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閉ざされた離宮に潜む狂気と魔術師たちの対峙 4

嫌な軋み音とともに背後の扉がバタンと閉まり、君はもう帰れないんだよと言わんばかりに闇がわたしたちを包み込んだ。まるで地下牢の檻を意図的にブチ閉められた気分。息が詰まるような暗闇の中、かすかな光を放つ魔術陣がやけに不気味で、まるでホラーアトラクションの空気感が全開だった。

「もう、こういう真っ暗なシチュって大嫌い。来るなら正面から来いってのにね」

 とか言いつつ、口先だけは強がりを吐いてみせる。実際は心臓がノックダウン寸前だ。

 その横で、エランがまた腕輪を押さえてうずくまっている。呪印が何かに呼応してるのか、赤黒い光が脈打っていて、見ているだけでゾワッとする。

「ちょ、エラン? いつもみたいに軽口かましてくれないと、調子狂うんだけど」

「……余裕を失うと、こうなるんだ。はは、僕だって完璧超人じゃないわけで…ああ、痛い…」

 顔をしかめ、苦しげに吐き出す喘ぎ声。これが冗談じゃなくガチでヤバそうだ。いや、待って、フィリスまで膝をついてるじゃない。彼女もまた寒気に耐えるように肩を震わせ、目をきつく閉じていた。

「フィリス、大丈夫? さっきまで普通に喋れてたのに」

「やだ……この“血”が、ざわざわして……さっきから、身体の奥に何かが入り込もうとする感じがするの」

 あまりの蒼白さに思わず声をかけるが、フィリスは唇を噛み締めて耐えている。それを見ていたゼオンが慌ただしく魔術式を組み、なにやら呪文を唱え始めた。薄暗い空間に白い光が揺れ、あの独特の圧迫感をかろうじて和らげているようだ。

 ……とはいえ、この状況は全くラクになったわけじゃない。呪詛の気配が地下全域に広がっているのか、肌を刺すような悪寒がまるで凶器だ。思わず鼻をすすりながら周囲を見回すと、壁がすすけて焦げ跡のようになっている。その焼け痕の先には切れ端のロープ。うわ、またこれ見ちゃったよ、首吊りと焼死の合わせ技パターン。どれだけ外道すぎる儀式なんだってば。

「……やっぱり、ここも生贄の現場ね。スペイラの悪趣味に付き合わされるのは御免被るけど――ま、仕方ないか」

 深呼吸しようと試みるも、息がうまく吸えない。黒い石の残留魔力か何なのか、この地下室には妙に濃密な瘴気が漂っている。しかもそこにエランとフィリスの力が混ざり合うってわけで、本気で爆発しそうな雰囲気が漂っているんだけど。


 突然、地下の床全体がビリビリと振動し始めた。エランは腕輪をつかんだまま低い呻き声を漏らし、フィリスは王家の血に引きずられるように胸を押さえ込む。まさか、このまま二人が強制的にシンクロしちゃう?

 ぐにゃりと視界が歪んだかと思ったら、フィリスの瞳にエランの痛みが映り、エランの呼吸にフィリスの鼓動が重なるようないびつな気配が一瞬流れる。――やめて、そんな事故動画、誰も見たくないんだけど。

「ミオ、急いで妨害式を入れて! 二人の力がこの地下に溜まった魔力と共鳴してる!」

「了解! 理屈はわからないけど、要するに無理矢理にでも引き剝がしゃいいんでしょ!」

 反射的な返事をしながら、わたしはゼオンの唱える呪文に干渉して、フィリスとエランの接続を断ち切る魔術式を上書きする。どうにかアタマをフル稼働させて、脳内で恥ずかしいくらい必死に図形を組み立てる。そうしないと、二人とも一緒に昇天してしまいそうだ。

