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深夜の血誓と仮面の狂詩曲2

翌朝、外廊下を吹き抜ける風が、妙に湿っぽいのに肌を刺す冷たさを帯びていた。陰気な空気と思念がまとわりつくようで、じっとしていると気が沈みそうになる。けれど今日はむしろ高揚していた。仮面舞踏会の招待状が届いた翌日だというのに、この離宮内のざわめきはまだおとなしい。主催者の意図は謎で、闇組織の匂いがぷんぷん漂う上、マスクで正体を隠すなんて目的が透けている。だが、それを知ってなお乗り込むことを決めるのだから、私たちもなかなかの自殺志願者だ。


  


 大広間の一角では、王宮騎士団長グレゴリーが小さな卓を囲んで作戦会議を進めている。人を集めすぎると逆に目立つので、参加者はごく少数。そしていつものように、彼の隣には絶対に欠かせない存在がいた。女官のセシリアだ。テキパキした手つきで地図を広げ、日程や兵の配置をまとめている。資料の山をこともなげに仕分けしながら、必要な情報を瞬時に記入。正直、この人がいなければ計画がこんなにスムーズに回るわけがないと思うのだが、本人は気づいていないらしい。


「セシリア、そこ助かる。ん、そこは赤いインクで……いや、こっちの通路もマークしてくれ」


「はい、承知しました」


 グレゴリーがまるで孫を褒めるような調子でうんうんと頷く。ほほ笑ましいが、セシリアの有能ぶりに甘えている感は否めない。それでも当のセシリアは「大したことありませんから」と腰を折るばかり。まったく、最高のサポートだとはみんな言いたくても言わないだけで、彼女に本気で感謝しているのは明らかだ。


  


「ところでエドワード殿下は?」


 ふとゼオンが首を傾げる。王宮魔術師である彼は、例の仮面舞踏会をめぐる古代魔術の資料をわくわく顔で読み解く一方、招待状に添えられた暗号の解読にも余念がない。彼に言わせれば、あの怪しい文様と“血誓”と呼ばれる呪術は密接な関係があるとか。


「第一王子なら早朝から離宮の地下書庫を漁ってるさ。黒い石の手掛かりを見つけたいんだろう」


 エランの言葉に、私は思わず肩をすくめた。エドワードが変わらず執心している黒い石は、先日の惨劇を引き起こした鍵と言われている。封じられぬまま行方が依然として掴めず、原因を探れば探るほど、闇の影がちらつくという厄介な代物だ。彼にとっては王家の威信回復のため、これ以上失敗はできない。そこに“仮面舞踏会”が絡むなら、黙って見過ごすわけがないはず。


  


「んで、わたしらはどう動くわけ?」


 私は地図の端を指で弾く。そこに赤インクでくっきり書き加えられた回廊や隠し扉の位置。改めて見ると、この離宮がやたら複雑な構造をしていることを再確認させられる。


 グレゴリーは唸りながら、一際怪しい印がある箇所をトントンと叩いた。


「ここが例の大広間だ。舞踏会当日はここを中心に、あちこち仮装客で埋め尽くされる。周辺の離れ廊下も含め、最少数の騎士を配置する。セシリアの手配で密かに巡回を組むのが精一杯だ。何しろ公式にはお祭りみたいなものだから、騒ぎは抑えたいし、まさか毒や刃物が飛び交うとは公言できん」


「そりゃそうだな。バリバリに警備してたら誰が見ても怪しい夜会だとバレる」


 ゼオンがにやけて煙管をくわえるフリをする。仮面舞踏会に来る輩は、どうせ仮面を外さず、正体を隠して思う存分暗躍するだろう。敵だけでなく味方すら全員マスク状態とか、既に頭が痛い。


  


 そこへバタバタと足音を立てて現れたのは、ぽやんとした顔のフィリスだった。王女としての品位より、好奇心に引っ張られているらしい。先日の負傷も治りかけなのに、こういうときにじっとしていられないあたり、たくましいというべきか。


「おはよう。みんな集まってたのね。わたしも舞踏会で暴れられるよう、ドレスの裾を少し短く仕立ててみたわ!」


「暴れる前提でドレスを改造する王女がどこにいるんだか……いい度胸ね」


 私が皮肉っぽく言うと、フィリスは開き直ってえへんと胸を張る。まるで「やれるものならやってみろ」と挑発するみたいだが、その目にはほんのり不安も伺える。王家の血が引き起こす異変を、彼女なりに恐れているのだろう。それでも逃げずに立ち向かう姿勢は大した胆力だ。


