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深夜の血誓と仮面の狂詩曲4

仮面の祝宴が頂点に達したその瞬間、大広間に満ちていた暗い香気がひどく濃密になった。チェルバが掲げる銀墨色の仮面からは、赤黒い光がうっすらと滲んでいる。まるでそこに触れたら最後、呑み込まれそうな不吉な淀みだ。


 


「やっぱり仕掛けてきたわね」


 


ミオは思わず舌打ちする。昂ぶった拍動が耳元で高鳴り、どうしようもなく手が震える。妙に面白がっているゼオンが「これは最高の見世物だ」と笑う横で、フィリスは苦痛に耐えるように目を閉じていた。


 


扉の方から鋭い軋みが響き、大広間全体が再び揺れる。集まった仮面の客たちは歓声と悲鳴を混ぜたような声をあげ、一部は混乱のあまり走り散ってしまう。が、その隙をぬってスペイラの姿がさっと扉脇へ移動していくのを捉えた。黒い鞄を抱え、まるで獲物を狩る獣のような俊敏さだ。


 


「今のうちにフィリスの血を狙うつもりね。あの女、どこまで執念深いのよ」


 


言い捨てると同時に、グレゴリーと騎士たちが動き出す。仮面客を誘導しながら、密かにスペイラへの包囲網を敷こうとするが、闇組織の手下らしき連中もそこかしこに潜んでいるらしい。視界の端で、セシリアが素早く数名の騎士に指示を渡している姿が見えた。あの紙切れには事細かい作戦がかかれているのだろう。一分一秒とムダにせず、必要な対応を組み立てるあの頭脳の回転は、見ていてこっちが頭痛を起こしそうなくらい鮮やかだ。しかも本人に自覚がないから恐ろしい。


 


「セシリア、助かる。そっちの隊は舞踏会の連中が逃げる出口を確保してくれ。パニックを起こされたら作戦どころじゃない」


 


グレゴリーが意識せず歯を食いしばりながら命令すると、セシリアは当たり前のように「かしこまりました」と優雅に腰を折った。相変わらずの段取りの良さに、騎士たちですら舌を巻いている様子だ。


 


そんな中、フィリスがうっすらと唇を噛む。扉から吹き出た魔力の流れが彼女の腕に絡みつき、鮮やかな紋章を浮かび上がらせていた。それが強く脈動するたびに、彼女が苦しげに息を呑むのがわかる。


 


「フィリス、しっかりするのよ。あんたが倒れたら、全部台無しなんだから」


 


私が駆け寄ろうとした瞬間、エランが割って入り、彼女の身体を支えた。腕輪の呪印が暴れ回るらしく、エラン自身も顔色が悪い。それでも“試金石”の役目を放り出すつもりはなく、一方で余裕のない笑みを浮かべる。


 


「このままじゃ俺の腕輪も暴走しかねないが…ま、そっちが早いか、彼女が先に倒れるか、意地でも競い合ってみるさ」


 


「生死を賭けた競争なんて楽しくないから、どっちも敗北はやめて。かといって同時ゴールなんて最悪よ」


 


私が皮肉を込めて返すと、エランは薄く笑った。その時、チェルバが甲高い声で来客を煽るような言葉を発し、仮面を天高く掲げる。妙だ。扉の力とチェルバの仮面が呼応しているようにも見える。まるで “血誓”を歪んだ形で再現しようとしているのでは――嫌な予感が一気に込み上げる。


 


扉がごう、と大きく開いた。闇の先から吹き荒れる魔力でシャンデリアは激しく揺れ、その隙にスペイラがフィリスへ殺到する。鋭い刃のような魔具を鞄から抜き放ち、標的の血を奪おうと腕を振りかざす。しかし、すかさず騎士たちが応戦し、間一髪でフィリスも姿勢を低くする。金属が激突する甲高い音に、悲鳴混じりのざまあみろという声が上がった。


 


