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閉ざされた離宮に潜む狂気と魔術師たちの対峙 2

冷たい風がどこからともなく吹き込んでくる廊下を、わたしたちは慎重に歩き続けていた。さっきから、何度も背中に嫌な汗が伝う。焦げくさい空気と半端に朽ちた壁の臭いが混ざり合って、まるで底なしの闇へと誘われているような気がしてならない。今さら引き返せないのは分かっているけれど、さすがに気が滅入りそうだ。


「大扉のあたり、かなり崩れてきてるなあ。ちなみに万が一、天井が落ちてきても僕は助ける気満々だけど、あまり期待はしないでくれよ?」

エランが片眉を上げながら、皮肉めいた笑みを浮かべる。下手したら自分も巻き添えを食らうってことは、彼も重々承知しているはずだが、それでも軽口を叩かねばやってられないほどに場の空気は重い。わたしは松明を持ち替えつつ、あえてそっけない相槌を打った。


「まあ、全部が崩れ落ちる前に、この場で一番逃げ足速いのはあなただと思うから期待してないわ」

「ひどいなあ。そこは『お願い、抱きとめて!』くらい言ってくれてもいいのに。せっかくのラブコメ要素が台無しじゃないか」

「いや、生々しすぎて無理。それにラブコメって何よ。こんなホラー空間には似つかわしくないわ」


わざとらしく嘆くエランを横目に、足元だけは最大限警戒する。崩れかけた石床には亀裂が入っていて、うっかり踏み抜けば下の階層へ真っ逆さまになりかねない。ゼオンはすでに、わたしの後ろで小声で呪文めいたものを唱えている。廊下の奥へ進むにつれ、“闇術”の名残を感知しているのか、彼の表情はますます険しくなっていた。


「……これは普通の闇術じゃないな。何者かが標的を定めて術を放った痕跡がある。不倫現場を覗き込むヤジ馬みたいに、あちこちに嫌な波形が散らばってるよ」

ゼオンの言葉に、わたしは思わず苦笑を漏らす。例えとしては最悪だが、言いたいことは分かる。周囲の空気がチリチリしびれるようで、毛穴から危険信号が発せられているのを感じる。


「そんなすけべな闇術、あるのか?」

と、エランが調子外れの質問を投げかける。正直、意味不明すぎてツッコむ気力すらわかない。その代わり、フィリスが低く息を吐いた。彼女は先ほどから何度も自分の胸に手を当てている。王家の血が疼きはじめているのだろうか、白い頬に微妙な赤みが差しているのがわかる。


「大丈夫? 無理しないで」

わたしが声をかけると、フィリスは震えたまま小さく頷いた。「平気……でも、この離宮がわたしたちの力を引きずり出そうとしているみたいで、胸がざわざわするの。嫌な感覚」


その瞬間、どこか遠くで何かがバチンッとはじけたような音がした。反射的に身を固くすると、すぐに激しい衝撃波が廊下を駆け抜け、松明の火が不規則に揺れる。まるで真空の刃が飛んできたかのような錯覚を覚え、思わず息が詰まった。


「くっ……な、なんなの、今の……!」

わたしが歯を食いしばりながら叫ぶと、エランが「距離は遠いが、敵意はガチだな」と苦々しく言い放つ。部屋の奥からは、奇妙に反響するコツコツとした足音。姿こそ見えないが、明らかにわたしたちを威嚇する意思が伝わってくる。その“何者か”が放つ闇術か結界かは知らないが、少なくともかなり性格が悪そうだ。


「敵の目的は……あの焼死体と首吊り遺体をわざわざ演出したことを考えれば、儀式か、もしくはわたしたちをここに呼び込む罠かもしれない。でなきゃ、こんな手は使わないと思う」

同時に、ゼオンが壁に触れて小さく呪文を唱えると、その一帯がぼんやりと薄青い光を放った。結界の残滓を無理やり炙り出したのだろう。そこには血のように黒ずんだ模様が刻まれていて、残酷な生贄の痕を想起させる。


「うわぁ……最悪な趣味」

わたしは苦い表情で呟く。紋様の幾何学的な配列が、どう見ても人間を中心として円を描いている。誰かがそこで“生贄”として何かを捧げ、焦げ跡と首吊りという形で偽装した――そんな可能性が頭をよぎってしまう。


「まるでセットメニューだな。『本日のオススメ、焼死体と首吊りのコンボです♪』って冗談でも言いたくなるほど、狂気を感じる」

エランが吐き捨てるように言い、冷たい眼で周囲を見回す。不謹慎だけど、心の底から同意してしまう。こんなおぞましい「付け合わせ」考えつく連中、いったいどれだけ歪んでるのか。


すると、通路の先から再び衝撃波が迫った。今度は先ほどより強烈で、ネズミが逃げまどうようなパキパキとした壁の軋みまで聞こえる。思わずフィリスの肩を支えながら体勢を低くすると、エランが腕輪の呪印をぐっと押さえた。彼の息が乱れている。どうやら結界の力と呪印が共鳴しかけているらしい。まったく、こんなときに発動されても困るんだけど。


「もう、こいつらいい加減にしてほしいんですけど? こんな劣悪な環境で追いかけっこさせるなんて、あたしたちは何のパンダショーよ」

わたしはわざと大袈裟にぼやきながら、蹴飛ばしてきそうな壁の破片を踏み越える。ここまで派手にやっているということは、おそらく敵も相当に焦っているか、あるいは相当に愉快犯的か。そのどちらかにしては、あまりにも危険すぎるが。


「やつらは、王家の血とエランの呪印、そしてこの離宮に残った古代結界を全部ひとまとめにして、何かしようとしている可能性が高い。スペイラの手先がここまで狡猾だったとはね」