 ほんの数拍後、瘴気の波動がピタリと弱まった。まだ完全に止んだわけじゃないけど、最低限の分離くらいは成功したみたい。苦しげだったエランが少しだけ顔を上げ、フィリスと目を合わせかけて、そっと首を振った。その目は「今は大丈夫」って言ってる。


 そうこうしているうちに、別の場所ではエドワードが狭い通路でスペイラの手下を薙ぎ払っていた。グレゴリーの部下が連携して魔術式の札を弾き込み、守りを固めつつ少しずつ前線を押し上げているらしい。地面から黒い炎が噴き出すたび、士気を下げないように気合いの掛け声が響く。正直、今はあっちに加勢に行く余裕がない。自分たちの命すら風前の灯火だし。

「ミオ、さっき言ってた通り、結界を破る弱点を見つけてくれたんだろ? 俺たちで一気に叩くぞ!」

 ゼオンが焦り交じりの声を投げてくる。うん、確かにここにある封印にも必ず綻びがあるはず。わたしは剥き出しの石壁に刻まれた術式を観察し、目を凝らす。すると、小さな符号の欠損部みたいな箇所がちらりと見えた。同時に、あのエランがふらつきながら立ち上がり、腕輪をストッパー代わりに引きちぎるように握ったまま呪印の力を解放し始める。

「まっ、ちょっと吼えてみるよ。スペイラも呪詛も全部まとめて黙らせて、君に良いところを見せなきゃね」

「こんな極限状態でまだ見栄張る? まあいいけど、どのみち頼らせてもらうわ!」

 エランの瞳がぎらりと輝いた瞬間、割れるような光の奔流が結界を突き破ろうと渦巻く。わたしはゼオンの魔力を拝借しながら、その“弱点”目がけて呪文を放出した。フィリスも最後の力を振り絞って血の奔流を抑えつける。下手すればこの衝突でわたしたちごと吹っ飛びそうだけど、もう選択肢はない。


 ガリガリと耳障りな音を立てながら壁にひびが走り、結界の扉が鈍い音と共に砕け散る。そして同時に、何かの封鎖が解除され、外の冷たい空気が一気に流れ込んできた。暗闇がわずかに明るんだ気がする。

「よっしゃ、出口が開いた? これで一発逆転、ってわけじゃないけど生還の可能性くらいは生まれた!!」

「うん、でもスペイラがどう出るかわからない。あいつ、どこかでまだ笑ってるんじゃない?」

 言葉を交わす間に、あちらこちらで崩れかけた天井が落ち、火の粉が舞う。わたしたちはまるで廃墟のサバイバルゲームだ。なんとか扉の外へ駆け抜けると、背後でまたドカンと何かが崩れ落ちる地響きが聞こえた。

 スペイラの気配は、どうやらさらに奥へと逃げていった様子。あれこれ陰謀を張り巡らせてたくせに、速攻で逃げ足だけは一流だなんて、どんだけ性格歪んでるの? おかげでわたしたちも追撃するのに迷いが生じる。


 地上へ出ると、館の至る階が吹っ飛んでいるのがわかる。焦げ跡が点々と広がっていて、どこからともなくすす煙が立ち上る。すると、そこに転がる残骸の中から紋章の刻まれた短剣が覗いていた。しかも辺りには少量の血痕が散り散りにこびりついている。

 なんだこれ? 妙に人工的な形の血糊が、まるで首吊りのあとのホラー演出にでも使われたみたいに位置している。わたしは指先でそっと短剣を持ち上げ、瞳を細めた。首吊りと焼死、それにこの血まみれの紋章――誰かを生贄にした痕跡を二重三重に隠蔽していたと見て間違いない。

「…本当にやってることが悪趣味の極みだね。首吊りも焼死もぜんぶデコレーション的に利用したなんて」

 不意に吐き気がこみ上げる。だけど、もう動じてちゃ遅い。わたしは強めに歯を食いしばって、ぐっと下を向く。暗く沈む女王然としたフィリスが、弱々しくなりながらも、その場に立とうとしていた。

