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閉ざされた離宮に潜む狂気と魔術師たちの対峙 3

扉の奥に踏み込んだ瞬間、まるで雷鳴を伴う稲妻でも落ちたかのように、空気がビリビリと震えた。見れば、部屋の中央に円形の魔術陣が鎮座していて、濁った紫色の光が脈打っている。その中心に暗黒めいた結晶らしきものが浮かんでいて、嫌な振動を地下全域へ伝えていた。まさか、これが“黒い石”……? 息を呑む暇さえ与えられず、締め付けるような圧力が全身を襲う。


「うっわ、ここまで来るともうグロテスクさと禍々しさがアニメのハイパー裏ボスレベルじゃない?」

わたしは顔をしかめながら、思わず皮肉を漏らす。ホラーとかダークファンタジー好きのオタ友なら大興奮かもしれないが、生憎と現実では絶対に遭遇したくない景色だ。

エランがわずかに息を乱しているのがわかる。腕輪の呪印を片手で押さえこみ、歯を食いしばって立ち止まった。


「くらっ……まずいな。やっぱり“黒い石”が呪印を煽ってる…このままだと暴走しかねない」

「このタイミングで暴走されては困るんだけど。さあ、いい子だから頑張って堪えてよ、エランさん?」

わざと軽口を叩いてみせると、彼は青ざめた顔のまま、それでもいつもの飄々とした笑みを取り繕った。だけど、内心は相当キツいはずだ。彼の瞳からは冷や汗が滴り落ち、痛みを堪えるように微かに肩が震えている。


「……そりゃあ僕だって、こんなところでド派手に力をブチまける願望なんて一ミリもないさ。仮に抱きついてきてくれたら、ちょっとは緩むかもしれないけど?」

「誰がそんな爆死フラグに巻き込まれたいのよ。自重しなさいっての」


その横では、フィリスの様子もおかしかった。彼女は憂いを帯びた瞳を伏せて、慎重に呼吸を整えようとしているが、胸を押さえる手つきがやけに強ばっている。わずかな隙間から見えたその指先は、すでに血の通わないような冷たさを帯びていた。


「フィリスっ、しっかりして。ここがあなたの王家の血を刺激してるの?」

「ごめん……多分、この離宮に宿る古い力が、わたしを呼び起こしてるみたい。頭の奥がグワングワンするの……まるで、眠っていた王家の呪縛がこじ開けられそう」


フィリスの瞳がほんの一瞬、紅に染まりかけたのを見逃さなかった。あの独特な色みは、彼女の血に秘められた力が目覚め始めるサインだ。まずい、これも“黒い石”のせいだろうか。ゼオンが駆け寄り、何やら小声で呪文を唱えつつ手の平をフィリスの背に当てて落ち着かせようとする。


「今のうちに、古代結界の歪みを探る。ミオ、そっちの壁を見てくれ。例の焦げ跡と首吊りロープの残骸があるはずだよ」

ゼオンの指示に従って、わたしは部屋の端へ視線を走らせる。すると案の定、そこには先ほどと同じようなおぞましい焦げ痕と、吊り手に使われたと思しき縄の切れ端が転がっていた。首吊りと焼死、二重の死を演出するための装飾。ここまで来ると正直、どれだけ狂ってるんだと逆に感心してしまう。


「……見つけた。やっぱりこれ、儀式の一部よね。生贄の死を二重、いや複数に演出することで、強烈な呪力を引き出す……そんな邪法があるって聞いたことがあるわ」

言いながら、胃の腑がひっくり返りそうになる。この狂った儀式を誰が考えたのか知らないが、見ているだけで寒気が止まらない。普段なら絶対に避けて通りたい地獄絵図だ。


「スペイラの手下たちが運んでいた遺体、こうやって首吊りと焼死の痕跡をセットにして生贄の魂を増幅させ、呪詛の力を上げてたんだな」

ゼオンは唇を噛む。そこへ、床を這うように盛り上がる影が浮き上がったかと思うと、ばちばちと火花が散り、どす黒い炎が噴き出す。火柱の隙間から姿を現したのは、スペイラだ。あの嫌味ったらしい笑顔は健在で、彼女は嘲るように指先で何かの符をひねり潰す。


