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廻り狂う逆月の残照1

廊下の明かりが薄く揺れるたび、天井から伸びる影がまるで不気味な手のように見えて嫌な気分になる。仮面舞踏会の惨劇から数日が経つのに、この離宮は未だ完全に安堵の息をつけてはいないらしい。


私、ミオ・フィオーレは王女フィリスの部屋から外に出たところで、つい嘆息する。


「顔色自体は随分よくなったけど、まだ本調子とは言えないか……」


フィリスは王家の血を宿しているが、そのせいなのか、妙な低熱に悩まされている。どうやら例の“扉”が未だにくすぶっている証拠だろう。地下の封印を急ごうにも、王宮が変に警戒を強めているせいで禁書庫への立ち入りが厳しく制限されているらしい。


「めんどくさいわ、ほんとに。禁書庫のドアに『立ち入り禁止』の札が貼ってあるなんて、洒落にならない」


そう毒づきながらも、絶対に見過ごす気はない。王室が隠している文献こそが、再封印の術式に繋がる手がかりになる可能性は高いのだから。


 


「ミオ様、お疲れのところ失礼します。お茶の補充、しておきましょうか?」


 


ひょいと現れたのはセシリア。今宵も軽やかに書類を抱えつつ飛び回っているらしい。いやはや、驚かされるのは彼女の働きぶりだ。騎士団からの報告書をまとめ、離宮に詰める侍女の指示まで全部狙いすましたように的確にやってのける。しかも本人は「ちょっと手伝ってるだけです」とけろりとしているから、周囲は大助かりである。


「悪いわね。助かる」


言っておきながらも、私が一番助けられているかもしれない。おかげでフィリスの看病に集中できるし、封印再調査の段取りも考える余裕がある。ただ、セシリア本人は自分の有能さに全然気づいていない節があるのがもったいない。まったく、王宮には無駄に偉そうなくせに役立たずな貴族が多いのに、こういう人材をもっと高く買ってほしいものだ。


 


「……やれやれ、こりゃまた分厚い報告書だね」


 


背後から声をかけてきたのは騎士団長のグレゴリーだ。夜警の強化が続き、彼も休む暇などないはずだが、満足に仮眠すら取れていないようで目が充血している。それでも任務に手抜かりは一切なし。彼が指揮を執れば、扉の余波で生まれる小競り合いなどすぐに鎮圧されるというのが頼もしい。


「今夜も何かあったの? 扉の不穏な揺らぎでも観測された?」


「一応、廊下の気配が乱れたって報告が入ったが……単にガス欠の魔力が暴走しかかっただけかもしれん。だが、油断はできん。離宮の地下には人が立ち入らないよう徹底している」


「あー、そう。ありがたいわね」


私が肩をすくめると、グレゴリーは「お前も無理をするな」と微妙な気遣いを見せる。遠回しに休めと言いたいんだろうが、この状況で安穏としていられるはずがない。フィリスにも変調が出ているし、エランはエランで胸の呪印がどうとか言って苦しそうだ。奴は「気安く心配するな」とか抜かすけど、明らかに無理してるのは見え見えである。


 


離宮の回廊を進むと、囁くような声が聞こえてきた。それはエランとフィリス。彼女の容態を確認しているらしく、どうやらフィリスに付き添ってソファに座っているようだ。息遣いは乱れていないが、エランの腕輪に微妙なひびが入っているのが妙に気になる。


「あらあら、苦しげに胸を抑える男がそんなに素敵かしら?」


皮肉をこめて声をかけると、エランはわざとらしく口元を歪めて笑う。


「そういうご趣味でしたか、ミオ嬢? ならもっとわかりやすく心配して欲しいが、あいにく俺の呪印は秘密主義でね」


「悪いけど、あんたの秘密らしい身体には興味薄いの。今のところ、封印が第一なのよ」


バチバチと火花が散るかに見える会話に、フィリスは苦笑いで仲裁しようとするが、横で聞いていたセシリアがさらっと書類を出してきた。


「扉の再封印について陛下からの正式な承認です。期限つきですが、王宮図書館の一部を特別に閲覧できるそうなので、これで禁書庫にも少し近づけるかと」


「セシリア、それすごい!」


まさに渡りに船である。どうやって彼女がこんな許可を取ったのかは知らないが、またしても優秀ぶりを発揮してくれたわけだ。エランも目を見張り、「おお、ありがたいね」と素直に感謝を示す。フィリスに至っては「助かるわ……」と小さく安堵の息をついた。


 


「私など大したことは……」


セシリアが引き下がろうとするのを、私は軽く背を叩いて止める。彼女の存在抜きでは、今回の動きは確実に遅れたはず。受けられる恩恵は素直に受け取る主義だし、彼女に感謝を伝えるのは当然だ。


 


「よし、じゃあ行くしかないね。禁書庫に何があるやら知らないけど、化け物でも転がってるなら、存分に調べさせてもらうわ」


私が食い気味にうなると、エランが嫌味ったらしく笑みを浮かべる。


「怖いもの知らずだね、相変わらず。まあ、その粘着質な性格は敵にとっては嫌がらせ効果抜群だろう」


「そういうあんたも口だけは達者よね。でも次にスペイラが出てきたら、私も大暴れするつもりだから、勝手にへこたれないでよ」


その堂々たる宣言に、さすがのエランも顔を少ししかめる。ただ、フィリスはそんなやり取りに目を丸くしているが、微かな笑みを浮かべているあたり、決して不快ではないらしい。むしろ張り合いがあるほうが、つらい心情も和らぐのかもしれない。


 


そんなこんなで私たちは、封じられた区画の奥を探るための第一歩を踏み出すことにした。王宮騎士団も引き続き離宮を警戒するが、あのチェルバやスペイラなる闇組織が再び動く可能性も充分にある。中途半端な封印で終わらせるわけにはいかないのだ。


 


「夜が更けるほどに、きな臭い連中も蠢き始めるだろう。この先、どれほど大変になっても……絶対に負ける気はしないわ」


言い放つと、セシリアが視線だけで「無理は禁物です」と言ってくる。けれど背中を預けられる仲間がいるなら、なんとかなるという奇妙な確信が胸に灯っていた。エランの呪印なんて、きっと突破口の一助になるだろうし、フィリスもまだ戦意を失ってはいない。


 


人払いのされた静かな通路を、私たちは歩んでいく。進む先にどんな罠があろうとも、ここで立ち止まるわけにはいかない。最悪、壁ごとぶっ壊してでも真相を掴み取ればいいのだ。何しろ中途半端なままじゃ気が済まないし、この燃えるような胸の高鳴りは、扉を押し戻す原動力にもなる。


 


闇を裂くような意気込みを抱きながら、私は鍵のかかった門を見据えた。封印を乗り越え、禁書庫へ。謎だらけの古代魔術を解き明かすための戦いは、ここから先が本番だ。


心底ワクワクするなんて、相変わらず物好きにもほどがある。でもこの昂ぶりこそ、次々と襲いかかる悪意への最高の切り札かもしれない。


「それじゃあ、一丁、派手に突き破るとしましょうか」


そう呟いた声は、誰にも聞かれていないはずなのに、やけに遠くまで響いていった。

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