「王家の血が、人を救うどころか混乱と呪いに巻き込まれてばかり……でも、わたし、もう逃げない。必ず自分の力を制御する」

 声が掠れているが、その瞳だけは決心に満ちている。ついさっきまで朽ち果てそうな顔をしていたくせに、やはりフィリスは強い。やめてよ、変にカッコいいところ見せられると、こっちが負けてられない気持ちになる。


 一方でエランは、腕輪の呪印がようやく静まったのか、安堵の笑みを浮かべてわたしを見やる。ただ、その奥にはまだ焦燥が残っているのがはっきりわかった。

「助かったよ。ミオの冷静さがなかったら、今ごろ僕は大爆発で華々しく散ってたところだ。だけど……まだ終わりじゃないんだよね」

「ええ、そうね。皇帝との契約を抱えてるあんたが楽になれる日は、もう少し遠いみたい。まあ、わたしも人のこと言えないけど」

 わざと皮肉っぽく返すと、エランは肩をそびやかすように小さく笑った。そのどこかで、わたしも胸がざわついているのを感じる。結界を破って、命拾いしたんだという安堵と、まだ待ち受ける気配への不気味な期待。自分でも呆れるくらい刺激的な展開にちょっとハマりかけてるんじゃないかと思う。


 わたしの視線の先には、これまでの戦いで半壊した離宮が広がっている。あちこちに黒焦げの壁や崩落した梁が見え、首吊り痕や焼死痕がいまだ生々しく残る惨たらしい跡地。その奥には、きっとスペイラのまだ見ぬ企みの断片が潜んでいるのだろう。

「ほら、みんな無事? 倒れたまま沈黙してる子はいない?」

 わたしは声を張り上げ、エドワードやグレゴリーの部下たちの所在を確認する。他のみんなもぐったりはしているものの、どうにか歩けるようだ。怪我の手当はあとでまとめてしないと。


 不気味な離宮の空気が肌寒い夜気と交じり合って、ひどく背筋を凍えさせる。それでも、さっきまでの絶望的な閉鎖感に比べれば、ずいぶんマシだ。

「まあ、ここで終わるわけないってのは百も承知。だけどやるしかないし、やりたいのよね――ねえ、そう思わない?」

 誰に向けたともつかない問いを投げると、エランが隣で鼻を鳴らした。

「一度味わうとクセになるのかな。このドキドキは、正直あんまり平和主義者向けじゃないけど」

「それでも突き進むしかないなら、やるしかないじゃん。希望的観測のバカ騒ぎ、続行だよ」


 わたしは強く拳を握って、自分自身を鼓舞する。首吊りと焼死体のグロ要素をこれでもかと見せつけられた上に、呪印と血の暴走のコンボまで乗せられて、さすがに神経が麻痺しかけてる気もする。だけど、次はどんな絶望を叩きつけられたって、今のわたしは立ち向かわずにいられない。心の底に燃え広がる奇妙な興奮が、このままじゃ済ませないと囁いていた。

 どこかでスペイラはほくそ笑んでいるかもしれない。黒い石の力も決着なんてついていない。ここから先のルートには、もっとドギツイ惨事が待ってるかも。でも、それでも――わたしはこのまま帰る気になれない。怖いのにワクワクしてる自分がちょっと嫌だけど、同時にたまらなく高揚感を煽るのだ。

 崩れた扉の先には、まだ未知の闇が広がっている。王家の血に囚われたフィリス、皇帝の契約に縛られたエラン、そしてこの陰謀まみれの離宮と黒い石。ぜんぶひっくるめて、最後の最後まで存分に楽しませてもらうわよ――なんて、絶対に正気じゃないよね。

 だけど、もう止められそうにない。この狂気と戦慄の舞台の上で、わたしは唇をぐっと歪めて笑った。意地でも勝ち逃げさせないために、なにがあっても踏み込んでやるんだから。

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