聞こえる。たぶんスペイラの連中が何か仕掛けたのだろう。今こそ扉への干渉を試みようとしているに違いない。


 


 そこへ、エランがゆっくりと胸を押さえながら近づいてきた。随分顔色が悪いのに、なぜか笑みだけはキザっぽく浮かべている。


 


「床に倒れてでも、君の視線を浴びてみたいところだが、どうしてもその時間がないんでね。さっさと何か見つけろと、呪印が首を締めてくる感じだ」


「死にそうな顔して余裕あるわね。――セシリア、さっきの目録をもう一度」


 


 差し出された紙束をにらみ、私は廊下の奥へと視線を移す。そこにはリヴラ・バリリスクの影すら見えない。呼び止めようにも、あの妙な人物はいつの間にか煙のように消えている。


 


「いいわ、ここでじっとしてても拉致があかない。別室を直接探す。ゼオン、あんたも来て」


「望むところだ。でも、あまり素っ頓狂な声で叫ばないでくれよ。鼓膜が痛むんでね」


「それはどうだか。エラン、歩ける?」


「倒れるなら君の膝の上がいいんだけど、拒否されそうだな」


「当然よ」


 


 腰に手を当てつつ応じると、エランは嘆いたふうに肩をすくめる。その姿を見て吹き出したのはセシリアだ。珍しく笑っていると思えば、「みなさん、仲が良いんですね」と呟く。勘違いも甚だしい。


 


「仲がいいっていうより罵り合いなんだけどね。まあ、仕事はするわよ」


「さあ、じゃあ私も付いていきます。何か整理が必要なら、おまかせください」


 


 さらりと有能ぶりを示唆するセシリアを横目に、私たちは暗い通路を進む。扉の先で妙に冷たい気配がし、肌が粟立つのを感じた。


 


 地響きのように揺れる離宮の奥。あそこに、黒い石か、あるいは封印を砕く新たな魔術装置が潜んでいるのか――いずれにせよ、時間がない。


 


 息を飲む間もなく、不穏な空気から胸の鼓動は跳ね上がる。ぞくりと背筋に走るあの感覚。さっきまでのお決まりの調査など前哨戦だ。今からが真のアクションの始まり。心が熱く、熱くなる。


 


「行くわよ、時間との勝負よ。みんな、手を貸して」


「ふっ、言われなくとも」


「は、はい!」


 


 セシリアが地図を広げ、ゼオンが水晶玉を握り、エランが呪印を押さえながら一歩前へと出る。私も覚悟を決めた。スペイラどもが叩きつけてくる結界も、扉の暴走も、すべてまとめてひっくり返してやる。そう胸に決めると、激しく化学反応を起こす熱が喉まで迫ってくる。


 


 一気に駆け出す私たちを、夜闇が見下ろしていた。騎士団の嘆き声が奥で鳴り、どこかでは膨れあがる魔力の異臭も漂う。何が起ころうと――


 


 今はただ、胸の爆ぜる想いに任せて進むのみ。次に来るのは極限の恐怖か、それとも歓喜に満ちた勝利か。


 


 この選択はもう、引き返せない。終わりまで、ただ走り続けるしかない。

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