ここから先は破れかぶれだ。私もゼオンと動きを合わせて、扉付近の魔力に解析の呪文をぶつける。ざっと見頼りない即席術式だが、使えるものは使うしかない。扉の勢いが少しでも弱まったら、一気に封印を掛けるつもりだ。


 


「ミオ、今だよ! リンクが割れた!」


 


ゼオンの声に合わせ、私はフィリスの腕へ短く術を唱える。途端に彼女を支配していた魔力が少し揺らぎ、四方に波紋のように広がった。瞬く間に大広間を巻き込んだ圧迫感が緩み、懸命に耐えていたエランの呪印も幾分か落ち着きを取り戻す。


 


「今…扉を封印する!」


 


叫んで、私は猛ダッシュで扉へ近づく。チェルバが邪魔をしようと闇をまとわりつかせるが、さほど余裕はないらしい。仮面に宿る波長が乱れ、チェルバの体勢が崩れかけているのが見えた。わずかなその隙に、ゼオンと私が一斉に陣を描き、防護と封印を同時に唱え込む。赤黒い流れがぐっと後退し、気味の悪い唸り声が細くなっていく。


 


――が、完全に抑え込む一歩手前、チェルバは口元を吊り上げ、不気味な微笑みを浮かべた。


 


「これで終わりではない。その扉が開く時、真の“血誓”が始まるのだよ」


 


冷たい声が舞踏会の熱気を凍らせる。次の瞬間、彼の(彼女の?)姿はいずこへともなく消え失せ、スペイラも手下と共に退却の影を残した。グレゴリーやセシリアが追撃に動こうとするが、先ほどの大規模な衝撃のせいで足止めを食らう騎士が多い。仕掛ける側が一枚上手だった、ということか。


 


諦めたように扉を見やると、かろうじて封印は維持できているようだ。恐怖の奔流が引いた大広間は無残に荒れ、客らは半数以上が失神や軽傷を負っていた。グレゴリーが指揮を執り、セシリアはやはり誰よりも手際よく怪我人の分類を行っている。たとえ今の一件で不満が募ろうとも、あの完璧な段取りの前には誰も文句は言えない。まさに縁の下の大黒柱。本人だけがそれに気づいていない様子なのが、なんとも皮肉だ。


 


「とりあえず、第一段階は乗り切ったってところかしら」


 


ゼオンが荒い息を吐きながら私に目をやり、エランとフィリスもほっとしたように互いを支え合っている。危なかったが、これで完全解決というわけでもない。チェルバの言葉どおり、“本番”はまだ先かもしれない。


 


だが、今は生きている者が一堂にこうして立っている。その事実だけでも大きな前進と言える。また奇襲を仕掛けられても構わない。何度でも追い返してやる。私はそう決意しながら、痛む頭を押さえつつぐったりと腰に手を当てた。次に彼らが同じ手を使うかどうかは分からない。でも、こちらもやられっぱなしじゃないのだ。


 


扉の封印は持ちこたえている。フィリスの血は流されずに済んだ。エランの呪印も暴走せず耐えきった。おまけにセシリアや騎士たちの奮闘ぶりは見事で、混乱の割に被害も最小だ。そこには、ふいに強烈な達成感が込み上げる。もっとも、先ほどまでの死闘を思えば素直に喜ぶ気になれないのが本音だけれど。


 


それでも、この絶妙なスリルの余韻は嫌いじゃない。刻一刻と変わる危険に対し、仲間と力を合わせて立ち向かう――まるで大きなパズルを解く快感だ。チェルバやスペイラの凶行は頭に来るが、こんな緊迫感こそ刺激好きの私にはたまらない。


 


「さあ、次はどんな地獄を見せてくれるの? 喜んで迎え撃ってあげるわ」


 


私は吐き捨てるように呟いて、まだ余震の残る大広間を振り返る。チェルバたちが残した不穏な爪痕を目にしながらも、今宵の大一番はひとまず幕を閉じた。だが、新たな幕開けが遠からず訪れるはず。次こそ完全にあの扉の謎を解き明かす。それが、私たちの戦いの続きなのだから。

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