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廻り狂う逆月の残照2

離宮の白い廊柱を伝う夜風が、ひやりと肌を撫でてくる。仮面舞踏会の傷跡がまだ癒えぬまま、私たちの前には次なる不穏が姿を見せ始めていた。


 


 王女フィリスの部屋を出た私は、通路の先へと視線を投げる。かすかに震える彼女の体調は、やはり扉の余波と無関係ではなさそうだ。行く手を阻むのは王家の禁書を収めた蔵書庫――いまだ閉鎖され、ろくな情報が得られない。ルールだの書類だの、面倒な封印をいちいち律儀に守っている余裕なんてないのに。


 


 ふと、足元の石畳に映る影が増える。現れたのはエラン。胸の呪印に手を当て、わざとらしく眉をひそめている。「また痛むの?」と声をかければ、「さあな、興味がおありか?」とにやけてくるのが腹立たしい。妙に上から目線のくせに、本当は苦しそうだ。いっそさっさと寝込めばいいのに、と思わなくもないが、奴の“試金石”としての力も必要だと思うと、追い払うわけにいかないのが悔しいところだ。


 


「一緒に書庫へ行く気? あんたみたいな不健康そうな男、通路で倒れられるよりはマシか」


「どうぞお気遣いなく。花街のお嬢が俺をお姫様抱っこでもしてくれるなら、倒れ甲斐があるというものだけど?」


「悪かったわね、生憎と力仕事は得意じゃないの。勝手に這いつくばってて」


 


 軽口を叩き合いながら歩みを進めると、背後から鬱陶しいほどきっちりした足音が聞こえてきた。グレゴリー騎士団長だ。敬礼疲れなのか目尻が下がってるが、相変わらず兵を指揮する声は低く強い。「地下に侵入者がいる可能性あり、気を抜くな」と鋭い口調で言い渡してくる。スペイラの部下らしき影が出没しているのだとか。今、扉周辺に仕掛けをされれば、フィリスどころか王家そのものが危うい。


 


「侵入者を叩き伏せるのは騎士団のお手の物でしょう? じゃあよろしく」


「貴公は憎まれ口だけは一人前だな。だが、魔術絡みの罠となると話は別だ。お前たちの知恵も必要ってことだ」


「ふうん、じゃあ我々がうまく動けるよう、せいぜい道を掃除しておいてくれる?」


 


 そう告げたとき、横合いからセシリアがぬっと顔を覗かせた。いつの間に取り寄せたのか、分厚い許可証に加えて書庫の管理簿まで手配してあるらしい。どうやら上層部を説き伏せて入室許可を勝ち取ったようだ。こういう厄介ごとの渦中で、あっさり成果を上げるのは正直に言って驚異的だ。セシリア本人は「手が空いていたので少し動いただけ」と言うんだから恐れ入る。


 


「まったく、あんたがいると助かるわ」


「も、もちろんです。私など取るに足らないかと」


「いいや、相当やり手ね。もっとドヤ顔してもバチは当たらないよ」


 


 口では謙遜しているが、書類の不備が一切見当たらないあたり巨匠の技を感じさせる。騎士団の面々も、セシリアのサポートがなければまとまらないと呟いていたし。なのに、肝心の本人はそこに気づいてなさそうで、ぽかんと目を瞬かせているだけだ。


 


 とにかく、これで禁書を確認する道が開けた。私はエランを引き連れ、セシリアとともに書庫へ急ぐ。人気のない廊下を抜けると、奥まった扉の前に人影が一つ。道化師のような飄々とした雰囲気を漂わせるのは王宮魔術師のゼオン。地下遺跡の壁画を調べていたのだが、決定的な資料が足りずに途方に暮れていたらしい。


 


「扉と王家の血を結ぶ“深淵”を示す符号を見つけはしたが、むろん古代文字で断片しか残されていなくてね。もし禁書庫に該当する巻物があれば、さらに詳しい術式がわかるかも」


「見つければいいんでしょ? あたしの頭脳とセシリアの段取りで、きっとなんとかなるわ」


 


