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深夜の血誓と仮面の狂詩曲 1

離宮地下貯蔵庫の惨劇から数日、修復に追われる王宮の空気は相変わらず重たい。朝から崩れかけた壁や柱の片づけが行われ、通路には木屑と漆喰の粉が舞っている。まるで王家の威厳まで崩落してしまいそうな、嫌な気配だ。


 


 そんな最中、王侯貴族らの手に一斉に届けられた奇妙な招待状――差出人の名もなく、ただ「仮面舞踏会を開く」という文面と、不規則な文様が散りばめられたもの。わたし(ミオ)の手元にも同じものが届いた。罠の匂いがプンプンするが、これこそ闇組織の新手の動きかもしれない。その糸口を探らずして終われるわけがない。ついでに、フィリスの容態が回復してきたところでもあり、どう動くかは今が正念場だ。


 


「行かないわけないでしょう?」


 わたしは豪奢な封筒を広げたまま呟いた。仮面舞踏会の会場は離宮の大広間。あの地下貯蔵庫がまだ混乱の爪痕を残しているというのに、夜会を開くなど正気の沙汰じゃない。けれど、正気じゃないことにこそ、わたしは強く惹かれる。


 


「ミオ、あんまり先走らないでよ」


 エランが腕輪を握りしめながらわたしに声をかける。彼の瞳には苦痛が見え隠れしていた。呪印が再び疼き始めたらしく、額にも薄い汗が浮かんでいる。でも彼は笑う。


「皇帝の“試金石”として、今回は僕も同行する。強がりだけは程々にしてくれないと困るんだ」


 どうやら本気みたい。あれだけ派手に暴走しかけた呪印がまた呻いているのに、やめる気配は微塵もない。そっちこそ無理するんじゃないわよ、と言いかけたところで、脇からくすっと笑う声が聞こえた。


 


「よしよし、まずは情報収集ね。私も古文献を漁ってみたら“血誓”なんて不穏ワードを見つけちゃったよ」


 王宮魔術師のゼオンが飄々と笑って招待状を翻す。そこには、やたらと怪しげな暗号めいた文字列が印刷されている。彼いわく、古代の呪術に通じる部分があるとかで、既に目を血走らせて解析作業をしているらしい。こういう時のゼオンは頼りになるが、興奮しすぎて倒れたりしないかという心配も尽きない。だけど、本人は飄々としているから始末に負えない。


 


 一方、体調の波が激しかったフィリスも離宮に呼ばれている。あの王女は、王家に脈打つ“血”の呪いを自覚しつつ、それでも諦めずに立ち上がろうとしている最中だ。危険度MAXの舞踏会だとわかっていても、逃げてばかりいられないと思ったのだろう。


「今回こそ、わたし自身の力で闇を断ち切りたいの」


 フィリスの声には、前よりも確固たる決意が込められている。病み上がりとは思えない力を感じた。そう簡単に崩れる相手じゃない。でも、だからこそ闇組織も狙っている気がする。今までもそうやって、ほころびを突いてきたのだ。


 


 そんな計画づくの場に、黙々と事務処理を進めているセシリアの姿があった。この離宮に出入りする女官なのだが、彼女は細やかな書類整理から急ぎの伝令役まで守備範囲が異様に広い。メリハリのある所作で騎士団への指示書をパパッとまとめ、ゼオンの研究ノートを目の覚めるような整理術で片づけてしまう。だというのに、本人は「わたし大したことしてませんから」と謙遜するばかり。グレゴリーが「セシリアが背後で動いてくれたおかげで騎士団がスムーズに配置できる」と褒めても、「そんな、やって当然です」などと恥ずかしそうに笑う。まるで自覚がないらしい。ある意味、怖ろしい才能だ。


 


