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闇に蝕まれし王宮での秘術 4

深夜の医務区画は、まるで息をひそめていた。けれど、リュシア王女が奇跡的に意識を取り戻したらしく、周囲では押し殺したような安堵の吐息が漏れている。医師たちは大騒ぎだ。部屋の奥で「魔力量が異様に増えている」とか、半泣きの声で「体へのリスクが大きすぎる」とか口々に叫んでいる。隙あらば私に責任転嫁しようって空気がひしひし漂って、こっちの胃も痛くなりそう。


「ミオ様、一体どんな魔術を?」

見当違いな詰問をしてくる老医師がいたので、私は横目でチラリと睨んだ。あまりにも大声だから、廊下中にこだまする。そのせいで不安そうな雑役係までこちらを覗き込んでくるじゃない。やめてほしい。


「説明しても理解できるんですか?」

ちょっと毒舌で返しただけなのに、老医師はヒッと縮こまった。悪いけど、こっちも人を救うために全力投球だったの。ものすごく疲れてるんです。


そこへエランがスッと割り込んできた。例によって無駄に美麗な顔をしているが、なんだか機嫌が最悪そう。唇をきゅっと曲げて、まるで拗ねた子どもみたいに黙り込んでいる。

「ねえ、手伝う気ある?」と私が小声で尋ねると、彼はひそひそ声で「君が他の人に情報を垂れ流す前に、僕に全部言ってよ」と言い始めた。

「はあ? 何それ、私が独り占めしてると思ってるわけ?」

ちょっとイラッときたけど、彼は眉をひそめて視線をそらす。どうやら本気で“誰にも教えないで”と駄々をこねたいらしい。そんなこと言ってる場合?


「リュシア王女のためなら、いろんな知恵を集めるほうがいいに決まってるでしょ。そんなにヤキモチ焼いてる暇ある?」

「ヤキモチじゃない…!」

声が裏返ったエランを見て、私は思わず吹き出しそうになった。どれだけ子どもっぽいんだか。周りの騎士や医師がキョトンとしてるから、思わず咳払いして誤魔化す。


とにもかくにも、リュシアが目覚めたのは事実。だが、仮死に近い術式をぶち込んだ結果、魔力量が跳ね上がってしまった。医師たちが警鐘を鳴らすのも当然かもしれない。このまま高熱を出すか、暴走するか、読み切れない要素ばかりだ。


それより気になるのはスペイラの行方。あの看護役が謎の“変化術”を操り、襲いかかってきたのに、今は行方も形跡もサッパリわからない。廊下や部屋の隅々まで捜索隊が回っているが、痕跡なし。まるで闇にとけ込んだみたいに消えたらしい。


「スペイラが残していった魔力の残滓を調べるわ」

私はあえて大きめの声で宣言すると、ざわざわしていた医師たちが口をつぐんだ。助かった。説明責任を果たしてる“風”にすれば、しばらくは突っ込まれにくい。

早速、リュシアの病室へ向かう。扉を開けた途端、鼻先を冷たい夜気がかすめる。空気が張り詰めてるのは、さっきの大騒動の名残なのか、それとも何か別の力が渦巻いているのか。


ベッドのそばには数人の看護師が立ち尽くしていた。王女の呼吸は弱々しいが、確かに生きている。それを確認すると、私は床をじっと見つめる。ほんのりと残る、独特な魔力の痕。あの夜に感じた“変化術”と同じ種類だ。しかも複数回、継続的に使われた形跡がある。背筋に小さな震えが走った。


「まさか、誰かが王女をずっと呪いの的にしてきた? 立場までも変化させながら?」

ありそうで嫌な推測が脳裏をよぎる。誰かがスペイラになりすまし、逆にスペイラがまた別の人物になりすました可能性もゼロじゃない。ああ、もう考えたくない。こんなの人狼ゲームか何かかっての。


「…気をつけて」

不意に、後ろからエランの声がした。気配を感じさせずにつっと近づいてくるとか、ホラーはやめてよ。

「君は何か見つけたらすぐに僕を頼って。むやみに他の奴を信用したら、今度こそ危ない」

「へえ、随分と頼もしい言い方じゃない。まあ、私も無差別に秘密をばら撒くほどお人よしじゃないわ」


小さな言い合いをしながらも、私たちはまるで結託してるように見えるに違いない。実際、罠がどこに潜んでいるかわからない宮廷では、エランの勘の鋭さと私の魔術的知識が頼り。正直、このタッグを気に入ってる自分がいるのがシャクだけど、目の前の問題を解決するにはベストな組み合わせ。


病室を出ると、エランは医務区画の入口近くに陣取って見張りを始めた。誰にも彼にもジロッと睨みをきかせて、通せんぼ状態。あれはあれで手っ取り早く怪しい人物をあぶり出す策かもしれない。

闇に溶け込みそうな彼の背中を横目で見ながら、私は小さく息を吐く。まったく、寝不足なのに厄介ごとばかり。


でも、今消えてしまったスペイラ――あるいはスペイラを名乗る者――の背後には、もっと黒い闇がうごめいている気がする。リュシアの体を使った実験か、王位継承をめぐる陰謀か、あるいはもっと別の目的か。不吉な想像が増えすぎて頭が痛い。


「私も古代魔術の研究を強化しないと」

小声でつぶやく。やるべきことは山積み。リュシアの命を救ったのは通過点にすぎない。今度こそ、根本の問題を暴き出して決着をつけなければならない。


ふと、背後で看護師の一人が何か言いたげな顔をしていたけれど、私が目を向けると首を振って足早に去っていった。もしかしたら、ああやって紛れ込んでる存在が間者なのかもしれない。警戒が尽きない。


「ほんと、私の人生ってジェットコースター。そのうち心臓が持たなくなるっての」

ため息交じりに独り言をつぶやくと、廊下の遠くでエランがピクリと動いた。耳いいな、まったく。何か言いたそうにこっちを見てるけど、また拗ねるのは勘弁してほしい。


夜はまだ明けない。王女の魔力は上昇が続き、負担がどこで爆発するかも読めない。近くの部屋では医師たちが必死に対策を議論している。それを聞き流しながら、私はそろそろ一度休息をとるか考える。体力も魔力も底に近いし、こんな不安定な状況こそ冷静にならなきゃ。


それにしても、今まで見えなかった裏の仕掛けがどんどん露わになって、むしろ楽しくなってきた。口コミレベルの陰謀と比べると、今回のは段違いだ。こわいけど、好奇心がうずく。


「絶対めんどくさいけど、やるしかないわね」

決心を新たにすると、胸を駆け抜けるこのスリルがたまらなく甘い。危険と背中合わせの興奮は、命知らずな魔術師の性分かもしれない。思わず口元がゆるむ。私、やっぱり性格が悪いのかも。


エランの視線を感じながら、私はゆっくりと医務区画の出口へと歩き始めた。次に待ち受ける闇がどれほど深くても、もう逃げるつもりはない。むしろその暗さを照らして、根こそぎ暴いてやる。

…こうなったら徹底的にやってやるわ。思考を巡らせながら、私は夜の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


これから始まるのは、きっと全然生易しいエピソードじゃない。だけどそのぶん、快感もカタルシスも存分に味わえそう。あのエランの拗ね顔だって、どこか愛嬌があるしね。

そう自分を励ましつつ、私はぎしぎし軋む扉を押し開けた。その先には、まだ見ぬ暗黒の渦と、ちっぽけな希望の光が同時に揺らめいている気がした。

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