 ガチャリ、と錆びたチェーンを外して分厚い扉を押し開ける。ぼんやりとしたランプの灯りに、埃の舞う書棚が立ちあがり、無数の古書たちが黒々と沈黙していた。


 


「――さあ、ここからが本番よ」


 


 私は胸を高鳴らせ、蔵書の背表紙に手を伸ばす。ひび割れた革や破れかけの紙の山をめくりながら、噂の禁呪が眠っていないか探り出す。騎士団が徐々に地下を包囲し始めている今、時間との勝負だ。何しろスペイラの手下が騒ぎを起こす気配がひしひしと迫っているという。下手を打てば、また惨事に巻き込まれかねない。


 


「――おや、急ぎのお探しかな?」


 


 人影も気配もなかったはずなのに、いつの間にか書棚の奥からすっと現れた女性がいた。リヴラ・バリリスク――王宮図書館の蔵書係を名乗る妙齢の美女だ。ゆらりとこちらを見つめ、その手には古めかしい羊皮紙が握られている。


 


「ここにある本は単なる紙の束ではない。いずれどれもが“運命”を左右する力を孕んでいる。――あなたが求めるものは、この先にあるかもしれませんよ」


 


 甘い声音、わざとらしい笑み。まるで真実と嘘を混ぜ合わせて人を弄ぶようだった。ゼオンが「あの人はどういう立ち位置なんだ?」と眉をひそめ、私も内心で警戒を固める。しかし今は変に突っかかるより、目的の術式を掴むほうが先決だ。よほど隠された手札を握るのか、リヴラは涼しい顔のまま私たちを見送る。


 


 こうして再封印の糸口を探るための禁書庫調査が始まった。闇に沈む区画に点々と置かれたランプの灯りが、紙片を捲る私たちの手元を微かに照らす。外では騎士団が扉への奇襲を防ぐべく陣形を組み、エランは不意に襲い来る呪印の痛みに耐えながら私を手伝う。フィリスは部屋で休んでいるはずだが、騒ぎが起こればすぐにでも地下へ駆けつけるだろう。


 


「早く見つけないと、状況は悪化するばかりだっての」


 


 ペラリ、ペラリと書物をめくるたびに、なんとも言えないざわつきが胸を揺らす。これから先、どんな情報を掴もうと、もう後戻りはできない。再び激しく荒れ狂う扉の暴走に巻き込まれるかもしれないし、スペイラだけでなく新たな黒幕が姿を見せる可能性だってある。


 


 だが同時に、この先に熱く滾る戦いが待っているのだと思うと、どうしようもなく胸が躍るのを感じる。私たちには有能なセシリアのサポートがあるし、エランだって不満を言いながらも離宮に残ると決めている。ゼオンもグレゴリーも、各々の意地を抱えてSwordを抜く準備はできている。王家の血を背負うフィリスが、再び倒れぬように守ってみせる。そこにいる全員が、それぞれの思惑と誓いを胸に、苦難の先へと突き進もうとしていた。


 


 雨上がりの夜空が、遠くから微かに鳴る雷の光を映し出す。胸の奥がぎゅっと熱くなる。これは恐怖でも絶望でもない――ただ、燃えるような昂揚感だ。


 


「さあ、存分に探してやるわ。あとで後悔しても知らないからね……!」


 


 静かに待ち受ける封印の謎。迫り来る闇組織の気配。私たちの覚悟が試される次の瞬間は、もうすぐそこまで迫っていた。思考が研ぎ澄まされるほどに、心臓は高鳴り、故に手が止まらない。いっそ明かりが燃え尽きるまで読み漁ろう。この離宮の闇を暴き、再び扉が牙を剝こうとも、その先に得られる真実を絶対にモノにしてみせる。


 夜は深い。けれど私の胸は烈火のごとく燃えている。次に舞台の幕が上がるとき、如何なる光景が待つのか――その期待に胸躍らせながら、私はページをめくる手を止めはしなかった。

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