「さあ、ようこそ地底の狂宴へ。あなたたちはまんまと最深部までたどり着いたわけね。ならば、わたしの実験体になってもらうしかないわよ?」

わたしは思わず背筋を伸ばす。邪悪な笑みのまま、彼女は膨れ上がるような火の魔力を周囲に吹き上げた。気を抜けば全焼一直線だ。思わず身構えたとき、耳を劈くような轟音が走った。


「くっ……もう、あなた最低すぎる。わたしたちをこんなところに一網打尽ってわけ?」

「そうよ。首吊りと焼死もなかなか悪くないじゃない? でなければ埋葬プレイもオススメよ。煮るなり焼くなり好きにできるんだから」


ふざけてるくせに、その瞳には明確な殺意が宿っている。イヤな汗が頬を伝うが、立ち止まってはいられない。結界を停止させない限り、エランの呪印もフィリスの血も今以上に引き剝がされてしまう。わたしは深呼吸してから、ゼオンと言葉を交わした。


「ここを破るには!“黒い石”の魔力の流れを断ち切って、結界自体を無効化するしかない。呪文の式をかき換えれば、スペイラが築いた大本の構造を混乱させられるはず」

「わかった。僕は結界の一部を抑えるから、ミオは中心の紋章を再構築してくれ。エランとフィリスを守るのも頼んだぞ」


わたしは頷き、火柱の隙間を狙って魔術陣のすぐ近くに駆け寄る。光の奔流が視界を奪いにくるが、内心は臆していられない。いっそ頭を空っぽにして、体を動かす。

スペイラが叫ぶと同時に、再び烈火が吹き荒れた。だが、そこでフィリスが息を詰まらせながら両手を掲げる。王家の血が燃え盛る火の魔力を逆流させたのだろうか、赤い炎が青白く変色し、グワッと逆巻くように宙で弾けた。


「フィリス、ナイス! そのまま抑えて!」

わたしは素早く結界の紋章上に指を走らせ、呪文の文言を塗り替えにかかる。言葉を紡ぐたび、脳内にガンガン衝撃が走る。くそ、想像以上に激情的な魔力だ。ちょっと気を抜いたら焼かれて消し炭だろう。


「ちょ、ちょっと、もう少し加減してよね! 爆発オチとか求めてないから!」

叫びたい気持ちをぐっと堪えて、わたしは言葉を紡ぐ。さらにゼオンの援護が重なり、わずかに紋章が転がるように輝きを乱していく。その混乱の中で、エランが苦しげに立ち上がったのが見えた。

腕輪の呪印は赤黒く脈打っているが、彼はそれを握り締めて撤退する気配がない。「ミオ、こっちをあまり見ないでくれ。変な顔してるの見られたら……恥ずかしいからさ」

「ぜいたく言わないで! それどころじゃないっての!」


背後で聞こえた爆音に反応し、わたしは最後の呪文の一節を吐き出す。すると同時に、結界が氷のようにひび割れた。それにつられて、地下を包んでいた紫色の稲妻も砕け散るように霧散していく。わたしは膝をついて乱れた呼吸を整え、周囲を見回した。スペイラの姿は、いつの間にか闇の中へと消え失せている。最悪な女だ。本当に単独で逃げる気まんまんだったらしい。


「やったか……?」

ゼオンが慎重に辺りを確認し、火花の落ちた床を蹴る。だが、足元がぐらぐらと揺れると同時にガラクタが落ちてくる音が響いて、埃まみれの空間がまた視界を奪う。

わたしは宙を手探りしてエランの腕を掴む。「大丈夫? 倒れてない?」

「ぼちぼち……って言いたいけど、僕、今すぐふかふかのベッドで一日中寝てたい気分だよ」

生気の薄い笑みで、エランは腕輪を押さえつけていた。そこからは赤黒い蒸気のようなものがゆっくり漏れ出している。ひやりとしたけれど、どうやら完全な暴走は免れたらしい。


「ああ……わたし、何とか、抑え込めた、かも……」

フィリスがへたりと座り込んで唇を噛む。彼女の瞳はやや血走っているが、先ほどまでの危険な赤みは薄れていた。グレゴリーやエドワードも駆け寄ってきて、懸命に周囲を警戒している。