  


「さて、じゃあみんなの最終確認。仮面舞踏会に行く以上は全員が危険覚悟だけど、そこにこそ手掛かりがある。怯んだら負けよ」


 私が宣言すると、ゼオンは楽しそうに口笛を鳴らした。フィリスは拳をぐっと握り、エランは腕輪をそっと抑えながら笑う。セシリアは書面を閉じて、はにかんだ様子でうなずいたあたり、やはり気づいていない。彼女こそ、この場の空気をまとめる潤滑油だってことを。


 


 ドタドタと通路を走る音がして、やけに慌ただしい気配が近づいてきた。騎士団の若い兵が飛び込んでくるなり、頬を上気させて報告を告げる。


「スペイラなる女官らしき人物が、離宮正門付近で目撃されたとのことです! 何やら黒装束の男と私語を交わしていたそうで……」


 その名を聞くや否や、一気に空気が引き締まる。前回の暗躍から姿を消していた闇組織の手先、スペイラ。もしや、仮面舞踏会を利用してまた何か仕掛けてくるつもりなのか。


 


「ふふっ、来たか。こりゃあますますお祭り騒ぎになるね」


 ゼオンが楽しそうに毒づく中、グレゴリーが鋭い目つきでセシリアと視線を交わす。彼はすぐに指示を出そうと口を開きかけたが、セシリアがさっと先回りして兵にメモを渡した。


「すみません、詳しい状況を聞き出しておいてください。わたしどもの配置図を更新しないといけませんから」


 兵はそのメモを受け取り、二度確認してから力強く頷く。セシリアに任せれば間違いないという信頼が見えた。さすがのグレゴリーもわずかに苦笑して、「全く抜け目がないな」とこぼす。本人が気づいてないのが怖いというか助かるというか。


  


 こうして、新たな波乱の舞台は着々と整えられつつある。謎だらけの仮面舞踏会、スペイラの暗い影、再び蠢く闇組織。そして、封印されぬまま宙ぶらりんの“血誓”と“黒い石”の真相。


 下手をすれば大勢が血の海に沈むかもしれない一夜に、それでも私たちは胸を震わせて飛び込むのだ。コソコソ匿れて仕掛けられるより、いっそド派手にやってこい。こっちも覚悟はとっくにできている。


 


「何にせよ、負け戦はつまらないわ。毒をまかれるのも、呪術を放たれるのも御免。だけど逆に叩き潰せるなら望むところよ」


 私がつぶやくと、ゼオンもエランもフィリスも、不敵な笑みを浮かべてうなずいた。大人しそうに見えるセシリアすら、書類整理を終えたなら手が空きそうだ。彼女は敵に回すと恐ろしいだろうが、自覚してない分タチが悪い。ま、絶妙なフォローを期待してるけどね。


 


 大広間へ通じる回廊に差し込む柔らかな日差しが、まるで嵐の前の静けさを象徴するかのように揺れている。次に会うのは、仮面をつけた状態での“夜会”かもしれない。味方か敵かさえ、すぐにはわからない乱戦の渦中で、膨れ上がる緊張と期待はもはや抑えようがない。


 


「さあ、準備は整った。あとはやるだけ」


 私の胸は激しく熱を帯び、興奮の鼓動が全身を叩いていた。舞踏会の幕が落ちるその瞬間まで、この研ぎ澄まされた心地よい緊張を抱きしめてやる。どうせジェットコースターなら、徹底的にスリルを楽しもうじゃないか。背後に控えた仲間の足音を感じながら、私は次の獲物を狙う獣みたいに唇をつり上げる。


 ――さあ、今宵の“仮面舞踏会”が開幕すれば、王宮の闇も白日にさらされる。その先に何が待ち受けているかは神のみぞ知る。けれど、絶頂の熱狂とカタルシスを味わう準備は万端だ。どんな陰謀が待ち構えていようと、私たちはきっと笑いながら生き残る。なぜなら、全員それぞれに切り札を携え、足並みをそろえているのだから。

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