「騎士の配置は最小限ながらも要領よくやる。どのみち大々的に警戒を張ればヤブヘビになるからな」


 そう言ってグレゴリーが地図を示すと、セシリアがすかさず駆け寄って赤いインクで離宮の構造を補足していく。二人が顔を突き合わせるや否や、グレゴリーはまるで喉に挟まった小骨が取れたみたいに「ああ、助かる」と息を吐いた。セシリアの補助技術が、そのまま作戦成否を左右するんだろうに、彼女本人はまだ気づいていないみたいだ。まったく、無自覚すぎるのも罪だよね。


 


「さて、わたしたちは“仮面舞踏会”に潜入するとして……当日はどう転んでもおかしくないわね」


 わたしが招待状を指で弾くと、ゼオンが軽い調子で口を開いた。


「そりゃあ派手になるさ。古代魔術の儀式が絡む可能性があるんだから、火花じゃ済まないかも。そのぶん盛り上がるけどね、下手すりゃ死闘だけど」


「うへえ、舞踏会が血まみれパーティーになったら、それこそ人聞きが悪いね」


「僕は仮面さえしっかりしてれば、意外とバレずに荒事できるんじゃないかって期待してる」


 エランの半ば冗談めいた声に、ここにいる誰も笑わない。ゾッとしながらも、もはやあり得ると内心わかっているからだ。わざわざ仮面をつけさせる裏には、客同士を混乱させ、何かを隠蔽する思惑があるに違いない。


 


 すると、横でメモを走らせていたセシリアがぽつりと声を上げた。


「仮面で顔を隠すということは、身分や立ち位置もごまかせるわけですよね。もしも闇組織が紛れ込むなら、敵味方の見分けがさらに難しくなるかと……」


「なるほど、やっぱりそこに気づいたか。セシリア、助かるな」


 グレゴリーが感心したように頷く横で、セシリアは小首を傾げている。自分が大事な点を指摘しているなんて思っていないのだろう。呑気にもほどがあるが、その有能さにはわたしも密かに瞠目した。


 


 いずれにせよ、わたしたちは出席決定。フィリスは体を癒しつつドレスの準備に取りかかり、ゼオンとエラン、グレゴリーはそれぞれ裏方の連携や防備を整える。わたしはわたしで、手に入る限りの情報をかき集めるつもりだ。とにかく、謎の仮面舞踏会は目前だし、疑惑しか生まれない怪しい儀式の香りを全身で嗅ぎ取ってしまった以上、後戻りなんて選択肢はない。


 


 廊下を去り際、エランがぼそっと冗談めかして言う。


「こんな危険な舞踏会に乗り込むなんて、僕たちはまるで自殺志願者かもね」


「……いいじゃない。自殺志願者同士、腕を組んで地獄絵図を踊れば、きっと最高に派手な夜が見られるのよ」


 わたしは肩をすくめて微笑んだ。死や闇を恐れないというより、怖がる暇なんてない。それでも鼓動は高鳴っている。アドレナリン全開で、次の一手を待ち構えているのだ。


 


 どうせ暗雲はすぐに降り注ぐだろう。だったらこっちから乗り込んで、盛大に暴いてやるしかない。闇組織が何を企もうと、今度ばかりは余計な逃げ道を与えたりしない。まだ完全に廃墟と化してはいない離宮の大広間で、一夜限りの“仮面舞踏会”が幕を上げる。それは悪夢の始まりか、それとも光明への活路か。


 


 不穏な予感に身を焦がしながら、わたしは握りしめた招待状を見下ろした。一歩踏み出すたびに、胸がざわつく。でも、そのゾクゾクする感覚が嫌いじゃない。どうせ突き進むしかないのだから、とことん苛烈に、そして最後に笑ってやる。ビリビリと全身に走る緊張を鞭代わりに、わたしは決意を固める。


 


 ――もうすぐ夜が来る。

 この“奇妙な招待状”が、王宮の行方をどう変えていくのかは、誰にもわからない。だけどわたしたちは次の大きな嵐を、わくわくしながら待ち構えているのだ。

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