ゼオンが一瞬、唇を噛む。言い終わるか否か、廊下の床が突然ドンッと大きく波打った。すぐさま天井から粉塵が舞い落ち、視界が真っ白に濁る。一歩間違えれば大崩落だ。わたしとフィリスは必死で石柱へ身を寄せた。


「ここ、もう限界だってば! 一体どこまで壊れる気なの!?」

叫び声を上げながら、わたしは口もとを布で覆う。粉塵が喉に入りそうで息苦しい。エランが頭上を見上げて「呪術による局所的な崩落を誘発してるのかもな。来客殺しをやりたいんだろう?」と皮肉に笑う。狂ってる。ほんとに狂ってる。だけど、それ以上にわたしたちも正面突破するしか選択肢がないのが笑えない。


「行くしかないよね。ここでうずくまってても、ていうかむしろ崩落に巻き込まれたらジ・エンドだもの!」

わたしはフィリスの手を引き、復活した衝撃波の狭間をぬうように通路へ走り込む。ゼオンが青白い火をともして周囲を照らしてくれるが、立ちこめる埃で視界はほぼゼロ。その中で覗き込んだ先には、苔むして割れた壁がざくざくと剥がれ落ち、そこから先ほど見た円形状の紋様がいくつも重なり合っているのがかすかに見えた。


「これは……儀式用の大掛かりな陣を分割してあちこちに仕込んでるのか? いや、いったいどれだけご丁寧に作りこんでるんだかっ!」

苛立ちを隠せずに呟くと、ゼオンがぐっと目を見開く。「これ、本当に生贄が前提の術式かもしれない。ちょっとシャレにならないぞ。下手すれば、この結界ごと大爆発なんてこともありうる」

「それは勘弁して……!」

わたしはもう、笑う余裕もない。頭の中で“最悪なシナリオ”がひしめき合っている。でも逃げるわけにはいかない。エランが呪印を押さえ、フィリスが痛みに耐えている姿を見ると、ここで踏ん張らなきゃ嘘だと思えた。


一歩、また一歩。壊れかけた柱を縫うようにして進んだその先で、わたしたちは再び焼死体と同じような焦げ跡を発見した。その痕跡はまるで壁からにじみ出ているように見える。腐った果実のような深い色と、焼け焦げの黒が混ざって、何とも言えない醜悪な芸術作品になっていた。吐き気をこらえながら近づくと、そこに首吊り用かと思しき縄が巻かれていた。しかも、赤黒い染みがじっとりと残っている。


「ああ、もう最悪……。これじゃただの嫌がらせというより、『やめろと言ってもやめてやらないからね』って言われてるみたい」

震える声で本音をさらけ出すと、フィリスが苦しげに頷いた。「もしこの離宮全体で生け贄を次々に作っていたとしたら……わたしたちや他の人間まで巻き込まれかねない。囮にされることもありえるし、どんな封印が破れたっておかしくないわ」


その言葉に背筋が凍る。まさに“祭壇”とも言うべき広大な結界を舞台に、何人もの生贄を捧げ、邪悪な力を増幅しようとしている――そんなシナリオが浮かんでしまうのだ。


「だったら、逆に先回りして叩き潰すしかないよ。逃げてもこれ、いずれ外にまで影響が出る」

わたしは震える手をぎゅっと握りしめ、声に出して自分を奮い立たせる。怖いのは事実だし、嫌な想像ばかりが頭をめぐる。それでも心のどこかで、こんな危険な結界を支配している連中を鼻で笑い飛ばしてやりたい思いもあった。


「おやおや、その強気なプライド、やっぱり僕の惚れた――いや、興味をそそられるところだよ」

エランが少し苦しそうにしながらも、いつも通りの茶化しを混ぜてきた。今時、こんな場面で口説き文句を繰り出してくるなんて、本当に性格が悪い。わたしは呆れ半分、でもその図太さに微かな救いを感じながら、鼻で笑ってみせる。


ガラガラッと更なる崩壊音が響き、廊下の奥が完全に崩れ落ちた。もう後戻りはできない。けれど、そうでなくても帰る気はなかった。わたしたちは前へ進むしかないと、腹をくくっているのだから。この生贄の儀式が完成する前に、その汚い企みを砕いてやる。


「ここから先は、まさに地獄行きのチケット売り場かもしれないけど、買わずにはいられないわね」

わたしは思い切り皮肉を込めて独り言を言う。誰がこんなチケット欲しいんだと自嘲しながら。


――この離宮の奥底で何が待ち構えていようと、焼死と首吊りが同居した悪夢染みた仕掛けが連発されようと、すべて暴き出してみせる。今まで散々、危険は見てきたし、吐きそうになるほど怖い思いも味わった。それでも、まだ終わりじゃない。むしろここからが本番なんだ。


わたしの胸は、激しい鼓動に支配されている。恐怖もある、でもそれと同じかそれ以上に、挑むことで得られるカタルシスの予感があるのも隠せない。せっかくこんな絶望的な舞台を用意してくれたんだ。悪役令嬢の看板を背負ってやってきたわたしが、今さら腰砕けになるわけにはいかない。望むところ、どこまででも付き合ってあげようじゃないの。


そう心に誓い、わたしは廊下の奥へと足を踏み出した。他の皆も、半ば投げやりな苦笑を浮かべながらついてくる。さあ、地獄へのロードショーの幕開けだ。あとは何があっても覚悟のうえ。わたしはアドレナリンを全開にして、突き進む渇望に身を委ねる――生贄の儀式なんて冗談じゃないけど、それをぶち壊す瞬間に味わう痛快さを想像すると、冷たい手のひらがちょっとだけ熱を帯び始める。こんな狂気だらけの夜を、どこまで楽しめるかはわたし次第。気合いを入れなきゃ、ね。

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