エドワードはふと、床に転がっていた黒い欠片を拾い上げた。「これが、あの“黒い石”の破片か? まさか、こんな不気味なものを……」


誰もが言葉を失う中、耳を劈く静寂がしばし流れた。

さっきまで響いていた轟音が嘘みたいに、いまはかすかな砂のこすれる音だけが鳴り渡っている。わたしは拳を固く握りしめ、心臓のバクバクがまだ止まらないことを自覚する。だけど、爆発的な高揚感も残っていた。背中を伝う汗すら心地よくなってきそうな、歪んだカタルシスを感じる。ほんと、最悪だけどクセになる瞬間だ。


「結界は……壊れたよね? あのスペイラが逃げたのは気になるけど、今は一旦これで儀式は不完全に終わったはず」

ゼオンが確信を込めて呟く。わたしはフッと無理やり笑みを作った。首吊りと焼死の二重の死を盛り込んだ儀式を打ち砕いた、という事実が骨の髄まで疲弊した体にじわりと達成感を与えてくれる。

ほどなくして、エランがゆっくりと立ち上がり、ガシガシと髪の毛をかきまわした。


「はあ……死ぬかと思った。これで多少なりともゆっくり休めるのかな?」

「甘い。あのスペイラのことだから、継続して悪あがきするに決まってるわよ。正直、まだ気は抜けないわ」

そう言いながらも、わたし自身、今は一秒ごとに疲労感が押し寄せてきているのを感じる。息苦しさに耐えながら、ギリギリのところで立っている。――だけど、それでもこの感じは嫌じゃない。死闘を潜り抜けた後の解放感って、意外とクセになりそうだ。


「次はベッド付きのラブホ……じゃなくて、もっと安全な場所で余裕を持って作戦会議したいんだけど」

エランがこともなげに言い放ち、わたしは盛大に鼻を鳴らした。そっちはさておき、まずは地下貯蔵庫の扉が開いているかを調べないと。これ以上崩壊が進んだら、生き埋めエンドも笑えない。


「なんにせよ、こんな騒ぎを起こしてくれたんだ。きっちり後始末はつけないと。スペイラがいずれ戻ってくるのか、ほかの手先を出してくるか……期待してるわ。ハッタリの悪趣味なんて、もうたくさんだけど」

気休めの強がりとわかっていても、わたしはわざと挑発的に言い放つ。負ける気はしない……というより、ここまで腹をくくったらもうやるしかないのだ。この地獄みたいな離宮で手荒い歓迎を受けたのだから、向こうも相当な覚悟でかかってくるだろう。


それにしても首吊りと焼死体のコンボに、呪印に血の暴走――何もかもが刺激的すぎて、まるで現実感が薄れていく。けれど、背中に刻まれた汗の感触と心臓の鼓動は確かに生々しい事実。この恐怖と痛快さがジュワッと入り混じる感覚は、そう悪くない。


「ふふ、胸がドキドキするわね。こんな変態的な現場に挑み続けるの、案外嫌いじゃないのかも」

わたしは自分でもわけのわからない独白を投げた。エランは目を丸くして、「そりゃあ、ハマるのもほどほどにしといてくれよ」と冗談交じりに返す。

粉塵の奥で、フィリスとエドワード、そしてグレゴリーの姿がうっすら見え、ゼオンも杖を構えたまま集中を解かない。ここからが本当の地獄かもしれない。黒い石の残った欠片は、きっとまた裏でうごめく闇を呼び覚ますのだろう。


それでも、この場所に宿る悪夢のような儀式を断ち切った達成感が、あらゆる疲労を上回る快感をもたらしていた。辛いし怖いし、頭がどうかしてるわと自嘲しつつも、今だけはこの鮮烈なカタルシスに酔っていたい。

扉の隙間から漂う冷たい風が、焦げた拘束布と血の匂いをさらっていく。この先にどんな布石が残されているのかはわからない。だけど、もう怯むわけにはいかない。わたしはぎゅっと拳を握りしめ、心の中で叫ぶ。


――ここまでやったんだ、最後まで付き合ってあげるわよ。次は絶対に、逃さないんだから。

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